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百合が空中に投影していた巨大なディスプレイを消す。つい今しがたまで、ジャンとニコラが、睦月と真の二人と戦う様を見物していた。
「さて、ニコラは生き延びて逃亡する流れだそうですが、追っ手を差し向ける手配をなさい。討ち取って霊も捕獲して、睦月に見せてあげましょう。結局逃げることがかなわなかったニコラの苦しむ姿を見て、あの子がどんな顔をするかしらねえ。うふふふ」
「はい、百合様」
白金太郎が始末屋組織にメールをうち、依頼を行う。
「それにしても残りは零も含めた三名ですか。いまいち盛り上がりに欠けますわ」
そう言って百合がティーカップを手に取り、中の茶を口につける。
「強いの弱いのが順番デタラメに行きましたからねー。マンガとかだと、最初は弱いので、後になっていくほど強くなるから、ちゃんと盛り上がるんですけど。あ、でも強さのインフレっぽくて、俺はあまり好きじゃありませんが」
「マンガは置いておくとして、最後の戦いは盛り上げたい所ですわ。何かいい案はなくて?」
「ありますっ。とっておきのアイディアが」
百合に案を求められ、白金太郎は自信満々の笑顔で胸を張る。
「百合様がラスボスとしてのりこむというのはどうでしょうか? 雪岡純子にも挑戦状を送って、そして二人で最終決戦!」
「うふ……うふふふ……普段よりキツめの罰が必要ですわね」
引きつり気味の笑みを浮かべながら百合が立ち上がり、白金太郎へと迫る。
「えええーっ!? 何でですかあっ!? 今の俺のアイディア、世界中の誰が聞いても最高だと思うはずですよおっ!」
ソファーの上でのけぞった姿勢になりながらも、白金太郎は、今回は引く事無く言い張った。
「まず前提が狂っていると思いませんの? 私は暇そうな睦月に刺激を与えて遊ばせてあげるために、その舞台を整えてあげましたのよ。それなのに何故私と純子が直接出張って争わなくてはなりませんの?」
呆れと苛立ちを押し殺して、百合にしては辛抱強く問いただす。
「盛り上がるじゃないですかっ」
「貴方、時々頑固ですわね。そして人の言うことを聞きませんわね」
白金太郎があっさりと返した答えを耳にし、無駄なことを口にしたと思いつつ、百合はじりじりと白金太郎へ迫っていく。
「わ、わかりました。何で怒っているか実は全然わかりませんが、とにかくわかりましたっ」
「ほら、こういう所が頑固で意地っ張りですわね」
「あ、今本当にいい案が浮かびました。どういうわけか咲が睦月達と仲良く行動していますよね? だから咲をさらうんです。で、咲を囮にして罠たっぷりな場所に誘き出して――」
「そんなありきたりなこと、面白くありませんし、盛り上がりもしませんわ」
得意げに喋る白金太郎の言葉を遮る百合。白金太郎を追い詰めるのもやめ、ソファーに戻る。
ほっとして白金太郎も元の席に戻り、鼻歌を歌いながら自分のティーカップに茶を注ぐ。
「咲――すでにあの子に仕掛けは施しておきましたが、それも空振りで終わりそうですわね」
そう言うと百合は、白金太郎が入れた茶を堂々と奪い、口につける。
「ちょっとー、俺のカップで飲まないでくださいよ。俺、そういうの神経質なんですから、他人の口がついたコップとか端とかフォークとか、洗っても絶対に使いたくないタチなんですよ。世の中には間接キスとかはしゃぐ奴もいますが、俺にはそういうの理解できないですしアヂャアァッ!」
百合が立ち上がり、文句を言う白金太郎の頭に、笑顔でカップの茶の残りを垂らす。
「で、どんな仕掛けですか?」
ソファーに自分の坊主頭をこすりつけて冷ましながら、白金太郎が問う。
「ちょっとした嫌がらせのサプライズですわ。空振りするかもしれないものですが、一応はまだ秘密ということで……」
喋っている途中、百合はふと思いついた。
「仕掛けが作動しないなら、無理矢理作動させればいいだけのこと。強引かつ不自然であろうと、この際構いませんわね」
