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みどりを先頭にして、美香、十三号、麗魅、十一号の順番に洞窟を歩いていく。
みどりが先頭なのは当然案内のため。十一号が最後尾なのは、後ろから襲撃があった際に、近接戦闘で迎えうつためだ。麗魅もその勘定に入っている。
やがて五人は、みどりが口にしていた、怪しい儀式が行われているという広間に辿り着いた。
広間はかなりのスペースで、中心は加工して平らにされているが、横は手付かずの鍾乳洞のままで、石筍や石柱が多数見受けられる。
あちこちに怪しい色の炎が焚かれているので、広間そのものは通路よりずっと明るい。鮮やかなオレンジや、緑の炎が、神秘的なイメージを醸し出している。
(ふわぁ~、焚き火に塩や銅が混ぜられているのかな?)
みどりが思う。
広間の中心には、頭をフードですっぽり覆ったローブのような灰色の服を着た、腕切り童子と足斬り童子が何十人もうずくまり、祭壇に向かって両手を合わせ、一心不乱に祈りを捧げていた。
祭壇の前では、豪華な衣装の左京が、同様に祈りを捧げている。祭壇の周囲には四本の柱が立ち、みどりの報告通り、四歳から六歳くらいの男の子二人と女の子二人の計四人が、素っ裸で柱に磔にされていた。
美香達のいる距離から祭壇までは、かなり距離が離れているうえに、隠れて接近するような遮蔽物も間にない。
「よかったな。まだ生贄は殺されてないぜ」
と、小声で麗魅。
「ふえぇぇ~、ひでーな、こんな寒い中ですっぽんぽんで磔にされてるよぉ~」
すでに事前に精神分裂体を飛ばして知っているみどりであったが、美香達も目撃したところで、改めて思ったことを口にするみどりであった。
「年端もいかない子供にあんなことをして、何とも思わないの……。心まで化け物なの?」
「ああ、あの所業だけでも万死に値する」
怒りを押し殺した声で十一号と美香が言う。
「左京ってのはあいつか? 今なら隙だらけだぞ。さっさと殺っとくか?」
祭壇の前で瞑目している、いかにも偉そうな格好の法衣を纏った足斬り童子を指して、麗魅が美香に確認を取る。
「できるならそうしたいが、この距離では……」
美香が唸る。狙撃銃でもあればいいが、拳銃で当てるには、射程距離がいささか離れている。絶対に不可能という距離ではないが、コンセントの効果をもってしても、自分の腕では際どい線だと判断した。
妖怪達は必死に祈りを捧げているので、こっそりともう少し接近すれば、十分な射程範囲まで行けそうな気がしたので、全員でこっそりと近づく提案をしようとした美香だが――
「問題ねー」
麗魅が文字通りの目にも止まらぬ速さで銃を抜き、撃った。
後頭部を撃ち抜かれ、左京が倒れる。
(これが……神速の早撃ち――霞銃か……)
美香が麗魅の銃捌きを間近で見るのは、初めてであった。抜く所が見えなかったのも驚いたが、そのうえこの距離であっさりと仕留める麗魅の腕にも舌を巻く。
(味方だと心強いが、敵には回したくないものだ……)
味方であるにも関わらず、麗魅の腕を間近で見て、戦慄を覚えていた美香である。
「悪事の首魁があっさり死亡か。影武者というオチもありそうだが……」
美香が呟くと同時に、目の前の異様な状況に目を剥く。
「おいおい、どうなってのぉ~? これは?」
目の前の光景をみどりも不審がり、怪訝な声をあげた。
銃弾が撃ちこまれ、銃声が広間に響き、指導者である左京が殺されたというのに、腕斬り達も足斬り達も一切反応せず、祈りへと没頭している。磔にされた子供達だけが、意識を取り戻して、死体となった左京の姿を見下ろして驚愕していた。
「薬でトランス状態なのか、それとも偽者だったか……」
麗魅が銃を構えたまま呟く。
「トランスじゃね? 偽者だとしても銃声や襲撃に反応くらいするよォ~」
みどりが言った。
「言われてみりゃそうだね。まあいずれにせよ好都合だ。さっさとあの子達を助けてきなよ。あたしはもしもの時に備えて、ここにいて援護する」
「頼む! 幸運の前借!」
美香が麗魅に向かって言うと、予め運命操作術をかけておいてから、先陣を切って広間に飛び出て、そのまま柱にくくりつけられている子供達の方へと向かう。十一号、みどりもそれに続く。
妖怪達はその三名にも全く反応せず、祈り続けている。
(異様だな! しかしどんな事情があるか定かではないが、有り難くもある! 油断はできんが!)
