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マッドサイエンティストと遊ぼう!  作者: ニー太
18 復讐者達を蹴散らして遊ぼう
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6

 睦月が襲撃されて四日が経った。


 家の外に出れば確実にまた、百合に手引きをされた復讐者に襲われるであろう事がわかっていたので、外に出るのが嫌でずっと家にこもっていた睦月であるが、意を決し、外へと出る。

 どうせあのまま家の中にいたら、今度はまた別のろくでもないことを百合が実行するに違いないと、考えたからだ。それならある程度は、百合の思惑通り踊っておいた方がいい。


 わざと人気の無い場所へと赴く。土手を上がり、川原の草むらの中へと足を踏み入れる。

 尾行者の気配は察している。相変わらず複数。相変わらず一つだけ下手糞な尾行で、殺気を放っている。


 人気の無い場所にやってきた所で、殺気を放つ下手糞な尾行者は、睦月の前にあっさりと姿を現した。

 年齢は十代後半といった所で、睦月より少し年上のようだ。厚ぼったいジャンパーのポケットに手を入れて、四日前に会った男同様、憎悪のこもった視線を睦月に向けている。


「木村紺太郎だ。お前に殺された村野花子の恋人だ」

 口元に歪んだ笑みを浮かべ、少年は自己紹介する。


「睦月。姓は無いよ」

「そうか。普通じゃなさそうだな、いろいろと」


 紺太郎が一段と殺気を膨らませ、ポケットから手を出し、何かを睦月に投げた。


(いくら改造されても元が素人だからねえ。攻撃がわかりやすすぎて……)


 睦月は見くびりながら、蛭鞭で投げられた物を弾かんとする。


 投げられたのは水風船だった。そして――

 鞭に弾かれた刹那、風船が割れ、鞭の風船と触れた部分が溶け出した。


「えっ!?」

 思わず驚きの声をあげる睦月。


「再生力凄くて不死身だって聞いたけど、再生力も物理的に限界があるとも聞いたぜ」


 両方の手に水風船を合計五つ持ち、にやにや笑いながらお手玉などをしてみせる紺太郎。


「俺の能力は――どうせ知られても影響無いから教えてやるよ。俺の体液を混ぜた液体を任意のタイミングで酸にできる。それだけだ」


 つまり、風船を鞭で弾くタイミングを狙って、風船の中の水を強酸へと変えたのだろうと、睦月は判断する。


「お前の再生にかかるエネルギーよりも、俺の能力の方がずっと燃費いいと思うんだ。それとな、俺の体液をお前の体液に混ぜたら、それでお前はきっとアウトだぜ? お前の体液は全て酸に変わって、いちころだろ」

「あははっ、わざわざそこまで親切に教えてくれるんだぁ」


 睦月が笑うが、これは油断できないと判断した。使い方次第では、かなり恐ろしい能力だ。


(どっちかっていうと暗殺向きの能力だと思うけどねえ。まあ、俺がそんな隙を屋外で見せることもないから、堂々と正面から来たんだろうけど)


 睦月は鞭を体内に収納した。もし蛭鞭の中に紺太郎の体液を入れられたら、それでもうアウトだ。蛭鞭の体液を全て酸に変えられて死亡して、回復の見込みすら無くなる。

 しかしそれは他のファミリアー・フレッシュ全てに言える。一種類を除いて。


「教えた方が、恐怖が増すだろ?」

 紺太郎が手にした水風船を立て続けに投げつけてくる。


 睦月は体術だけでかわそうと試みるが、空中で風船が破裂するため、飛散した酸が多少睦月の体にかかってしまう。


「安心しろよ。一度酸に変えた俺の体液は、ノーカンだから。酸が体内に入っても、俺の体液が混じった事にはならない」

「あはっ、親切にどうも。でもそれ、黙ってた方が怖いんじゃない? 僕のこと、怖がらせたいんだろう?」

「言われてみればそうだな。まあ何だ……。冷静さを保つために会話してる感じか? 喋ってないと、キレそうなんだよ。キレてるけど、余計おかしくなりそうだ」


 そう言って怒りの表情を露わにした紺太郎を見て、睦月は背筋に寒いものを感じた。


(俺……沢山、怨みと悲しみを生産したんだな)


