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マッドサイエンティストと遊ぼう!  作者: ニー太
18 復讐者達を蹴散らして遊ぼう
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27

「ぬきあーしさしあーししーのびあしーっと」


 深夜三時半。ようやくホテルワラビーに着いた白金太郎は、鼻歌混じりにホテルの廊下をそろそろと歩いていた。


「よく考えたらこそこそすることもないか。こそこそしても見つかる時には見つかるし。それにもう夜中だし、寝てるでしょ」


 睦月や亜希子に発見されることを警戒していたが、馬鹿らしくなって普通に歩き出す。


 ロビーで咲がどの部屋に泊まっているか尋ねてみたものの、当然教えては貰えなかった。仕方なく自分の足で探すことにして、ホテルの中に入った白金太郎である。


「よく考えたらどう探したらいいんだ? ホテルの中うろうろしても、らちがあかないよーな」


 しばらく歩き回ってから、ようやくその事実に気がついた。


「正直俺、戦闘と百合様の世話以外のことはさっぱりだから、こういう任務は他に言いつけてほしいよなあ。どうすればいいのかさっぱりわかんない」


 立ち止まり、白金太郎は渋面で思案する。


「気は進まないけど、ここは地道に……あれかな。うん」


 そう呟くと、白金太郎は決意の表情で、すぐ横にある部屋の扉を見た。


***


 咲はホテルの部屋の中に入るなり、速攻で寝ていたが、突然ホテル内に流れた警報で起こされた。

 裏通りの客が泊まるフロアだけに流された警報。ホテルの外で銃撃戦が発生したので、注意を促す代物であり、流石は裏通り御用達のホテルだと咲は感心した。


 その戦闘が睦月目当ての復讐者達と、睦月と真によって行われたものであると知り、いろいろ考えてしまい、寝付けぬままに時間だけが過ぎていった。


 自分は一体何をやっているのだろうと思う。復讐者に追われている睦月と共に行動し、一度は助け、しかし未だに怨みも怒りも消えずにくすぶっている。自分の行動もわからない。精神状態もおかしい。

 混乱の答えを知りたくて、睦月と共にいる。できれば恨みを消したいという気持ちもある。

 憎みきれず、憎しみをすてきれもしない、そんなどっちつかずの不安定な状態が苦しい。


 あの度の過ぎた御人好しの華なら、きっとこういう時は苦しまないんだろうなと、つくづく思う。


 その華を奪ったことが、どうしても許せない。たとえどんな事情があっても。

 無残な死体が目に焼きついている。あの時の悲しみが胸に刻み付けられている。しばらくしてからふつふつと煮えたぎってきた怒りが頭蓋の裏を焦がしている。


 睦月は何者かによって意図的に作られた殺人鬼であるというが、果たして睦月に責任は無いのだろうか? 彼女の意志で、植えつけられた殺人衝動を止めることはできなかったのだろうか?

 もちろん法律的、倫理的にはアウトだろう。しかし睦月と同じ環境で育てばどうなったかという意識が、咲の中でずっとまとわりついている。幼い頃から恒常的に暴力に晒され、そのうえで外の世界の住人と照らし合わされて、差別よりひどい区別の意識を植え付けられて、強い妬みと憎しみを育まれれば、誰でもそうなってしまう。


 罪とは何か。罰とは何か。世の中の悪人全てが、なるべくしてなるものだとしたら、悪人を憎む行為もまた無為か? 罪を憎んで人を憎んではならないものだというのか? しかしそれもまた違うと思えてならない。気持ちも理屈も、整理がつかない。


(奪われた悲しみと憎しみは、どこにぶつければいい?)


 奪った人間が裁かれれば、多少は溜飲が下がる。気持ちの整理がつく。罪と罰は、所詮その程度の儀式のためにあるのではないか? 咲はそう考える。


 しかし咲は、自分の身内を奪った睦月という人物に、触れすぎた。彼女の心を無視できない。

 延々と続く自問自答。一つの答えが別の問題を呼び覚まし、さらにはループしていく。


(睦月の心を無視して、憎しみに染まれば楽になれる。燻る憎しみを抑えて、睦月を完全に許してしまえば楽になれる)


 そのどちらかに染まりきればいい。答えはわかっている。しかし理屈でわかっても、答えには到達できない。


「武村咲さーんっ、武村咲さんはいませんかーっ!?」

「は……?」


 にわかに深夜のホテルの廊下で、堂々と人の名を大声で呼んでノックしている何者かによって、咲の思考は中断を余儀なくされた。

 警戒心はあったが、自分に危害をもたらす者が、ここまであけすけかつ非常識に人の名を呼ぶだろうかとも思ったし、何より夜中にうるさすぎるので、黙らせたいとも思い、チェーンをつけたままそっとドアを開ける。


