二つの序章
彼女は番号で呼ばれることに抵抗は無い。たとえクローンであろうと、自身も月奈美香であるという自負があるので、番号で呼ばれる方がいいくらいだ。今更別の名前など欲しくない。
おそらくそれは、他のクローン達も同様であろうと思う。
与えられた番号は十一号。単純に十一番目に作られたという意味で、生まれた時からそう呼ばれていた。
売り物として売られた先で、どのような扱いを受けるか、不安が無かったわけではない。それとごろか不安で仕方なかった。売られる前に、買い手次第では辛い目にも合う可能性があると、予め聞かされていたからだ。
売り物として売られた先では、主の家族からは十一号と呼ばれていたが、主からは美香という呼び名で呼ばれた。
十一号の主となったのは、まだ十二歳の少年だった。裕福な家の次男であったが、イジメにあって登校拒否となり、自分をいじめない友達が欲しいと望んでいた。そして、月奈美香の大ファンであった。
少年と十一号はすぐに仲良くなった。少年は少しわがままな所もあったが、無邪気で思いやりがあり、十一号は楽しい毎日を過ごしていた。ほぼ四六時中、十一号と少年は一緒にいて、いろんな話をして、いろんなことをして遊んだ。
自分がクローンであることを気に欠けていた十一号であるが、少年は本物の月奈美香より自分の方が良いとまで言ってくれた。涙が出るほど嬉しかった。
日が経つに連れ、少年に対する想いが十一号の中で次第に膨らんでいく。自分にとってかけがえのない存在と認識するのに、そう長い時間はかからなかった。
生まれてから間もないあの頃が、最も幸福な思い出として、十一号の中で残っている。
幸福な日々は、突然終わりを迎えることとなる。
その日、腹を壊した十一号が長時間のトイレから出た時、世界は変わっていた。
屋敷の使用人達は、一人残らず物言わぬ骸となって転がっていた。全員、両手の肘から先、両足の膝から下を切断され、殺されていた。
食堂では十一号の主である少年と、少年の父親が同様の死に方をしていた。十一号はまだ温もりの残る少年の亡骸にすがりつき、泣き喚いた。
泣きやんだ所で、十一号は奇妙な事に気がつく。
食堂では一家揃って食事をしていたはずだ。少年と、少年の両親と、十九歳になる少年の兄がいたはずだ。なのに、死体は少年とその父親の分しかない。
もう一つおかしいことに気がつく。少年の母親と思われる両手足だけは、切断されて転がっていたのだ。
警察を呼び、唯一の生存者である十一号は警察に保護された。少年とその父親の死因は失血死だった。
事情聴取の際、自分がクローンであることも警察に包み隠さず話したその数時間後、十一号は自分と同じ顔の少女と対面する事となる。
それが一ヵ月半前の話。
***
平井村が神奈川県より東京府へと編入されて、もう三十年以上になる。一年前の震災以外、村にはこれといった大きな事件も無かった。その日までは……
ある日のこと。村のあちこちで何人もの村人が、両足の膝から下、もしくは両腕の肘から先を切断され、殺されていたのだ。手足両方失った者もいる。
四肢切断されるも、発見が早くてかろうじて一命を取り留めた村人は、村の診療所で意識を取り戻すと、震えながらこう口走った。
「妖怪だ。あれは確かに妖怪だった。人間じゃあねえ」
最初は生存者の言葉をうわ言と断ずる者もいたが、翌日、再び多数の犠牲者が村の中で出たうえに、殺人現場の目撃者までもが、妖怪を見たと証言した。その証言は、生存者の話と一致した。
殺したのは、二人組の妖怪。
一人は背が十歳にも満たぬ子供程度で、大きく裂けた口からは外側に向かって伸びた牙が何本も生え、肌は青黒い。しかし筋骨隆々とした体をしており、両手には鉈を持ち、恐るべき速さで足元に滑り込んで、その鉈を振るって両足を切断したという。
もう一人は背が高く、手が四本も有り、斧を二本持ち、額からは一本の角が伸び、青白い肌。空いている二本の腕で被害者の両腕を掴んで伸ばし、二本の斧を振るって腕を切断したという。
二匹とも、体中傷痕だらけであったとのこと。
村の者は相談し、妖怪退治のために妖術師を雇うことを決める。
