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「あああ……俺……死ぬのか……?」
地面に仰向けに転がった明彦が、夜空を仰いで呆け顔で呻く。髪の色と体色が元の真っ白に戻り、角も抜け落ちていた。
(同じ顔で、本物が絶対に作らないような表情ばかり作る……。正視に耐え難いですね。そもそも帝は言語そのものを発しませんでしたが)
その明彦の顔を見て、さらに嘆息記録を更新する累。
「ま、いっか……お前に殺されるのなら、それが一番いい死に方だ」
倒れたまま十一号へと視線をやり、呆け顔のまま明彦が言う。
「そこはもうちょっと格好つけて本望だ~とか言ってほしかったわ~。あぶあぶあぶ」
「うんうん、そうしたら爆笑してやったんでげすがねえ。うへへへへ」
所詮他人事なので、おちゃらけて笑うみどりと二号。
「十一号……最期にもう一度、顔を見せてくれよ」
何かの鳥を模したピンクのヘルメットを被ったままの十一号に、最期のお願いのつもりで言う明彦であったが――
「別に最期じゃないから、見せてあげない」
とどめをさすつもりなど最初から無い十一号は、少し意地悪い口調でそう答えた。
「貴方は死にたいの? 死んで逃げたいの? どこまでも逃げることしか頭にないの?」
静かに問う十一号に、明彦は何も答えようとはしない。
死にたいという気持ちもあるが、死への恐怖も当然あるし、少しでもましな人生が送れるなら生きたい。だがどうせかなわぬ望みだと捨て鉢になっている。
「死ぬよりも、罪を償ってほしい。別に法に裁かれる以外でも、償う方法はあると思う。それが何かなんて、自分で見つければいい」
「何が罪だよ……。俺を甚振った奴等に罪は無いのかよ。お前の中では俺だけ罪人扱いか」
十一号の台詞に怒りがこみあげ、明彦は低い声で吐き捨てた。
「貴方の両親は別として、博お坊ちゃんを殺したことだけは、許せない。あの子は貴方を傷つけるようなことは何もしていない。それどころか、貴方のことをあの家で唯一気にかけて、心配して、仲良くなりたいとすら言っていた子だったのよ。それを貴方は殺してしまった。それで何とも思わないの? それだけ正直に答えて」
告げられた真実に、明彦は目を丸くして、手を小刻みに震わせ始めた。
わかりやすい明彦のリアクションを見て、十一号は安堵のような念を覚えると同時に、自分の中の明彦に対する怒りや恨みが、はっきりと和らいだのを感じ取った。
「何だよ、それ……今更そんなこと言われたら……キツいだろ……。俺、そんなこと知らなかったし……。ふざけんなよ……」
孤独で、誰にも愛されず、案じられることも無いと思い込んでいたにも関わらず、すぐ近くに自分を見て、案じてくれていた存在があったという事実を知り、激しい衝撃と深い哀しみに見舞われる。
「博とほとんど話したことなかったし、あいつの気持ちなんて、わかるわけないだろ……。もしわかっていたら、殺すよう言わなかった」
明彦の整った顔が皺くちゃになり、大きな双眸から涙が一気に溢れでた。
「殺せよ……殺してくれよ。あっちで博に謝ってくる……」
「罪の意識があるなら、償う方法を考えて生きて。私が手を汚すことも、貴方が自殺することも、博お坊ちゃんは望まないと思うから」
懇願する明彦にそう告げると、十一号は背を向けた。
「一件落着……でもないかなー?」
純子が呟きかけたその時、異様な邪念が迫り来るのを感じた。霊を操る術に長けた累とみどりも、その邪念の接近を感じ取る。
夜空を飛来し、全員の前に、怨嗟に満ちた形相で現れたそれは、霊感の乏しい者ですらはっきりと見える程、強烈な思念を放っていた。
「左京……」
青葉が空を仰ぎ、長年連れ添った同胞の変わり果てた姿を見て、哀れみを込めてその名を呼んだ。
「貴様らあぁぁあぁあぁっ! 呪ってやる! 今から呪い殺ぢでやるぞおぉぉおぉおぉっ! 覚悟しろおぉおぉぉ!」
時間をかけて複数の術を行使し、肉体を捨て、強大な悪霊と化した左京が、復讐しにやってきたのである。
「目障りです」
累が一言呪文を唱えると、鮮やかな緑の炎が噴き上がり、左京の霊を包んだ。
「ほんぎゃあああああっ!」
