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真の撃った弾丸は桃子の胸部を狙ったが、桃子には当たらずに後方の街路樹を穿っていた。
弾道を見切られて予測してかわされたのではない。単純に桃子の動きが、真が想像していた以上にはるかに速く、当たらなかったのである。
さらに次々と物陰から飛び出てくる学生メンバー達も、桃子と同等の速度だ。
(下手な四足獣より速そうだぞ)
脅威と恐怖を覚える真。戦いの際には常に恐怖がつきまとっている真であるが、今回はそれがいつもより強く湧いている。
相手の動きの速さは目で見て瞬時に慣れた。動きそのものは実にシンプルだ。左右にステップを踏んでフェイントをかけることもなく、がむしゃらに、そして一斉に向かってきている。だが今はその一斉に向かってきている事が怖い。
(ここに到着するまで何人防げる?)
全てを防ぐのは無理と判断しつつ、真はマシンピストル『じゃじゃ馬馴らし』を撃つ。フルオートではあるが、弾幕を作る用途で撃ちはしない。そんなことをしたらあっという間に弾が無くなる。丁寧に一人ずつ狙って撃っていく。
殺到する者達の足を狙って撃つ。手加減しているのは、殺したくないからという理由ではない。適度に負傷して転がしておけば、元気な仲間がそれを見て助けざるをえないからだ。そうする事で、敵の足を銃弾以上の数で止める事が出来ると踏んだ。
果たして真の目論見は当たり、後から飛び出てきた者が、倒れた者達を後方へと下げていく。素人集団故に、負傷者を見捨てるなどという事は余計にできない。
全弾命中とはいかないであろうが、それでもできるだけ弾を無駄にせずに、負傷者を増やしたいと真は思う。敵のあの速度と数からして、リロードが必要になった時、危険度は跳ね上がると見ていい。だが弾が無くなるまでに少しでも数を減らしておけば、その危険度も下がる。
「うぐっ!」
「善太!?」
桃子の後ろにいた善太が太股を撃ちぬかれて転倒する。桃子の足が止まり、善太の元へと行くと、彼の体を片手で軽々とかつぎあげて、街路樹の陰へとダッシュで運んでいく。
彼等は全て、吸血鬼ウイルスに感染している。しかもただの吸血鬼ウイルスではなく、改良研究中の強化吸血鬼ウイルスだ。故に、通常の吸血鬼よりさらに強靭なパワーを得ている。
「皆、止まるな! 勢いが殺されるだけだ!」
ただ一人、全体の動きを見て把握していた清次郎が叫んだ。
「撃たれた人間を放っておいて向かわないと!」
ちゃんと見ている者がいる事に、真は感心する。
(でももう遅い)
三人ほど、真のすぐ前方にまで迫っていた。他の連中とはかなり間隔が開いている。二十人の学生メンバーの位置は完全にばらばらだ。
これによって、一度に大勢の敵に間断なく襲われる可能性は大きく減少した。真の中で恐怖と緊張が和らぎ、余裕が生まれる。
(うまいことやったけど、大丈夫かなあ、真君。今回の敵、一見モブの群れに見えて、結構手強いよ)
真の後ろで見物に徹している純子がにやにや笑いながら、声に出さず語りかけた。
***
「私達も行くよ」
キャサリンが宣言して飛び出る。一斉攻撃でないと意味が無い。グリムペニス日本支部の若者達だけを先に戦わせて、彼等が殺されてから出て行くより、今同じタイミングで戦闘に参加した方が良いと判断した。
「やっと出やがったな」
キャサリンの姿を確認し、バイパーが獰猛な笑みを浮かべ、姿を現して立ち塞がった。
「バイパー……こんな所まで私を追ってきたの? まさか……やっぱり貴方は私のことを……」
頬を赤らめてバイパーを見つめるキャサリン。
「ギャグは後で好きなだけやれ」
ロッドがキャサリンの横に立って構える。
「あいつと肉弾戦はおよし。吸血鬼以上の速度と怪力の持ち主よ。しかもその体は銃弾も弾く」
「そういうモンスターとやりあってみたかった」
ロッドの構えを見て、キャサリンが制止をかけたが、ロッドは聞く耳持たぬ様子で小さく笑っていた。
「やめろって言ってるのに、あんたはねえ……」
苦笑し、キャサリンが投げ縄を手に持ち、バイパーを見据えて高速で回し始める。
「あいつがバイパーか」
今まで海チワワの兵士を散々殺してくれた男を忌々しそうに睨みつけるワーナー。その手にはアサルトライフルが握られている。
「ジェフリーとエリックを退けたという話もあるし、三人がかりで確実にやるぞ。雪岡は後回しでいい」
ワーナーの命令に、溜息をつくキャサリン
