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マッドサイエンティストと遊ぼう!  作者: ニー太
17 ネトゲ廃人を量産して遊ぼう
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 五年以上ぶりの大型バージョンアップが、いよいよ指折りで目前に迫ってきた。

 イベントも追加コンテンツも含めて、ニャントンは日々興奮しながら心待ちにしていた。懸案事項の一つであった管理組合との衝突は、彼等が手出しする必要の無いタイプのイベントと判明したため、後は安心して蓋を開けるのみとなった。


 電霊の量産という使命も、マキヒメと累という頼れる仲間が二人増えて、かつてないペースで行われている。累の方は電霊ではなく、生身のプレイヤーを大幅に増やすという偉業を成し遂げている。


 しかし何事も起こらずスムーズかといえば、そうでもない。

 累が突然ニャントンのホテルから姿を消した。


(黙って姿を消すような不義理なタイプには見えなかったがな)


 ゲームの中でリアル以上に人を見る目を肥やしたニャントンには、それが不思議であり、不安でもあった。ちなみに職種にもよるが、オススメ11で活動していると、リアル以上に人と接する機会が多いという人は多い。


 不安を抱きながらも、ニャントンはいつも通り電霊を引き連れて、オススメ11をプレイしていた。


 すでにニャントンは全ジョブのレベル、ステータス上限突破、スキル底上げなどといった要素をやりつくしている。しかし下僕である電霊達は別だ。今は彼等の能力を上げる作業に従事している。

 とあるダンジョンの中――電霊に命じてヤシガニの姿をしたモンスターを大量に連れて来させ、自分の周囲に集まったヤシガニを範囲攻撃で一気に潰すという作業を、延々繰り返すこと七時間半。見覚えのある人物の姿を捉えた。しかしそれでも作業の手は止めない。


「フッ、精が出るね」


 ネナベオージに声をかけられても、ニャントンは一瞥しただけで返事もしない。

 彼に対しては、この前会った際のやりとりで、ひどく印象が悪い。電霊の事を探っているという理由よりも、自分をチーター扱いして侮辱した発言にカチンときた。


「タツヨシがインしていないようだね。君のお友達だろう? 心配ではないか?」


 紳士的ではあるが、どことなくからかうような口ぶりのネナベオージ。何もかも見透かしたかのような態度は正直癇に障るが、ニャントンは無視し続ける。どうせ返事をしなくとも、相手はきっとべらべらと喋り続けるだろう。無駄なことはする必要が無いと、ただそれだけの判断だ。

 ついでに言うとニャントンは、タツヨシがどうなろうと知った事ではない。気に留めるまでもないと思っている。


「彼とリアルで会ってきたよ。いろいろ有益な情報を得る事ができた」


 だがネナベオージのその言葉には、流石に反応せざるを得なかった。カニを殺しまくる手が一瞬止まる。


「電霊は死んで幽霊になったプレイヤーという噂ではあるが、それだけではない。プレイヤーとしての電霊は、実は生きている。生身がちゃんとドリームバンドを装着し、月額課金も支払われている。霊魂だけがこの世界に入れられて、電霊使いに操られている状態。そうだろう?」


 笑顔で確信に踏み込んできたネナベオージを、最早ニャントンは無視できなかった。電霊達に命じて、カニを連れてくる作業をやめさせる。


(あいつ、リアルでこいつに情報を暴露したってのか? しかし一体何故?)


 タツヨシは信用ならないタイプではあったが、そこまで明確に裏切るとは思わなかった。金につられたのか、女か、それとも脅迫か。


(こいつが俺の敵なら、リアルで会って俺の能力を使って、始末しないといけない。しかしどうやって突き止める?)

「その生身をどこで誰がどう管理しているかも、知っているよ」


 思案するニャントンの前で、ネナベオージは画像を投影する。

 画像を見て愕然とするニャントン。映っていたのはニャントンのホテルであった。


「タツヨシ君以前に、ある筋から突き止めてはいたけどね。彼の口から聞いて確信もできた」


 驚愕の表情のニャントンに向かって、笑顔で告げるネナベオージ。

 最早ニャントンは恐怖すらしていた。ここまで踏み込んできて、自分を脅かす者が現れるとは、思ってもみなかった。


「何者なんだ……? 何が狙いなんだ……?」

「僕の最終的な狙いは、君達に力を与えた育夫という電霊だよ。彼が全ての始まりだろう?」


 育夫の名前まで出されて、ニャントンはますますビビる。


(大電霊育夫にとっての敵が、本格的に動きだしたということか)


 そんなものが一体どういういきさつで沸いて出たのか、ニャントンには見当がつかない。


「そうそう、タツヨシ君が今どうなっているかも見せておこう。一応生きているよ」


 ネナベオージがディスプレイを投影してみせる。映し出された映像を見て、ニャントンは顔を引きつらせまくって絶句した。

 映し出されたのは動画だ。寝台に乗せられて、頭部を輪切りにされて脳を露出されているリアルタツヨシに、白衣を着た何者かが注射をしている。首から下しか見えないが、女性のようだ。白衣の下はワイシャツに短パンという格好だった。

