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マッドサイエンティストと遊ぼう!  作者: ニー太
16 ネトゲ廃人になって遊ぼう
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 オススメ11は数年前より、大型バージョンアップを打ち切られている。新しいコンテンツは追加されず、数字と取得方法だけ変えた使いまわしグラフィックの装備品を追加したり、ジョブ調整や既存コンテンツの調整をしたりするだけに留まっている。

 新しい遊びが一切追加されないネットゲーム。それがもたらす物は、緩慢な衰退であった。そうなることは誰もがわかっていた事だ。

 減っていくプレイヤー人口。仲の良い知り合いも次々と辞めていき、遊び相手もいなくなったために、それにつられる形で引退する者も多かった。


 しかし今も残っているプレイヤー達は大勢いる。

 その多くは、このゲームの黄金期を知る者達であり、このゲームにとびきり良い思い出を沢山持っている者達である。彼等は真剣に、この電脳空間を故郷の一つとまで思っている。


 マキヒメもそんなプレイヤーの一人だ。オススメ11いうゲームで沢山の思い出を築き、この世界を心底愛してやまない女性だ。


 彼女はピンクサーバーでもトップ廃人の一人として見られ、晒しスレに晒されている常連でもあった。曰く、取り巻きを沢山従えてチヤホヤされて、我侭ばかり言っては欲しいものを真っ先に手に入れる、典型的なhimechanであると。

 数多くのフレンドがいることは事実であるし、周囲に姫様扱いされているのも事実だ。しかし我侭を言って新装備を真っ先に欲しがるような、そんな真似をした事は一度も無いのは、本人とその周囲の人間が一番よく知っている。


 常に陰で誹謗中傷がなされているのは知っていたが、マキヒメはそれを自分が撒いた種として、諦めている。誰の仕業かは大体見当がついている。また、その人物以外にも、恨まれる覚えはわりとある。

 マキヒメ自身、ゲーム内で恋人を作った事が幾度かあるし、それらのゲーム内恋人とリアルで出会った事もある。あくまで遊びのうえでという話で、それ以上の発展に至ることはなかったが、そういうことをしていれば、やっかむ者や敵視する者が現れるのも自然の流れだ。


 用事が無く暇な時、マキヒメはオススメ11の中をただふらふらと歩く癖があった。

 何の目的も無く、フィールドを、町の中を、ダンジョンを、様々な場所をただ歩いて回る。

 人の手で造られた世界を隅々まで見て回る。その中には、かつて通いつめた場所、忘れられない事件があった場所、仲の良いフレと一緒にあれこれ語りあった場所など、数多くの思い出がある。

 リアルであろうとヴァーチャルであろうと、生きている間に思い出を作るということは、何も変わらない。ましてやネットゲームは人間を相手にしているし、このオススメ11というネットゲームは特に、親密な人間関係が築かれる。


 今日もマキヒメは、町の中をただブラブラとうろついて、景色を眺めていた。

 オススメ11の中でも、中心都市と呼ばれる町。かつては多くのプレイヤーで賑わい、過密化が何度も問題視されたエリアであるが、今は行き交うプレイヤーの数もすっかり少なくなった。

 かつて人だかりの出来ていたバザー通り前。様々なアイテムがプレイヤーによって出品され、それを買う場所も、今はがらんとしている。そのバザー通り前に、マキヒメは懐かしい顔を見つけた。


「やあ、元気にしていたかい? マキヒメ」


 青と白のコントラストで彩られた軽装鎧に身を包んだ、低脳発情猫の美少年が、気取った動作で前髪を横に払い、マキヒメのことをじっと見つめる。


「えええっ!? ネナベオージ! 物凄く久しぶり~っ」


 驚愕と歓喜が入り混じった声をあげ、マキヒメはその猫少年プレイヤー――ネナベオージの方へと走りよる。


「フッ、随分と人がいなくなったんだな。フレリストが半減どころか、フレの四分の一もいなくて驚いたよ。でもマキヒメは残ってたんだね、嬉しいよ」


 臆面も無く言い放つネナベオージ。こういうRPのキャラを作っている事はマキヒメも知っているが、それがあまりにも懐かしくて、涙がにじみでる。


「ネナベオージが戻ってきてくれて嬉しい。鯖でも指折りの廃人だった貴女が、このゲームからいなくなるなんて、どう考えても人類の損失よ」

「嬉しいような嬉しくないような称え方だな」


 おかしそうにくすくすと笑うネナベオージ。彼の気取ったポーズはわりとすぐ崩れ、愛嬌に満ちた性格が前面に出る。

 その辺りに惹かれて、多くの女性プレイヤーが彼の周りに集まったものの、ネナベオージの中身が実は女性であることも、彼と親密になった女性プレイヤーは皆知っている。ネナベオージのハーレムにいた女性プレイヤー達は、中身が女だとわかっているからこそ、気を許して付き合えるという一面もあった。


「ところで、まさかこっちに戻ってきたってことは、フリーになったから?」

「え?」


 マキヒメの質問の意味が掴めず、戸惑いの表情になるネナベオージ。


「だってネナベオージが引退した理由って、リアルで彼氏が出来てそっちに時間を割きたいためだって、散々噂されていたし、ネナベオージだって否定してなかったし……」

「ああ……」


 頬をかいて目を逸らすネナベオージ。この辺の仕草は、意図的に作っているのではなく、狼狽して反射的にリアルの癖を出していた。


「別れたわけではないさ。一緒に暮らしているしね。フッ」

 嘘は言ってないと自分に言い聞かせるネナベオージであった。


「そっか、幸せなんだね。いいなあ」

 正直に羨ましがるマキヒメ。


「久しぶりに会ってぶしつけな質問が幾つかあるんだが、電霊というものについて、何か知ってるかい?」

「ああ、それね」


 ネナベオージのストレートな質問に、マキヒメは曖昧な笑みをこぼす。


「私も電霊を使っているって噂、見た?」

「見たけど、マキヒメの性格を考えると、そのようなものに頼るとは思えないな」

「それは買いかぶりすぎ。私は正直、羨ましいって気持ちあるよ。ニャントンさんとか電霊使いだって噂されているし、私も実際見たことあるけど、自分に忠実な下僕がいてくれたらいいなっていう願望、無いわけじゃないしね」


