雪岡研究所の日常
日曜日の雪岡研究所のリビングルーム。いつもの面々。ただし土日は休みをもらっている蔵の姿は無い。
「やはり尻の線か!」
「うん。そこが一番だと思う。どれだけ可愛らしく描かれているか、そこに凝っているかどうかが最近のトレンドだよー」
「同意だがしかし、獣人美少年路線が一番ではなかったのか!?」
「最近それ系が溢れてるし、ケモミミさえつけばいいっていう風潮に、いまいち納得いかなくて、少し気持ちが離れ気味なんだよねー」
「テンプレ化が著しくなると粗製乱造化するのは、どこも一緒だな!」
蔵の代わりにというか、研究所には美香が遊びに来て、純子と楽しげにお喋りに興じている。
「おおーっと、ここでプリンセスみどりのローリングクレイドルーっ」
少し離れた場所で、みどりが自ら実況しつつ、真にプロレス技をかける。二人は先ほどからプロレスごっこに興じていた。
累だけは一人で読書に耽っているが、時折嫌がらせのように、真とみどりの手や足や体そのものが飛んでくるので、落ち着いて読書ができないでいる。今も真の足が累の頭部をかすめた所だ。
「みどりちゃん、その技は室内では控えて欲しいかなー」
その様子を見た純子がやんわりと注意すると、みどりは無言で技を止めて、真から離れる。
「ああーっ、何をやってるんだっ! プリンセスみどりーっ!」
「ちょっ!?」
「おわっ!?」
叫び声と共にみどりが大きく飛び上がり、空中で横向きになって、純子と美香の二人めがけて自分の体を浴びせる。
「一体何が気に食わなかったのでしょうかっ! プリンセスみどり、突然セコンドにいるクレイジー純子と、シャウト美香の二人めがけてプランチャーっ! これはいけませんね~」
「注意されたのが気に食わなかったんだろう!」
二人に乗りかかったまま、笑いながら実況するみどりに、美香が怒鳴る。
と、そこに真が起き上がってやってきて、みどりの背後に密着し、腰に両腕を回す。
「ちょっとちょっと真君、その技はっ」
純子が注意している途中であったが、真は聞く耳持たず、そのまま上体を大きく逸らし、みどりの体を後方へとぶん投げる。
「真! いくらごっことはいえ、そしていくらみどり相手とはいえ、女の子相手に投げっぱなしジャーマンは無いだろう!」
「プリンセスみどりが投げられたことに対し、シャウト美香が相沢・ザ・仏頂面に激昂―っ!」
累の体をクッションにして、受身もうまく取ったみどりが、なおも実況を続ける。
その直後、やにわに真が美香の頭を両手で抱え、自分の股間近くの太ももへと押し付ける。
「ななななっ!?」
常軌を逸した真の行動に美香が目を白黒させる。真は美香の頭を自分の左脚の太ももに押し付けたまま、左脚を高々と上げる。
上げた左脚を激しく振り下ろす真。その間、美香の頭部を左太ももに押し付けたままなので、脚を振り下ろした際に、衝撃が美香の頭部にダイレクトに伝わる。
「相沢・ザ・仏頂面のヤシの実割りがさくれーつっ! シャウト美香、頭を押さえて悶絶―っ!」
「あ、ごめん。つい……」
真が正気に戻り、美香に謝罪した。
「つい、で技をかけるのかっ! 貴様は!」
「プロレスごっこしてる時は凄く熱中して興奮してるからな。本当ごめん……」
顔を押さえて抗議する美香に、真は珍しくしおらしい態度をとる。
「そもそも男が女子相手にプロレスごっこというのがおかしい!」
しかし美香の怒りは収まらない。
「いつも僕とみどりはこれやってるんだが。男女平等ってことで」
「美香姉、真兄は弟が欲しかったんだってさァ。で、あたしがその代わりなんだって」
「一人っ子だったしな。僕は兄弟が欲しくて仕方なかった。できれば取っ組み合いとかして遊べる弟か兄が」
真とみどりが続けて言う。それを聞いてさらに呆れと怒りを増幅させる美香。
「男女平等も限度がある! しかも弟の代わりにみどりを男扱いしてプロレスごっこをしかけるとは、誰も注意しないのか!?」
「いや、本人達が了承済みなんだから」
一人興奮する美香を純子がなだめる。
「弟が欲しいなら、そこに累がいるだろう!?」
突然話を振られ、悪い予感を覚える累。
「あいつは駄目だ。ちょっと派手な技かけるとすぐヘソ曲げるし、組み技かけると変に興奮して勃起してるし、キモい。あんな弟はいらん」
