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マッドサイエンティストと遊ぼう!  作者: ニー太
18 復讐者達を蹴散らして遊ぼう
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25

「ジャージ・オン!」


 ジャンはジャージの襟首を両手にかけたまま、突然叫んだ。

 するとジャンが着ている赤ジャージが、その色合いや材質を微妙に変化させる。さらにはジャンの後ろ襟首がせりあがって、頭部をすっぽりと覆い尽くし、マスクへと変わる。


「レッド・ジャージ!」


 両手を斜め左上へと上げてポーズをつけ、高らかに叫ぶジャン。


「ジャージ戦隊! ジャジレンジャー!」


 さらに両腕を頭上でクロスさせたポーズへと変え、高らかに叫ぶジャン。


(もう一人はヒーロー系マウスだったか。でも……)


 ニコラの手当てをしながら、ポーズをつけて名乗りをあげるジャンを見て、真は思う。


(戦隊とか言って、一人じゃないか……いや、逆か)


「何で一人なのに戦隊……」


 ニコラが唖然とした顔で突っこむ。ジャンが如何なる改造をされたか、今の今まで知らなかったようだ。睦月もぽかんとして見ている。


「俺だって知るかよっ。でもこのポーズと名乗りをあげないと、パワーが出ないって言われたんだっ」


 ヤケクソ気味な口調でジャンが言う。


「でも五人揃えばリーダーポジションなのは喜んでいいかも?」

 と、睦月。


「喜ばんし、こんな変身するのは今日一回限りだっ」


 そう言ってジャンが睦月に向かって構えなおす。


 睦月の足元には、すでに刃の蜘蛛が待機している。それを見て訝るジャン。

 ジャンの方から間合いを詰めると、蜘蛛がジャンに飛び掛った。

 刃で形成された足にぎょっとしたジャンだが、振り下ろされる刃の足を腕で受け止める。パワードジャージスーツは、蜘蛛の刃を通さなかった。


 蜘蛛の斬撃が効かないとみた睦月は、打撃主流の戦法へと切り替えた。蛭鞭と雀を同時に体内から出し、まず二匹の雀をジャンに向けて放つ。


 突然の飛び道具に、ジャンは対応しきれずに、胸部と腹部にまともに雀の直撃を受ける。しかし、スーツの防御力と鍛え上げた肉体によって、深刻なダメージとはならない。


 睦月が鞭を振るわんとしたが、それより早くジャンが睦月の懐へと入り、睦月の顎に左ジャブが炸裂する。

 ひるんだ所に右ストレートがこめかみに入り、睦月が崩れ落ちる。単純な打撃であれば、不死身の体を持つ睦月とて、脳震盪は起こす。しかしそれもすぐに回復する。


 速攻で起き上がった睦月にジャンは一瞬驚くが、気を取り直して、膝蹴りを睦月の顔面へと見舞った。


 前のめりに崩れ落ちた睦月だが、やはりすぐに立ち上がる。


 ジャンは歯噛みし、拳で、肘で、膝で、足で、睦月を滅多打ちにする。不死身だとは聞いていたが、完璧な不死身というわけでも無いとも聞いていた。ダメージを与え続ければ、いずれは倒せると。

 しかし睦月が完全に行動不能になるまで、どれだけ攻撃し続ければいいのか、全く底が見えない。


「しつこい……よっ!」


 ジャンのラッシュの切れ目を狙って、睦月が至近距離で鞭を振るうが、ジャンは際どい所でこれをかわす。

 鞭による攻撃に少々戸惑ったジャンだが、食らわず済んだことに安堵し、なおも攻撃に移る。


 次の瞬間、油断していたジャンの後頭部を、強烈な一撃が打ち据えた。振るわれた蛭鞭は空中で硬直して制止し、睦月が手を引くと硬直が解けてジャンを背後から襲ったのだ。


 だがジャンのスーツの防御性能は思いの他優秀で、クリーンヒットであったにも関わらず、ジャンにはさしたるダメージにならなかった。そのままジャンは睦月に攻撃を続行する。


