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ビッグマウスと合流した純子達は、お遣いマラソンクエストを一時中断し、木造建築の喫茶店のような店へと移動した。
「ふえぇ、仮想世界なのに、ちゃんと味はするのね。昔やったトリップゲームは味の再現までは無理だったのにさァ」
切り株の椅子に腰かけ、クリームソーダによく似た飲み物を飲みながら、驚くみどり。
「オススメ11でも、途中から実装された機能だけどねー。お腹に入った感触もあるけど、実際にお腹は膨れず、味だけだよ。ゲームに興味は無いけど、飲食物の味だけを求めてこの世界に常駐する人もいるくらいだよー」
純子が解説する。
その後、四人はビッグマウスがどういう人物なのかを教えてもらった。最初に名乗ったとおり、オススメ11に新たに訪れるプレイヤーや、引退して復帰したプレイヤーを、最新コンテンツでも遊べるように、援助するためのギルドの長をしているとの話だ。
見返りはほとんどないボランティア組織であり、ただ皆と遊べればいい、復帰組や新規も長いこと遊んでもらって、オススメ11に滞在してほしいという気持ちで、結成した組織だという。
「イェアー、いいねえ、そういうの。見返りはハートって奴ぅ」
ビッグマウスが自分の組織を解説し終えた後、みどりが好反応を示す。
「純子、気持ちワカルけど、やり方間違っているヨ。新しく始めた人に無理してお遣いマラソンばかり引きずり回すトカ、つまらなくて当然ネ。もっと自由に遊んでもらうのがイイヨ」
ストレートに指摘するビッグマウス。
「んー……それはそうだけど……。結局このゲーム、レベル上げないことには始まらないしさあ」
「ダッタラ、本人達がそう感じた時、稼げる方法に導くがイイワ。真、累、みどり、一応低レベル向けコンテンツもあるから、それ遊ぶとイイワヨ。しかも高レベルの人達もレベル低くして一緒に遊べるというコンテンツ、アルカラ。それで経験値も入るネ」
「それ未だにやってる人いるの? 実装された時はかなりやっている人いたけど、私が引退する頃には、閑古鳥鳴いてたけど」
「今はまたヤッテル人がいるノヨ。何しろそのコンテンツでシカ手に入らない装備が、幾つも実装されタからネ」
ビッグマウスと純子の二人のやりとりを聞いて、案内役はビッグマウスに頼む方がずっといいなと思う真達であった。現役プレイヤーであり、新規や復帰組の支援もしているのだから、当然とも言えるが。
「ソレニシテモ純子、イイ時に復帰シタネ。もうすぐ数年ぶりのバージョンアップと、謎の超巨大生物マラソンというイベントがアルのヨ」
「うん、宣伝メールで見たよー」
「皆久しぶりの大型バージョンアップにすごく期待してるヨ。もう二度とナイ思ってたカラネ。謎の超巨大生物マラソンもどんなイベントになるカ、ワクワクシテルのよネ」
ビッグマウス自身も楽しそうに語る。
「えっとね、ビッグマウスちゃん。私がオススメ11にこうして復帰したのは、ワケがあってね」
それから純子は、自分がどうしてここら来たのか、その経緯と目的を全て語った。電霊のことも。
「オススメ11内でも、電霊のことが結構噂になっているみたいだけど、ビッグマウスちゃんは何か詳しいこと知らない?」
「噂以上のこと、私が知っているかドーカはわからないヨ」
ビッグマウスはそう前置きをして、語り始めた。
最近増えている奇妙なプレイヤー達は、全て電霊なのではいなかという都市伝説めいた噂。まるで魂のない人形のような動きで、会話も成立しない。表情も露骨におかしい。このゲームにおいてずっと無表情に近いという時点で、完全におかしい。しかし一緒に遊ぶと、プレイヤーとしてはしっかり動く。だが会話が非常におぼつかない。
運営に問いただしている人も多いが、運営からしっかりとした答えは返ってきていない。電霊の噂を公式フォーラムで出している人達も増えている有様だ。真剣に気味悪がっている者や、電霊の存在を信じている者もいるという。