雫野の浄化の炎を浴びて、左京の霊は文字通りの断末魔の絶叫をあげ、完全にこの世から消え、冥界へと送られる。
「雫野の妖術師がいるんだし、肉体から離れたらアウトだとわかってて、それでもやってきたのかなー。もう少し早ければ、一瞬だけでも復活した獣之帝に会えたのにねえ。あばばば」
左京が消えた空を見上げ、みどりが笑う。
「左京は完全な形での獣之帝にこだわっていた。陛下そのものを取り戻そうとしていたのだ。それは一度死んだ者を蘇生するに等しい所業であるが、私もそれを望み、共に追っていた」
青葉がやるせない気分で語る。
「まあ、不可能だよねえ。死者の蘇生なんて。ましてや相手の魂は転生しているってのにさ」
青葉の言葉を受け継ぐ形で、純子が言う。
純子は左京や青葉の気持ちがわかる。自分と同じように、死者に焦がれ、追い求めたという点では同じだ。だが彼等は自分よりさらに歪な形で、それをかなえようとしていた。
「でもさー、記憶は失くしても、姿は変わっても、同じ魂なんだから、それで満足すればいいんじゃないの? それじゃあ駄目なの? 私はそれでも十分すぎるくらい満足だよー」
純子に諭され、青葉は先ほど八重に言われたことを思い出した。動物達はクローンである明彦ではなく、真を獣之帝と見なしていたことを。
その時丁度タイミングよく、真を乗せた熊がこちらへと戻ってくる。他の動物達も四方八方からほぼ一斉に戻ってきた。
「おかえりー」
「へーい、おかえりー」
「うえるかむばっく!」
純子、みどり、美香が真に向かって一斉に声をかける。
「何で一人英語なんだよ。終わったようだな。肝心のいいシーン見られなかったとか……」
大の字に倒れている明彦を見て、真が言った。
その真に向かって青葉が進み出て、平伏する。
「前世のことを覚えてはおられぬでしょうが、それでも、どうしても言わせていただきたい。前の世では世話になりました。そして……あの時、守れなかった己が非力、申し訳ない」
「それより今の騒ぎを起こしたことを謝れ」
百六十年分の想いを込めて力いっぱい謝罪する青葉に、真が身も蓋も無く言い放つ。
「現代にて起こした騒動も申し訳ない」
「うひっ、取ってつけたような感じの謝罪、ワロた。誠意なっしんぐ」
謝罪する青葉の言葉を聞いて、二号が茶化す。
「あいつは放っておいていいのか?」
真が明彦を指して尋ねる。
「奴の処断は十一号に任せたのだ! 我々は関知しない! それに不服のある者は!?」
美香が一同を見渡す。
「正直不服はあるけど、空気読んで見逃しといてやるよ」
麗魅が笑いながら言った。
「青葉……」
累が平伏したままの青葉に声をかける。立ち上がる青葉。
「ずっと恨まれていたようですけどね。先ほども言いましたが、僕は最初から獣之帝と戦うつもりも、斃すつもりもありませんでしたよ。成り行き上、仕方が無かったのです。二人共、好敵手を欲していましたし、成り行きで戦い始めたら、止まらなくなっていたのです。僕も、獣之帝も、戦いに生きる者でしたから。でも……憎くて戦ったわけでも、立場で斃したわけでもありません。あの時僕は、帝と穏やかな時間も過ごしていたでしょう? あのままでありたかったのが本心です……」
「そうであったか。しかし……もう恨んではいない」
自分を見上げて告げる累の言葉を受けて、憑き物が落ちたかのような笑顔を見せる青葉。
「貴方には特に迷惑をかけた」
八重が真の方を向いて言う。
「全くだよ。でも八重には世話になったし、お前のような子がいて助かった」
と、真。
(一番迷惑だったの、私なんじゃないかなあ……)
累や美香やみどりの前で、薬物投与で真が錯乱していろいろと口走った件を思い出す純子。
真の頭についていた蝙蝠がどこかへ飛んでいく。他の動物達も、ゆっくりとその場を離れていく。
「じゃあな」
真は熊から降りて別れを告げ、その顎をモフる。熊に顔をべろべろと舐められる真。
「わー、いいなあ」
羨む十三号。そして去っていく熊。
「ていうか……あの動物達さ、獣之帝の復活の気配を感じて、呼び寄せられたのまではわかるけど、一件落着のタイミングまで悟って帰っていたのが、よーわからんわ……」
「だよな。空気読みすぎだろ」
二号が疑問を口にし、麗魅もそれに同意した。




