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マッドサイエンティストと遊ぼう!  作者: ニー太
3 呪術流派一門を遊ぼう
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11

 移動中に日が暮れて、杏と麗魅は真と共にタスマニアデビルでそれぞれの事情を話すこととなった。

 タスマニアデビルは毎夜の如く盛況だ。安楽市には他にも裏社会の者だけが出入りできる店や施設が幾つもあったが、杏はここを主な根城としている。

 相沢真や雪岡純子もここの常連だ。以前に何度もここで彼等の姿は目にしている。もちろん赤の他人なので、側でじっくり観察するようなことは無かったが、今は違う。


(それにしてもつくづく綺麗な顔してるなー)


 真の容姿をまじまじと見ながら、杏は思った。


(やっぱこんだけ綺麗な子は、相応の可愛い子とくっつくんだろうなあ。美男美女同士で。私のような人並みな顔の女には無縁な……)


 ついつい俗な思考に頭がいきかけたのを、杏は打ち消す。そういう方向に考えがいく自分自身、杏は許せない。


 ボックス席で杏と麗魅が隣同士に座り、真は向かい合う形で座っている。

 さらに真の隣には、絶世の美少年と呼んでも誇張にならないほどの容姿の金髪の少年が、真の体に身を寄せるかのようにして、ちょこんと座っていた。ピアノ弾きのアルバイトでタスマニアデビルを訪れる対人恐怖症の少年、そして大妖術師とも名高い雫野累である。


「なんつーか、ああいう世界? 累ってそういう趣味あったの?」


 あからさまに真にぴったりとくっついている累を見て、杏が麗魅に訊ねた。杏が累と知り合ったのは麗魅の紹介であり、麗魅の方が累との付き合いは長く、親しい。


「いや、累はいろいろややこしい子というか、心の病というか……人の温もりを欲しがる子らしくてね。温もり依存症とでも言ったらいいのか……。親しくなった人にはああして相手が女だろうと男だろうと、体くっつけて甘えるみたい。一度マスターに抱きついてたの見たこともあるし……」


 麗魅が苦笑いを浮かべて、杏に答える。それを聞いた杏は、カウンターにいるタスマニアデビルのマスターの方を一瞥する。

 何故かいつもクマの着ぐるみを着たマスターに、目の前の天使のように愛らしい男の子が抱きついている光景を想像すると、わりと絵になっているように思えた。


(というか、相沢真とも知り合いっぽい感じね)


 累が真に身を寄せている光景を見て、杏は思った。人見知りの激しい累が接触しているという事は、そうなのだろう。真の方も何くわぬ顔でいる。


「まず、こちらの事情から話し出す形がいい?」

 杏から切り出す。


「それで構わないよ。僕としてもそうしてほしい」

 応じる真。


「ここにいる樋口麗魅の件なんだけれどね。私は友人としての協力者ということで」


 そう前置きを置いてから、杏はこれまでの経緯を包み隠さず話し出した。

 麗魅の過去にまで遡り、麗魅とその家族が、胸に白い星の刺繍の入った黒い着物姿の怪しい魔術集団にさらわれて、麗魅の見ている前で家族が嬲り殺されたこと。

 自分の番になった時に雪岡純子に助けられたこと。

 復讐を果たすために裏通りに堕ちたこと。

 それらの記憶が何故か失われていて、年月と共に少しずつ次第に記憶が戻っていき、つい先日に雪岡純子に助けられた事を思い出したこと。

 そして雪岡純子と接触を図るために芥機関に赴いたら、目の前で芥機関の建物は崩壊したこと。施設内に入ったら、麗魅が仇としている者がいたこと。


 そこまで杏が話したところで、真はそれまで背を伸ばしていたのだが、椅子に深く腰掛けて楽な姿勢を取って、一言こう言い放った。


「出来すぎている話だな」

「あんだよ。まだあたしらを疑ってんのかよ?」


 真の言葉を受けて、麗魅が不機嫌そうな声を発する。


「いや、あんたらを疑っているわけじゃないんだ。こちらの話も聞いてもらえればわかると思うが」


 一瞬だが真も、心なしか不快さを表したように杏には見えた。表情は全く変わらない。声音にも変化が無い。だが確かにそういう感情が杏には見えた。


「樋口の家庭を襲ったのは――芥機関にいた連中は、星炭流呪術という呪術流派だ」

「何それ? 星炭流妖術のパクリ? 星炭流妖術の星炭輝明なら知ってるけど」


 星炭流妖術の当主は、超常関係専門の始末屋として裏通りでは有名である。麗魅や杏も当然その名は知っている。同じ始末屋として、麗魅にしてみたら近しい存在であろう。


「妖術の方が本家で、呪術は分家らしい。大昔は一子相伝の本家に仕える存在だったが、離反して対立する間柄になった。何百年も本家の星炭流妖術に対抗意識剥き出しで、国家に仕えることで少しでも優位に立ち、妖術魔術といった術師方面の業界でメジャーになろうとしたけれど、国に仕えてもそっちの業界ではずっと本家の妖術の方が評価されていて、離反した分家である呪術の一族は辛酸を舐めていた。そのうえ世界の魔術事情が激変し、各国で競って堂々と超常国防強化という様相になった。で、出来たのが芥機関という――」

