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目論見通り、真を狙って多数の襲撃者が杏、真、麗魅の三人に襲い掛かってきた。
三人はあらかじめ人気の無い田園地帯へとやって来ている。
取りあえずは様子見で、敵がどのくらい来るかを伺うためだが、あまりいい場所ではなかったように杏には思えた。
遮蔽物が乏しいので、肉眼で銃口の向きと手の動きと殺気を見て、ひたすら動き回って銃弾を避けるしかないのだが、夜、街灯も離れた場所にまばらにしかないので、それらもひどく見極めづらい。
そんな状況での撃ちあいも経験が無いわけではないが、できれば避けたいものだ。条件は同じだが、スリルがありすぎる。
だというのに、真はこの場所を選んだ。真には真で考えがあるのだろうし、麗魅も反対はしていないので、杏には異を唱え辛い。
「雪岡からメールがきたんだが、星炭の雇った兵隊は、全て星炭の外法の力でドーピングされているらしい。理性も失ってロボットみたいにされて、肉体も強化されていてちょっとやそっとでは死なないようだから、確実に心臓か頭を撃たないとダメみたいだな」
ホログラフィー・ディスプレイを手の中でもってミニサイズで投影して、真が言った。どうやら条件は五分とは言えないらしい。純粋な身体能力面だけではなく、心理面においても。全く恐怖の無い兵士というのは、それだけでかなり有利だ。
「おいおい、えらい数だね」
麗魅の嬉々とした声。こちらから見て前方扇状に、敵が接近してくるのがわかる。
その数は肉眼でわかるだけでも十人以上。どう考えても三人で捌ききれる数ではない。ましてや遮蔽物の無い見晴らしのいいこの場所では、普通なら一方的に蜂の巣にされることだろう。
「加えてもうひとつ、雪岡から指示が届いている」
言いながら真は指先携帯電話をポケットにしまい、両手にそれぞれ銃を構える。
「星炭の術者は殺すなだとさ。戦闘不能の状態にして放置しとけだと」
「ハァ? なんだ、そりゃ?」
麗魅な険悪な声を発する。星炭への復讐が目的なのに、肝心の星炭の者を見逃すというのは納得がいかない。
「多分、後で怪しい研究の実験材料にでもするんだろう。いつものパターンだ。死ぬより辛い目にあうことは間違い無いだろうから、指示に従わず殺してやるのなら慈悲になるな。判断は任すよ。僕は雪岡の指示に従うのは気に食わないが、それ以上に連中が気に食わないので、今回は指示通りにしてやるつもりだが」
「はッ、マッドサイエンティスト様に、奴等へのとびっきりの地獄の仕打ちを期待したいね」
真の言葉に、再び笑い声になる麗魅。珍しく残酷な笑みが浮かんでいる。
射程範囲に入り、敵が撃ってきた。立て続けに鳴り響く銃声。シルエットや銃声からして、どうやらアサルトライフルの類で武装しているようだ。ますますもって危機的状況だと杏は思ったが、真と麗魅は平然と応戦する。
常識的に考えて勝てるはずがない。だが凡人の常識の枠に収まりきらない者が、ここに二人いる。
真がショットガン、麗魅が拳銃を撃つ度に、暗闇の中の影が確実に一人ずつ崩れ落ちていく。
嵐のような銃弾も、二人は目まぐるしい動きでかわしている。どうして遮蔽物の全く無い空間で、あの人数から放たれる銃弾の嵐の中生きていられるのか、そこからして杏には理解できない。
しかし現に二人は生きている。人間の動きとは思えない、瞬きする間に見失いかねない速さで、闇の中を駆けながら。
真や麗魅のような超人的な戦闘力はない杏は、離れた場所でうつ伏せになって、援護に徹するしかできない。マズルフラッシュで居場所も察知されるため、時折場所を変え、またうつ伏せになって援護射撃という繰り返しだ。
まともに躍り出ようものなら、たちまち銃弾を浴びてしまうだろう。二人が敵の目を引き付けている隙をついて、できるだけ敵から見えないようにしつつ、援護射撃をするしかない。
(情けないけどまあ、こんなんでも一応は役に立っているしね)
心の中で自己弁護する杏。決して分を越えず、自分の力の範囲内で出来うる最良の行動をすればよい。真や麗魅からしても、杏に望むのはそれくらいだろう。
時折、真が何かを投げると、激しい爆発が起こって敵が吹っ飛んだ。手榴弾だろう。彼が両手に持つサブマシンガンとショットガンといい、随分と派手な得物を持ち歩いている。
(有り得ない動きだな……)
時折、麗魅の方に視線を向け、真は心の中で呟いた。
これだけ大勢の敵の前に立ちつつ、余所見をする余裕もある真だったが、その視線を麗魅に向けた一瞬だけでも、信じがたい光景を見てしまった。
