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マッドサイエンティストと遊ぼう!  作者: ニー太
3 呪術流派一門を遊ぼう
68/3386

19

 杏は真の意図を察して、自分も霊の群れの中へと飛び込む。

 霊の何体かは杏の後を追ってくる。動きを止めたら危なさそうだが、走っているかぎりは大丈夫そうだ。


 うまいこと三人で、霊を分散させて引きつける形になった。このまま走りながら公園内のどこかに潜んでいる呪術師達を見つけて殺していけばいい。先程の様子からすると一塊になっているのではなく、公園のあちこちに散らばって潜んでいると思われる。

 最初に遭遇したのは、その中でも運の無い連中だったのだろう。


 銃声が響く。麗魅によるものだ。遠くで術師を見つけて撃っているのだろう。杏も逃げ回りながら術師がいないかと必死に探す。


「念入りに罠を張ったつもりのわりには、あまり利口とは言えない襲撃の仕方だな」


 疾走しつつ、真が声に出して皮肉げに呟く。

 霊を一塊にして一斉に襲い掛からせるのではなく、術師を分散させて潜ませているように、霊ももっと公園内の様々な場所に潜ませ、逃げ場を失うように襲わせればよかったのにと、真は考えたのだ。


「ライオンや狼の方がよっぽど利口だ。もっとも、これも罠の一部なのかもしれないが」


 無感情な声で呟き、真は前方の茂みに向かってサブマシンガンを撃つ。血肉を撒き散らす確かな手ごたえ。一人ではない。一度に二人ほど今の銃撃で殺したのを、目で見なくても真は察知できる。


 振り返ると、霊達が殺到してくるのが確認できた。しかしその数が随分と減っている。おそらく今、術師を始末したせいだろうと、真は思った。術師につき何体かの霊を使役しているというわけだ。


「うわあああぁっ」


 やにわに麗魅の叫び声が響き、真と杏は一瞬身を硬直させた。

 杏は戦慄する。まさかあの麗魅がやられたなど――しかし麗魅のあのような声は、杏は一度として聞いたことが無い。それもあのような苦悶に満ちた絶叫は、どう考えても普通ではない。


 危険は承知で、叫び声のした方へと向かう。向かわずにはいられなかった。杏にとって唯一の親友とも呼べる存在の麗魅の安否を、どうしても確かめたい。


「麗魅!」

 その姿を確認し、思わず叫ぶ。


 麗魅は銃を手にしたまま、遊歩道の真ん中で佇んでいた。周囲に無数の霊が飛び交い、かつ幾つかの霊は麗魅の体にまとわり、素通りしているような状態で。

 当の麗魅はうつむいて、虚ろな視線を地面に向けていた。どう見ても普通では無い状態。霊に取り憑かれているのは明白だった。


「憑依されたらしいな。ここにいるのは不味い」


 いつの間にかやってきた真が背後から声をかける。


 麗魅がその顔を上げる。杏に向けられたその瞳には、明らかな敵意と殺意があった。


「逃げろ!」


 真が鋭く叫んだ刹那、麗魅が杏めがけて銃口を向け、撃ってきた。

 同時に、麗魅の周囲にいた霊達も、杏と真めがけて一斉に襲いかかってくる。


 真と杏は再び二手に分かれて逃げていた。

 杏は混乱しつつも、必死で正気を維持し、霊の追撃から逃れていた。そして逃げつつ潜んでいる術師を見つけ出し、射殺していた。こいつらはやはりどう見ても素人で、上手に隠れることすらできていない。


「どうして麗魅が……」


 呆然とした表情で呻く杏。麗魅ほどの強者が取り憑かれたとあれば、何か理由があるはずだと考える。


 真も逃げながら同じことを考えていたが、こちらはすぐにその答えがわかった。

 靄のようなものがいつの間にか真の体にまとわりついていた。それが霊であることはすぐに理解した。大量の憎悪の念が真の中に流れ込んできて、次いで恐怖がわきおこってきたからである。