「超常能力の育成施設ね」


 杏があえて口を挟んでみた。それくらい調査しているという事をアピールするために。


「ああ。で、星炭は術という体系こそが至高であるという考えがあって、科学の力での人工的な超常の領域の拡張が気に食わなかったらしく、政府の方針に反対した。その辺でいろいろゴタゴタがあったらしく、政府からお払い箱にされて、奴等は芥機関とその創設者である雪岡を逆恨みし、力を蓄えながら、復讐の機会をずっと待っていた。で、今日に目出度く復讐は果たした。芥機関にだけは、な」

「それで、出来すぎている話っていう意味は?」


 麗魅が問う。


「タイミングの問題でしょ」

 真ではなく杏が答える。


「私達が雪岡純子を訪ねたちょうどその時、麗魅が仇としている連中と、当の雪岡純子とが抗争真っ最中だった、と。確かにタイミングとしては出来すぎていると思う」

「そうか? たまたま偶然だったってだけなんじゃね? 事実は小説より奇なりって言うし、世の中そういうことだってよくあるもんさ」


 全く気に留めてない様子の麗魅に、杏は麗魅らしいと息を吐く。考え方の違いもあるが、彼女のこの辺のアバウトさがよく失敗の元になっていて、そのたびに杏が尻拭いしている。

 しかし今回は麗魅の言う事にも一理あるというか、ものすごく都合のいい偶然ではあるが、単なる偶然以外に解釈できない。意図的に仕組まれたものがあるなどとは、いくらなんでも考えにくい。


「そう思うのなら、そう思ってくれていてもいいけれどね」

 言いながら、真がグラスを口へ運ぶ。


「全部言わなくてもわかるだろうが、僕も星炭流呪術の連中と一戦交えようとしているところだよ。もし仇討ちの邪魔になるのでやめろと言われても、こちらもそれが役目なんで、やめるわけにもいかない。協力して連中とドンパチしようと言われた場合は、断る理由はない」

「まどろっこしいなあ」


 麗魅が笑みを浮かべる。


「共通の敵だってんなら、素直に手組めばいいじゃんか。あんたらは邪魔者の始末。あたしは復讐。手組んで損になることはないからさ」


 上機嫌になって真と同盟を結ぶ事を申し出る麗魅だったが、


「復讐なんて馬鹿のやることだな」


 真の言い放ったその一言に、一気に麗魅の機嫌が悪くなる。いや、不機嫌どころの騒ぎではなく、怒りが麗魅の中にわきあがるのを、杏は感じていた。


「まあ……自分の大事な人達を奪われた事も無い奴には、この気持ちはわかんねーだろうよ。ありきたりな綺麗事はいくらでも言えるさ。復讐したって死んだ人が返ってくるわけでもなければ、喜ぶわけでもない。へいへい、御高説ごもっともってな。でも殺した奴等が――」

「僕もその気持ちをよくわかったうえで、言っているんだがな」


 麗魅の言葉を遮るかのように、真がひどく暗く沈んだ声音で言った。


 杏も、そして激昂しかけていた麗魅も、真の瞳を見て息を呑んだ。ポーカーフェイスのままだったが、瞳に宿る暗い光だけが彼の感情を投影していた。

 本人の言う通り、この少年は知っている。少なくとも麗魅と似たような経験がある。彼の目を見て、それが確かに感じられた。


「迂闊なこと言って気分悪くさせてすまなかった」

 唐突に謝罪する真。


「ん……気にしないよ……」


 気をそがれたように麗魅が息を吐き、グラスの残りを一気に飲み干し、乱暴な手つきでボトルを開ける。どう見ても気にしていると、杏は思う。


「僕としては、手を組む事に異論は無い。僕一人では少々面倒くさそうな相手らしいんでね。仕入れた情報によると、この日のために星炭は大量に殺し屋やら傭兵やらを雇って、僕と雪岡を始末する準備を万端にしているようだ。敵を分散させるために、僕らも別行動を取っている。雪岡の方には、芥機関で手懐けた超常の者が三人ついている。雪岡のシナリオでは、僕は囮になって敵の数を間引く役目だが、そんな役目をこなすだけでは、僕としてはつまらない」

