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バイパーと清次郎達学生メンバーの戦いは、あっさりとケリがついた。
「人喰い蛍」
ロッドとの戦いを終えたみどりが加勢にまわり、一気に形成が逆転したのである。
何百という三日月状の光の点滅が、学生メンバー達に襲いかかる。ただし、バイパーが手加減していたのを見て、みどりも致命傷を避けるように気遣っていた。
「何だ、これ……」
体中を光の粒で貫かれ、清次郎は呆然として呻く。
「助かったぜ……ったく、お前の前でこんなに追い込まれる所を見せちまうとは」
みどりに礼を述べ、へたりこむようにして床に腰を降ろすバイパー。立っているだけでも辛かった。
「へーい、あのまま戦ってても、バイパーの方が勝ってたとみどりは思うけどね。今よりボロボロになってただろうけど」
「お前にそう言ってもらえると救われる」
かつての子供時代の相方に救われるのは、これで通算何度目だろうかとバイパーは思う。
「ふおおおおおおっ!」
その直後、腹部を撃たれて倒れかけたキャサリンが、雄叫びを上げて立ちあがった。
「ふんっ!」
裂帛の気合いと共に、腹部から二発の弾が吐きだされる。
「脂肪アーマーよ」
そう言ってにやりと笑うキャサリンであったが、そこで気がついた。すでにロッドは敗北し、学生達も全員倒れている事に。
「脂肪アーマーなら仕方ないが、まだやるか?」
「降参すれば許してくれると言うの?」
真の問いに対し、キャサリンは皮肉げに笑った。
「すでにケリのついた奴を甚振るのも、趣味じゃねーんだよなあ」
バイパーが言う。
「俺はお前等海チワワが、この安楽市でマフィアと手を組むのを阻止するために来たんで、その目的さえ達成できればいいんだ。できれば薬仏市での活動もやめてくれりゃあ、万々歳だな」
「意外と甘い男ね。そんな口約束で見逃してくれようっていうの?」
「二度目は無いぜ。その時は容赦せずに済むってもんさ」
バイパーの台詞を聞き、キャサリンはにっこりと笑った。
「薬仏市での活動に関しては何とも言えないけど、マフィアとの提携に関しては考えてもらうよう、新しい頭目に話してみるわ。私達も気に入らなかったし」
相手の甘さに乗る事にするキャサリン。実質敗北させられたうえでの要求であるし、この場は聞き入れるしかない。
「それと……こっちの応急処置も頼む条件も追加な。俺も相沢も結構やられてるし」
胸から出血している真を見て、バイパーが告げる。
「相沢もそれでいいか?」
「便乗して遊びに来ただけだから、そっちで好きに決めてくれ」
確認を取るバイパーに、制服をはだけて胸の傷の様子を確認しながら、真は言った。銃弾は肋骨を折っていたが、視認できるほど浅い所で止まっていた。
「あなたはヴァンダムを殺しにきたんじゃないの?」
キャサリンが真に問う。
「別に」
どうでもよさそうに答える真。実際どうでもいい事だった。
それからキャソリンとロッドは、負傷した学生メンバー達を医療室へと連れて行った。真とバイパーとみどりと義久もついてきている。
「すみません。また負けてしまって」
キャサリンにおぶられた血まみれの桃子が謝罪する。学生メンバーを運ぶには、他の職員も呼んで手助けにあたらせた。
「私達が負けたのよ。あなた達だけが負けたんじゃないわ」
キャサリンは振り返って桃子の顔を間近で見つつ、にんまりと笑いながら優しい声をかけた。
***
「少し駆け足になったが、準備は整った。最大にして最後の課題は、雪岡をどう引っ張り出すかだな。というわけで勝浦、連絡したまえ」
「はい」
ヴァンダムの指示に従い、勝浦が純子に電話かける。
『もしもーし』
「出てくれてよかった。どうやら暴力担当組の方は決着がついたようなので、終戦処理をしたい」
ビルのエントランスでの戦いの結果は、すでにヴァンダムの耳にも入っていた。
『ケリがつくまでとことんやるんじゃなかったのー?』
「あれは言葉の勢いだ。今、私は手持ちの戦力をほとんど全て失った。援軍を待つ暇など無い。取引という名の命乞いをしたい」
尊大な口調で命乞いをしたいなどと言われ、純子は微かに笑い声を漏らす。
『応じないと言ったら?』
