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マッドサイエンティストと遊ぼう!  作者: ニー太
16 ネトゲ廃人になって遊ぼう
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25

(今のやりとり……全部聞かれただと?)


 絶望のあまりタツヨシは眩暈すら覚える。

 ネナベオージはジュンコの知り合いのようであるし、自分がネナベオージに汚物扱いされ、それに対して自分が切れている所を見て、果たしてどう思ったか? タツヨシに具体的な想像はできないが、いい印象などあろうはずが無い事くらいはわかる。それどころか、激しく嫌われた可能性が高い。


 いや、それ以前にジュンコがネナベオージと知り合いであるなら、すでにネナベオージとジュンコで直接会話がなされ、自分の悪口を言われまくっていてもおかしくない。


「凄く失礼な人だったよねー」

「へ?」


 様々な悪い考えが渦巻く中、ジュンコが発した一言は、タツヨシが予想だにしない代物であった。


「でもタツヨシ君、気にしているみたいで、怒っていたし、悲しそうでもあったから、ちょっと声かけづらくてさあ」

「知り合いじゃないの? 呼び捨てにしてたから……」

「いや、全然。ていうか今の人、私の名前知ってて呼び捨てにしてたの? んー、キモいなあ……」


 悪い推測が外れまくって、タツヨシは心底ホッとする。


 その一方でジュンコの言う通り、ネナベオージは何でさも知り合いであるかのような口ぶりでジュンコの名を口にしていたのかと不審がる。


「目をつけていたのかもしれない。あれって有名な女垂らしの屑だから」

 思わずそう口走ってしまったタツヨシ。


「ああ、なるほどー。ますますキモいなー」

 苦笑いをこぼすジュンコ。


「会話の内容全て聞いたわけじゃないけど、過去に何か失敗して、それを咎められていた感じ?」


 さらに突っこんで尋ねられ、タツヨシは息苦しさすら覚える。一番聞かれたくない、見られたくないやりとりを、目撃されてしまった。


「見られちゃったか……。どう思った? 軽蔑した?」


 精一杯体面を取り繕いながら尋ねるタツヨシ。虚勢を張り続けてきた人生なので、この辺はほぼ脊髄反射で口にしている。

 本心は、頭を抱えて逃げ出したくている。また女の子から軽蔑されるのは嫌だった。嫌われたくないし、あんな想いはもう散々だと。そうなるに到ってなくても、その可能性があるというだけで逃げてしまいたい。


(でも……あっちを失礼な人と言っていたから、俺を変な目では見ないかも……)


 ジュンコの次の言葉が怖い。しかし恐れる一方で、自分に都合のいい展開も予測する。常に自分にとって都合のいい予測を立てるのは、タツヨシの幼い頃からの悪癖だ。


「タツヨシ君が昔何をしたかは知らないけどさあ、過去のことで責められてタツヨシ君があんなに怒ったのも哀しんだのも、それを悔いてるからなんじゃないの? それなのに、あんな風に面白がって責めるって、ひどいなーっていうのが、私の率直な意見かなー」


 ジュンコの言葉に、タツヨシは天にも昇る気持ちになった。だが、それだけでは終わらなかった。


「誰だってさ、最初から完璧な人間なんかじゃないよ。失敗だってあるし、心が幼くて我を張って人を傷つけることだってある。そういう人が非難されるのは仕方ないけど、でも、昔のことを持ち出されて、『君は昔こんなんだったから、どうせまた同じことをする』って言い方、どうなのかなーって。しかもそれにタツヨシ君が怒ったのは、タツヨシ君も反省して心を改めているからこそなんじゃない?」


 さらに語ったジュンコの言葉の数々は、タツヨシの魂を天上界に一気に押し上げて幸福絶頂に至らせるほどの威力があった。

 これほどまで自分を認め、見抜いてくれた異性など、未だかつていなかった。自分を理解して肯定してくれたと、タツヨシは受けとった。


(もうこの女は絶対に俺のもんだっ。いや、俺のもんにするっ)


 我を出さないだの、謙虚になるだのといった気持ちは、どこかに吹っ飛んだ。消えていた。ジュンコはまさに、自分のために天に用意された女だと、そこまで思うに至っていた。


(ヤバ……調子に乗るなって!)


 浮かれている自分を一喝し、すぐに理性を取り戻すタツヨシ。


「ところでジュンコ、何しに戻ってきたの?」

「あ、そうだ。すっかり忘れてた。大事な用事だったのに」


 そう言ってジュンコはアイテムを出して、タツヨシに差し出した。


「こ、これは……」


 ジュンコが差し出したのは、古い漫画やアニメに出てくる骨つきの美味しそうな肉であった。


「この肉、攻撃力が凄く上がるって聞いて。しかも四時間も効果が持続するって聞いて、さっきのお礼にと思って」

「で、でもこれ凄く高いはずだし……その……ありがとう」


 戸惑いながら礼を告げるタツヨシ。昔のタツヨシなら、ここで戸惑いなど全くしなかったであろう。


(そうだ。昔の俺ならこういうシチュエーションで、いいものもらったラッキー、こいつはきっと俺に惚れてやがるなと、そんな風に単純な受け取り方しかできなかった。相手への気遣いも全く無くて……本当馬鹿だった。そんな馬鹿だから嫌われたんだ……)


 今になって昔の自分を振り返ると、本当に恥ずかしい。人に嫌われまくり、孤独になって考える時間をたっぷり与えられて、タツヨシは己の何が悪いのかを理解できた。


(人の気持ちとか、心遣いとか、そういうのが全くわからない馬鹿な男だった。結果だけを見て儲けたかどうかとかさ、心底馬鹿すぎる男だった。いや、今でもそういう所があるんだ。そういう下衆さが子供の頃から染み付いてやがる。変えないと……成長しないと……。もう、これで最後だと思って……)


 タツヨシは何度も何度も己に言い聞かせる。


(孤独の数年間を取り戻すためにも、このジュンコという女は絶対に逃がさない。そのためには謙虚に徹する! 我欲を出さない!)


