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ヴァンダムと勝浦が一応の和解をした翌日の昼。グリムペニス日本支部ビル前。
「せめて夜、待たないの? 昼間に正面から襲撃とか、男前すぎるぜ」
この時刻に殴りこみをかける事を決めたバイパーに、義久が冗談めかして問う。
「夜だと閉まってるかもしれねーじゃねーか。昼なら出入りする奴に便乗して正面突破しやすい。それに夜に行って、目当ての奴がいなくても困る」
「なるほど……」
わりと考えてあった返答が返ってきたので、義久は感心してしまった。
「情報屋なのに知らないのかい? こいつは白昼堂々、警察署襲撃して、中の警察官皆殺しにした過去があるんだぜ」
「見たけど、尾ひれ付いた噂かと思ってたぜ……」
バイパーを親指で差す犬飼の言葉を受け、義久は微苦笑をこぼす。
「つーか俺一人でいいし、お前等はっきり言ってお荷物なんだが……。いや、高田はいいよ。記事にしたいっていう話だし、そんくらい協力する形でいいさ。でも犬飼は何なんだよ……」
犬飼のことをジト目で見るバイパー。
「面白そうだから暇つぶしに見学で、何が悪いんだ?」
にやにや笑いながらバイパーを見上げる犬飼。
「お荷物だっつっんてのに、日本語聞こえなかったのかよ」
「おお、守ってくれる気だったのか。優しいねえ、毒蛇ちゃんは。俺は自分がヘマうって死んでも、そりゃ自己責任ていう心意気で来たわけだが、いやー、これでのんびり見学できるわー」
「ほー、そんな殊勝な心意気だったわけか。なら気にすることねーな」
「いや、実際俺のことは気にしないでくれていいぜ。邪魔したいとも思わんし」
軽い口調で言う犬飼であるが、本音なのだろうとバイパーは見抜く。しかしそれにしても、危なくなった時に放置するわけにもいかないし、結局はお荷物になりそうな気がしてならない。
「おっさん三人で殴りこみかー。デカブツ二人に、もやしっ子の俺一人とか、変な組み合わせだな」
「だからよ、殴りこみっつっても、荒事すんのは俺だけだろーがよ」
犬飼に突っこみを入れるバイパー。
「ちょっと待った。俺まだ二十七だよ? どう考えてもおっさんじゃねーし。それにバイパーだって見た目は違うし、おっさんなの犬飼さんだけだろ」
その犬飼にしても、実年齢よりはわりと若く見える容貌だと、義久は思う。
「つまり、若く見える四十代、普通の三十代、老けて見える二十代の三役のおっさんが揃った訳だな」
と、犬飼。
「いやいやいや、俺別に老けて見えるなんてことないしっ、初めて聞いたしっ。俺より年上の人らに、二十代の俺がおっさん扱いとか、それはないだろ」
結構真剣に嫌がる義久。特に老けて見える二十代という犬飼の言葉は、かなり堪えた。
「俺は見た目だけじゃなくて精神的にも若いから、心身共におっさんなのは犬飼だけだ」
バイパーが言い切る。
「いや、俺も気持ちは絶対に若い方だから。つまり見た目も気持ちも老けてるのは義久だけだな」
「だからその決め付けは何よ。俺の何を知ってるっていうんだよ」
犬飼の根拠の無い言葉に、なおも抗議する義久。
「えーっと、このビルに何の御用でしょうか。正規メンバーの方か、御招待にある方でしたら、すみませんが身分証明書を……」
ビルの入り口から警備員がやってきて声をかけた。不審な三人組と映ったのだろう。
近づいてきた警備員に向かって、バイパーが進み出る。身長190以上の褐色肌の筋肉質の大男に圧倒される警備員。
バイパーの手が動いた。
「これで勘弁してやるよ。素人に毛生えた奴みたいだし、対応も紳士的だったからな」
懐を押さえて青ざめている警備員に告げると、バイパーはビルの中へと向かって歩き出す。
「何したんだ? ひこーでも突いたのか?」
バイパーが二本指で貫手を放ったのは、何とか視認できた義久であるが、何がどうなったのかわからない。ダメージは与えていないように見えるが、警備員がそれ以上動こうとも喋ろうともしないのが不思議だった。
「あいつが懐に忍ばせていた銃を壊しただけだ。さっさと入ろうぜ。これで通報されちまう」
