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短気なのは俺の一番悪い癖だ。そのせいで昔から損をしてばかりいる。
だがその短気さが故に、今の俺があるとも言える。おっさんの目に留まったのも、おっさんに導かれて裏通りという居場所を得たのも、俺が喧嘩をしていたからだ。
普通に学校に通っていれば、中学生になるかどうかという歳、俺が何をしていたかというと、ホームレス生活を送っていた。
何を考えてそんなことをしていたのか、今となっては俺にもよくわからない。あれも短気が故なのかもしれない。
まあ、イカれてるよなあ。俺を育ててくれたあいつが死んで、その哀しみに耐えられなくて、何もかも捨てるという行動。ああ、完全に意味不明だ。意味不明すぎて笑い話としても語れない。
ゴミを漁って暮らす子供に、どんなイメージが沸く? まあどう思われようといいが、正直な所、俺はあの生活はそこまで悪いものだとも思っていなかった。むしろ楽しいくらいだった。自分の力で生きているという実感があったしな。だからといって、またあの生活を送りたいとは思わないが。
ただ、厄介なことがあった。同じくくらいの餓鬼――中坊の不良共に目をつけられてしまったことだ。
絡まれる度に、俺は全力で刃向ったが、多勢に無勢。いつも最後は俺が路上に倒れて終わる。
例えばここで、俺が居場所を変えれば問題は解決したんだろうが、俺にはどうしてもできなかった。性格的にできなかった。こういう性格、本当に損だと自分でもわかっている。
「もうちょっと考えて喧嘩しろよ」
そんな俺の様子を見ていたのがおっさんだ。
「相手の数が多いから勝てないか? そうじゃない。お前さんの喧嘩の仕方が悪いんだよ。数で負けてるなら、それなりに頭を使って対処するんだ。対処って言葉の意味わかるか? まあとにかく考えろ。頭に血のぼらせて、正面からいくだけじゃ、そりゃ負けるに決まってる」
へらへらと笑いながら声をかけるおっさん。
余計なお世話だ、俺は俺のやり方でやる――と、その時は思ったものの。その後ずっとおっさんの言葉が心に引っかかっていた。
今自分がこんな場所でこんな生活を送っているのも、感情任せ勢い任せで考え無しだったからだ。考え無しにまたあいつらにボコボコにされるよりは、考えて一矢報いた方がいいんじゃないかと。
次に絡まれた時、俺は一芝居うってみることにした。
小雨が降る日。いつものよう立ち向かい、ぼこぼこにされ、倒れる俺。
「何だこいつ、随分倒れるのがはえーじゃねーかよ」
「栄養失調なんじゃね? 誰か糞でもひりだして食わせてやれよ」
「うわ、何言ってんのこいつ。スカトロとかドン引きだわ~」
倒れている俺に背を向け、談笑しながら去っていく糞餓鬼共。俺は気付かれぬようおもむろに立ち上がると、奴等のリーダー格に後ろから一気に飛びかかった。
「ごげっ!?」
背後からチョークスリーパーをしっかりと決め、相手がおちるまで絶対に手をゆるめまいと、しっかりとロックする。
「うわっ、こいつまだ生きてた!?」
「おいっ、離せよてめーっ」
他の奴等が殴り、掴み、何とか俺を離そうとするが、俺は腕にこめる力だけはゆるめなかった。
「それ以上すると死ぬだろっ! もうわかったから離せって!」
俺の手を解こうとする奴の声に必死さが混じる。死ぬだろも何も、こっちは最初から殺す気なんだがな。
得物を使わないのは、俺のその時のこだわりというか、流石に卑怯だと思ったんだが、今になって考えると、相手は複数だったんだし、最初から凶器で刺した所で問題なかったぜ。
俺が手を離した時には、そいつは動かなくなっていた。確認したわけじゃないが、多分死んだ。罪悪感は無かった。当たり前だ。俺を面白がって玩具にしていた奴を殺して、罪悪感が沸くはずもない。
