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マッドサイエンティストと遊ぼう!  作者: ニー太
18 復讐者達を蹴散らして遊ぼう
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三つの序章

 特定の人間に強烈な悪意を向けられたことがあるか?

 特定の人間に強烈な悪意で弄ばされたことはあるか?


 恨みを晴らさんとして、あるいはただ気に入らないから貶めたくて、あるいは己の目的の邪魔になるから排除したくて、人は人に悪意を向ける。悪意によって、人は人を傷つけ、陥れる。


 苦しむ姿を見て喜ばんとして、他者をいたぶる悪意に晒されるという事。それを経験したことがない者には、いくら説明しても感じ取ることは不可能な感覚であろう。


 自分が常に悪意に晒されている状態で人生を送るのが、どれほど苦痛か。

 しかもその悪意が自分だけではなく、自分の大切な家族や友人にも及ぶということがわかっている事が、どれほど恐ろしいか。


 その少年は全て理解しているし、自覚しているし、味わっている。

 そのうえでなお、自分に向けられた悪意と戦うつもりで、己の心身を磨いてきた。

 悪意の正体を探ろうとし、抗う力と術を身につけんとしていた。

 途方も無い悪意に晒されながら、それに怯える事も無く、悪意を向ける相手を意識し、心の中で常に睨みつけていた。実際に見たこともない相手を、常に睨んでいた。


 望むべき力を有る程度身につけ、悪意を向ける者の名もルーツも、知る事が出来た。


「もうすぐきっと会える」


 過酷なトレーニングの後の疲労した体を一番風呂の湯船で癒しながら、相沢真は呟く。


 真は予感していた。ただの予感。しかし強い予感。何の根拠も無いただの予感。しかし確信に近い予感。


「真君~、このパンツ破れてるよ~」

「僕が風呂に入ってる時に洗面場に入るなと、何度言わせる気だ」


 せっかくシリアスなムードを作り上げ、浸っていたのに、少女の聞きなれた弾んだ声が、台無しにしてくれた。


「真君のパンツ洗ってるのは私なんだから、そんな文句言っちゃ駄目だよー」

「関係無いだろ……」


 自分に悪意を向けている人物も、少女のこのペースにいつも頭を悩まされたのだろうかと、漠然と考える真であった。


 それが数日前の話。


***


 その日、雨岸百合は何十人という人間に電話をかけていた。


 所在を調べるのに何日もかかり、調べつくしてから、同じ日に一斉に電話をかけて、全く同じ内容を伝えるという単調な作業。正直百合にしてみると苦痛であったが、これを任せられる他人もいない。

 魂は無いが思考力は有る死体人形に任せることも考えなかったわけではないが、この作業はきっちりと自分で行い、相手の確認もしたいと思っていた。それには直接会話する必要がある。


「ええ、貴女の大事な方を無残に殺した八つ裂き魔に復讐するために……ええ……そうですか。残念ですわ」


 自分がもちかけた話を相手が断ってくる。これで何件目かも、一応百合はチェックしている。どんなことであろうと、数字の記録はちゃんと取っておく。それがいつどんな形で役に立つかわからない。

 今の所、百合が持ちかけた話に応じてくれたのは、五人に一人といった割合だ。


「ええ……そうですか。復讐する覚悟がお有りですのね。それならば……」


 相手が自分の話にのってくれない事の方が多いので、応じてくれる者が現れると、ついつい表情が綻び、声が弾んでしまう百合である。


「雪岡研究所という場所は御存知でして? ええ、この場所に行くことをお勧めいたしますわ。後ほど御自分でお調べになったうえで、良い御判断を。もし御決心をなされたのなら、また私の方に御一報くださいませ。惜しみない協力をさせていただきますわよ」


 百合は電話を切ると、大きく息を吐く。今の電話が、最後の相手だった。長い作業がようやく終わった。


 だがこれからが本番だ。

 さらに電話をかける百合。しかし今回は違う目的だ。


「お久しぶりね、純子。実験台志願者がこれからどっとそちらに押し寄せますわ。私が教えてさしあげましたの。もちろん、無視しても構いませんのよ。ええ、私経由だということを一応伝えたくて。それでは」