廃人達が、忠実な手足となる者を得るために、霊を呼びこんでゲームのプレイヤーキャラに憑依して動かしているのではないかという説すらある。ごく一部の廃人プレイヤーが、多くの電霊らしきプレイヤーを引き連れて活動しているが故、そうした話も出てくる。
それらの半分以上は、純子もすでに調べて知っている噂だった。
「でも、おかしな話だよね。霊がデータに憑くというのは有りうるとしても、ゲームはあくまで誰かが起動して初めて行われるものだし、第一このゲームって従量課金制で、月ごとにお金払うんだから、誰かがお金を払わないといけないわけじゃない。たとえ霊がデータに憑依してプレイヤーを動かすことができても、まずその二つの問題がクリアされたうえでないと、成り立たないよ」
電霊という存在そのものがゲーム内に現れる事はありうるとして、電霊がゲームそのものをプレイしていることに、純子は疑問を抱いている。
「リアルのどこかでゲームは起動しているし、お金も払われているってわけだ。つまり、リアルでそれらを仕込んでいる奴がいる、と」
「そう考えるのが自然かなー」
みどりの言葉に頷く純子。
「既存のプレイヤーに……電霊が憑依しているという可能性は?」
累が意見する。
「それもまたおかしな話になるんだよ。憑依された人は、ずっとゲームの中に居っ放しになるの? ていう話。ゲームからログアウトして現実に戻ったら、憑依されていた事に気がつきそうなもんだし、もっと別の意味で大事になりそうなもんでしょ? それ以前に、憑依されていた事に気がつかないって事もないと思うんだ。明らかにゲームしている時間、異常をきたしているんだしね。ゲームから出てもなお、電霊の影響が残るというのなら、リアルの周囲の人間が異常に気がつくだろうしさあ」
純子の考えに、累も納得する。
「で、電霊と関わりがあると見なされている廃人さんて、誰?」
ビッグマウスの方を向いて尋ねる純子。
「噂でよく挙がっているのは、ニャントン、タツヨシ、マキヒメ、ダークゲーマー、それに私の五人ヨ」
「それさー……単に鯖の有名人の名が、軒並み挙げられているだけじゃないの? 第一ダークゲーマー君は絶対ありえないでしょ。もちろんビッグマウスちゃんも」
「晒しをシテイル人達が、悪い噂を撒いてイルだけネ。でも、ニャントンとタツヨシ、コノ二人が変な顔のプレイヤーをゾロゾロ引き連れている所、私ハ何度も見たコトあるのヨ」
ビッグマウスの話を聞き、純子は頭を巡らせる。ビッグマウスが怪しいと見なした廃人二人、まず彼等を調べてみるのが良いと判断するが、どちらも曲者の廃人だ。
(ここはリアルで出来る事が出来ない世界だからねえ。私の行動も限られてきちゃうし、力押しのような手段ができない)
制限された環境下で、頭を使わねばならないもどかしさと楽しさを覚えつつ、純子は取りあえずのプランを漠然とであるが、思い浮かべた。
「特にニャントンは有名ヨ。自ら電霊使いと公言シテルし、ギルドのメンバーの前でも、平然と電霊プレイヤーを見せているとカラ。ニャントンがタツヨシともつるんでいるという噂もアルケド、これは半信半疑ダワ。鯖一番の嫌われ者であるタツヨシと組んだとあれば、ニャントンの立場も危ういものネ」
(やっぱり狙い目はタツヨシ君か。その二人が電霊育夫君の下僕だとして、背後にいる育夫君を引きずり出すには、懐柔するのが一番いいけど……)
ビッグマウスの話を聞きながら、純子は頭をめぐらす。
(できることなら、電霊の僕となっている子達も、実験台にしたい所なんだよねえ。うまいこと私と敵対するように仕向けられないかなあ。ゲームの中ではなく、リアルで)
いつしか純子の思想は、欲張りかつ邪なものへと変わり、自分でも気付かないうちに口元に微笑がこぼれていた。