 今更になって自覚する。これまで考えないでいた事さえ、罪深く思う。

 罪悪感によって、睦月の動きが明らかに鈍った所へ、酸とは違うものがかかった。


 見ると紺太郎の手に大きな水鉄砲が二挺握られている。しかし浴びたのは水だ。


「両方とも、俺の体液がまじっている。で、今両方かかったわけだが、片方を酸にして、もう片方はそのままにしておくとどうなる?」


 口の端を大きく吊り上げて笑いながら、ネチっこい口調で問う紺太郎。

 その意味がわからない睦月では無かったが、わかった時にはもう遅かった。


 かかった水が酸へと変わる。服を、肉を溶かす。

 そして解けた肉の部分から、紺太郎の体液が混じった水が、睦月の体内に侵入した事になる。


「そういう合わせ技もできるわけか。これ、能力をわざわざ口にしてばらさなければ、物凄く恐ろしい力じゃないの?」


 そして相手が自分でなければ、かなり危険だと睦月は思う。


「代償は大きかったぞ。俺の命は、あと二週間ほどで尽きるらしい。俺自身の体液も徐々に酸になっていって、エグい死に方するって、あの赤目の子が言ってたよ」


 へらへら笑いながら、紺太郎はニヒルな口調で言った。


「それも俺が望んだことだ。俺の命なんて使い捨てでいいから、強力な能力を欲しいって頼んだんだ。ちゃんと復讐できるだけの力をな」


 紺太郎の話を聞いて、睦月の胸が、胃が、キリキリと痛む。そこまでして復讐を望む気持ちも、恨む気持ちも、睦月には理解できる。自分も沙耶を殺されたと思い、沙耶の無念を晴らすつもりで殺し続けていたからだ。全てが憎かったし、その憎しみをぶつけるために、自分も純子に改造される事を望んだ。


(俺……たとえこいつを凌いでも、あと何人もこんな奴等と戦い続けることになるのか? あははっ、これが俺の宿題かあ。この宿題を解いた先に……何があるんだろう)


 いっそ殺された方がいいのではないかという考えも、一瞬睦月の脳裏をよぎったが、それもできない。


(俺は死んでもいいんだけどね。沙耶を死なせたくはないんだ。罪は全て俺がかぶる。沙耶には何も罪は無い)


 そう思った直後、睦月は体の中が焼けるような感触を味わった。


「うわあああああっ!」

 絶叫をあげ、己の体をかきむしり、七転八倒して苦しみ悶える睦月。


「ぶわっははははははっ! 苦しがってる! 苦しがってるよぉっ! すっげー無様! 超ウケるわ~っ!」


 睦月の悶える様子を見て、紺太郎が哄笑をあげる。


 爆弾で吹き飛ばされた肉片でさえ、地面に落ちるよりも前に元通りになる、睦月の強力な再生力よりも、酸の侵蝕の方が早かった。しかしそれも最初だけで、時間が経てばやがて酸よりも睦月の再生力の方が上回り、睦月の体から痛みが消える。

 酸へと変化する一瞬の侵蝕は強烈だが、その後は続かないようであった。一度酸になってしまえばそれまでという事は、体内の酸を、睦月の新たな肉と血が薄めて消している。


(しかしこれは……再生に費やすエネルギーがかかりまくって、体力が物凄くもっていかれるよ)


 今の攻撃を何度も食らえば危険だと、睦月は判断する。だが相手は次にまた何をしてくるかわからない。睦月の体内に己の体液を入れるための手段を、きっと幾つも用意しているに違いない。


「むっ……」


 睦月の服の袖から何本ものカーブした刃が現れたのを見て、紺太郎は笑うのをやめ、気を引き締める。


「じゃ、次はこっちからいくよう」


 服から出た何本もの刃が組み合わさり、刃の体を持つ蜘蛛へと変形する。


 それがどうしたと言わんばかりに笑い、紺太郎が水風船を蜘蛛へと向かって投げつける。水風船が破裂し、中の強酸が蜘蛛へと降りかかる。

 だが蜘蛛は素早く刃に分離して酸を避け、また合体し、紺太郎へと跳びはねていく。


「何だあっ!? こいつっ!?」


 脅威を覚える一方で、そのコミカルな動きがちょっと可愛いと思ってしまう紺太郎。


「ぎゃぁっ!」


 蜘蛛が紺太郎の首めがけて飛び掛るが、紺太郎は腕でガードし、変わりに腕が切り裂かれる。

 一方で蜘蛛も紺太郎の血を浴びて、それが酸へと変わり、刃が何本も溶けるが、溶けた部分をすぐに切り離し、全身に紺太郎の酸の被害が及ぶのを防ぐ。


(時間差を置いて血を二重に浴びない限りはこんなことしなくてもいいけど、念のためにねえ)


 睦月が蜘蛛を呼び戻す。今ので結構脚を失ったので、再生させなければならない。


(後は……いちかばちかで、あれをするしか)


 睦月はすでに次の手を打っていた。草むらの中に、睦月の足の裾から伸ばした針金虫を潜ませている。

 針金虫で紺太郎を攻撃する算段だが、針金虫もただではすまないだろう。一発で致命傷を与えないといけない。


「楽しそうだな」


 不意に声がかかった。冷めた声。冷めた女の声。


 睦月と紺太郎が、声の主の方へ同時に視線を送ると、一人の少女が佇み、戦う二名を観察するように長めていた。


(裏通りの住人? いや、落ち着き払っているけど、そんな感じではない)

 少女を見て、睦月は思う。


「ちっ……」


 舌打ちして紺太郎が駆け出し、その場から去る。どうも少女を睦月の加勢か何かと誤解したようだ。


「君は……」


 睦月は別のことを考えていた。この少女も復讐者の一人なのではないかと。

 そして睦月は己の体内に変化が生じていることを実感した。自分の体の中の何かが、目の前の少女と確かに共鳴している。


(アルラウネの共鳴?)


 睦月は純子に聞いた話を思い出した。アルラウネを移植された者同士が遭遇すると、必ずではないが、稀に共鳴を起こすと。


「別に復讐しにきたんじゃない。私の姉は貴女に殺されているけどな」


 睦月の疑念を見透かして、少女――武村咲は告げる。睦月の表情が強張った。

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