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マッドサイエンティストと遊ぼう!  作者: ニー太
3 呪術流派一門を遊ぼう
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3

 衝撃が車体を揺さぶる。次いでガリガリと嫌な音と振動。また軽トラックがガードレールにぶつかったのだ。

 助手席に座り、シートベルトもせずに本に目を落としていた相沢真は無表情のまま、心の中で露骨に嫌そうな表情をしている自分を思い浮かべた。


「雪岡、免許持ってるのか?」


 本に目を落としたまま、抑揚に乏しい声で真が訊ねる。


「んー、持ってるよー。久しぶりなんでアレなだけでさー」


 軽トラを運転している雪岡純子が、必死な形相で冷や汗を流しつつ答える。


「さっきから何度ぶつけてるんだ。いい加減気分悪くなってきたよ」

「乗り物乗りながら本読んでるから気持ち悪いんじゃないのー?」

「明らかにお前のせいだよ」


 ここ最近、純子は一日か二日おきに、真を伴って芥機関に通いつめていた。安楽市から電車を幾つも乗り継いで都心へ向かい、さらには徒歩でもそこそこな距離を歩くので、「車で行けないものか」と真が言ったら、何故か軽トラを持ち出してきて、極めて乱暴な運転で走っている。


「次からタクシーで頼むよ。で、連中はちっとも攻めてこないぞ。僕が同行する意味あるのか?」


 淡々とした声で言いながら、真は頭の中で、退屈そうに両手を頭の後ろにまわして寝転がり、溜息をつく自分を思い浮かべてみる。


「向こうの動きも完全に把握しているんだけれどね。準備に手間取ってるみたい。とはいえ、そろそろ攻めて来る気配あるんだけどなあ。まあかなり数多いようだから、囮と露払い、大変だろうけれど頑張ってね」

「露払いというよりは間引きだろう」


 純子の言葉を訂正する真。


「あまり多すぎると僕一人では限界あるが、マウスは何人か手配済みなのか?」

「うんー。一応用意してあるよー。一人だけどね」


 二人だけで通じる会話だった。しかし雪岡純子を知る者で、かつ勘のいい者ならば、何を指すか、察する事ができたかもしれない。


「商品を発表会の途中で損なうようじゃ、本末転倒だからねー。そのへんうまいことバランスを取って調整しないとさー。そのバランス取りの手綱を握るのが真君だよ」

「努力はしてみる」


 全くのポーカーフェイスのまま、しかし頭の中ではうんざりした表情の自分を思い浮かべる真。感情を表に出すのが苦手な一方で、感情表現を行う自分を想像するのが癖になっている。


 信号で停車した所で、おもむろに真が携帯電話を取り出す。


「そろそろ世話になりそうなんで……。うん、頼むよ」


 電話の相手と言葉をかわした際、一瞬だが真の口元に微笑みが浮かんでいた。短いやりとりで、すぐに電話を切る。


「んふふふ、カノジョー?」

「うるさいな。お前に関係無いぞ」


 それを目聡く目撃した純子がからかうように言ったが、真は不機嫌そうに言う。頭の中だけではなく、実際に表情に出していた。


「何でこんな車なんだ? しかもこの寒いのに、ヒーターも壊れているオンボロだし」


 再び車が走りだしたところで訊ねる。


「んー、私はこれしか車もってないし。研究資材とか積むため用に買ったんだけれどねー。あまり使ってないけど。ドライブするには色気もしゃしゃりもないけどさー」

「色気もしゃしゃりもないのは全てにおいてそうだろう」

「むむむ」


 淡々とした声で真にそう言われ、純子は唸る。


 車が止まる。繁華街のはずれに、最近通っている、見慣れた建物の姿があった。

 真と純子は車を降りて、建物の中へと入っていく。すでに日が暮れかけていた。


***


 千人以上は余裕で入れられそうな広間。橙色と黒で複雑な模様が壁と床と天井に描かれ、けばけばしいコントラストを成している。

 光源は数百とも数千とも知れない数の蝋燭。等間隔で並んで口々に呪文を唱える、奇妙なデザインの黒い着物を着た怪しい一団。五十人近くはいそうだ。

 それだけを見ても、カルトな宗教団体か、もしくは実際の魔術集団であることがわかる。


 呪文とは別に、広間の至る所より、怨嗟と絶望に満ちた呻き声とすすり泣き声が漏れていた。おそらく発狂したと思われる笑い声もある。声はいずれも幼い。

 黒い着物の一団と同じく等間隔で、裸の子供達が床に仰向けに寝かされていた。いずれも歳は六歳から十歳くらい。

 男の子もいれば女の子もいて、蝋燭に囲まれながらけばけばしい紋様の描かれた天井を見上げ、すすり泣いていたり、虚ろな笑みを浮かべていたり、狂ったように哄笑をあげていたり、全ての感情が死滅したかのようにぼんやりとしていたりなど、状態は様々だ。その数は百を越えるか、それに近いであろう。

