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ほのかを切断したのは、男が改造された事で身につけた、超常の力による攻撃なのだろう。真っ二つにされたほのかの体の上半身の方が、空中できりもみ回転して男の頭上を飛んでいく。
そこで俺は妙なことに気がついた。ほのかが殺されたかと思って一瞬ビビったが、その奇妙な現象を見て、通常なら致命傷と判断できるほのかが無事である事を確信できた。
真っ二つに切断されていながら、ほのかの上半身の断面からは、一滴も血が流れていない。臓物がぶちまけられてもいない。雪岡に改造された結果、何らかの力が働いていて、ほのかの身を守っていると判断していい。
さらに異変があった。ほのかの下半身が空中でドロドロに溶けて、スポーツ刈り男めがけて飛来したのだ。
スポーツ刈り男は腕を振って能力を発動した直後で、反応しきれなかった。溶けて液状化したほのかの下半身が、男の下半身へと降り注ぐ。
ドロドロの肉汁となったかつてほのかの下半身だったものは、男の下半身にまとわりつくように動く。そして――
「うぎゃああぁっ! あひゃぁあぁぁっ! だずげでええええぇぇっ!」
男が身も世も無い悲鳴をあげた。無理もない。ほのかの下半身にまとわりつかれた奴の下半身が、溶け出したのだ。まるでほのかの下半身の肉汁に溶かされているように。いや、まるで――じゃなく、実際にほのかに溶かされている。
スポーツ刈り男の下半身があっという間に溶け落ちて、残った上半身――腹から上が地面にうつ伏せに倒れる。内臓の下半分くらい溶けているようで、溶けた腹部の断面から血が大量に噴き出して、アスファルトを赤く染めている。当然、スポーツ刈りの男は死んでいる。
「おんどりゃあぁぁ!」
俺に撃たれたはずの赤いポロシャツデブが、怒りの咆哮と共に立ち上がった。俺と同じく、再生能力でも備えているのか? だとしたら少々面倒だな。
俺がさらに銃を撃とうと狙いを定めたが、俺が撃つより先に、上半身だけという姿になったほのかが、素早く身を起こすと同時に、デブめがけて右手を振るう。
ほのかの手から何かが飛んで、デブの顔を直撃した。よく見ると、ほのかの右手の肘から先が消えている。いや……完全に消失してはいない。まるで糸を蝋が逆方向に伝うかのように、液状化したほのかの腕の肉汁――いや、肉液と呼ぼう――の一部だけが、デブの顔にかかったほのかの肉液と繋がっている。
「ぎゃああああああーっ!」
断末魔の絶叫。
ほのかが再び腕を払うと、男の顔にかかっていた肉液が全てほのかの腕へと戻り、まるで魔法のように、ほのかの肘から先が元通りの手になっていた。ただ、違うのは、右手の服の部分の肘から先が溶けてしまっていることだ。
一方で男の顔面は無残に溶けて、筋肉が所々こびりついた骸骨となっていた。頭頂部と後頭部は溶けていないので、余計におどろおどろしく見える。
デブの顔が再生していく。やはり再生能力持ちか。それを見たほのかが、今度はスポーツ刈り男を殺した肉液化した下半身を動かして引き寄せ、デブの全身に覆い被らせた。
まるでアメーバに捕食されたが如く、肥満体がほのかの肉液に覆われて、溶かされていく。、延々と溶かれ続けていれば、いずれ再生にも限界がくる。なんつーおぞましい能力だ。
結局ほのかが一人で二人を始末した形となった。
俺は階段を降り、上半身だけの姿でアスファルトの上に立って(?)いるほのかを見下ろす。通行人達が遠巻きに怖そうに見ている。
ある者は写真を撮ってやがったので、カッとなって銃を撃って指先サイズの携帯電話を破壊してやった。指も一緒に吹っ飛んでいたように見えたが、知ったことか。
「大丈夫か?」
「見ての通りへっちゃらです」