 そう語るマキヒメの表情に翳りがさしているのを見て、ネナベオージはマキヒメと電霊に結びつきが無いとは言い切れないと判断する。


「そんな私の本性を見抜いて、私が電霊使っているって噂も流れているし、信じている人もいるんじゃないかな」

「そういう自虐的な台詞やネガティヴな発言をする悪い所も、マキヒメは相変わらずだな」


 懐かしそうに、かつ冗談めかして、ネナベオージは言った。


「これはもう私、一生治らないよ」


 うつむき加減になり、マキヒメの表情が歪む。そんなマキヒメの肩に手を置くネナベオージ。

 マキヒメが何を抱えているのか、ネナベオージは詳しく知らない。だが昔から彼女は時折欝っぽい発言を連発する事が多かった。少し励ますか慰めるかすれば、すぐ収まるレベルではあるが、それを疎んでいるプレイヤーもいるようで、その事に関して晒す心無い者もいる。


 ネナベオージこと純子が、かつてのフレであるマキヒメと接したのは、電霊使いであるタツヨシというプレイヤーと接するためである。

 タツヨシの情報を聞きだしたいとも思う純子であったが、マキヒメからは大した情報は得られないのではないかとも思う。

 噂によるとタツヨシの悪行三昧に鯖住民が怒り狂い、タツヨシが祭りあげられた際にも、ストーカー被害者の一人であるマキヒメは「嫌な思い出しか無いから一切触れてほしくない」として、タツヨシの情報を出すこともなければ、祭りあげていた者達に協力もしなかったという。


「電霊だと呼ばれて、奴隷化されているプレイヤーを扱っているのは、ニャントンとタツヨシの二人だけだと聞くけどね。フッ、廃プレイヤーからすると、そのような存在がいればさぞかし便利だろう」

「そうよね。トリップゲームで複垢なんて出来ないし」


 ヴァーチャル・リアリティーの世界にトリップするタイプ以外のネットゲームなら、複数のプラットフォームを同時に立ち上げ、複数のキャラクターを同時に操り、一人でPTプレイもできる。これを複数アカウント同時プレイ、略して複垢と呼ばれている。


(第二の雫野の妖術師を持つ雫野の妖術師や、私なら可能だろうけどねえ。私はそんなことしたくもないけど)


 マキヒメの言葉に頷きながら、そんなことを考える純子。

 そしてその雫野の妖術師の一人に、純子は予め、あることを頼んでいたが、現時点ではそれを確認できない。


 トリップゲームの中からでも、ネットで他のサイトに繋ぐことは一応できるし、複数のトリップゲームプレイで無いのなら、ネトゲ内からネトゲすらできる。攻略情報やゲームデータなどを見ながらプレイするためにも、プレイヤーが現実のネットに繋ぐ事は頻繁にあるが、その行為自体は他人にわかるようになっている。現実世界と同じく、目の前にディスプレイを開くからだ。


(ダシに使ったマキヒメちゃんには、本当悪いことしちゃってるけど……)


 かつての友人を利用していることに、純子は引け目を覚える。引け目を覚えたとしても、研究のためというお題目のため、結局は利用してしまうのであるが。


「もしマキヒメの時間が空いてるのなら、僕のいない数年間に変化したこのゲーム、少し案内してくれないかな」


 マキヒメと共にいる時間を、できるだけ長く稼ぎたいと純子は思い、誘いをかける。彼女と共にいる時間が長ければ長いほど、かつてマキヒメと付き合っていて今も彼女に粘着しているであろう、タツヨシを釣ることができる可能性が高くなるからだ。

 ネナベオージがマキヒメと一緒にいる。この事実をタツヨシに知らせたい。できれば見せたい。そしてその事実を手札として、タツヨシと接触を図るつもりでいる。


「それなら喜んでアンドはりきってっ」


 純子の企みなど知りようが無いマキヒメは、本当に嬉しそうな朗らかな笑顔で、了承した。


***


 純子と別行動をしているみどり、真、累の三人組であったが、みどりはディスプレイを開き、とある匿名掲示板に必死に書き込みを行っていた。


「『ネナベオージの奴、帰ってきて早々マキヒメにモーションかけてやがるぜw』と……。んでID変えてぇ……『マジかよ、♀ばかりはべらしてたあの直結厨の廃王子、早速か。マキヒメに片想いのタツヨシが知れば激怒だなwwwwwww』と……、さらにID変えて……」


 純子に言いつけられた通りの内容を、オススメ11の晒しスレにひたすら書き込み続けるみどり。その瞳からは輝きが失われて濁り、表情はほぼ固まって死んでいた。それを傍目で見ながら、同情する真。


「ふえぇ~、純姉ってば、あたしに何つー虚しい作業させてくれるのよォ~。勘弁してよぉ~」

 いい加減疲れてきて、みどりが泣き言を口にする。


「タツヨシっていうプレイヤーのヘイトを自分に向けさせるために、純姉自ら囮になるってことなんだろうけどさあ。うまくいくんかねー? 企みが真兄レベルで大雑把すぎぃ」

「どういうレベルだよ」


 純子の考えに対して懐疑的に発言をするみどりに、思わず突っこむ真であった。

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