「ひ、ひどいですよ……。そんなことを人前でバラすなんて……」
真の暴露を受け、累が泣きそうな顔で抗議する。
「累!」
その累に向かって叫ぶ美香。
「な、何ですか……」
思わず身構える累。
「そのままのお前でいろ!」
「あ、はい……」
てっきり怒られるのかと思って身構えていた累であるが、美香はにっこりと笑って力強く叫び、握った拳を突き出す。累は躊躇いながらも小さく頷いた。
「いや、何頷いてるんだよ」
それを見て真が突っこむ。
「そして真! いくらみどりとはいえ、異性とひっついて遊び、なおかつ弟と仮想し、暴力的な遊びに及ぶのは様々な意味で不健全! やはりプロレスしたいなら累を使うべきだ!」
「へーい……そのいくらみどりといえってのはアレかい? あたしがツルペタで女としては微妙だからってことかい? 真兄がロリコンて可能性は考えてねーの?」
ネチっこい口調でみどりが問う。
「真がロリコンなら、性の対象として見なした相手にプロレスごっこもしないだろう! 今累を忌避したのが何よりの証拠!」
「あー、それもそうか」
美香の理屈に、みどりが感心したような声をあげる。美香にそこまでの洞察力があるとは思っていなかった。
「みどりのことはちゃんと可愛がってやってるし、それでいいだろう」
自分が責められていることに納得がいかず、真が言葉少なに反論する。
「その可愛がるって、文字通りの可愛がるでもなければ、エロい意味でもなくって、前世紀の相撲部屋の可愛がるに近いよねえ?」
冗談めかして言う純子。
「それがいかんと言うのだ! 女の子は大事に扱え!」
と、美香。
「加減はしている。例え妹でなくても、将来結婚して子供作ったとしたら、男女問わずプロレスごっこして遊びたいと思ってるぞ。」
真が口にした言葉に反応して、意外そうな視線が真へと降り注ぐ。
「奴は……結婚願望があるのか……?」
純子の側へと戻り、純子に顔を寄せて耳元で囁く美香。
「ちょっと……どころじゃなく意外だねー。しかも子供作るとか言ってるし……」
裏通りで生きながらも、のたれ死ぬ気はなく、死ぬ時は畳の上で大往生と公言してはばからない真であったが、結婚だとか子供だとか、そんな言葉まで口に出るとは、純子も思っていなかった。
「でも真君、日頃からこの研究所の面々も家族と言ってるしねえ。まあ実際家族みたいなもんだけど。家庭を持ちたい気持ちが強いのかもねえ」
「私もそのファミリーに入れろと言いたい所だが、私には私で今、やっていることがあるしな」
「今真君、恋人いないし、美香ちゃん立候補してもいいんじゃなーい?」
「そ、そんな……何を馬鹿なことを……私は一度フラれた身だし、純子を差し置いて……そんな……」
「そういや私もフラれたようなもんだけど、一緒にいられればいいかなーって感じで満足してるよー。他の人と付き合っても、いつでも会える場所にいて、元気にしてくれていれば、それでいいかなあって」
「むう……何だ、その悟りの境地は……」
真に聴こえない囁き声で、会話を交わす純子と美香。
「ふわぁ~。真兄、家族に執着あるんだねえ」
一方でみどりが真の相手をしていた。プロレスごっこは中断したようだ。
「執着じゃない。憧れだよ。寂しい家庭で育ったからな。父親は病院に寝たきりでいないし、母親は厳しい人だったし、兄弟はいなかったし、楽しくてやかましい家庭に凄く憧れてたよ。いや、今でも憧れている。たまにテレビでやるだろ。大家族スペシャルとか。ああいうの、特に憧れる」
「イェア、それなら真兄、結婚したら大家族作ればいいじゃんよォ~」
「言われなくてもそのつもりだ。雪岡に知らない間に勝手に改造されて歳も取らない身だし、相手もそういう改造してもらって、沢山子作りする。最低でも三十人くらいは作りたいな。理想は八十人以上で、ギネス記録を目指す事だが」
心なしか夢見るような眼差しで語る真の家族設計を聞いて、美香と純子が揃って青ざめる。
「う……産む機械……」
「ぐっ……。覚悟が要るな……」
純子が呻くように呟き、美香はうつむき加減になり額を押さえて、苦悶の表情で唸っていた。
雪岡研究所の日常 終