二人殺しておきながら、涼しい顔でほのかは答える。
「やっぱり、人殺しは初めてじゃないわけか」
「これで四人目です。初めて人を殺した後のリアクションは、人によって様々らしいですね。その場で震えて動けなくなる人、少し時間を置いてから気分が悪くなる人、快楽や達成感を覚える人、何も感じない人、と。私は……何も感じない自分の心に哀しかったです」
伏し目がちになるほのか。
「いやー、素晴らしかったねえ。ま、予想通りの結果だけどね」
見学していた雪岡が声をかけてきた。
「雪岡。何なんだ、ほのかのこの体は」
「苗字じゃなくて名前で呼んでいいよー。むしろ私的には名前の方がいいなあ」
「そんな気安い仲でも無いと思うが……まあいいか。純子、ほら呼んでやったから答えろ」
「見ての通り、肉体をゾル化する能力だよ。しかも強酸性をもって、溶かしたうえに、吸収して取り込むこともできるんだ。脳みそを溶かすと、相手の記憶までげっとできる優れものだよー。相手の体の特徴もコピーできるから、溶かした相手に変身だってできちゃうよ」
変身コピーはともかくとして、どういう原理で、脳みそ溶かして記憶まで得られるんだ……
「貯め時間が必要で、準備に六秒ほどかかるけどね。ダメージもゾル化して回復可能だけど、その六秒前に致命傷を受けた場合、死に至る可能性が高いから注意が必要だよー。あとね、心臓と脳はゾル化できないんだ。その二つをゾル化することもやろうと思えばできたし、貯め時間も不用にすることもできたけど、それを試みるとなると、改造の段階で死亡率もはねあがる危険なものになるから、これで妥協したんだ」
心臓はだめって……つまり……
「お前……じゃあ、最初に胸か頭を攻撃されていたらヤバかったんじゃねーかっ」
ほのかの方を見て思わず声を荒げる俺。腹だったからよかったものの……
「運も実力のうちです。まあ、あんな飛び道具があるとは思いませんでした。今後空中からの奇襲は控えます」
申し訳無さそうに頭を垂れるほのか。
「で、お前いつまでそのまんまなの?」
ほのかは上半身だけの状態で、下半身はスライムのまま、中々戻ろうとはしない。
「うっかり自分の服も溶かしてしまいまして。今、元に戻ったら、私、天下の往来で下半身すっぽんぽんの露出狂ガールになってしまいますよ? 遼二さんはそれでもいいんですか?」
「良くないな……」
だからといって、殺人現場にいつまでもいるのも良くないし、上半身だけというショッキングな姿のままでいるのも良くないんだがな。
「純子さん、お手数ですが、服と靴を買ってきていただけないでしょうか。遼二さんに下着を買いに行かせるのも酷ですし、私がこの下半身スライムな格好で服屋に入って『パンツください』と言ったら、店員さんが卒倒しそうですし、何よりシュールすぎますし、下半身スライム女がどこにパンツはくねーん、とツッコミが入りそうです」
ほのかが真顔で語る。店員が卒倒したらツッコミは入らねーだろ。
「んー、わかった。服が溶けないように、私と同じく短パンにしよう。太ももスライム攻撃とかできるようにさー」
「おお、流石は純子さんですね」
異次元の会話をする少女二人。
「いいから純子はさっさと服買いにいけ。そしてここは目立つから移動しようぜ。警察が来たらとんでもなく厄介だし」
言いつつ俺はジャケットを脱ぎ、ほのかの上半身の下部分を包んで背負った。これまた人目につきまくるが、ここに放置しとくよりはマシだ。
「下は動かせるんだろう?」
アスファルトの上でぷるぷる震えている赤い塊に、俺は目を落とす。
うーん、シュールな光景だが、なんだか面白い。
「はい。遠隔操作できます。体が二つに分かれているのは、中々違和感があって面白いです」
呑気なこと言ってやがるな。まあいいいけど。