 そう言い聞かせる一方で、自分の考えの矛盾には気付いていないタツヨシであった。


***


 タツヨシと別れた純子は、中東風の街並みの都市へと向かい、真と累とビッグマウスのいる茶屋で、三人と合流した。


「累君は?」

「一人で野良へ遊びに行った」

「御先祖様、あたし達がログアウトしている間も、ずっとゲームの中にいて、別のジョブのレベル上げしてるみたい」


 尋ねる純子に、真とみどりがそれぞれ微妙な表情で答える。


「へー、累君がそんなにこのゲームにハマったの。意外だねえ」

「人が変わったみたいだよ。喋る時だって、いつもつっかえつっかえでボソボソだったのが、つっかえもどもりもせずに、普通にすらすらと喋るしさ」


 だがそれを素直に喜ぶ気になれない真。


「ああ、それより、また電霊明日香が現れたんだよねー」

「いつも私のいない所に来るねえ」


 みどりの言葉を聞いて、純子は微苦笑をこぼす。

 それからみどりが明日香との会話を大まかに話す。重要なポイントは、電霊化された者達はまだ生きているという事だ。


「電霊はやっぱり生霊かー。この世界の中からはどうにもできないから、彼等のリアルの居場所を突きとめないとね」


 自分の読みに確証を得て、同時に自分の今のプランで問題無いとする純子。


「ゲームのデータにハッキングして、電霊を操っている奴等の身元を突きとめればいいんじゃないのか? あるいは、ゲーム会社に訴えるなり脅迫するなりして、教えてもらえばいい」

 と、真。


「真君……あのねえ」

 真の大雑把かつストレートな意見に、純子は再度微苦笑をこぼした。


「昔はともかく、今の時代、ネトゲのプレイヤーの個人データのハッキングなんて、現実的じゃないよー。脳波やゲノムにまで照合かけられるのにさー。そんなことホイホイできるのなら、もっと世界中で皆同じことやりまくってると思うよー? もちろん、実際に起こったケースも何度かあるけど、それは本当にもうたまたま突破したわけであって。あとね、ゲーム会社の人を脅迫とか、スマートさに欠けるし、もうちょっと経過を楽しまないとさー」

「なるほど」


 楽しむどうこうはともかく、無理である理屈としては理解する真。


「ソレトもう一つ情報がアルヨ。育夫とかいう奴、ダークゲーマーと何度か接触しているって、明日香は言ってタネ」

「おー、それって結構重要情報だよ」


 ビッグマウスの報告を受け、純子は表情を輝かせた。


「ダークゲーマーなら情報は聞きだせルと思うヨ。私とも一応は友好的な関係にあルし」

「うん、私とも長い付き合いだからね。リアルでも」

「ダークゲーマーとか、とんでもないネーミングセンスだよねえ」


 みどりが口を挟む。


「名づけたのは、あの子が小学生の時だからねえ。でも今もその名前で後悔しているとも思えないけど」


 冒頭はフォローと思える台詞を口にする純子であったが、後ろに付け加えた台詞でフォローを台無しにする。


「そいつは小学生の頃からずっとこのネトゲしてるのか?」

「真君と累君も知っている子だよ」


 真が尋ね、純子が答えた。


「タークゲーマーの中身は、輝明君だから」

「あいつか」


 そういえば輝明は六歳の頃からこのゲームをしていたと、純子が言っていたのを思い出す。


「星炭の継承者かあ。あたし達雫野とはいろいろ因縁が深い間柄だけど、会っても平気なのぉ~?」

「全然平気だよー。ていうか、今時一族の恨みを引きずるとか、そんなの時代錯誤すぎでしょ」

「ふわぁ、そりゃそうか」


 純子の言葉に納得するみどり。


 その後、ビッグマウスに別れを告げ、純子達はログアウトして現実へと戻る。

 ログアウトする前に、真は累にテルを送っていた。ゲーム内にいれば、どこにいようとテルは届く。


「累、そろそろ落ちた方がよくないか?」

「いえ、もう少し頑張りたいので……」

「あまり長時間このゲームはよくないって雪岡も言ってただろ」

「徹夜五日目ですが余裕です」


 真と累のやりとりはすぐに終わった。真は言いたいことがいろいろあったが、これ以上話しても無駄だと悟り、ログアウトする。


「純姉、これ見てよ」

 ログアウトした所で、同じリビングにいる累を指すみどり。


「明らかに顔色悪いよね、これ」


 ソファーに腰かけ、ドリームバンドをかぶっている累の顔を見下ろし、みどりは言った。確かにやつれている感じであるように、純子の目にも映った。


「んー、これはちょっと……」

 累の疲弊しきった顔を見て、少し驚く純子。


「徹夜五日だそうだ」

 困り顔になる純子に、真が告げる。


「僕らじゃダメだから、雪岡の口から注意しろよ」

「いや、皆でしっかりと話し合った方が効果あると思う。もちろん私の口からも注意するけどさ」


 いつになく、わりと真面目な口調と顔で言う純子であった。

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