 拘束はされていなかった。その必要は無い。彼等は一人の例外もなく、四肢を根元から切断されていたからだ。


 広間の床はすり鉢状になっており、中心に行くほどへこんでいた。

 中心には祭壇があり、他の者より豪奢なデザインの黒い着物を着た老人が、悠然と佇んでいる。

 立ち位置や衣装や雰囲気からして、一見して彼がこの集団の頭目のようにも見える。浅黒い肌に深く刻まれた無数の皺、枯れ木のように痩せ細った体、皺くちゃの顔から見るに百歳を越えていそうだが、腰はしっかりと直立に伸び、瞳には強い意思の光が宿り、表情も引き締まっている。


「何とも美しい光景ね」


 その老人に、二人の女性が近づいてきて、声をかけた。


 二人とも黒い着物を着ているが、声をかけた方の女は、老人の衣装よりさらにデザインが豪奢なもので、他の者より地位が高いことを伺わせた。ポニーテールにしてあるにも関わらず、その髪は膝の裏まで伸びている。若く、凛々しい顔立ちをしているが、瞳には常人には無い禍々しい光が宿っていた。

 もう一人はまだ少女といってよい年齢で、ポニーテールの美女に従うような位置にいる。色白でおかっぱ頭で、どこか人形めいた印象である。


「まったくですな、亜由美様」


 老人がポニーテールの女性に、恭しく頭を垂れて答えた。


「我が星炭流呪術七百年の秘儀中の秘儀、上質生霊使役の法、生きていてもう一度実現する機会に巡りえようとは、思いもよりませんでした。そしてこの秘儀を取り仕切るという大役を仰せつかったこと、まことに恐悦至極」


 老人の名は小池隼人。星炭流呪術の一族に百年以上も身を置く長老であり、最高位の呪術師である。


「適材適所よ。この秘儀の中核となれるのは、当主である私と爺やだけですし」


 呪術流派星炭流呪術の若き当主、星炭亜由美(ほしずみあゆみ)は目を細めて微笑んだ。


「この秘儀だけでも、大抵の相手は屠れるでしょうけれど、何しろ相手はあの雪岡純子。決して油断はできません。あらゆる手を尽くし、星炭流呪術の総力をあげてかからねばなりません」

「まったくですな、亜由美様」

「しかしそれにしても素敵な光景ね。この光景、ちゃんと目に焼きつけておきましょう。生きているうちにこの秘術がまた行えることなど、無いのかもしれないのだから」


 うっとりとした表情で亜由美は、四肢を切断された裸の子供達、総勢百八人を見渡した。


「穢れの無い無垢な魂ほど、その反動から上質な生霊になります。星炭流呪術は七百年に渡ってその性質を研究し、この秘儀を編み出しました」

 小池が朗々たる口調で語りだす。


「昨今、霊や超常現象にも科学的根拠があるものと認められ、古くからの世界中の術師達も、そのシステムを解き明かそうとした探求者達であるとして、世に認められつつあります。我々にとっても、これはとても喜ばしいことです。我が一族もまた、あらゆる試行錯誤の末に現在の星炭流呪術の形態を作り出しましたし、その秘術でもって、日陰者ながらも御国のために役立ててきた」


 そこまで小池が語った所で、亜由美の目つきが険しくなった。


「しかしあの忌まわしい芥機関とその創設者である雪岡純子は、そんな我らをおしのけて、国家に取り入った」


 亜由美が怒気に満ちた声音で、小池の言葉を引き継ぐかのように言った。


「幾百年もの間、我らはこの国に仕えてきました。この国を陰から支え、守護してきました。だが如何に過去の功績が優れていようと、力無き者は力ある者に取って代わられる。それは避けられぬ流れであります」

 小池が厳粛な面持ちでたしなめる。


「然れど、我等はその流れに黙して従うに非ず」


 亜由美の傍らに控えていたおかっぱの少女が、裏返ったような独特の声を発した。


「その通りよ、昌子。我々こそがこの国を守るに真に相応しいことを証明するためにも、そして我々に恥辱を与えた者達に、星炭流呪術の七百年の叡智と秘儀の全て、見せてあげましょう」

「はいっ」


 傍らの少女、江川昌子(えがわまさこ)に向かって、亜由美は目を細めて言い、昌子はたっぷりと気合いの声をあげた。


 儀式はその後も続いていく。

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