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「雪岡純子さんも、地縛霊の一種だと言っていましたね。でもゲームの中でしたら、比較的自由に動けます」
唐突に現れた電霊明日香は言った。
「純姉の進捗、報告していいのかな? あたしらのガイドと怪しい奴の目星をつけている程度で、まだ調査始まったばかりって所だし」
と、みどり。
「まだ日が経っていませんしね。もう御存知かもしれませんが、育夫が与えた電霊を生み出して使役する力、私が知る電霊使いを一人だけお伝えします。ニャントンというプレイヤーです。育夫がこの人に力を与える場面は見ていたので、間違いありません。電霊を使役する力の他に、念動力も覚醒させました」
ビッグマウスも怪しいと言っていた廃人プレイヤーであるが、これで確定となった。
「他にも一人、力を与える場面を見ていましたが、彼は数日で文字通りのリアル廃人となってしまいました。適正が無かったのか、脳が耐えられなかったようです。他は知りませんが、育夫の話では、他にもニャントン同様に、育夫が力を与えたプレイヤーがいるようです」
依頼者であり、諸悪の根源とも近しい存在である明日香からの情報提供で、これで一人は確定となった。
「噂では、タツヨシ、マキヒメ、ダークゲーマーの有名廃人三名がそうではないかとも聞きますね。ビッグマウスも噂されていますが……彼女は私のフレンドですし、有り得ません。電霊を作って自分の欲望のために奴隷のようにするなど、そんなひどい事をする人ではありませんから」
「つーかさ、電霊操る奴等を全員ふんじばるにしても、あんたの恋人とっちめるにしても、いくら純姉とはいえ難しい話じゃね?」
せっかく依頼者と会ったのだから、思ってることを全てぶつけようと試みるみどり。
「元恋人です」
ややムッとした顔で訂正する明日香。
「失礼。電霊を操っている――例えばそのニャントンのリアル住所とかはわかるわけ?」
「いえ……わかりません。ネットの閲覧程度はできますが、個人情報を盗み見るとかは無理です」
「突き詰めて考えると、ネットの閲覧ができる理由もおかしいけど。プロバイダーと契約してるの? 霊がどこかの無線LANでも利用してるの?」
「詳しい理屈は私にもよくわかりません……」
次第に困り顔になっていく明日香。
「ネトゲ内の人間のリアル個人情報知るなんて、警察がゲームの運営会社から聞き出すとか、そんくらいしか方法無くね? あるいは会社の社員を脅迫するか、ハッキングするか。いずれにしても純姉の性格考えると、そんなことはしないと思うしー」
「……」
突っ込みまくるみどりに、とうとう明日香は言葉を失くす。
運営会社が送ったメールに霊気のメッセージを込めることが可能なのに、あれはできないこれはできない、あれはわからないこれも知らないという明日香の応答は、みどりを不審にさせるには十分だった。
「裏通りの情報組織でさえ、調査するには……無理のある仕事というものがあります。これは……それに該当しそうな気も……しますね。しかし、純子が引き受けた……以上、考えがあるのだとも思います」
厳しい指摘をしつつ、助け舟も出す累。
「まあニャントンは確定という情報が得られたけど、そちらでもう少し調査はできないのぉ~?」
みどりに尋ねられ、明日香は困り顔になる。
「私は育夫に半ば捕らわれている形です。彼が他のことをしている隙をついてしか、行動ができません。今も――」
言葉途中に、明日香、みどり、累の三名は、新たな霊気の接近を感じ取った。
小太りの男の霊が出現し、明日香を睨みつける。
「育夫……」
出現した霊の名を告げる明日香。
「何勝手に出歩いてるんだぞ。そいつらは何だ?」
みどりと累の二人を見て、育夫は一目でただならぬ気配を感じ取り、警戒の表情を浮かべる。