他の奴等は怖がって逃げ出した。何とも情けない連中だが、これも計算通り。
唐突に響く乾いた拍手の音。
「上出来上出来」
どこかでその様子を見ていたおっさんが、にやにやと笑って拍手している。
「45点て所だ。結果オーライではあるが、そのやり方じゃ無防備すぎるだろ。相手がナイフや銃を取り出してきたら、それでおしまいだろう? ま、次はもう少し頭をひねるんだ」
次という言葉に、俺は溜息をつく。
「次なんてあるのか?」
「生きている限りあるさ。生きている限り、敵が現れる。自分に害をなさんとする者、自分の大事な者に害をなさんとする者、いずれも出現し続けるし、それを退ける力と知恵が必要だ」
おっさんのこの時のこの言葉をもっと真摯に受け止め、早い段階で力を手に入れておけばよかったと、俺はその後心底後悔する事になる。力を磨くをことをさぼっていたせいで、愛する女一人守れず、裏路地で死体となって転がるハメになった。
「それはそうと、お前さ、住む家がないなら、うちの事務所で拾ってやってもいいぞ。路上生活の末にのたれ死にたいってんなら勝手にしろ。それが気に入ってるならな。でも俺ならもう少し面白い人生を提供してやる自信があるがね」
おっさんはそう言って俺の方に傘を差し出す。
そこで俺は反発しなかった。俺はおっさんの目を見て、反発できなかった。
救ってもらいたいと思っていたわけじゃあない。口では悪ぶっていても、ひどく優しい目。汚らしいホームレスの餓鬼なんかに、手を差し伸べてくれる優しさを無下にするのは、とても悪いことのような気がして、反発できなかった。
傘の中に入り、一緒に歩く俺。
「何の事務所だ?」
一応は気になって尋ねる俺。
「裏通りの組織だよ。違法ドラッグの密売をやっている。違法ドラッグとはいっても、下手な合法ドラッグより安全なのを見繕っているから、警察も黙認してくれているけどな」
おっさんの言葉に、流石に俺は面食らった。そんな組織に拾われる事になるなどとは。多少の抵抗を覚える。
「最初は一番下っ端だし、雑用係って所だし、いろいろ説教もするぜ。特に俺は説教くさいと思って覚悟しとけよ」
やんちゃな笑顔でおっさんは言う。
「説教は嫌いだな」
俺を育ててくれた奴も説教ばかりだった。説教が嫌いなんじゃない。あいつを失った悲しみを思い起こしそうで、それが嫌だ。
「俺も嫌いだよ。するのもされるのも。クソジジイやクソババアが最近の若い者はとか言って説教始めるけれど、自分等がガキの頃はどうだったって話だよ。酒もタバコもセックスも中出し妊娠堕胎もドラッグもしまくってただろ。それが歳くってからは、したり顔でいけませんと説教とかな。でもな、歳くうといろいろ説教したくなっちまうし、しなくちゃならん立場にもなる。それが苦しくもあるんだ」
おっさんの話は非常に興味深かった。そして面白かった。いや、最も受けた印象は、新鮮さだ。こんな大人がいるものなのかと、俺は驚いていた。
「裏通りの住人がお説教とか、おかしくない?」
思ったことをストレートにぶつけてみる俺。
「悪いことを知ってるからこそ、叱れるんじゃねーか? 逆に子供の頃も品行方正ないい子ちゃんな奴って、悪いことなーんも知らないわけだから、そんな奴には悪い子の気持ちなんて絶対理解できないだろうしなあ。同じ言葉を吐いても重みが違うだろう」
その時返ってきた言葉の中で、その後もずっと心に残り続けている言葉がある。
悪い奴には悪い奴の気持ちがわかる。つまり、同じタイプの人間に、同じ気持ちがわかってやれる。
すごく当たり前なことだが、それはとても重要なことだとして、今も俺の心に残っている。
それだけに限った話じゃないがね。おっさんからはその後も、学ぶことが沢山だった。俺は心のどこかで親代わり、教師代わりにして、依存していたと思う。