 注射をうたれたタツヨシが、アヘ顔で何やら喚いて体を痙攣させている。音声は無いが、無音なのが余計に生々しく感じられる。どう見てもタツヨシは正気を失っているように見えた。


「君も彼と同じ扱いにしてもいいのだが? ただし、協力してくれれば話は別だ」


 そう口にするネナベオージ――純子だが、実際にはその気は全く無い。ニャントンは自分に一切危害を加えようとはしていないし、実験台志願者というわけでもない。

 そう、現時点では実験台にはできない。しかしそう仕向けるプランも、純子の中では出来ている。実行するかどうかはまだ決めていない。ニャントンの反応を見て決めるつもりでいる。


「どんな協力だ?」

 諦めたようにうなだれて問うニャントン。


「まず電霊育夫の潜伏場所を知っていたら、教えて欲しい。あるいはコンタクトを取る方法でもよいが。それと――」


 これは純子からしてみれば、今となっては聞いても仕方の無い情報であったが、それでもこの先何が起こるかわからないので、念のために情報として得ておいた方がいいと判断する。


「生霊化した電霊をできれば解放してほしい所だが、まあそれが結果的に君のリアルを脅かす行為となるかもしれないのであれば、その件に関しては、強くは言わない。だが非道な行為ではあるし、君の行為を知り、快く思っていない者もいるのでな。せめてもうこれ以上、電霊を増やす真似はやめて欲しい」


 もしニャントンがリアルで自分の気に食わない相手を電霊化していたとあれば、元に戻せばニャントンの身が危険になるであろう事まで、純子は考慮していた。


「俺達の計画も、これでおしまいなのか? せっかくこのゲームを盛り返そうとしていたのに……」

 誰ともなしに呟くニャントン。


「俺はこのゲームが好きなだけなんだ。それの何が悪い。このゲームの最後なんて見たくないんだ」


 ニャントンが顔を上げ、ネナベオージを睨みつけながら傲然たる口調で言い放つ。

 ふと純子は、かつてネナベオージが口にしていた台詞を思い出した。


「この世界の初めから終わりまで、全部見届けたい――そう言っていたのは確か君だったな」


 ネナベオージがその台詞を口にすると、ニャントンも顔色が変わった。ずっと昔、野良PTでもギルドでもフレとの会話でも、しきりにその台詞を口にしていた思い出がある。


「思い出した。僕はずっと昔、まだこのゲームが始まったばかりの頃、君とPTを組んだことがある。その台詞だけ覚えていた。その台詞に感銘を受けたんだ」

「ははは、それなのにいざ終わりが見えたら、終わらないでくれと嘆いていたってわけか。馬鹿丸出しだな」


 ニャントンが笑った。歪な笑みでも、自虐的な笑みではなく、憑き物が落ちたような清々しい笑顔であった。


「君の方法で維持しても仕方無い。それに、この世界が例え壊れてしまったとしても、僕らがこの世界で体験した思い出まで無くなるけではない。そんなにこの世界が好きなら、広い心で滅びる様も見届けてやるというのも、愛情の一つだ」


 静かな口調で諭すネナベオージ。


「大電霊とやらは僕が滅ぼす。繰り返し言うが、君はリアルで電霊を増やす事を速やかにやめたまえ。さもないと、君ももうゲームができなくなるぞ。タツヨシのように」


 自分と敵対させることでニャントンもタツヨシ同様に実験台にするプランもあったが、先程の台詞を聞いてその気を無くし、見逃してやりたい気分になっている純子であった。


「お前、何者なんだ?」

「リアルでそれが実行可能な力を持つ者だと、言っておこう。先程のタツヨシの動画が偽者だと疑うなら、別にいい。何ならさらなる拷問動画を新たに上げようか? 脅迫のような形になるが、それでも君が今やっていることを改めてくれるのなら、それが一番だ」

「今やめたら、俺が大電霊に何をされるか……」


 ニャントンの声に、不安げな響きが宿る。もっともニャントンはもう電霊を増やしてはいないのだが。


「では、僕が育夫を倒したら、動画つきで証明して安心させてあげよう」

「期待しないで待っているさ」


 もうネナベオージが何者なのか、この先どうなってしまうのかなど、ニャントンは考えないことにした。ネナベオージはどう見ても只者ではないし、リアルにおいては自分ではかなわない相手であろう事が、今のやりとりで察せられてしまったからだ。


(随分と話がトントン拍子に進んだねえ。頑張ってタツヨシ君から情報を聞き出した甲斐があったよー。後はもう、やることは一つかなあ)


 カニを倒す作業を再開したニャントンを尻目に、純子は思った。

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