(三人がかりでこの闖入者を相手にした結果、メインターゲットの雪岡の方が手薄になるじゃない。一人でバイパーを誘導しておいて、残り二人は雪岡に向かわせるのがいいのに)
キャサリンの考えではそちらがベターなのだが、ワーナーはまず目の前の厄介そうな敵を全力で排除という、一見堅実で慎重そうに見えて、優先目的を違えた判断を下している。
ついでに言うとロッドもバイパーと戦う構えであるし、ロッド一人に任せておくのも危険なので、結局最低二人はバイパーの担当になってしまう。
***
(バイパー君と……それにあの外人三人組は海チワワの人達かー。ボスのポール・ワーナーさんまでお出ましとは、随分な気合いの入り方だね)
四人の姿を確認する純子。
(あいつらでやりあうつもりか。海チワワの方は雪岡が目的ではないのか? あるいはバイパーの出現で優先事項が変わったのか。バイパーとの戦いを先にやろうとしているな)
横目でそれを一瞥した真から見ても、それがわかった。つまり自分は、グリムペニスの学生メンバー相手に集中すればいいという話だ。
自分に迫った三人のうち、二人を撃ち殺す。最早ここまで来られたら、加減する意味も無い。敵のすぐ近くまで来て、堂々と敵の前で負傷者を助けることはしないだろう。それよりも、素人同然の連中の士気を削ぐためにも、きっちりと射殺した方が良いと、真は判断する。
「うおおおおっ!」
残った一人――鮮やかな青いシャツを着た学生は、目の前で仲間二人が殺されても、その足を止める事は無かった。それどころか怒りの咆哮をあげて真に飛びかかる。
鋭く尖った牙を剥き、憤怒の形相で迫る青シャツに、真は銃を撃つことはせず、大きく横に跳んで回避した。敵の速度が上がったのを見抜いたからだ。欲張って殺そうとしたら、自分の身に攻撃が及ぶと直感し、考えるより早く体が動いた。
青シャツ学生はすぐに真に追撃をかける。速度なら真を大きく上回る。膂力も同様である事は疑うまでもない。通常の吸血鬼でさえ、その一撃は致命傷になりかねないのだ。
大振りのパンチが繰り出される。真は身をかがめてかわした直後に、低い体勢からマシンピストルを青シャツの腹部に向けて、引き金を引いた。
青シャツを始末するまで、想像していた以上に時間がかかった。予想より二秒から三秒ほどの超過だが、それでも敵に余裕を与えるには十分な長さだと、真は思う。この間に、仲間を助けるために足が止まっていた敵も、遅れて出てきた敵も、体勢を立て直して一気に殺到してくるのではと考える。
だが真が敵の方を向くと、彼等の足が完全に止まっていた。
今殺した青シャツ以外の学生達には、真が狙っていた以上に強烈に恐怖の楔が突き刺さり、心に食い込んでいたようだ。興奮も冷め、明らかに怯えた眼差しで真を見ている。
(助かるな……。僕は運がいいのか)
この隙に呼吸を整えつつ、銃をリロードする真。銃弾が尽きていたので、実に丁度いいタイミングであった。
一人で何人も倒し、やっと接近を許した三人組も容易く倒したかのように見えた真に、学生メンバーは恐怖していた。実際には真にそれほどの余裕は無いのだが、傍目からはそう見えた。
「無双状態じゃん。何だよあれ……」
「あはは……ラノベの主人公かっての。で、俺達はやられるモブか?」
「もう八人も撃たれたぞ。ていうか、近づいたら撃たれて終わりだ」
「こっちはいくら超人になったっつっても素手だし、無理があるだろ」
「しかも戦いの素人だし、あっちは慣れてる感じだし」
「このままじゃ犠牲者を増やすだけだな。肝心の海チワワも、何か別な奴と戦ってるし」
攻撃の手を止め、遠巻きに恐れ慄くグリムペニスの学生達。
「加勢しようかと迷っちゃったよー」
この合間に、純子が真に声をかける。
「人数とスピードが厄介といったところかなあ」
「ああ。でもろくに統制も取れてないし、動きが素人だし、メンタルも表通りと変わらないおかげで、何とかなってるけどな」
「その恐怖が消えないうちに、もっと減らした方がいいねえ。それにしても、グリムペニスがこんな肉体改造できるようになってるなんて、今後が厄介そうだねえ」
「一般人じゃなく、訓練された兵士を改造していたら、相当危険だったがな。何でこいつらなんだか……。試作段階なのか、危険な代償があるのかもな」
敵を見据えたまま真は、純子と喋る。
(もっとちゃんとした動きなら――そして飛び道具もあったら、相当手強いぞ。こいつらを今逃がすと、今度はそうなるかもしれないし、そうならない今のうちに、全員始末しきっておいた方がいい)
敵の恐怖が抜ける前に、真の方から仕掛けた。




