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マッドサイエンティストと遊ぼう!  作者: ニー太
20 自分のクローンと遊ぼう
653/3386

15

 曇天だった空に大きな切れ間が生じ、空が鼠色とオレンジのコントラストで彩られる。

 シルヴィアは大きく息を吐き、夕焼けの美しさに心を癒す。


 足元には人ならざるものの死体が無数に転がっている。そして周囲ではつい先程まで戦っていた戦士達が、自分と同じように一息ついている。


「数は多いわ、術使ってくる奴も複数いるわで、中々キツい。しかも撃退しても、しばらくしてまた追加が来るし」


 地面に転がる妖の骸と、運ばれていく負傷者達を横目に、シルヴィアは小さく息を吐く。シルヴィアもかなり疲労しているが、銀嵐館の当主という立場があるため、へばった所を見せられない。だが荒い息や汗は隠せない。


 現在、シルヴィアと銀嵐館の構成員達がいるのは、朽縄一族の本拠地の敷地内であった。広大な庭園の中に、巨大なとぐろを巻いたような前衛的なデザインの建物がそびえたっている。その建物の前で、つい先程まで激しい戦闘が繰り広げられていた。


「またくるだろう、な。今は小休止だ、な」


 朽縄正和が涼しい顔で告げる。この男もひっきりなしに妖術を使って交戦していたにも関わらず、全く疲労しているように見えない。


(底知れない奴だぜ。流石は朽縄の棟梁)


 自分も見習いたいと思いつつ、部下から放り投げられたドリンクを受けとり、飲むシルヴィア。乱暴な飲み方で、口からあふれた液体が喉をしたたり落ちて服を濡らすが、気にしない。


「こっちの死者は銀嵐館一名と朽縄二名に留まった。重傷者は何人も出たが、それでも勝利は勝利だ。銀嵐館と朽縄の即興のコンビネーション、中々うまくいったみてーだ」


 部下から聞いた報告を、正和に向かって言うシルヴィア。


「白狐家から連絡があった、な。あっちは星炭輝明の助力もつけたそうだ、な」


 代々妖怪退治の専門の妖術師の家系、星炭流妖術の継承者の名を口にする朽縄。


「それと奴等の前線の指導者の名前だけわかったそうだ、な。青葉とかいう名前で、そいつの居場所を今捜索しているそうだ、な」

「頭をとれば終わるような単純な戦いならいいけどな」


 シルヴィアが言う。どうもそうではない予感がする。


「さらに襲撃ですっ! 敵の数は足十二、腕十!」

 朽縄の兵が報告する。


「やっぱり来た、な」

「おつかれさんだ」


 正和が無表情に言い、シルヴィアが息を吐く。


「白狐の方もまた来たようだ、な」

「明らかにタイミング合わせているな。何企んでいるのやら」


 敵の目論見はわからないが、波状攻撃を仕掛けてくる足斬りと腕斬りが、ただ何も考えずにこちらを滅ぼそうとしているのではない事だけは、直感的にわかる。しかし防戦に徹しているこの状況で、その意図は計り知れようがない。


***


 夜。梅尾と有馬の家に泊めてもらった美香達は、早々に布団の中へと入った。

 布団が足りないので、窮屈だが美香と十一号は同じ布団で寝ていた。


「オリジナル、起きてる?」


 同じ布団にいる美香にしか聴こえないような音量で、十一号が声をかける。


「ああ。さすがにこの時間では眠れない。しかしここは敵地も同然。眠れる時に眠った方がいい」


 時計を見て、美香が言った。布団に入ったのは三十分前。今の時刻は午後九時だ。


「そうは言っても、オリジナルはどこでもすぐ眠れるわけじゃないでしょ」

「うむ。理想論だな。どこでもいつでも眠り、英気を養うことができるスキルが欲しい所だ」


 十一号の突っ込みに、微笑を交えてそう答える美香。


「何だか物凄い大事になっちゃってきてる……」


 十一号が不安げな響きのトーンで呟く。


「お前が今何を考えているのか、思っているのか、手に取るようにわかるぞ。しかし、ここで引くのは無しだ。一人は皆のため、皆は一人のため。私達は同じDNAの絆で結ばれている。私達は私達を全力で守るし、助ける。お前だってそうだろう?」


