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ほのか、純子、シルヴィアの四人を伴い、四葉の烏バーの事務所へと戻る。
「そんなわけで、ほのかがおっさんや皆の仇を討ってくれた形だ。肝心の殺し屋は野放しだが、その依頼者の立場で、この抗争の仕掛け人が死んだんだから、無念は晴らせたと思う」
「ああ、ありがとうお嬢さん。それに……無事でよかった」
日野が感無量といった顔で言う。こいつが俺の前でこんな顔をするとはなー。
「でもこれで完全にカタがついたわけじゃないぞ。立川が残っているから、こいつをとっちめて、完全に抗争を終わらせないと。ま、それも俺らでやってくるから、日野は新ボスとして、ここの再構築を頑張ってくれ」
「俺はボスなんてガラじゃないけどな……」
渋面で頭をかく日野。しかしまんざらでもなさそうで、口元が少し綻んでいるのを俺は見逃さなかった。
「今この場にいない他の幹部連中だって、日野なら納得するだろ。つーか他に幹部二人しかいないけど」
元々それほど大きな組織でもないし、後継者決めで揉め事が起こる要素も無いと思われる。
また葉山が来るかもしれないということで、俺とほのかと純子とシルヴィアの三人も、事務所に泊まることになった。一応事務所には十人くらいは寝る場所もあるし、ちゃんと風呂もある。
他の構成員は全て帰宅させた。葉山が襲撃してきた際、巻き添えを食う可能性があるからだ。
明日になったら立川らが潜伏している場所に、最後の戦いを仕掛けにいく。きっと葉山もそこにいることだろう。
夜、明日の作戦打ち合わせでもするのかと思ったら、ほのかとシルヴィアと純子の女子三名の他愛無い雑談で時間は潰されていった。俺は一人蚊帳の外気分で、ちびちびとビールを呷りながら時間を潰す。
いつ重要な話になるかもと聞き耳を立てていたが、無駄な気遣いだった。結局雑談だけで終了し、純子とシルヴィアはリビングを出て、寝床へと赴く。
ほのかだけリビングに残っていた。何か言いたそうな顔で俺を見ている。つーか、順子とシルヴィアがいなくなって、俺と二人きりになれるのを待っていたのか? いや、自意識過剰か……
「二人きりになれるのをずっと待っていてくださっていたのですか?」
ほのかの問いに、俺はビールを噴出しそうになる。
「まさに図星といった感じのリアクションですね」
微妙に違うけど、否定するのも面倒な気がした。
「裏通りの洗礼を浴びた感じだな」
あえて容赦の無い言葉をほのかに浴びせる俺。
先程、純子やシルヴィアと楽しそうに雑談していたほのかであるが、目は笑っていなかった。シルヴィアと純子はあれでも気遣ってくれたのかもしれない。しかしほのかはまだ気持ちに整理がついていないのは明白だ。
「父も私も、自分で選んだ道です。父なんて相当に長生きした方でしょう?」
「強がらなくていいんだぞ」
「強がっていたいんです。泣き崩れてストレス発散とかしたくないんです。今はそうしていたいんです。私が表通りの人間であれば、ここで悲嘆に暮れていてもいいと思いますが、今の私は、戦いの最中にあります」
「今は休憩時間だ。それに、そういうのは裏とか表とか関係無い。気持ちは一緒だろ。それに、わりと表通りでもいるんじゃないか? 身内が死んだ悲しみを紛らわすために、別の何かに熱中する奴とかさ」
ほのかは押し黙った。何を考えているのかはわからないが、何か考えているようだ。
「裏通りと表通りの人間は、かなりいろいろと違うと思いますし、私は別の生物と考えていましたから、遼二さんのその言葉は……それを覆すというか、まさか遼二さんがそう言うとは思いませんでした」
実はほのかのような考えのタイプは、裏通りの住人には多い。一般人とアウトローで、両者は完全に別生物的な壁を築いている奴。俺も少しそんな感じはあるが、一方でそういう考え方自体どうかとも思っている。
「少なくとも親が死んだことを悲しむくらい、同じでいいだろ?」