「さっさと逃げるだけの話だな。しかし私は――貴女と一度、面と向かってゆっくり話したいという気持ちもある。他にも目論見はあるがな」
『その命乞いで私の気を惹くだけのカードがあるなら、今のうちに示した方がいいんじゃないかなあ?』
「ホルマリン漬け大統領に交渉立会いの依頼をしている」
そう告げて、相手の出方を待つヴァンダムであるが、純子の方も沈黙してヴァンダムの次の言葉を待っていたので、そのまま話を続ける。
「彼の組織と我々グリムペニス。双方共に貴女と敵対する組織である。ホルマリン漬け大統領は最近になって、報道面に力を入れているらしい。裏通りの新鮮な情報に飢えている」
ホルマリン漬け大統領は有名人のクローン販売騒動の際、情報組織のネタにされたのが余程悔しかったのか、自らもその事業に乗り出し、快楽提供の一環として、裏通りに発生する様々な事件をネタとして提供する機関紙サイトを立ち上げたのである。
言わば部分的に、既存の情報組織の商売敵となった。これはある種の意趣返しであろうというのが、裏通りの住人達の見方である。
『私達が交渉の様子を公開することで、ホルマリン漬け大統領にも利があるってわけだねえ』
「公開会談と言ってよいな。リアルタイムでのライブ配信ではなく、後で編集してから行うようだ。前もって宣伝する事も無い」
『もし前もって宣伝して、私が無視しようものなら、ホルマリン漬け大統領も面目丸つぶれだもんねえ。で、私の利は?』
「実験台希望者がより多く集まるための宣伝をしよう」
『んんー?』
ヴァンダムの言葉に、それまで比較的淡々と話していた純子が、いつもの弾んだ声をあげて訝る。
「もちろん君もいろいろ宣伝をしているようだが、すでに頭打ちであろう? より多くの実験台希望者が集まる宣伝方法がある。もちろんそれは、今ここでは言えないがな。今ここで言っては台無しだ。会談の場で明かすことにする。君が話に乗ってくれたら、ね」
『あまり魅力的な話というわけでもないけど、好奇心はあるねー。そこまで言うのならさあ。何か企んでいるかもしれないのを、見てみたいっていう好奇心もあるし』
純子のその言葉を聞き、ヴァンダムはほくそ笑む。
(Curiosity killed the cat……やはりそれは、貴女を吊り上げるのに最も適した釣り餌だったようだな)
侮蔑を込めて、口に出さずに呟くヴァンダム。
(彼女を誘き出すのが一番難しいと思って、いろいろと頭をひねっていた私は、馬鹿のようであるが)
一方で相手の性質を見ずに、あれこれ考えすぎたことを自省する。
「決定ということでよろしいかな?」
強引に話を進めるヴァンダム。
『いつやるの?』
「明日で。場所はホルマリン漬け大統領の決定に任せる事になるが」
『急だねー。時間を置いて、相手にあれこれ考えさせたり備えさせたりするわけにはいかない、そんな理由が何かあるのかな?』
「その通りだよ? 備えさせないという部分に関してはね」
からかうような純子の言葉であったが、ヴァンダムは平然とそれを認める。
「考える時間を与えないというのはおかしいな。明日までたっぷりと時間があるのだ。十分に考えることはできる」
『んー、私そんなに頭良くないからねえ。考えるのに時間かかるよー』
「条件に不服はお有りかな? 何か要求したいことは?」
ヴァンダムに尋ねられ、純子は無言で思案する。
『ホルマリン漬け大統領が場所を決めてくれるそうだけど、そこだけ変更で。場所は安楽市絶好町にある喫茶店。『キーウィ』。中立指定区域で暴力禁止だから、ヴァンダムさんも安心して臨めるよー?』
「私の心配より、貴女の保身のためでは? 予め罠をしかけて殺害を目論むこともできない場所を選んだと言える」
『そういうことにしても別にいいけどねえ。じゃあ、楽しみにしてるよ』
最後の一言だけ含みを効かせて言うと、純子は電話を切った。
「せいぜい見くびっているといい」
笑いながら独りごちるヴァンダムを、恐々と見る勝浦。
(彼女はきっと、オーバーライフである自分が、常人である私如きに引けを取る事など絶対に無いと思っているだろう。その慢心と油断が命取りになるのだ)
明日の結果が、現時点でヴァンダムの目には見えている。それが現実となる事が、今から待ち遠しくて仕方がなかった。