 霊は必ずしも人の形として、目に見える状態であるとも限らない。むしろ実体が希薄な状態の方が多い。今目に見えているのは、術によって強力な怨念の塊として強く実体化しているが故だが、怨念がもう少し弱い状態であれば、目に見えづらい霊を忍ばせておくこともできる。

 真には霊能力も無ければ霊感特別強いわけではないが、知識だけはあった。しかし霊をそうした状態にして、術として使ってくることを失念していた。


「消えろ!」


 激しい拒絶の想いを集中させて、真は霊を振り払う。憎悪や悲哀に同調し、恐怖に支配されると憑依されてしまう。実体化のゆるい霊であるが故に、気の持ちようだけでも振り払う事ができた。

 おそらく麗魅はその対処の仕方を知らなかったか、もしくは復讐の想いを刺激されて、霊に同調してしまって取り憑かれてしまったのだろう。


 その直後、真は銃声と共に熱い衝撃を覚えた。


 どうやら麗魅は真の方を追ってきたようだ。連中の狙いは自分だからそれも当然かと、倒れつつ思う。

 撃たれたのは腰の上あたりのようだ。防弾繊維を突き抜けて、体内にまで銃弾が入ってきているのがはっきりとわかった。真が過去幾度も経験している感覚だった。


 立ち上がろうとしたが、力が入らない。ひょっとしたら致命傷だったのかもしれないと、死の恐怖が押し寄せてくる。たとえそうでなくても、動くことができない時点で、もう終わっている。


「やりましたな」


 若い男の声が聞こえた。わりと近い位置からだ。今の様子を見ていたらしい。星炭の術師なのであろう。


「ええ、雪岡純子の殺人人形の方は仕留めましたね。あとは雪岡純子です」


 今度は若い女の声。まだ生きているし、死亡を完全に確認したわけでもないのに甘い奴等だと、真は心の中で毒づく。

 とはいえ、意識を急速に失いかけている今、限りなく死んだに等しい状態ではある事も、真はちゃんと自覚している。


「案外あっけなかったですな」

「皆さんが頑張ったおかげと言うべきでしょう。また何人もの犠牲を出してしまった」

「む……結界が……解かれた……! しかも霊まで消えて……!」

「これは……! 何者が術を破ったようですわ!」


 余裕と満足感に満ちた声が、急に狼狽したそれに変わっていたのを、失いつつある意識の中で真は聞いていた。


「星炭流呪術の秘奥義を破るなど……しかもこの結界、星炭の術者十数人がかりで張ったものですよ!」


 江川昌子はもはや真のことなど忘却の彼方となり、術が破られたことに驚嘆し、かつ恐怖していた。霊達も全て支配化から離れて、どこかへと飛んでいってしまっている。


「強力な術師による仕業であることは間違いないでしょう。もしかしたら雪岡純子が、そうした者達を雇って差し向けたのかもしれません。この場にいるのは得策ではないかと」


 真鍋学が脅えた表情で、昌子に言う。


「それを確かめたい所ですが、当初の目的は果たしました。この場から立ち去るよう、全員に指示してください。あとは他の術者の介入を慎重に警戒しつつ、憎き雪岡純子を調伏するだけです」

「承知いたしました」


 昌子の命に安堵の表情を浮かべ、真鍋は携帯電話でメッセージを送り、公園内の生き残った術師達に撤退の旨を伝えると、先にその場を離れた昌子の後を追い、急ぎその場を立ち去った。


 一方で杏は、霊達が消えたのを怪訝に思いつつ、最後に銃声のした方へと向かう。

 そこに二つの倒れた人影を確認する。そして倒れた人影の前でうずくまる、小さな人影も。


「あなたは……」


 倒れているのは麗魅と真だった。そして麗魅の前に腰を下ろしているその人物を、杏は知っている。


「累、どうしてここに?」


 そこにいたのは、雫野累だった。闇の住人の集う酒場にピアノ弾きに来ている、天使の如く愛くるしい面立ちの少年。左手にスケッチブックを抱え、右手を麗魅の顔にかざし、何やら呟いている。