 静かだが力と熱のこもった口調で語る美香。


 十一号は美香のこういう所が、好きでもあり嫌いでもある。憧れ、尊敬するし、こちらの胸も熱くなる。熱くさせる。だがその一方で、惨めな気分にもなってくる。生まれてそう日も経っていない自分が、人生経験でオリジナルにとてもかなわないのは仕方ないが、自分と差が有りすぎて、同じDNAを持つ存在という事実が、とても信じられない。


「同じ遺伝子なのに、同じ顔なのに、頭の中身は皆全然違うのは不思議」


 劣等感を誤魔化すように、十一号は呟いた。


「全然ではない。よく観察していると、嗚呼、やっぱり私なんだと思える、共通する部分もよく見受けられる。性質や考え方の問題でな」

 美香が言う。


「例えば?」

「皆して純子の改造手術を受けて力を望んだし、裏通りという危険な領域に関わる事も、抵抗を感じず受け入れた。私は嫌なら無理することないと何度も言ったが、無理している様子さえ無かった」


 美香のその答えは、果たして同じ部分と言えるのだろうかと、十一号は疑問を抱いた。

 全てのクローンが美香と行動を共にする選択をしたわけではない。美香と共に生きるという選択をしたからこそ、力を望むという選択も同時にしたのであるし、それを共通事項にあてはめるのは無理なように感じられたが、口に出して否定はしないでおく。


「当然、私達の魂は別だ。同じ顔でも別の人間だ。だが同じ遺伝子を持つ者同士だ。例え同じ遺伝子を持つクローンであろうと、環境によって性格や物の考え方など異なるものになると思ったが、どこか根本的な部分においては、共通していると私は見た。口ではうまく説明しにくいから、お前も感覚的に感じろ。悟れ」


 この言い方ならまだ、理解も納得もできる十一号だった。


***


 午後零時。タクシーでようやく指定された場所に到着する。


「うひぃ……真っ暗だよ。お化けでそう。あ、妖怪と戦うわけだから、お化けは出るんだ」


 電灯もろくにない田舎で、ホログラフィー・ディスプレイの灯りと地図を頼りに、二号は歩きながらぼやく。


「途中から道消えてんな。って、これ? これが道?」


 林の中に続く舗装されていない道をディスプレイの灯りで照らし、二号は顔をしかめた。


「夜に無理して来るんじゃなかった……。何であたしがあの爺の死亡手続きあれこれしなくちゃなんねーんだよ。そのうえ遺産目当てのハゲワシ糞親族共と怒鳴りあいして、喉痛いし。あいつらのせいで……」


 ぶつくさ言いながら舗装されていない道に踏み込んだその時、二号は殺気を感じとる。

 雲が晴れ、月明かりに照らされ、周囲に無数の人影が浮かぶ。四本腕の長身の化け物と、小柄な化け物が、それぞれ数体。


「ぐおおお、こんな出迎えはいらねーっスよ。つーかオリジナルとその他大勢の劣化コピーズは何やってんじゃーい。あたし様がピンチだぞぉ~」


 動揺して喚く二号に向かって、腕切り童子と足斬り童子が一斉に向かってくる。


(この数じゃあ、流石のあたしでも無理くせー……)


