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『今夜サプライズがある! 見ておくように!』
前もって美香にそう言われていたため、指定された日時、リビングルームにてテレビをつけ、音楽番組の生放送を視聴する構えの雪岡研究所の面々。
「ふわぁ~、サプライズっていうからには、ただの新曲の発表とかじゃないよね~?」
テレビを見ながら、床にあぐらをかいて座ったみどりが言う。後ろのソファーには純子が座り、横には真と累が並んで座っている。鉢植え生首幼女のせつなもいる。
「んー、何となく察しつくけどねー」
何となくではなく、純子は美香が何をしようとしているのか、ほぼ確信していた。
「えー、何なのカナ? せつなは馬鹿だから見当もつかなーい」
わくわく顔のせつな。
(きっとあれだろうな……)
(ああなるんでしょうね……)
真と累も、美香が前もって告げたサプライズとやらの正体を、大体予想していた。
『次はこちらで~す。何と月那美香さんがこの度、バンドを組んで新曲を披露してくれま~す。名づけて~、ツクナミカーズ~。それではどうぞ』
「ダセぇ……」
おかっぱ頭の司会者が口にしたバンド名を聞いて、本音をこぼしてしまうみどり。
画面がステージへと切り替わり、五人の少女のシルエットだけが映る。そのシルエットを見ただけで、純子と真と累は予想が正しかったことを確信する。
しかしライトが灯り、お茶の間で番組を見ていた者達は一人残らず驚愕する事となる。
「えええええっ!?」
「うっひゃあ、そういうことかぁ……」
せつなが驚愕の声をあげ、みどりが納得した。
五人の少女は、全て同じ顔、全て同じ体型で、衣装だけが異なっていた。その全てが、月那美香のそれである。
演奏が始まった。
「よくクローン達にこんな短期間で、人前で演奏できるほど仕込んだな」
真が感心する。
「彼女達は生まれたばかりだからねえ。わりとどんなことでも、覚えるのが早いんだよー。いや、多分それだけじゃなく、吸収が早いように作られてもいると思う。私がクローン作った時もそうしたしねえ」
純子が解説する。
「く、クローン!?」
事情を知らないせつなが声をあげる。
「せつなちゃんには後で説明してあげるねー」
せつなの方を向いて純子が言った。
「ふわあぁ~、四人もクローン集めてたのかぁ~」
「本当はもっと連れてきたよ。美香ちゃんのクローンだけでも数が多かったけど、それ以外のクローンも次から次へと連れて来て、ぜーんぶ私が改造して不老化処置しといたよ」
感心するみどりに視線をやり、微苦笑と共に純子が真相を明かす。
延命したクローンの中には、改造手術を望む者もいるかもしれないという下心もあったのと、美香の勢いで断りきれない空気があったため、この面倒な作業を了承した純子である。結果として、実験台希望者もそこそこいたために、純子としては元が取れたと思っている。
(もっとも、死にかねない危険な実験は一切できなかったけどねー。それやっちゃうと、美香ちゃんに凄く怒られそうだし)
声に出さずに裏事情を呟く純子。
「歌終わったらネットの反応見てみようぜィ。きっと――」
みどりが言いかけたその時、生放送中の番組内で、とんでもない事態が発生した。
『ふにゃああああああぁああぁぁぁっっ!』
突然ギターを担当していた美香クローンが演奏を止め、咆哮をあげると共にギターを振り回し、手当たり次第にセットに向かって殴りだしたのだ。
「何が始まるんです……?」
「あれは……七号ちゃんだね。これは不味いかも」
呆然とする累。純子も苦笑いを浮かべる。
『やめるんだ! 七号!』
流石の美香も歌を中断せざるをえなくなり、暴れまくるギターのクローンを止めに入った。
「演出じゃなかったのか……」
美香が必死の形相でクローンを取り押さえようとするのを見て、真が呟いた。
『ひゃっはーっ! もう誰にもにゃーは止められなあいにゃあぁぁぁっ!』
暴れているクローンが叫んだかと思うと、ステージの何箇所かが爆発を起こした。さらには手に持つギターが炎に包まれる。
「あれも演出ではない……と?」
「うん、あれは七号ちゃんの能力が暴走しているんだよー」
尋ねる累に、純子が苦笑を張り付かせたまま答える。
『どりゃああああっ! 死にくさるがいいにゃああぁぁっ!』
止めようとする美香を振り払い、クローンがギターを振りかぶり、カメラに向かって殴りかかった。
画面が真っ暗になったが、約三秒後、お花畑へと変わった。
一同呆然として、『しばらくお待ちください』のテロップの出たお花畑を見つめている。
「純姉……こうなることも察しついてたのぉ?」
「ううん……」
みどりの問いに、純子は首を横に振った。
「クローンを四人改造したから、ユニット組むことだけは予想してたけど……。流石にこんな事態は……」
「美香からしてみても……想定外でしょ」
累が言う。
「ネットの反応……一層楽しみだね……」
言いつつみどりが、空中にディスプレイを投影してネットを開いた。
