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累が出て行った翌日、純子はまたオススメ11にインして、ジュンコのキャラでタツヨシと接触していた。
累のキャラをサーチしていると、ちゃんと存在している。だがテルを入れても一切無視している。
(こりゃ相当ヘソ曲げたみたいだねー。きっとみどりちゃんの『ゲームは一日一時間』を真に受けて、その辺で頭にきたんだと思うけど)
本人の意志を無視されて話を勝手に進められたと思っているのだろう。誤解を解こうと何度か声をかけた純子であったが、結果は梨の礫であった。
「もっとキャラ強化したら、一緒にハイエンドコンテンツ回ろう。俺がいろいろ教えてあげるよ。ああ、君にあう装備も、俺がいろいろ見繕ってあげるよ。それとさ、他にリアルの写真無い? 是非見てみたいなー」
タツヨシが矢継ぎ早にあれこれ声をかけてくる。それこそ純子が答える暇すら与えず。
(こういう強引さに辟易して、今まで付き合っていた子は離れていったんじゃないかなあ)
純子の目から見るとタツヨシは、女の子との接し方が下手、これに尽きる。もしかしたらこういう強引さが好きな女性もいるかもしれないが、純子の好みではないし、嫌がる女性も多いのではないかと思えた。
かつて純子がネナベオージのキャラで、数々の女性プレイヤーを口説いていた時を思い出し、もっと上手な接し方をレクチャーしてやりたい気分に駆られる。
「それと、謎の超巨大生物マラソンも一緒に参加したいな。どんなものになるかわからないけど」
「んー、そうだねえ」
「ああ、謎の超巨大生物マラソンで面白い話があるんだ。この鯖のトップ廃人会談。ニャントンていう自称廃神王と、管理組合っていう組織のリーダーのダークゲーマーって奴の二人が、公開討論会やるんだって。あ、管理組合って知ってる? 復帰汲みなら知らないよね? 管理組合っていうのは――」
相手の答えをろくに待ちもせず、どんどん一方的に話を進めるタツヨシであったが、今のは重要情報だと純子は受け取る。とはいえ、タツヨシの口から聞かなくとも、匿名掲示板の鯖スレ及び晒しスレをチェックしているのだから、そちらで知ることもできたであろう。
(ニャントン君と接触するタイミングはその辺がいいかなー。ただ接触するだけならいつでもいいしねえ。でも接触して探りを入れるにしては、タツヨシ君と違って不安定要素が多いけど)
今の段階でニャントンと接触しても、実入りのある結果がすぐに出るとは思えない。
(リアルと違って手段が限られてるのが面倒な所だねえ。逆に言えばリアルさえ絡めれば、こっちのもんなんだけど)
そのリアルへと接近するために、こうしてタツヨシとも接しているのだが――
「ネトゲ通じてリアルの友達に発展したことある? いやいや、そういうのって考えたことない? それとも完全に割り切る派?」
タツヨシの方からどんどんリアルへの誘いを持ちかけてきているので、純子は労せず目的を達せそうであった。
だがそれが目的であったにも関わらず、純子はタツヨシとリアルで会いたいという気持ちが、欠片も沸かない。むしろ避けたい気分に陥っている。
「えー、別に抵抗無いよー。仲良くなった人となら、リアルで会うってのも当然有りかと」
「何で顔背けて喋ってるの?」
精一杯平然を装って喋る純子であったが、嫌そうな表情が出るのを防げそうにないので、タツヨシから顔を背けていた。真もそうであったが、この世界では感情がストレートに表情に出やすい傾向にある。
「いや、照れるじゃない……」
と、適当に誤魔化す純子。しかしこれはタツヨシに誤解を与え、より増長させる一言であった。
(うおおおっ! これは明らかに脈があるッ!)
勝利の雄叫びをあげたい気分になるタツヨシであるが、まだまだ油断はできないと、気を引き締める。
(絶対にっ、絶対に逃さないぞーっ! これは俺の人生最後のチャンスなんだからな!)
当初の謙虚になるという気持ちは、最早ほとんど残っていないタツヨシであった。あるいはその気持ちがあっても、ジュンコをモノにするための手段としての謙虚さにしかならないであろう。
***
マキヒメは電霊育夫からニャントンがリアルで住んでいる場所と、携帯電話の番号を聞き、リアルのニャントンに会いに行った。
幸いにも同じ都内であり、移動にそう大した時間もとられない。電車を一つ乗り継ぎ、一時間少々で、ニャントンの住居に着く。
(こんな所に住んでいるの?)