 アスファルトの道路へと走って逃げながら、二号は思う。


「あひゃひゃ、御主人様が逝ったその日に、あたしも逝くか。それも悪くねーなー……」


 走りながら呟いた二号だが、不意に立ち止まって、かぶりを振る。


「否。この月那美香二号には夢がある」


 走って向かってくる敵の方に振り返り、決然たる面持ちで宣言する二号。


 迫る足斬りと腕斬りが、二号の前で突然続けざまに転倒した。そして地面に這いつくばったまま、ほとんど身動きの取れない状態で呻く。


 夜であることが功を奏した。二号の前方地面に起こった変化に、妖達は気がつかなかった。数メートル四方の地面が、真っ赤に変色していた事に。

 二号は振り返ると同時に能力を発動させている。亜空間の中に保存していた触媒を取り出し、地面に撒いていた。

 地面に広がるそれは、血液を粘着質に変質させたトラップだった。足を踏み入れた妖怪達は次々と足を取られて転倒し、さらに体全体がくっついて、動きを完全に封じられていた。


「素敵な男と知り合い、恋愛し、処女を捧げ、オリジナルと劣化コピーズに『あたしは好きな男とちゃんとHして処女捧げたぞ。おめーらは枕営業したり変態御主人様の嬲りものにされたりが初体験だろーがな。ざまー』と、思いっきり見下して罵ってやるという夢が……。ふひひひ、その場面を想像しただけで涎が垂れてくるぜ。ぐへへへ」


 二号のその独り言は、まだトラップにかかっていない妖怪達の耳にも聞こえていたが、発言をキモがるよりも、仲間達の異変の方に気をとられている。


 二号は己の能力をオーガニック・トラップと名づけている。視界内にある有機物を増殖させて、その呼び名通り、様々なトラップへと変形させる事が可能だ。

 自分の体も含め、生きている動物をトラップ化する事は不可能だが、植物に関しては、生きていてもトラップに変える事ができるため、恐れて逃げずに林の中で戦闘した方が良かったと、今更後悔する二号。予め製作したトラップを数多く亜空間に保存しているが、ストックは限られているので、その場にあるものを利用した方がいい。

 ちなみに罠以外の用途の物へと変形する事は不可能で、イメージに強く依存する能力であった。


 妖怪の一人がライトを照らし、転倒してうつ伏せに地面にへばりついている仲間と、地面にぶちまけられた血液を確認する。


「回り込め。地面に気をつけろ」

 ライトを照らした妖怪が指示する。


(飛び道具持ってないみたいなのはラッキーだけど、罠のストックには限りがあるし、残り二つで殺しきれるかな?)


 一度に作って温存しておける罠は、四つまでが限度だ。そのため、保存してある罠は三つまでにしている。残り一つは、周辺にある有機物――主に植物を利用する。


 道路を離れれば木も草も豊富にあるし、利用はできるだろうが、植物をトラップ化して攻撃して、警戒されれば、また道路に戻られるであろう。


(つまりあと三回のうちに、全員始末しないといけない。うひっ)


 そう計算し、次なるトラップを発動させようとしたその時、立て続けに三発銃声が鳴り、回り込もうと動いていた三人の妖が倒れた。


「月明かりも馬鹿にできないな。ここまで真っ暗だとよ」


 二号の後ろから女の声が響く。声の位置からすると、かなり離れているように思える。


(結構離れた距離から、この暗闇の中で、正確に三人撃ち殺したとか……すごくね?)


 二号がそう思った矢先、さらに三発の銃声。さらに三人死亡。


 残った妖怪は二人。流石に分が悪いと判断し、一目散に逃げていった。


「うへへへ、危ないところを助けていただき、どうもありがとございやした」


 振り返って、揉み手で礼を述べる二号。


「月那美香――じゃねーな……。クローンの一人か。同じ目的なら、一緒に行くか?」


 卑屈な態度の二号を見つつ、樋口麗魅は声をかける。


「いひひひ、そりゃあもう、喜んで。哀れで非力な月那美香二号ではありやすが、精一杯お役に立たせていただくでげす」


 腰を低くして揉み手を続け、スキップしながら麗魅の後に従う二号であった。

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