妖術師などという存在そのものにも懐疑的な村人達であったが、その者はあっさりと見つかった。
「古来より妖怪退治の第一人者として名が通る、星炭流の妖術師である私、星炭剣悠が来たからには、最早妖怪など滅んだも同然ですぞ」
そう豪語する背の低い青年に、確認のために妖術も見せてもらった。村人達は本当に妖術師であると確信し、期待する。
星炭剣悠はすぐに妖怪退治へと向かった。
村の外れの山にある鍾乳洞を怪しいと睨み、星炭剣悠が中に入ろうとした所、二匹の妖怪が、洞窟の中から出てきた。
星炭剣悠は二匹を見て、怖気づいた。一目でわかってしまった。相当強力な力を持つ妖怪であると。
「我が名は星炭流妖術師、星炭剣悠! 人の世を脅かす悪しき妖を成敗しにきた! 覚悟してもらおう!」
腹をくくって名乗りをあげる。
「星炭だと?」
背の高い四本腕の青白い肌の妖怪が、その名を聞いて嘲笑をこぼす。
「星炭の何代目だ?」
「そ、それは……」
青白い妖怪に問われ、星炭剣悠はたじろぐ。
「星炭流の妖術師は一子相伝。今の二十二代目継承者は斯様な名ではなかったはず。騙りとは嘆かわしい。なあ、左京」
「騙りではない!」
妖怪の指摘に激昂しつつも、妖怪の分際で博識である事に、星炭剣悠はますます狼狽する。
「星炭流の妖術師である事は事実かもしれんな。継承者争いに敗れた者かもしれぬ」
左京と呼ばれた、背の低い青黒い肌の筋肉質な体の妖怪が言った。凶暴そうな見た目とは裏腹に、その瞳には深い知性を宿しているように、星炭剣悠には感じられた。
「故に油断は禁物だぞ、青葉」
「わかっている」
青葉と呼ばれた四本腕の妖怪が、星炭剣悠めがけて駆け出した。
「馬鹿め!」
化学反応系の妖術でカウンターを目論む星炭剣悠であったが――
「不運の後払い」
左京がぽつりと呟く。その言葉の意味を星炭剣悠も知っていたが故に、術が完成した瞬間に戦慄した。
妖術が完成し、星炭剣悠の目の前に炎の渦が巻き起こり、駆け寄る青葉へと噴出する。
「はあっ!?」
目の前で起こった事に、思わず上ずった声をあげる星炭剣悠。突然轟音と共に山の上から巨大な落石が降り注ぎ、青葉と星炭剣悠の間を遮った。そして炎は全て落石によって阻まれた。
「驚かせるな! 心臓が止まると思ったわ!」
思いもよらぬ事態なのは青葉も同じだった。左京の仕業である事も、左京が意図的に起こした現象でない事もわかってはいるが、抗議せずにはいられなかった。
「不運の譲渡」
青葉を無視して、左京はさらなる術を発動させる。
呆気に取られている星炭剣悠の前で、落ちてきた巨岩がぱっくりと二つに割れた。その割れ目の間を抜けて、青葉が迫る。
勝負はそれであっさりとついた。両腕が二本の斧によって切断され、星炭剣悠は声にならぬ悲鳴をあげた。
「今の不運の譲渡は、運命操作術が発動したと見なしてよいのか?」
青葉が左京の方を振り返り、問う。
「微妙な所だ」
「未発動だとすると、これから私に不幸が降りかかるのだがな……」
ショックでその場に倒れ、両腕から血が噴き出ている事態にも成す術なく、後は失血死待ちの星炭剣悠を見下ろす青葉。
「あまり目立った動きしない方がいいが、この村に恐怖の根は十分植えつけたと見てよいか?」
「うむ。村人は我等に逆らうまい。我等は妖術師に討たれたという事にしておこう。そういう言い伝えを残すように、村の者達に言い聞かせてな。後は村を影から支配し、娘を差し出させ、我等の子を孕ませ、我等の一族を増やしていく」
青葉の言葉に対して頷き、左京は今後の方針を語る。
「朽縄、白狐、銀嵐館、雫野……。覚えておれよ。帝の仇は必ず討つ。我等の種を繁栄させ、未来にて、必ず貴様らに復讐してやるぞ。貴様らの子孫に罪をあがなわせてやる。そして――」
怨嗟と決意に満ちた言葉を吐く左京。正直青葉は、復讐など無為であるとも思っていたが、戦友である左京のもう一つの目的には興味があったので、付き合うことにした。
「そして獣之帝を蘇らせる……」
そのもう一つの目的を、万感の想いと共に左京は口にした。
それが百六十年以上前の話。




