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マッドサイエンティストと遊ぼう!  作者: ニー太
18 復讐者達を蹴散らして遊ぼう
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13

 情報通りの場所に先回りした結果、果たして八つ裂き魔と遭遇し、復讐者達の緊張と憎悪が高まる。


「八つ裂き魔――睦月のお出ましだ。向井、覚悟はいいか?」


 ツンツン頭の少年に向かって声をかける紺太郎。


「覚悟ができてなきゃこんな改造しない。俺はお前より残り寿命短いんだぞ」


 不敵な笑みを浮かべて答える、ツンツン頭の痩せた少年――向井。


「そうだな。怪しいのは塩田さんの方か」


 今度はバーコードヘアーの中年男の方を見る。


「向井君や君と違って、命まで捨てる気は無いがね。命を捨てる覚悟で強くなるわけでもない」


 バーコードヘアーに丸眼鏡に背が低く小太りで背広姿と、見た目はただのくたびれた中年サラリーマンな塩田が、気迫に満ちた低く渋い声で答えた。


「えっと、睦月に危害を加える気なら私も黙ってないからね。一応前もって警告してあげる」


 睦月の前に立ち塞がるようなポジションを取って亜希子が言うと、妖刀火衣を抜く。


「そんな殺人鬼をかばう気か?」

 亜希子に向かって、獰猛な目つきで向井が凄む。


「私はずっと娘を奪った犯人を恨み続けていた。憎み続けていた。復讐できるものならしたいと思っていた。その相手が法では裁けぬ者だと知って絶望し、私自ら裁く機会を得るという希望を授かり、今ようやくこうして辿りついたんだ。もし邪魔をするなら、覚悟してもらうことになるよ?」


 塩田が静かな口調で、亜希子に対して思う所を述べる。

 彼はつい最近まで一般ピープルのサラリーマンに過ぎなかった男であるが、殺意たっぷりに他者を脅していることに、自分自身、おかしさと哀しさを同時に覚えてもいた。


「俺の幼馴染もこいつに殺された。将来は女性宇宙飛行士になるって夢を持っていて、必死で勉強していたのに」


 向井が歯軋りしながら睦月に視線を叩きつける。

 無数の恨みと呪いの言葉が、そして視線が、睦月に向けて投げつけられているという現在のシチュエーションに、亜希子は底無しのおぞましさを覚える。


 一方の睦月はそれどころではない。完全に顔面蒼白になり、戦意の欠片も無い。


「何で俺……あんなことしたんだ? こんな……多くの人を哀しませ、恨まれるようなことを……」


 小声で呟くその言葉は、亜希子の耳にだけ届いた。思わず振り返り、睦月の虚ろな瞳を覗き込む。

 復讐者達と戦う覚悟のうえで外出したにも関わらず、彼等の怨嗟に満ちた言葉を聞いて、怒りと殺意で破裂しそうな視線を向けられただけで、戦意喪失どころか混乱状態になってしまっていた。


「いくぞおおぉお!」


 向井が叫び、混乱のあまり三人から視線を逸らして上の空の睦月めがけて、飛び掛ってくる。当然その前にいる亜希子が相手をする事になる。火衣の力により、亜希子も常人以上の力を出せるのであるが、少年の速度はそれを上回っていた。


「しぎゃあああっ!」


 獣じみた咆哮と共に向井が腕を薙ぐ。亜希子の胸の肌が裂け、肉がえぐられ、血がしぶく。


 見ると、向井の両腕は黒く変色して硬質化し、鋸のようなぎざぎざの形状へと変化している。この腕によって、亜希子の体をえぐったようだ。

 内臓や骨にこそダメージは無いが、軽いダメージとも言いがたい。ざっくりと亜希子の胸から腹に幾条もの切り傷を走らせた。


(こいつ、何て速さなの……。体がほとんどついていかなかった)