義久に向かって答えるバイパー。
「純子達も呼べばよかったのに」
バイパーと肩を並べて早足で歩きながら、義久が言う。
「一応声はかけたさ。しかし向こうは機じゃないだの何だの言ってたし、向こうに合わせるのも面倒だから、こっちはこっちで動くって感じだ。相沢もこっちで勝手にやっていいとか、遊軍みたいな感じで動いて構わないと言ってただろ。向こうに不都合も無いらしいしな」
「バイパーも義久も、他人への配慮細かいな。図体はデカいのに」
バイパーの話を聞いて、犬飼が茶化した。
「体が大きいから心も大きくなるんですっ」
笑顔でどんと胸を叩く義久。
「いや……俺、今のはディスられたと受けとったんだが……」
微笑んでいる義久を見て、バイパーはぽつりと呟いた。
***
「ふーむ。雪岡純子以外はお呼びではないのだがね」
バイパー来襲の報を聞いて、ヴァンダムは顎に手を当て、眉をひそめる。
「とはいえ、イレギュラーな事態にも、対応できないわけではない。いや、何が起ころうとも、きちんと対応しなくてはいけない。対応できるように備えておいてある。そうだろう?」
訓練中の学生メンバーを出せと、勝浦に向かって暗に促すヴァンダム。
「戦力の損失になるかもしれませんが」
「しかし彼等はそのためにいる。仮に敵の方が強くて全滅したとして、大局に影響は無いだろう」
躊躇いがちな勝浦に対し、ヴァンダムはあっさりとした口調で言い切った。
「全滅したら我々を守る者もいなくなりますし、雪岡と戦う者もいなくなります。本国から海チワワの増援を呼ぶというのですか」
「負けたら我々はヘリで逃げればいいだけだ。増援はすでに予定しているが、それは日本国内にいる兵士達だ。しかもその中には、戦士と呼ばれる幹部連中はいない。我々を守る者がいなくなったら、逃げればいいだけの話だ。雪岡とケリをつけるためのプランが、早まってしまうという難点はあるが、致し方ない。もっとしっかり舞台準備を整えたかった所だが、現時点で実行しても構わないしな」
そのプランが何であるか、当然勝浦は聞かされていない。表面上は和解したとはいえ、雪岡純子と繋がっていると見なされているからだ。
***
ビルのエントランスを横切り、非常用の階段へと向かうバイパー達三人であったが、その階段から、何人もの若者達が降りてきて、三人の前に立ち塞がった。
さらにバイパーが見覚えのある白人女性と黒人男性が姿を現す。キャサリン・クリスタルとロッド・クリスタルだ。
「避難しとけ」
前方の敵を見据えたまま、義久と犬飼に向かって言うバイパー。
「十三対一かよ」
義久が呟き、バイパーから離れて柱の陰に潜み、カメラを構える。
(この間とは大分違うみたいだな)
グリムペニス学生メンバー達の顔つきを見て、バイパーは不敵に笑う。
「スピードなら、あんた達もバイパーにそう引けをとらないかもしれないけど、破壊力は劣るし、耐久力や実戦経験で大きな差がある」
バイパーの姿を見て、キャサリンが学生メンバー達に忠告する。
「あいつの攻撃を一発でもくらったら死ぬからね。銃よりやばい。訓練通り、防御9、攻撃1。いや……防御98%攻撃2%くらいの気持ちでかかるのよ。欲張って攻撃しにいかず、徹底的にチキンになって、牽制し、翻弄するの。全員がそういうスタイルで臨み、それを維持して」
『はいっ』
キャサリンの指示を受け、緊張した面持ちで返事をする学生メンバー達。
「もう少し訓練の時間が欲しかったな。明日か明後日には、海チワワの増援も来ただろうに」
ロッドがぼやく。
「あんたらの中に童貞と処女はいる?」
いきなりおかしな質問をしたキャサリンに、何人かの顔色が変わる。
「オッケー、答えなくてもいいわ。私のC識別センサーが把握したから。恋人作ってHする前に死ぬんじゃないわよっ」
今度は返事をする者はいなかった。
「私のビッチの師匠なら、予め全員に一発やらせて勇気付けたかもしれないけど、私にはそこまでできないわ。ふっ……私もまだまだね」
まだまだで良かったと、学生メンバー達は心底思った。