 ほぼ一方的に伝えて、百合は電話を切った。


「随分と露骨に挑発しているが、純子はのってくるか?」


 百合の前に、食客である早坂零が現れ、声をかける。


「ええ。彼女はこういう挑発を無視しない性格ですの」

「それが純子の弱点か」


 零の言葉に、百合は口元に手をあてて優雅に微笑んだ。


「弱点? 何を仰ってるのかしら。これはただの性格ですわ。純子からしてみれば、弱点になどなりえませんことよ」


 まるで純子が見くびられているような言い方に、百合は少し腹が立った。そして自分が腹を立てている事に気がつき、おかしくて笑ってしまう。


「さて、もう一度あの子を説得してみましょうか」


 百合がまた電話を取る。

 片っ端から電話をかけた相手の中で、一人だけ気になる人物がいた。

 その人物は、百合のもちかけた話には考えておくという曖昧な答えを返しつつ、雪岡研究所で力を手に入れてくるようにという話は、きっぱりと断った。


『言ったはず。そんなことしなくても、私にはすでに力が有るから』

 相手は同じ答えを返してくる。


「実はですね、八つ裂き魔を生み出したのもその雪岡純子ですのよ。言わば咲さんの大事な人が殺された諸悪の根源と言った所ですかしら」


 百合の告げた言葉に、咲と呼ばれた相手は沈黙した。


『なら、八つ裂き魔もそのマッドサイエンティストも、両方報いを食らわせることを考えておく』


 電話の相手――武村咲から、期待通りの答えが返ってきて、百合はほくそ笑んだ。


 それも数日前の話。


***


 小説家犬飼一は後になってから思う。あの時自分が八つ裂き魔という存在に興味を抱いたのは、運命の導きだったのではないかと。

 犬飼は運命というものが確実にあると信じている。運命を司る神の存在も信じている。そしてそれが時々凄まじい悪戯をする事も。


 八つ裂き魔の正体は、裏通りではとっくに判明している。かつて殺し屋専門の組織として幅を利かせていた『掃き溜めバカンス』という名の組織に身を置いていた、睦月という名の殺し屋が、その正体だ。


 裏通りの『中枢』は雪岡純子に、表通りの人間を殺して回る睦月の制裁を依頼し、雪岡純子は専属の殺し屋――相沢真を刺客として差し向けたが、掃き溜めバカンスは睦月を守る姿勢を見せたため、結果――相沢真に殲滅されるという憂き目にあう。

 しかし肝心の八つ裂き魔である睦月だけは取り逃し、結果睦月は『タブー』に指定され、中枢は干渉しない姿勢を打ち出した。


 不思議なことに、タブー指定された睦月――八つ裂き魔はその後行方をくらませてしまうというミステリー。


 犬飼はこの話に惹かれ、消えた八つ裂き魔の行方を追っていた。

 追っていたと言っても、何名かのフリーの情報屋に依頼して、後は特に何もしていない。もし何か情報があれば、会って話を聞いてみたいとは思っている。


 全ては犬飼の創作のために。


「何者かが八つ裂き魔の被害者遺族に接触している。そして復讐するように煽っているんだ」


 安楽市絶好町カンドービル内にある喫茶店『キーウィ』にて、雇ったフリーの情報屋の一人が犬飼に向かって報告した。

 痩身の犬飼とは対照的に、その情報屋ははちきれんばかりの恵まれた体格をしている。肩幅が広く、服の上からでも胸板が厚いのがわかる。顔立ちもそれなりに男前だ。


「そのうえ、雪岡研究所に行くように促している。知ってるか? 雪岡研究所」


 高田義久という名の情報屋が口にした名を聞き、犬飼は意味深な笑みを浮かべた。


「俺も一応裏通りに関わる身だから、もちろん知ってるさ。遺族を雪岡に改造させて、八つ裂き魔睦月に復讐しようと仕向けているってわけだな。その煽っている人物も、八つ裂き魔に親しい者を殺されたのかな?」

「全員がこの話にのっているわけでもない。復讐なんかしないという人もいれば、人体実験で改造という時点で引いてしまっている人もいるようだ」


 義久の報告に、犬飼はなるほどと頷いた。

 義久と別れて喫茶店を出た犬飼は、ポケットに手を入れて猫背の姿勢で、カンドービル内のデパートの中を、ぶらぶらと歩いていた。


「雪岡研究所か……あまり関わりたくない場所だが、みどり経由で何か情報が得られないかな」


 気乗りしない顔で呟く犬飼。今自分がいるこのカンドービルの地下に、その雪岡研究所がある事も、当然犬飼は知っている。


「せっかく面白くなってきた所だし、ここで引く手は無いしな」


 呟きつつ、犬飼は指先サイズの携帯電話を取り出した。


 それが本日午後の話。

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