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美香達と会った足斬り童子は、梅尾と名乗った。
彼の家に入ると、他にも足斬りが一人、さらには人間の少女が二人いて、梅尾は美香達を連れてきた事情を説明した。
家の中は、古めかしい外観と同様に、中もいかにも田舎の古い家といった造りではあったが、部分的に所々に、文明の利器が見受けられる。
「泊めるには布団が足りないな。お前達、隣から布団を借りて来い」
少女に命じる梅尾。
「親切にどうも! ちなみにまた一人追加で来る!」
「一人くらい布団を押し込んで使え。で、何が聞きたい?」
梅尾が囲炉裏の前に腰を下ろす。美香達もその前に座る。
「ここには何人くらいいる!?」
「村の人口は三千。足と腕が千、人が千といったところで、綺麗に分かれてる。そして人は別として、腕と足の穏健派が千、好戦派が千と、これまた分かれている」
「多いですね……結構」
十三号が美香の顔を見る。
「妖怪の隠れ里にしてはかなり多いらしいよ。まあ、長い時間をかけて一生懸命増やしたのさ。この時のために」
もう一人の足斬りが声をかける。お盆に茶とお菓子を乗せてもってきた。
「おっと、俺の名は有馬だ。まあ増やしたはいいが、全員が全員、くだらん復讐に賛同したわけではないのさ。当たり前だがね。何故わざわざ、死ぬかもしれんのに戦って、殺して、知りもしない先祖の恨みとやらを晴らさねばならんのかと。しかも獣之帝などという化け物を蘇らして、人の世の転覆を計るなど、正気と思えぬ時代錯誤だよ」
「わざわざどうも!」
「御馳走様にゃー、いただきますにゃー」
「ありがとう」
「いただきます」
有馬に茶を淹れてもらい、美香達は一斉に茶をすする。同じ顔をしてほぼ同時に茶をすする動作をする美香達を見て、梅尾と有馬はおかしくて思わず笑みをこぼす。
「そのうえ、人として生まれた者への扱いのひどさといい、好戦派の所業は目に余る。奴等が滅びてくれても、俺は全然構わんよ。むしろその方がここは良くなるだろうさ。ま、そんなわけで協力できることは協力するよ。その代わり穏健派には手をかけないようにしてくれ。まだお仲間がいるなら、お仲間にも言っておいてくれな」
「サンクス! そして承知した!」
梅尾の話を聞き、美香は力強く頷くと、どんと己の胸を叩く。
「千人も敵に回すかもしれないの?」
「思ったより多いですね」
十一号と十三号が顔を見合わせる。
「いや、そのうちの大半は外に行ったよ。朽縄一族と白狐家と銀嵐館を潰すためにな。左京の占いによると、ここ数日の間がこの百年のうち、我々にとって最良の運気が訪れるとさ。だから今、一斉に動きだしたというわけだ。特に明後日は最高潮になるらしい」
穏やかな口調で語る有馬。
「数なんてのは、人の世の警察だの兵隊だのに比べれば大したことあるまい。問題は好戦派の中に、無双できるほどの強者もいることだ。何よりも恐ろしいのは、左京は、占いに運命操作術まで絡めているとのことだ。知っているか? 運命操作術という超常の術」
「知っているも何も、私もその使い手だ!」
梅尾の言葉に驚きつつも、美香はアピールする。
「本当か? そいつはたまげたね」
「で、左京とは何者だ!」
尋ねる美香に、梅尾は少し眉をひそめた。
「俺達足斬りの指導者さ。嫌な奴だよ。腕斬りの頭を張る青葉は、さっぱりとした奴なんだがね。まあそれでも、好戦派だからろくでもないが」
「好戦派は好戦派でまた派閥が割れている。青葉派と左京派でな。ややこしいが、腕斬りの指導者の青葉の支持者が全て腕斬りというわけでもなく、腕も足も含まれる。左京もそうだ。足斬りのトップだが、支持者には腕も足もいる、と」
梅尾と有馬が続けざまに、村の妖怪達の構図を解説してくれる。
「青葉は俺達穏健派にもわりと支持されているのが強みだな。脳筋属性なのがタマに傷だが、人間への処遇を良いものにしようともしている。だが左京は人間への恨みがひどく、家畜か奴隷のように扱う。その辺で、青葉と左京はよく言い争いにもなるようだ。まあ、左京が糞野郎、青葉がマシな奴と覚えておけばいい。そしてもう一人の指導者がいる。首斬り童女という変異種の、八重という女だ。こいつも好戦派だが、好戦派の中での思想的立場は、よくわからんな。中立とも見れるが……」
「ううう……覚えるのに苦労します」
基本的に学習力の高いクローン達の中でも、少々物覚えが悪い十三号は、梅尾の話を聞いていて、混乱しそうになっていた。
「その青葉に説得は無理か!?」
「難しいだろう。しかも今は指導者三人とは他に、獣之帝そのものが村におられる。三人の上に帝がいる形だ」
美香の質問に、有馬が文字通り難しい顔をする。
帝は真のことを指しているのだろうかと、美香は勘繰る。真の前世が獣之帝と知り、彼等も真をさらったのであろうが、真が妖怪達の言いなりになるはずもないし、真が妖怪達を従わせるとも考えにくい。
「私達は朽縄の分家を襲った者を追っている! そのうち二人が手足を斬られて殺され、一人が手足を斬られて行方不明! 一人は全く行方不明だ! 心当たりは無いか!?」
美香の質問に、梅尾と有馬は顔を見合わせる。
「それは朽縄寛子と朽縄明彦のことか?」
「ビンゴ!?」
有馬の口から出た名に、美香は笑みをこぼし、十一号は真剣な面持ちになる。
「二人共生きているのですか?」
「ああ。一応はな……」
十一号の質問に、曖昧かつ不穏な答え方をする有馬。
「寛子は左京の子飼いだよ。寛子の親も、そのまた親もな。血を辿っていくと、この村の者になる。村の女を銀嵐の血を引く者に嫁がせ、さらに出来た子だか孫を白狐に、さらにその子だか孫を朽縄に――という風に、かつての敵の血を全て混ぜて出来た女が、朽縄寛子だ。幼い頃から密かに左京の息がかかっている。実質、左京の奴隷だな」
梅尾の話を聞いていて、十一号は気分が悪くなってきた。美香もおぞましさを覚える。
「どうしてそんなことをしたの? まるで命を弄ぶかのように……」
「全ては獣之帝を蘇らせるためだ。そして寛子の腹を借りて生まれた明彦こそ、左京と好戦派達が待ち望んだ主――獣之帝だ」
十一号の問いに対し、梅尾が思いも寄らなかった言葉を口にした。
「全然わからん! いきなり話が飛んだぞ!」
「寛子はあくまで呪術的な意味合いで造られた、帝を生み出すための母体。そして明彦は帝そのものだ。体だけはな。つまり――明彦は帝の細胞から作り上げた、クローンなんだ」
梅尾が告げた真実に、美香達は他人事とは思えぬ衝撃を受けた。