 部屋の外にいたのは、見知らぬ顔であった。坊主頭の丸顔の少年だ。


「あ、ここが当たりか。苦労したよー。三十三部屋目にしてようやく当たり。怒鳴られまくりで、殴られもしたし」


 少年の言葉を聞いて、他に三十二回も同じ事を繰り返したのかと思い、咲はげんなりする。


「あなたは誰?」

「あ、俺は斉藤白金太郎と言います。って、俺のことなんかどーでもいいや」


 呆れつつも怪しげに尋ねる先に、少年――白金太郎は自己紹介すると、肩からぶら下げた鞄のチャックを開き、中からとんでもないものを取り出した。

 取り出されたそれを見て、咲は息を呑む。その人物に、咲は見覚えがあった。


「百合様からの差し入れ、ありがたくいただくよーにっ!」


 怨嗟に歪んだ鯖島恒星の生首を両手に抱えて、咲の前でかざし、白金太郎が高らかに叫ぶ。


 次の瞬間、生首の目と口が同時に大きく開かれ、咲は恐怖に顔をひきつらせて後ずさった。

 鯖島の生首には、明らかに意識が宿っている事が見受けられた。自分をじっと見る、彼の目を見て、咲にはそれが如実に感じられた。

 鯖島はただじっと咲を見ていた。何も言葉を発することはなかったが、何かを訴えているように、咲には感じられる。


 咲は鯖島から目が離せなかった。憤怒と怨恨と悲嘆と無念がダイレクトに伝わってくる。それらの幾つかの想いは、咲の中にもあるものだ。


 咲は忘れていた。いや、思い出せなかった。鯖島が純子にどのような改造を施されたのかを。どのような能力を用いて襲撃してきたかを。

 憎悪の共有。しかし今行われているこれは、憎悪の同調と呼ぶべきか。それは咲の中にもあったものだ。


「時間かかるんだよなあ、これ。それに咲が睦月に好意抱いているとかだったら、失敗する可能性もあるかもだ」


 鯖島の頭を抱えたまま、白金太郎が呟く。


 だが白金太郎の心配は杞憂で終わった。

 咲の目つきがとろんとして、瞳の輝きも濁る。口元には歪んだ笑みが浮かぶ。


(睦月の気持ちや生い立ちなどどうでもいい。忘れてしまえ。それよりこの心を黒く染めきった方が楽だ。こっちに行こう……)


 迷いは綺麗に晴れた。咲は気持ちが楽になり、心地好さで満たされた。


「もういいぞ。渡せ」


 鯖島の生首が口を開き、喋った。白金太郎はその言葉に従い、鯖島の生首をそのまま咲に手渡す。

 愛おしげに鯖島の生首を受け取ると、咲は部屋に戻って荷物をまとめはじめる。


「あ、それとこれも使う必要があるんだった」


 外に出ようとした咲の顔の前で、白金太郎は掌をかざし、六枚の翅を持つ紫の蝶を出した。


「一度百合様に術を施されてるから、平気だとは思うけど」


 念には念を入れた三重がけのマインドコントロール。百合と白金太郎による催眠と、鯖島の能力。

 多魔霊園に向かう情報を事前に漏らしたのも、咲であった。百合に術をかけられた成果だ。しかし咲は自分が情報を漏らしたことさえ気付いていない。無意識下で行われた。


(百合様曰く、アルラウネに寄生されているらしいけど、ちゃんとラスボス努められるといいね)


 敵役としてのお膳立ては整えた事に一応満足し、白金太郎は咲と共にホテルを出た。


***


 朝。雪岡研究所では、純子、累、みどりの三名で朝食をとっていた。


「研究室がある方に行くと、たまに悲鳴が聞こえるのがホラーなんだよねえ」

 みどりが言う。


 雪岡研究所は居住区エリアと研究区エリアで別れているが、純子以外はあまり研究区エリアに足を運ぶことはない。しかしみどりがよく訪れる訓練場がある場所は、両エリアの中間に位置するので、研究区エリアに近づくことになる。


「改造に時間かけている実験台ストックの人達が結構いるからねえ。そう言えば累君、みどりちゃんと組み手してるんだって?」


 いちはやく食事を終えた純子が、リビングに大量に飾ってある特撮フィギュアの手入れをしながら、累に声をかける。


「ええ……真とがいいのですが……いませんし……」

 最近、基礎体力作りに余念が無い累である。


「純姉も暇な時相手してあげたらァ? あたしと純姉でやるのもいいけどさァ」

「えー、私も真君とがいいんだけどなあ」

「ふえぇ……何だそりゃ。じゃあみどりも真兄とで」


 笑顔で会話していた純子とみどりであったが、みどりが急に真顔になった。


「純姉、心配じゃないのォ? 真兄が今関わっている件の背後に、ヤバい奴が絡んでいるの、純姉だってわかってるんでしょ~?」


 みどりの指摘を受けても、純子の笑みは消えない。累は素知らぬ振りをしているが、何も意識していないわけではないし、感情の流れが色濃くみどりに伝わってくる。

 だが純子の心だけは、みどりにはわからない。もちろん意識して覗けばわかるが、家族に無断でそのようなことをしたいとは思わない。


「累君にも何度も言われてるけどねー。私は今のスタンスを変えないよ。過保護は駄目だし、信じる。でも、累君やみどりちゃんが助けようとするのを邪魔することもないよ? あくまで私の考えだしねえ。それを押し付けるのもどうかと思うしー」

「ふわぁ……もう少し心配してもいいし、ちったあ助けてもいいと思うけど~?」

「んー……」


 みどりにチクチクと攻められ、純子は困ったような顔になる。


「真君はねえ、他はともかく、私にだけは手出しをしてほしくないと思うんだよねえ」

「わかるけど、信じる気持ちを美談として通すのは、フィクションだけで通じる世界だぜィ? 殺されたら元も子もないでしょーがよぉ~」

「んー、まあ考えてみるよ……」


 頬をかき、曖昧な笑みを浮かべて純子は言った。

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