そこで強がる意味がわからんし、裏通りの人間だからどうこうなんて言うのはおかしい――とまでは言わないでおいた。そこまで言わなくても伝わるだろう。
「それどころか逆だとすら思うぜ、俺は。どちらも人間だから情が有る。でも裏通りの人間は形だけの倫理や、くだらない体裁には捉われない。表通りの人間はいろいろなものに縛られていて、素直に感情を訴えることも困難だ。ある面、俺達よりずっと辛い人生だろうさ。一方でお前は裏通りに堕ちた者に対して、体裁を求めている気さえする。変なこだわり方だ」
「……」
ほのかは黙ったまま、しかし俺のことをじっと見つめて、俺の話を聞いていた。
「あえて裏通りと表通りの決定的な違いを挙げてみるよ。可愛がっている猫と、全然知らない人間、どちらかの命を差し出さなくてはならないとしたら、どちらを生かしてどちらを殺す? 表通りの人は、人間と答える者が多い。もちろん猫をとる者もいるだろうけど。しかし裏通りの人は大抵、猫の方を取るだろう。猫が嫌いだからそんな選択はしないとか、そういう問題ではないぞ。あくまで例えだから、気に入らないなら犬でも構わない。俺の言いたいこと、伝わるか?」
「ええ、よくわかります」
興味深そうな顔で頷くほのか。
「私が裏通りで生きたいと思うのは、人としての正常な姿はこちらにこそあると信じるからでした。表通りの人間は、己に嘘をついている人が多いと常々感じていました。それを見下すわけではありませんが、私は自分がそのようになることをよしとしません。そう思っていたのに、いつしか自分を押し殺していたというわけですね」
何だかほのからしさが戻ってきた感のある語り草だ。
「まあ難しく話を広げたけどさ、変に肩肘張ってると、おっさんも草葉の陰で心配すると思うんだわ。だから……せめて俺といる時くらい、泣いてもいい。俺もお前ほどじゃないが、おっさんとの付き合いが長いし、思い出を語り合うくらいはできる。お前の知らないおっさん、俺の知らないおっさんのこととか」
「遼二さんも泣きたいんですか?」
思わぬカウンターが来た。いや、予期しておくべきことだったかな。
「男は一人で泣くものなの。女は男に胸を預けて泣いてもいいの」
「裏通りの住人は感情をストレートに表していいと言った矢先、それはおかしいですね。男と女の区別などしなくていいですよ」
いやー……そりゃ格好がつかんだろう。女の前でぴーぴー泣く男なんて。しかも実の父親を失った娘の前でとかさ。
「ふん、じゃあ格好悪いけど泣いてやるよ。俺も泣いてやるから、お前も絶対に泣けよ」
「はい、どうぞ」
意地悪い口調で言う俺に、ほのかは微笑んで頷いた。
それから三十秒ほど、無言で向かい合う二人。
「早く泣いてくださいよ」
「いや……ごめん、やっぱ無理」
そして笑いあう二人。おっさんも浮かばれねーな。いや、安心してるか。
「遼二さんはやっぱり凄く優しい人なんですね」
笑顔のまま、ほのかが突然そんなことを口にする。
「親父もよく言ってました。あいつは自分より他人の痛みに敏感で、それを抱え込んでしまうって。組織の後輩がドジを踏んでも、自分の失敗ということにしてかばったこともあったし、仲間が殺された時は誰よりも怒って報復に行くし、新人の相談にも乗るって言ってました。私への今の不器用な気遣いを見ても、改めてそう感じました」
不器用は余計だ。確かに不器用だけど。
「でもそういう人だからこそ、父は遼二さんに目をかけていたのでしょうし、私もそれがわかるから、安心して接することができます」
言いつつ、ほのかが俺に身を寄せてきた。
俺もほのかの肩に手を伸ばし、抱き寄せる。そのまま身を寄せ合ったまま、無言の時間が過ぎる。
『おい、何だ、それは。早くその先にいけよ。キスして押し倒して、その先っ』
気のせいだろうか。おっさんが後ろでそんなこと言って、せっついているような気がした。あんたが死んだ直後だから、そこまでいく気分じゃねーんだよと、心の中で言い返しておく。