「ていうと?」

「雪岡は自分の作った研究成果の性能を測るために、星炭を利用したいのさ」


 真のその言葉を杏も麗魅も理解できなかった。囮がつまらない云々との話との関連も不明だ。


「よくわからないからさ、もう少しわかりやすく説明しろよ」

 苛立たしそうに麗魅。


「雪岡は芥機関で自分が手がけた実験台――マウスのテストがしたいんだ。星炭の襲撃はそのテストに都合よく利用できる。星炭が襲撃してくることも雪岡は知っていた。日時までほぼはっきりとな。もしかしたら星炭の中に雪岡の内通者がいて、襲撃日時の情報を流していた可能性もある」

「そりゃまたえげつない話というか、噂通りだな……雪岡純子」


 露骨に顔をしかめる麗魅。


「私は噂ってのは安易に信じるものではないし、なるべく信じないようにしているんだけれどね。で、雪岡純子に関しては、自分以外の全てを、研究対象か実験台としか見なしてないっていうもっぱらの噂だけれど、本当はどうなの?」

「それに関しては全く噂通りだよ。火の無いところに煙は立たないを地でいってるようなもんだ、あいつは」


 杏の問いに、真は少し疲れたようなトーンの声で答える。


「あいつを敵視する人間や組織は腐るほどいる。雪岡はな、わざと敵を作ってストックしているんだ。マウスのテストに不自由しないようにな。今回もただそれだけの話だ」

「複雑だなあ……あたしが人生投げ打ってまで復讐しようっていう相手を、実験台だかテストだか程度に利用して潰そうとするってことがさあ……。しかもそれが、あたしを助けてくれた人なわけだし」


(果たして助けたと言えるのかな?)


 麗魅の言葉に真は疑問に思ったものの、口には出さなかった。


「話がちょっと逸れている感じだけど、囮の役目がつまらないってのは、どういうことなの?」

 尋ねる杏。


「僕は雪岡にただ服従しているわけではない。気に入らない命令は一切従わないし、あるいは従っている振りをして、全く逆のことをして邪魔してやることもあるし、出し抜くこともある。僕と雪岡の間のゲームみたいなもんさ。今回もそうだ。雪岡のくだらんお遊びに、全面的に付き合ってやる必要なんか無いからな」

「なははー、そりゃ面白いね」


 素直にそう思って、笑い声をあげる麗魅。

 杏も同感だった。面白い。

 聞いていて杏は背筋にゾクゾクするものを感じていた。世間的には知られざれる真実を、真っ先に独占して知った時に生ずる、杏の情報屋特有の快楽だ。同時に真に対する興味が湧いてくる。目の前の美しい少年に、これまで以上に惹かれるものを感じていた。


「つまり、雪岡純子の先回りをして、星炭の頭を叩くつもりってことね?」

「その通り。あいつが十分に研究成果をあげる前に、先に僕が星炭の頭を取って、奴等に引導を渡してやろうかと思っているんだ」


 杏の言葉に、真は瞳に子供っぽい輝きを見せて答えた。

 何故か杏には、彼の感情の変化がよくわかってしまう。ずっとポーカーフェイスのままだし、抑揚に乏しい声で喋るのだが、体から発しているオーラが、瞳の光が、常人よりも力強く感情の自己主張をしているように見えてならない。


「よっしゃ。そういうことなら、ぜひとも手を組もうじゃないか」


 麗魅が朗らかな笑みを見せ、真に手を差し出す。

 真はその手を軽く握り返し、杏の方にも手を差し出してくる。ワンテンポ遅れて、杏はそれに応じる。

 小さな手だと、真の手を握りながら思った。おまけに柔らかい。とてもあんな大きな銃を扱えるようには思えなかったが、実際に片手で使いこなしていたし、不思議だった。


「おや? 累、寝ちゃってたのね」


 麗魅に言われて、杏も気がついた。累がいつの間にか、真に膝枕する格好で寝ているのを。話に熱中するあまりすっかり存在そのものを忘れていたが。


「ていうか累とも知り合いだったとはね」


 麗魅が言う。そうでなければ、人見知りが激しい累が、こんなに真に引っ付くはずもないと杏も改めて思う。


「それはこっちの台詞だよ。世間は狭いというか……」

 と、真。


「で、奴等のアジトの調査を頼んでいる所なんで、しばらくは雪岡の目論見通りに動く。別行動をしている僕を放っておくはずも無いから、奴等は僕の方にも来るだろう。僕といれば思う存分復讐できるぞ」

「おうおう、そいつは楽しみだね」


 真の言葉に麗魅はにやりと笑う。真は累の頭をそっと下ろして、立ち上がった。杏と麗魅もそれにつられるようにして立ち上がる。


(楽しみね。二匹のとびっきり強くて美しい獣と過ごす一夜……)


 口に出さずに呟き、麗魅と真の後に続くような形で、杏はタスマニアデビルを出た。

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