麗魅は舞うような動きで、いや、まさに舞いながら銃を撃っていた。高速で横っ飛びに回転しながら敵の攻撃をかわし、同時に敵に狙いをつけて即座に撃つ。真の目から見ても、あまりに非常識な芸当だ。
一回転する間に五人も撃ち殺していた。しかもいずれも額を撃ち抜かれている。
一見して高速回転しながら撃っているように見えたが、実際にはこまめかつ瞬間的に止まって撃っている。止まり、撃ち、回るという動作を、超高速で行っており、傍目からは一回転しながらフルオールレンジに撃ったようにしか見えない。
(これが噂に聞く霞銃か)
目にもとまらぬ神速の早撃ち。樋口麗魅が舞うように回転したかと思うと、複数の者が一度に撃ち殺されているという話から、その技は霞銃と呼ばれ、当人も霞銃の麗魅という通り名で呼ばれるようになった。
(真似してみようかな。敵に包囲された際などの対処に、便利そうだ)
かなりの訓練を要するではあろうが、挑戦してみる価値はあると真は思った。常人ならどう考えても不可能な芸当だが、自分ならあるいはできるかもしれないと。
見晴らしのよいこの場所は、返ってこちら側に優位に働いた。ほとんど手間をかけずに、敵は全滅していた。
「一応加護が働いているが、霊の直撃は避けるようにするんだな」
麗魅の頭上を指して真が言う。言われて目をやると、頭上から怨嗟に満ちた形相の老婆が、麗魅めがけて襲いかかる。麗魅がひらりとかわすと、老婆は姿を消した。
「加護って、誰かが護ってくれているのか?それともなんかお守りでもあるのか?」
「例の憑依や、呪術師の呪殺から護るための護符を持っている。僕の側にいれば平気だけれども、霊に直接触れられた場合、憑依される危険性が高いらしい」
麗魅の問いに真が答える。よくよく見れば霊が何体も宙を舞っているという、おぞましい光景が見られたが、その大半は、こちらに近づけないようだ。
一際強い怨霊に限ってのみ、時折こちらに接近できるが、攻撃が失敗すると、溶けるかのようにその存在が消えてしまう。やがて宙を舞う霊達も、その姿を消した。
「いっそ累も連れてくればよかったかなあ」
無理だという事は承知のうえで呟く麗魅。
あの尋常ならざる容姿の美少年が、希代の大妖術師である事を、麗魅は知っている。寝てしまっていたので、起こすのも悪いというただそれだけの理由でそのままにしてきてたが。
(やっぱりこいつが、雪岡が投入したマウスか。遭遇した時は注意して見てなかったから気付かなかったけど、今の人間離れした動きからして、間違いない)
麗魅に一瞥をくれながら、真はそう確信した。
「しかしこの場所だったからよかったものの、こいつらこんな武器振り回すなんて迷惑極まりないわね。ていうか結局皆殺しちゃっているけど」
死体の手にあるアサルトライフルを拾いつつ、杏が言う。
裏通りで拳銃が主流な理由は携帯の問題だけではなく、銃撃戦などになった際に巻き添えの被害をなるべく減らすためという意図もある。
裏社会の過度の表社会への干渉は、この国の表と裏の均衡を崩す。
ただでさえ裏通りでの抗争は毎夜のように行われており、その巻き添えの被害も耐えないのだから、せめて銃火器は被害の出にくいものに制限するように、中枢が日本国内への銃火器の輸入や生産をコントロールしているのだ。
武器製造組織や武器売買組織は特に厳しく監視されている。
「悪かったな」
サブマシンガンとショットガンをしまいながら、真は心なしか不満げに言う。今の戦闘で、真は手榴弾まで投げていた。
「いや、別にあなたを非難したわけじゃあないんだけれどね」
「こう見えても僕は、無関係の人間を巻き添えにするような真似はしないように心がけていたし、これからもしないつもりだぞ。通行人を巻き添えにして殺して平然としていられるほど、冷血にも無神経にもなれないからさ」
(何か、機嫌損ねちゃった?)
暗闇の中でもポーカーフェイスなのは確かに見て取れたが、明らかにムッとしたオーラが真から立ち上っているのが、杏にはわかった。
「だからあなたを非難していないってば。気悪くしないでよ」
「そうか」
すまなさそうに謝る杏に、真も納得したように応じ、襲撃者の死体を調べはじめる。それを見てホッとする杏。
「全て無駄無く一発で仕留めているな。大したもんだ。僕はここまで器用にはできない」
「だってよ、誉められてるぜ。杏。いやー、まったく大したもんだよ。うんうん」
麗魅が笑いながらオーバーに感心してみせる。
「あんたのことでしょ。嫌味言わないでよ。私は遠くからチマチマと援護してただけだし」
息を吐く杏。これが麗魅流の気遣いの仕方だとわかっているので、腹も立たない。