「はがあっ!?」


 突然ジャンがくぐもった声をあげ、マスクの下から血を吐き出した。

 蜘蛛の刃を通さなかったジャージスーツであるが、いつの間にか睦月の手から伸びた針金虫が、ジャンの腹部を貫通し、内臓をも貫いていた。


「苦労したよ。頑丈だから穴開けるまで時間がかかったけど、気付かれないようにして、しつこく穴をこじあけたんだ」


 腹を押さえて横向きに倒れるジャンに、睦月が言う。


「ジャン……」


 致命傷を受けて倒れた兄弟を目の当たりにし、震え声で呻くニコラ。


「あの世で俺が殺した君の大事な人と会えたら、こう伝えてよ」

 倒れたジャンに向かって睦月は告げる。


「ごめん――て。殺した俺は、殺した人達に、心の中でずっと謝り続けてるって」

「そうか……」


 マスクの下でジャンが微笑を浮かべる。何故か睦月のその言葉を聞いて、とても気が楽になった。


「信じるの?」

「信じる……。だからといって……許せないが、このタイミングで……言うなら……嘘じゃないだろ。わかったよ……。向こうで……伝えておく……」


 そう言い残し、ジャンは息絶えた。


「ジャンっ!」


 叫びながら立ち上がろうとしたニコラに向かって、睦月が蛭鞭を振るう。


「睦月ッ!」


 その鞭の先端を事も有ろうか素手で掴んで止めた真が、怒気のこもった声で叫んだ。


(あれをあっさり掴むとか、どんだけレベルアップしてるんだい)


 真の怒気と動きの両方に、睦月は驚かされた。


「どういうつもりだ!」


 ジャンはともかく、明らかに戦闘力を失くしてこれ以上戦う気も無いニコラに、問答無用の攻撃を仕掛けたことに対し、怒りと非難を露わにする真を前にして、睦月はたじろぐ。


「あは……俺だって殺したくないけど、駄目なんだよねえ。復讐者を俺が生かして逃がすと、死ぬより悲惨な目に合わされるから、殺した方が慈悲なんだよ」

「それは、この遊びを仕掛けている奴の仕業か?」


 真の問いに、睦月は無言で頷く。


「殺していいぞ」

 ニコラが震える声でぽつりと呟く。


「俺だって君らを殺しにかかったんだ。いくら復讐とはいえ、その罰が――」

「逃げろ」


 ニコラの言葉を遮り、真が静かに、しかし同時に力強い声で言い放った。


「その足じゃ大変だろうが、必死に逃げて生き延びろ。国外逃亡でも整形して潜伏でもいい。諦めることはない。逃亡の手伝いをしてくれる組織も、裏通りにはあるから、そいつを探せ」


 それだけ言うと真は、ジャンの死を悼んで嗚咽を漏らし始めるニコラから離れ、睦月の側へと寄っていく。


「あはぁ……やっぱり複雑な気分だねぇ。俺を守ろうとした俺の仲間を全部殺してくれた君が、今度は俺を守るなんてさぁ。あいつらが――」


 睦月の言葉は途中で中断された。やにわに真が間近にまで迫り、至近距離からじっと見つめてきたからだ。


 責めているわけでも、威圧しているわけでもない。

 その証拠に、真は睦月の体を急に抱きしめてきた。


 鈍感な睦月でも、真が明らかに欲情して自分のことを求めているのがはっきりとわかった。突然の真のこの振る舞いに、睦月は動悸が早まる。


(不味い……。この場で押し倒して……犯しそうになっていた)


 睦月の緊張と戸惑いの表情を見て、真は我に返って睦月から離れる。

 殺人が続いたうえで、女を買って処理する余裕が無かったために、性欲が漲った状態にある。ニコラを殺していたら、抑えきれなかったかもしれない。


「真……どうしたの?」

 震える声で睦月が尋ねる。


「気にするな。人を殺した後に女を抱かないと収まらない異常性欲なだけだ。最近女を買って抱いてなかったから、つい衝動的にお前をレイプしそうになっただけだ」

「いや……それは思いっきり気にしちゃうけど……」


 真が冗談を言っているようには思えない睦月であった。


「丁度いい機会だから、聞いておきたいことがある」


 睦月の腕を取り、ホテルの入り口をくぐり、ロビーへと連れて行く。ジャンはもちろんのこと、それ以外に何者かに見られている。おそらくは純子と、この復讐の仕掛け人の両方に、監視されている。それらに聞かれたくない会話だ。