マキヒメの目の前にあるのは、一軒屋でもマンションでもない。十階建てのホテルであった。いや、正確には廃ホテルだ。建物は汚れて古めかしく所々にヒビが入っていて、入り口には立ち入り禁止の張り紙が張られている。
携帯電話に到着の連絡を入れると、ホテルの中から一人の男が現れた。
容姿は至って平凡で、体型は小柄だが、目つきだけが異様に鋭い男だった。年齢は三十代過ぎであろうが、いまいちよくわからない。
「鎌倉陽介――ニャントンて呼んでくれていい」
「マキヒメよ。リアル名は厚木真紀。私もゲームの方の名前で呼んで」
自己紹介を済ませると、ニャントンがホテルの中へと入るよう促し、先に中へと入る。少し躊躇いがちに、マキヒメはその後を追う。
ホテルの中は意外と綺麗に片付いていた。ロビーにしても廊下にしても、明らかに清掃が行き届いている。これはニャントンが掃除をしているのだろうかと、マキヒメは勘ぐる。一日中インしっぱなしで、こんな大きな建物を一人でくまなく清掃するとも思えない。
「俺は電霊化の力を利用して金を稼ぎ、小規模だが裏通りの組織をたちあげた。臓器密売――主に胎児販売のな」
歩きながらニャントンが言った。マキヒメの背筋に怖気が走る。
しばらく歩いてから、部屋の扉の前で立ち止まるニャントン。
「こいつらの管理は、その金で行っている。別の組織に頼んでな。口の堅い移民達を斡旋して、面倒をみてもらっている」
扉を開けて、ニャントンが解説する。
部屋の中を見て、マキヒメは異様な光景に絶句した。数人の男がシャツとオムツという格好で並べて寝かせられ、皆ドリームバンドをかぶっている。しかも彼等は全て両手足が無い。切断して売ったであろうことは、嫌でもわかる。
「これが電霊の本体……」
「そうだ」
呻くマキヒメに、ニャントンが頷いた。
「こいつらの管理に人を雇っていると言ったが、逆に言うと管理くらいしか任せられない。あとはここの掃除な。同じ志と力を持った同志が増えてくれるのは実に助かる」
ニャントンの言葉は社交辞令ではなく本心であった。いや、そもそもニャントンは社交辞令など口にできるような男ではない。
「タツヨシはオススメにインして遊んでいるだけで、ほとんど役に立たないしな」
ニャントンのその台詞を聞き、もう一人の電霊使いはやっぱりタツヨシかと思って、マキヒメはげんなりする。
「彼とは絶対に会いたくないです。知っていると思うけど、昔いろいろあって」
「わかった」
マキヒメの要望を、あっさりと受け入れるニャントン。
「メールでも言ったように、私、すでに二人ほど電霊化していて、生身の方をここで一緒に管理してほしいんだけど」
「管理組織に頼んで人を送り、ここに連れて来てもらう」
ニャントンが端的な言葉で承諾してくれたので、マキヒメはホッとした。そしてホッとしている自分のことを、ひどい人間だと思った。
何の気無しに、マキヒメは隣の部屋へと行く。扉に手をあて、開けてもいいかとニャントンに視線で許可を取ると、ニャントンは無言で頷く。
扉を開けると、やはり同じように四肢の無い男が、何人も並べて寝かせられている。オムツを穿かされ、ドリームバンドを装着している。
男だけというのも気になるが、きっと他の部屋も同じなのだろう。女は――胎児の販売をしているという話からして、何となく予想がつく。
「まるで畑ね」
人が作物なのか、人という畑から電霊という作物が実っているのか、いずれにしてもこれは、人間畑として、マキヒメの目には映った。
「俺も同じイメージだ」
無表情に同意を示すニャントン。
「お前は、この畑に新しい種を蒔いてくれ。手段はどうでもいいから、人を連れて来てくれればいい。そして新たな電霊とする。新たなオススメ11のプレイヤーとする」
(初対面でお前って……)
ニャントンの無遠慮さにマキヒメは呆れる。
「それって結構大変な役目よね?」
皮肉っぽい声を意図的に出すマキヒメ。
「そうだな。俺はもうやりたくない。でも俺はその受け入れ口をこうして作って、管理してるんだぞ? それだって大変な役目だった」
淡々と語るニャントン。その理屈はわかるが、納得いかないマキヒメである。土地を用意したから、畑を耕して種を蒔くのは全てやってくれ、その間は遊んでいると言われているわけだ。
それが仕事ならまだわかる。しかし別にニャントンが雇用主で、自分が労働者ではないのだ。対等の立場にあるはずなのに、対等ではないようで、それがマキヒメには不服であった。
人を呼び込む作業をしている分、ゲームから離れていなくてはならないし、結局男共は自分の好きなことだけしていて、面倒なことは皆女任せなのかと、嘆息する。
(ネナベオージはいつも、人が嫌がるような面倒なことを率先していたっていうのにね。でもあれ、中身は女の子だから……)
ふとネナベオージのことを思い出し、マキヒメは悲しくなった。
(私がこんなことしていると知ったら、ネナベオージはどう思うかなあ。軽蔑するかな? それとも哀しんでくれるかな)
しかしその悲しみが、ひどく手前勝手な承認欲求からくる代物であることに、マキヒメは気付いていない。