 速度にだけは自信のある亜希子であったが、向井の速度はそれをさらに上回っていた。

 目で追う事はできるが、回避するのは中々厳しそうだ。次は致命傷を食らうかもしれないと思い、亜希子は背筋に寒いものを感じる。


「俺の命、あと一週間ももたないらしい……」

 向井が、口の端から涎の糸を垂らして笑いながら言った。


「あの赤目の子に頼んで、超強力なパワーアップしてもらったからな。その代償だってさ。でもそれでもいいんだ。あいつの仇さえとれれば……」


 命と引き換えにするほどの無茶な改造をされたと聞き、亜希子は少年の常軌を逸したスピードにも納得した。


「亜希子……下がって。やっぱり君が俺のために傷つくことなんて無いさ」


 目の前で亜希子が傷ついたのを見て、ようやく正気に戻る睦月。そして自分の心の弱さで亜希子を巻き込み、なおかつ傷つけてしまった事に、後悔を覚える。


「いいや、下がらない」


 胸元を押さえ、睦月の方に一瞬だけ振り返り、脂汗を垂らしながらも無理して微笑む亜希子。


「睦月……あなたは友達っていうよりも、私の新しい家族って感じだわ。ずっと同じ家に住んでいるんだから、当たり前かもだけどさ。だから絶対に見捨てられない。それを言うと、ママも……あのお馬鹿な白金太郎もかなあ」

「私達はその家族を奪われている。その子によってな。つまり私達も、君にとっては睦月と同じ存在になるというわけか」


 バーコード禿の中年男――塩田が眼鏡に手をかけながら、ニヒルな口調で言う。


「一緒に殺しちまえば、関係無いだろおっ!」


 ツンツン頭の少年――向井が、狂気に歪んだ笑みを張り付かせて叫び、再び亜希子に飛び掛る。


 不意に亜希子は後ろから襟首を引っ張られ、転倒する。睦月の仕業だ。


 少年の攻撃が睦月へと移る。鋸状の腕が睦月の頭部を粉砕する。


「あはっ、どっちにしろ、君らに俺は殺せないだろ」


 粉砕した頭部は一瞬にして元の顔に戻り、不敵な笑みを見せている。睦月にもようやく火がついた。


「そうでもない」


 声と共に何かが飛来し、睦月の前で破裂した。煙をあげ、睦月の顔がただれる。もちろんすぐ治る。


 向井が追撃しようとしたが、睦月が体内から雀を三匹放つのが早かった。

 至近距離から三匹の直撃を受け、向井はのけぞって倒れたが、すぐに起き上がり、後方に跳んで距離を置き、警戒する。


「顔が溶けるのグロいなあ。すぐに治ったのは凄いけど」


 幾つもの水風船をお手玉よろしく弄びながら、けらけらと笑う木村紺太郎。


「今日はたっぷり用意した。俺だけじゃなくて、この二人にも持たせてあるぞ。自分だけではなく、俺の能力の範囲内なら、他人でも俺の能力は利用できる。それが便利なんだよな。ありったけの酸シャワーをご馳走してやるよ。その再生能力が尽きるまでな」


 紺太郎の話を聞いて、睦月は戦慄し、青ざめる。自分は再生できるからいいとして、亜希子に酸がかかることを考え、ぞっとしたのだ。


「ははは、びびってるよ。わかりやすい」

 それを見て向井がへらへらと笑う。


(違うな。睦月は仲間が巻き込まれることを考えて、それを恐れているんだ)


 向井は睦月が我が身可愛さに恐怖していると見なしていたが、紺太郎は睦月の恐怖の理由を見抜いていた。


「聞く所によると、お前を作ったのも雪岡純子だそうじゃないか。俺達は雪岡純子に頼んだんだ。お前を殺せる力が欲しいと。作った当人だし、それが十分にできうる力を俺達に授けてくれたわけだ。しかもそれが三人もいる」


 向井が勝ち誇ったかのように言う。


「塩田さん、向井、睦月よりまずこの女を殺そうぜ」

 亜希子を親指で指す紺太郎。


「いや……それは……」

「わかった」


 紺太郎に促され、逡巡する塩田と、歪んだ笑みと共に頷く向井。


「何びびってんだよ、塩田さんよ。あんたの娘を殺した奴をかばうんだからよ、同罪でいいだろ。それどころか、こいつが睦月の大事な女だってんなら、睦月の目の前で殺せば、睦月に俺達と同じ気分を味わわせてやれるんだぞ。こいつは神様が用意してくれた、ラッキーなシチュエーションだよ。先にこの女を狙えば、かばおうとして隙を見せるだろ」