 エレベーターの中に入り、一息つく。ここなら聞かれないだろう。


「お前にだけは言っておく。墓参りの場所の情報を事前に流した裏切り者は、多分咲だ」

「まさか……」


 真の口から出た言葉に、睦月は驚愕した。


「動機を消去法で考えると、他にいないんだ。亜希子が裏切る理由は無い。ただ興味でついてきているだけと主張する犬飼は結構怪しいが、みどりの知り合いだから裏切りがばれれば関係もぎくしゃくするだろうし、そのうえで裏切りに及ぶほどの理由があるのかという疑問もある。そうなると単純に考えて、咲は元々お前に恨みを抱いているし、唯一可能性がある」

「信じられないねえ。いや、信じたくない……かな。あはっ」


 信じられないがしかし、真の考え方は睦月にも理解できる。


「それとまだ話したいことがある。タブーの谷口陸が美香を襲撃した事だ」


 真が口にした二つの名に、睦月は息を呑む。


「あの時、僕や芦屋に何者からか警告があった。美香が狙われていたのは、僕への嫌がらせの一環。蛆虫男もあの時動いていたし、それは確かだろう。だが警告は誰からだ? ゲームを仕掛けた当人か? あるいはそいつの近くにいて、そいつに反感を抱く者か? 僕か美香か芦屋黒斗と接点のある者か」


 あえて回りくどく話すが、真にはもう答えはわかっている。


「美香が殺されるかもしれないと、僕や芦屋に連絡を寄越したのは、お前だな?」


 その問いに、睦月は無言でもって答えたが、真は構わず話を続けた。


「つまりお前は、あの時からずっと、僕がまだ見ぬ僕の敵の側にいる」

「どの辺でそう思ったのかなあ?」


 確信をつく真に、睦月は諦めたように息を吐いた。


「芦屋は警察だから別として、僕の携帯番号は、お前が研究所で改造された時、お前に教えてあった。そこから消去法で心当たりを絞るのは楽だ」


 半分は本当だが、もう半分は嘘だった。事前にみどりに確かめさせた結果だ。


「何かあったら頼りにくるようにって、俺のこと気遣ってくれたっけ。結局頼らなかったけどねえ」


 数年前、雪岡研究所で改造され、裏通りのイロハを叩き込まれてから、研究所を出る時の事を思い出し、睦月は懐かしむ。


「月那美香は真の友人だと、あいつが知ったからねえ。あいつは君の周囲の人間を少しずつ殺していって、君を苦しめぬいて壊すつもりなんだよ。そうやって君を壊すことが、純子への最大の嫌がらせに繋がると思っているってわけさ」

「ああ、わかっている。フルネームは? 何者なんだ、そいつは」


 実の所シスターから聞いて名前も正体も知っているし、みどりにも頭の中を覗かせてわかっているが、あえてここでは知らない振りをして、確認をとる。この会話そのものが重要だ。


「君じゃあ勝てないよ。教えても……」


 百合の存在を教え、真が向かっていって返り討ちにされることを危惧し、睦月は教えられなかった。


「僕を心配してくれるのはわかるが、お前が教えなくても、いつか必ず僕はそいつにたどり着く。お前がその手間を省いてくれるかどうかという話だ」


 真のその言葉に、堪忍したように睦月は苦笑いをこぼす。


「雨岸百合。今、俺と亜希子はそいつと一緒に暮らしている。この復讐劇を仕組んだのもそいつだよ。昔純子と一緒に行動をしていたけど、何かあって別れて、今は純子を凄く恨んでいる」

「わかった」


 睦月の口から予想通りの名を聞き、真は頭の中でほくそ笑む自分の顔を思い浮かべる。


「睦月、もう一つ確認を取りたいから、正直に答えて欲しい。お前は僕の味方だな?」


 これも、確認を取るまでもなく真にはわかっている事だが、この確認自体が一つの重要な儀式であり、予定調和であった。


「うん」


 間近で、真剣な眼差しでもって真のことを見つめ、睦月ははっきりと頷いた。

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