「あ……こんばんは……」


 その格好のまま顔だけあげ、おどおどとした仕草で杏に向かって会釈する。


「店に行く途中……偶然通りがかったんです。そうしたら……大掛かりな……術を行使している気配をこの公園から感じて……」

「それで、何をしているの?」

「今話題になっている……星炭の呪術師達の仕業だとすぐわかって……ここに張られた結界を解呪しました……。嫌な予感したので中に入ってみたら……二人が……。ごめんなさい……もう少し早ければ……」


 杏から視線を外して、泣きそうな顔で累が、たどたどしい喋り方で申し訳無さそうに言う。


「二人は……」

「真の方は……大丈夫です。霊の憑依ではなく、銃撃による負傷です……。応急処置だけはしておきました。命に別状はないですが、すぐには動けないかと……」

「麗魅の方は?」

「憑依された後遺症がひどいようです……。精神にかなりの異常をきたしています……。このままだと廃人に……」

「あなたの力で、どうにかならないの?」


 声がきつくなりそうなのを必死にこらえつつ、杏。


「やってみます……。でも、霊や術を祓うのとは全く気色が違うというか……精神干渉で人を救うのは……僕は苦手で……。でも……頑張ってみます……。麗魅は僕の……大事な友人ですし……。でも……時間、かかりそうです……」

「いいからお願い。今はあなたが頼りなんだから」


 たどたどしい口調に苛立ちながらも、それを出さないように苦労しつつ、杏は累に頼んだ。少しでもそうした感情を表に出すと、心の病に侵されているこの少年はヘコんでしまうからだ。


 累は麗魅の体を抱き起こし、何と軽々とお姫様抱っこしてみせた。累の小さな体では無理があるんじゃないかと思えるシュールな光景だったが、累は全く苦にした様子を見せない。


「幽霊達はどうなったの? 星炭の術師達も」

「星炭の術師達は去ったようです。霊はこの中……です」


 と、杏の問いに累は人差し指だけ動かして、麗魅と一緒に抱きかかえる形になったスケッチブックを指でたたく。


「その中?」


 訝る杏に、累は麗魅を抱きかかえたまま器用にスケッチブックを開いてみせる。

 暗い中でも街灯に照らされて、絵の内容を見る事が出来た。何十人もの頭髪の無い裸の男女が、地面から飛び出た針に股間から串刺しにされて苦悶している絵。一言で言えば、串刺し地獄の絵だった。

 おおよそ目の前の天使の如く愛らしい容貌の少年が描いたとは思えないグロテスクな内容の絵だが、杏は累が風景画だけではなく、そうした猟奇的な絵も好んで描くことを知っていたので、今更驚きはしない。


 ただ気になったのは絵の中に霊がいるという累の言葉だ。絵の中の霊――累が絵の中に霊を封じたということなのだろうか。いや、そういう事なのだろう。大妖術師の名は伊達では無かったのかと、杏は改めて累の方に視線を向ける。


 累は慌てて杏から視線を外し、唇を軽く噛んで視線の焦点を合わさずに常にあちらこちらにやり、居心地の悪そうな顔と仕草を見せる。

 いつもの人見知りの激しい累がそこにいた。星炭の結界とやらを破り、同時に夥しい数の怨霊をあっさりと封じるような、杏の理解の範疇を超える力を持っているという実感は、見ていてまるで沸かない。


「じゃあ、麗魅のことは任せてもいいのね?」

「はい……任せてください」


 あまり刺激して問いただしても、喋らなくなってしまうので、端的に済ませることにした。


「真のことは、お願いします……」

 去り際に累に言われて、杏は奥で倒れている真を見た。


「わかった」

 杏は頷くと、真の体を抱き起こす。


 携帯電話を取り出し、闇タクシーを呼ぶ。所謂運び屋だ。

 すでに累の気配は無かったが、あのまま麗魅を抱えたまま人通りを歩いていったのだろうかと、訝った。一目についた際、累の性格からするとかなり苦痛に感じそうであるし、どうせなら途中くらいまでは、同じタクシーで行けばよかったと、杏は思った。

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