「あはっ、そういうこと言ってくれると、俺にとっても不幸中の幸いだねえ」


 睦月が体内から、蛭鞭と刃の蜘蛛を同時に呼び出す。


「そんな奴なら、俺も躊躇無く殺しにいけるからねえっ」

「そんな卑怯な真似はできん。それは正義とは言わない」


 睦月が言った直後、塩田が毅然たる口調で拒否した。


「できないっつっても、その女は睦月を守る構えなんだから、結局戦うんだぞ。ちっ、まあいいや。向井、引き続きお前がその女相手しろ。俺と塩田さんが二人がかりで睦月。これで文句無いだろ? 睦月相手以外では全然卑怯ではない」

「わかった」


 紺太郎の指示に、塩田が頷く。


「睦月に二人がかりらしいけど、大丈夫?」


 片手で切り裂かれた服を押さえ、片手で火衣を構えて向井を見据えたまま、亜希子が声をかけた。


「あはっ、そっちこそ大丈夫なの? あっちの方が速かったみたいだけど」

「真だって速さでは私よりは劣ったけど、私は真に勝った事一度も無いよ」


 からかう睦月に、亜希子が無理して微笑んで言った。真の名を出され、こんな状況にも関わらず、睦月の胸が疼く。


 塩田が突然ぐるぐると頭を回し始める。


「伸びろ! 数多の絶望の敗戦を戦い抜き、未だ生き残りし我が軍の精鋭達よ!」


 裂帛の気合いと共に塩田が叫ぶと、その頭から何かが伸びて、睦月へと降りそそぐ。


「ジャッジメント・ヘアー!」


 鋼線化した無数のバーコードヘアー。それによって睦月の体のあらゆる箇所が貫かれ、アスファルトをも深く貫き、睦月の体が繋ぎとめられる。

 動きの止まった睦月めがけて、水風船を次々と投げる紺太郎。酸が睦月に振りそそぐ。


「うっ……ぐああああっ!」


 さらには鋼線髪には予め、紺太郎の体液入り整髪料をたっぷりと塗っていた。貫かれた場所

から紺太郎の体液が睦月の体内に入り、以前のように睦月の体内に紺太郎の体液が混じって、睦月の体の内部からも酸であふれ、睦月は悲鳴をあげた。


「体の中から発生した酸は、この間よりはるかに多い量だ。塩田さんと俺の能力の組み合わせ、実に効果的だな」


 再生する兆しも見せず、一方的に溶けていく睦月を眺め、紺太郎が小気味よさそうに言った。


「念のため、ダメ押ししておこう」


 その睦月に向かって、紺太郎はさらに水風船を投げつけ、酸をかけていく。


「あっけない幕切れだな」


 外から、中から、ただれて溶けていく睦月を見て、ニヒルな口調で呟く塩田。


 一方亜希子は、睦月の様子を見ているどころではなかった。

 向井が亜希子に飛び掛るも、すんでの所でかわされ、逆に小太刀で切りつけられる。


(今のははっきり見えたし、反応できた。もしかして、火衣の力が増している?)


 訝りつつ、亜希子はひるんだ向井をさらに突く。


 向井は鋸状の腕でそれをさばこうとしたが、毎日の戦闘訓練を経た亜希子の突きを防ぐことはかなわなかった。向井の胸に小太刀が突き刺さる。


 腹部を狙ったが、わずかに攻撃がそれた。それに浅い。


 向井が腕を振るう。亜希子は後方に跳び、距離を置いてかわす。向井がさらに詰めようとした所で、その体が大きく後方にのけぞった。


 銃声が二つ響いた。

 向井は二つとも弾丸を食らい、倒れていた。


「相変わらずろくなもんじゃないな。誰かのピンチに現れるシチュエーションてのは」


 亜希子と睦月の後方から、銃を片手に携えた真が現れ、呟く。

 少し離れた所には、咲と犬飼の姿もある。


「真っ!」


 亜希子が喜悦と安堵が入り混じった声で、その名を呼ぶ。


「咲……それに真も……」


 体中が溶けた状態で真と目が合い、睦月の動悸がこれ以上なく高鳴った。

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