「へーい、いきなり大ボスがおいでなさったよぉ~? 霊の浄化に長けた雫野の妖術師コンビの前にさ~」
育夫を見てにやにやと笑うみどりであったが、そう容易くケリをつけられるとも思っていなかった。
累もみどりと同様に、疑問を覚えていた。果たして電脳空間の中で、雫野の浄化の術は正常に作用するのかどうか? 感覚的には、難しそうな気がする。
「同時にいきましょう。僕にタイミングを合わせてください」
「あばばばば、オッケィ、御先祖様ァ」
累の指示に従い、みどりは独特の笑い声をあげる。累が呪文を唱えるのとほぼ同時に、みどりも詠唱を開始する。
育夫も明日香もただならぬ気配を感じとる。育夫がこの場を離れた方が良いという判断を下した時には、術が完成していた。
「おおおおっ!」
鮮やかなエメラルドグリーンの炎に包まれ、育夫が咆哮をあげる。
苦痛は一切無い。それどころか成仏できない霊にとっては、これ以上の無い心地好さを味あわせる浄化の炎である。しかし――
「やはり駄目みたいですね」
炎が消え、同時に育夫も消えたのを見届けてから、累が息を吐く。
「うっひゃあ、あたしと御先祖様の、雫野最強タッグの浄化でも駄目か~」
「物理作用をする術は……ゲームの中では使えないとは思いました……が、霊的な作用、精神的作用の術も、いまいち……ですね。みどりが予感していた通りでした。しかし――」
口惜しげな表情で、育夫が今までいた空間を見やる二人。ふと、明日香がいた方を見ると、彼女の姿も消えていた。
「ふわぁぁ~、いつの間にか連れ去られたのか、それとも育夫の後を追ったのか」
「みどり、いくら電脳世界とはいえおかしいですよ。僕とみどりの二人がかりなら、通常の霊なら今ので浄化できていたはずです」
累が真剣な面持ちで語り、みどりも思案顔になる。
「怨念が強ければ強いほど、雫野の浄化は逆に効果が増すものじゃん。何か特殊な力の持ち主って言いたいの?」
「彼を突き動かしているのが怨念ではなく、ゲームそのものへの執着てあるが故――という理由もあるでしょう。純粋な執着は怨念とは性質も異なりますし、力も強い。雫野の術は、確かに封霊に関しては強力無比であり、並の術師が十人がかりでも歯がたたないような大怨霊をも退けますが、異なるケースもあります」
「知ってるよぉ~。例えば愛する者を想うが故に成仏できない霊なんかは、無理矢理浄化とかできないよね」
育夫の場合、ネトゲを愛するが故に、雫野の術では浄化しきれないのかと考えると、みどりは複雑な気分になる。
***
MMOの広大な世界の中には、滅多に人が立ち寄ることのない忘れ去られた場所が、幾つも存在する。普段の育夫は、その忘れ去られた場所を住処の一つとしている。
「あいつらは何者だぞ? お前が呼び寄せたのか」
明日香を連れて住処に戻った育夫が、明日香の霊体の首根っこを掴み、静かな口調で問いただす。
「何も答えないってことは肯定と見てとるぞ。それならそれで、こちらも急いで同志を増やさないといけないぞ」
明日香を離して嘯く育夫であったが、実際の所、自分の手足となって動いてくれる者を探す作業は、あまりうまくいっていない。これだと思う者がいない。
「鯖の移動さえできればいいのに……。他所の鯖にもニャントンやタツヨシのような逸材がいるかもしれないぞ」
しかし電霊の身では、このピンクサーバーの中にしか留まれない。サーバー間の自由な行き来は不可能だ。
「そのニャントンとタツヨシも、電霊化でプレイヤーを増やす作業が滞っているし、こんなんで俺はオススメ11を救えるのか?」
思い通りにいかないことへの苛立ちと焦燥感を覚え、育夫はしきりに自分の太ももを拳で叩く。生前の癖が霊になっても引き継がれているのを見て、明日香はおかしさと物悲しさを両方覚えた。