***
同じ頃、純子達のいる上――カンドービルの一階にある、裏通りの住人が足を運ぶバー、『タスマニアデビル』。二人の女性が勘定を済ませ、店の外へと出た所であった。
「悪いな、早く上がらせちまって」
金髪の女性――いや、まだ少女と言っていい年齢の白人が、高い声で謝罪する。スレンダーな肢体に、後ろ髪だけを短く束ねて細く伸ばしている美少女だ。
「いいってことよ。あたしも仕事疲れで、今日は早くあがりたいと思ってた所さ」
飾り気の無いくすんだジャンパーのポゲットに両手を入れた、猫背の女性が笑う。こちらは二十代半ば程だ。やや斜視が入っているが、十分に美人と呼べる容姿の持ち主である。
「でもせっかく奢ってもらったのにな。急な仕事が入っちまって。……ったくよ」
白人美少女――情報組織『オーマイレイプ』最高幹部にして、護衛屋一族『銀嵐館』の当主でもあるシルヴィア丹下は、忌々しげに嘆息する。
「今回はシルヴィアの情報で特に助かったから……な?」
ビルを出た所で、殺気を感じ取り、声のトーンを変える麗魅。表情も微妙に変化している。
シルヴィアも同様に察し、こちらは露骨に不機嫌そうな顔になる。それを横目で見て、麗魅は微苦笑をこぼす。察知していることをその顔で、襲撃者にあからさまに伝えてしまっている。
こっそりコンセントを服用してから、二人は無言で並んで歩きだす。二人して南下し、夜叉踊神社の横手に移動する。この時点で人気の少ない道へと入ったが、まだ何事も起こらない。
繁華街を抜けて市街地へと入り、安楽大将の森方面へと向かう道へとさしかかった所で、殺気が膨らんだ。
銃撃を先読みしてその場を左右に飛びのいた麗魅とシルヴィアであったが、銃声は無い。銃創も見当たらない。
襲撃者達はここにきて堂々と姿を現した。背後からも、行く先からも現れ、二人の前後を挟む形となる。
「何だ……こいつら」
十人以上はいるその者達を見て、麗魅は目を剥いた。その姿は明らかに人外。二種類の人外であった。
一種は、四本の手を供え、上の手に斧をそれぞれ二本持ち、額からは一本の角が生えた、青白い肌の背の高い妖。これが六体。
もう一種は、背丈は子供くらいだが異様に筋肉質で、口が大きく裂け、鋭い牙が外向きに生えた、青黒い肌の妖。両手には鉈を持っている。これが九体。
「小さいのは飯食う時大変そうだなあ」
麗魅が声をかけるが、人外の襲撃者達は反応しない。
「麗魅、気をつけろ。伝承が本当なら、こいつらかなりできる」
シルヴィアが警告を発し、何も無い空間に、高さ2メートル以上、幅1メートルにも及ぶ巨大な銀の盾を呼び出す。
それを見て、二種類の妖怪が一斉に動いた。
(速いな)
口の中で呟きつつ、麗魅はすでに二匹の青い小さい妖怪を銃で仕留めていた。
(低位置から切り込んでくる小さい方が厄介かな?)
そう思ったが、青黒い小さい方も青白い大きい方も、速度や動きはかなり差があるように感じられた。個体によって戦闘力がまるで違う。種類で見ない方が良いと判断する。
「おらああああっ!」
雄叫びと共にシルヴィアの細い腕が膨張し、服が盛り上る。腕だけではない、肩や胸の筋肉も膨らんでいるが、そちらは服の上からでは見づらい。
怪力によって巨大盾を振り回し、青白いノッポの妖怪二体の胴体をあっさりと切断する。さらに盾を構えなおし、盾ごと突進して、青黒い小さな妖怪達を何匹もまとめて弾き飛ばす。
「相変わらず豪快なこって」
横目でシルヴィアの戦いぶりを見て、おかしくて笑ってしまう麗魅。
隙を見せたと思って麗魅に一気に飛び掛ったチビ妖怪の一匹だったが、視線を向けることもなく撃った麗魅の銃撃によって、額を穿たれてアスファルトに顔から落ちた。
さらに残りを一気に始末しようとする二人であったが、残った個体は簡単には倒せなかった。防戦へと回り、巧みにシルヴィアの攻撃をかわす。
妖怪の一匹が隙をついてシルヴィアに迫ろうとするが、そこに麗魅の銃が火を噴く。
シルヴィアが手こずる一方で、麗魅の銃はかわしきれずに、妖怪達は徐々に死んで数を減らしていく。
「退くぞ。その銃使いの方が手強い」
「何だとコノヤロー!」
その数を五体まで減らした所で、リーダー格の青ノッポの指示を耳にし、シルヴィアが怒鳴る。それを見てまた笑う麗魅。
「俺の方が強いだろ!? 一応これでもオーバーライフだし、実績も上だし!」
「なははは、じゃあ試しに勝負してみっか?」
逃げていく妖怪達を見送りながら、シルヴィアは麗魅に向かって言い、麗魅は肩をすくめて笑い、冗談を口にする。
「で、あいつらは何なのよ?」
「足斬り童子と腕斬り童子」
麗魅の問いに、シルヴィアは憮然とした顔で答えた。
「で、それは何なのよ? つーかさ、どっちが狙われたんだー? あたしは化け物に狙われる覚えはないぜ」
「大正時代、国家転覆を目論んだ妖怪達の王『獣之帝』に仕えた妖怪だ。銀嵐館とは、一応因縁がある。狙われたのは俺だろうな」
シルヴィアが言い、舌打ちと共に盾を消した。
***
真が大きくくしゃみをする。
「風邪? 噂?」
純子が冗談めかす。
「噂じゃないか」
手についた唾液をティシュでぬぐいながら、風邪だと嫌だなと思いつつ、真は答えた。