そう言うと、百合は呪文を唱え始める。
「この霊は……」
部屋の中に一体の霊魂が呼び出されたのを見て、白金太郎が呻く。
「貴方が回収してきたあれを今使いましょう。肉体改造ではなく超常の力を備えて死んだ者は、死した後もその力を利用できるでしょう?」
「なるほど……」
所謂、力霊という代物であり、百合がそれらを複数使役している事は、白金太郎も知っていた。そして百合は、白金太郎が回収した死体を用いて、成仏してないであろう怨霊を手元へと呼び寄せたのだ。
百合がアポートで、その死体を入れた箱を手元に呼び、白金太郎へと差し出す。
「白金太郎。うまいこと咲とだけ接触してくるのです。そしてこれをプレゼントしてきなさいな」
「え~……」
百合の命令に、白金太郎は露骨に顔をしかめる。
「他の連中に気付かれないようにですか? それって場合によっては難しいかも」
「そうなるシチュエーションを作りなさいな。では早速行ってらっしゃい」
「えー、俺もうお風呂入っちゃいましたし、夜なのに外に出るの嫌なんですけど」
「貴方は私の何?」
「召使で従僕で茶坊主で太鼓持ちですっ。行ってきます」
百合の笑顔から不穏な気配を感じ取り、白金太郎は百合から箱を受け取ると、駆け足で部屋を出て行った。
「うまくいけば、先に二つの仕掛けが仕込まれ、最後に睦月に素敵な思い出をプレゼントしてあげられますわね。うまくいけば、ですけど」
呟きながら、茶を入れなおす百合。
「あの子は高確率で失敗するでしょうから、お仕置きを考えておかないといけませんわね」
白金太郎の帰宅後のことを考えつつ、百合は茶をすすった。
***
「お前達以外、全て失敗したそうだ」
百合から届いたメールを確認し、零が言う。彼の前には紺太郎と塩田の姿があった。
三人がいるのは、零が拠点としている住居の一つだ。紺太郎と塩田の居場所が逆に突き止められるかもしれないと考慮し、零が二人を招きいれ、泊めている。
塩田はともかく、何かと反発的な紺太郎は、零に対して余計なお世話だという態度を露骨に表してくる。しかし零は別に腹も立たない。自分も若い頃は生意気な小僧だった。
(しかしこの生意気な小僧は、生意気な小僧のまま短い一生を終えるわけだがな)
勝っても負けても、紺太郎が長くは生きられないことは、零も知っている。
「残すはお前二人。他の刺客のうちの三人はお前等よりずっと強かったが、皆殺されたそうだ」
「そんなカチンとくる言い方して、どういうつもりだ? 脅かしてるつもりか? ただの意地悪か?」
硬質な口調で告げる零に、紺太郎が噛み付く。
「事実を伝えたまでだ。このまま何の対策も無く向かえば、無駄死にが待っているということを教えてやったまでだ。それが余計なことだったか?」
さらに硬質さが増した口調で告げる零に、紺太郎はぶすっとした顔でそっぽを向く。
「紺太郎も入念に準備をしているし、作戦も考えている。それはあんたも知っているはずだ」
塩田が擁護するかのように言う。
「ダメ押しするなら具体的に指摘してあげたまえ。そうでなくては伝わらんよ」
「自分の能力を見たうえでのプランでしかない。相手の戦力がどのようなものであるかを見るべきだ。例えば、睦月の力そのものを封じる作戦や、敵を分断する手立てを考えるといった具合にな」
そう言って零は自分の顔の前に投影したディスプレイを反転させ、さらには分裂して二つにして、塩田と紺太郎の方へ飛ばす。
「この建物は?」
塩田が問う。
「そこに奴等を誘き寄せる。中には睦月が吸収できそうな植物も無いし、戦うにしてもお前達の能力を活かせるフィールドだ」
「足場が狭いから、広範囲の攻撃は避けにくそうだな。下に落ちて逃げることもできそうだが」
紺太郎が冷静さを取り戻し、画像の中の場所を見ながら言った。
「礼は言っておく」
決まり悪そうに短く告げる紺太郎。それを見て微笑む塩田。
(愛想が無いのは俺も同じだし、愛想無しが三人中二人も揃って、嫌な空間になっているな)
自虐も込めて、零はそんなことを考えていた。




