3
人数分のドリームバンドを取り寄せ、真、累、みどりの三名がオススメ11のマニュアルもネットで目を通しているのを確認し、純子はその間にゲームの概要の解説を始めた。
「これからやるオススメ11というゲームは、いわゆるMMORPGね。MMOってのは、Massively Multiplayer Onlineの略で、大人数のプレイヤーが、一つの鯖に同時にひしめきあうオンランイゲームのこと。RPGってのは……流石に説明いらないかな? まあ、レベル上げしてキャラを成長させるタイプのゲームだと思えばいいよ。本来の意味は違うけどねー」
ここでいちいち、元はテーブルトークRPGが原型とか、役になりきって遊ぶことからどうこうなどと、解説しても仕方が無いと思った純子であったが……
「テレビゲームのRPGは元々テーブルトークRPGから派生したんだろ? それくらい知ってる。ていうかテーブルトークRPGは小学校の時、多少やったよ」
「イェア、真兄もテーブルトーク経験者か~。みどりもやったことあるぜィ」
真とみどりは意外と知っているようであった。興味無い話で解説が不要だと思ったら、別の意味で解説は不要だった。
「んで、ドリームバンドを使って、脳に電磁波をあてて仮想世界にトリップするタイプのゲームなんだけど、この経験者は?」
純子に言われてみどりだけが挙手する。
「古いラノベのジャンルでいう、VRMMOみたいなもんだろ? ラノベで読んでいる分には構わないけど、実際にやるとなると、何となく気持ち悪い気がして、敬遠してた」
と、真。
「ドリームバンド使用中、ネットの検索はできるけど、リアルはほぼ完全に無防備になるから、安全地帯以外でのゲームはおすすめできないよー? まあ、リアルで刺激があればすぐわかる仕組みでもあるけどね。で――このオススメ11というネトゲだけど」
ゲームそのものの解説へと移行する純子。
「国産でトリップゲームのMMORPGとしては、初めての代物だったから、多くのゲーマーが飛びついて、一時期は物凄く賑わっていたんだ。で、運営会社の屑工二が想定していたサービス継続時期を大きく上回る年数、国内トップを独走していたんだけど、正直ゲームの土台は良かったけど、その後の開発やら調整には難があってねー」
と、ここで純子は嘆息する。
「ネットゲームは一つの世界を持続させるため――つまりはプレイヤーをゲームに繋ぎとめておくために、バージョンアップという形で――ゲームによってはパッチをあてるとも言うけど――新たな遊べる要素を月々と追加していくんだけどね。ここでいろいろやらかしちゃってるんだ。今まで便利だったものを不便にしてしまったり、今まで美味しい敵を不味くしてしまったりする下方修正を繰り返し、ジョブ調整も迷走しまくり、追加される遊びのコンテンツもつまらないものやゲームバランス滅茶苦茶なものばかりとかで、プレイヤーの気持ちは次第に離れていったの。単純に飽きがきた人もいるだろうけどね。私の持論だと、ネトゲを飽きて辞めた人はまた戻ってくる可能性もあるけど、呆れてやめた人はもう戻ってこないと思う」
長広舌での解説の後、自分でも話がくどくなっているかと思った純子は、三人の顔色を伺う。明らかに飽きてきている様子を見てとり、話をはしょることにする。
「ま、まあ……どういう遊びをしているかっていうと、様々な遊びのコンテンツがあるわけだよ。単純に強敵を倒すとか、複数の敵を連続して倒しまくるとか、そういうことをして、レベルを上げたり魅力的な装備品を取ったりゲーム内通過を貯めたりすることが、目的になってるねえ。自分の好きなジョブを強くすることがね」
「ジョブって何ですか? まだマニュアル……そこまで読んでいません」
累が質問する。
「えっと、複数人でパーティーを組んだ際、それぞれ役割があるわけ。近接攻撃役の戦士とか、ヒーラー――回復係の白魔法使いとか。それがジョブね。ゲームによってはクラスとも呼ぶけど」
「それさァ、ゲームする前に四人で役割分担もバランス良く決めとくぅ~?」
みどりが確認するかのように尋ねたが、純子はかぶりを振る。
「いやあ、好きなのやっていいと思うよー。やりたくもないものやっても困るだろうし」
純子が言う。
「でも全員戦士とかの方がよっぽど困らね? ま、あたしはどんな役でもいいのよね。皆になるべく合わせるわ。それより解説は実際にゲームやりながらしてほしいな~。今ここで言われるより、そっちの方がわかりやすいと思うんよ」
みどりの言葉は一理あったが、純子としてはある程度事前にも伝えておいた方が、実際に触れてからもわかりやすいという考え方であるが故、先に解説していた。
「んー、じゃあそろそろ実際にゲームの中に入ってみようかー。三人とも、バンドかぶってね。で、一応スタートは三つの国のどれかを選択できるんだけど、所属国がばらばらだと面倒だから、皆同じ糞喰陰険小人之森国にしておいてねー」
純子自身もドリームバンドを装着しつつ、最後の確認をとる。
四人共目を瞑り、四人の意識がほぼ同時に、現実世界から、大勢の人間の意識がひしめく電脳空間へとトリップする。
***
「ああ、懐かしいなあ……」
自分の姿が白衣の少女のそれではなく、白と青を基調にした軽装鎧姿の、猫耳猫尻尾が生えた美少年に変化したことを確かめ、純子は感慨深そうに呟く。
ゲームの中に降り立つ。西洋風の建物が建ち並ぶ街。首が1メートル以上はある奇怪な種族――『低脳高慢首長奇猿』が多く行き交っている。
「おっと、首長奇猿国にいるし。移動して三人を出迎えないと。まあキャラメイクやチュートリアルに時間かかっているだろうから、慌てることもないけど」
純子はしばし街中に歩きながら辺りを見回し、やがて道の脇にある青色に光る柱を見つけ、そちらに向かう。
「昔はこのゲーム、移動も変にリアルにしてあったから大変だったけど、流石にワープ機能つけてきたんだよね」
青い柱に触れると、純子の体は別の場所へと転移する。
今までいた街とはうってかわって、木製の簡素な住宅ばかりが建ち並び、木がやたらと多く、小憎たらしい二頭身幼児や、純子と同じ猫耳猫尻尾の種族が多くいる街へとやってきた。
「スタート地点は確かこっちだったと……」
新規プレイヤーが現れる場所へと向かい、そこに見慣れた三名の姿を確認して、純子は絶句した。服装こそ、このゲームのそれであったが、三人とも見た目がリアルと全く同じだったのである。
「いや……君達さ、何でリアルと同じなんだい? 自由に容姿は変えられるって、チュートリアルでも説明があったし、変更モードにもなっただろう?」
唖然としながらも、純子は男の口調と声で話しかける。
「これってNPCかな?」
真がみどりに問う。いきなり話しかけられたので、容姿の変更をしなかった際に、そういうイベントが発生する仕組みなのだと思ったのだ。
「いや、頭の上に表示されている名前の色見た限り、プレイヤーキャラクターだわさ」
みどりが純子の頭の名前を見て一瞬顔をしかめる。
「つーかこれ……ひょっとしなくても、純姉?」
真っ先に気がついて指摘するみどり。
「男性キャラですか……しかもケモミミ猫男」
累が嫌そうに言う。
「フッ、僕の名はネナベオージ。再びこの地にこうして降り立つ日が来るとはね。オススメ11よ、元気にしていたか?」
「キモいRPだな」
気取った口調で語り、ポーズを決める純子のかつての分身――ネナベオージに、真が身も蓋も無い感想を述べた。