不気味さだけではなく、形容しがたい嫌な予感を覚える美香であった。
***
意識が戻った真は、ゆっくりと上体を起こした。
「真……大丈夫ですか?」
身を起こした真に、累が声をかける。
目が覚めた真とまず目が合ったのは、枕のすぐ横で頭を伏せて、自分をじっと見上げるツキノワグマだった。
「……」
さらに周囲を見渡し、己の周囲がいろんな種類の動物で囲まれているのを見て、真は再び布団をかぶって床に就いた。
「大丈夫じゃないみたいだ。まだ幻覚が見える。周りが動物だらけだ。熊までいるし」
「いや、それ幻覚じゃねーっすよ」
二号が言った。
「この動物達は何なんだ? 僕はどのくらいおかしくなって意識を失ってた?」
布団の中から、敵意の全く見受けられない熊に手を伸ばし、その顎を撫でる。
(やっぱり先に熊触りたくなるよねー。安全という大前提があるけど)
とりあえず真っ先に熊をもふる真を見て、純子は思う。
「動物は獣之帝の復活が近くて呼ばれたみたい。で、あと数時間で帝復活の予定日になるよ」
真の問いに答える純子。
「まだ時間があるなら、お互いに情報を出し合う猶予はあるな」
そう言って真は、自分が知る限りのことを話したものの、その多くは純子達も知っている情報であった。逆に純子の口から教えられた話は、真の知らなかったことが多い。
「八重はどこだ?」
純子の話を聞き終えた後、真が問う。
「隕石が落ちた時、消えていた。あのどさくさに紛れて逃げたようだ」
梅尾が言った。
「左京が仕掛けた運命操作術――運命の特異点は、抗えば余計に厄介な事が起こり、運命への軌道に引き戻されると、明彦が言っていた」
隕石によってできた穴に視線を落として、真は語る。
「獣之帝――いっそ抵抗せずに復活させてみたらどうだろう」
「何を……言ってるんですか、君は……」
思いもよらぬ真の発言に、累は啞然とする。一方で純子は、興味深そうな視線で真を見て、話に耳を傾ける。
「左京の運命操作術――運命の特異点とやらに抗う有効な手立てが無いんだろう? とにかく頑張って抗ってみよう程度で、決定打が無いなら、逆らわない方が楽なんじゃないか? それに、獣之帝が蘇ったとして、僕がそれで死ぬのか?」
「獣之帝のクローンに、あなたの魂をひっこぬいてぶちこめば、復活するって言ってたんだから、魂ぬかれちゃったら……死ぬんじゃないかにゃ?」
真の問いに対し、七号が思ったことを口にする。
「いいえ……。魂が一時的に……離れた程度では、すぐに死に……至るわけでもありませんね。長時間の経過は……幽体離脱の術に通じていない者だと……死の可能性が高まります」
累が七号の言葉を否定しつつ、幽体離脱に関して軽く説明する。
「みどりの力ですぐに引きずり戻せばいい。累も同じことできるか?」
「みどりの方が得意でしょうけど……一応できます」
真の質問に頷く累。
(真兄……獣之帝の力がどれほどのものか、確認したいとか、復活させて何か得られるものが無いかとか、そんなこと企んでいるみたいだけど……そりゃリスクでかいと思う~)
真の台詞はみどりも聞いていたし、その目論見も全て筒抜けであったがため、真にテレパシーで忠告する。
「んー、逆転の発想かー」
純子が真の方に顔を見たまま、口を開く。
「それならもういっそのこと、獣之帝復活にこちらも協力するってのはどうかなー?」
と、屈託のない笑みを浮かべて純子。
「ぐへえ……どーしてそーなる……。今までの皆の苦労は何だったんだっつーの」
二号には、真と純子の発想が全く理解できなかった。
「それでもいいな。ただ、他のメンツが賛成するかどうかが疑問だ」
「僕ははっきり……反対です……」
累が啞然としたままの様子で言う。
(みどりもはんた~い……って、今そっちの話聞いてる余裕子無いから、テレパシー切るっ)
と、一方的にみどりが念話を送る。
「運命が強引に一つの結果を出すのなら、運命に抗うと、いらぬ犠牲も出しかねない。獣之帝の復活に危険が無いなら、それを実行させてしまっていいだろう」
「危険が無いと何故言い切れるんですか……」
真が説得するが、累は折れない。累は獣之帝の復活に懐疑的な一方で、獣之帝と実際に戦い、その力を直に知る者でもあるので、もしも獣之帝が完全な形で復活したら、対処は困難だと見なしている。
「お前達が魂引っこ抜けるなら、僕の身に危険はないだろ? そういうことだ。復活した獣之帝どうこうは後で考えればいい」
「凄い……薬うって頭おかしくなってから意識戻ったばかりなのに、真君てば冴えてる」
「それ冴えてるって言わない。ただの問題棚上げ。いや、先送り」
真の言葉に感心する純子と、的確な突っ込みをする二号であった。




