20
「始めるか」
呟くなり真がショットガンを撃つ。
弓男は素早く移動し、コンテナの一つの陰に隠れて真の銃撃をやり過ごす。
(やれやれ。月那さん、あれで助けてくれたつもりなんだろうけれど……。私にとっては余計なお世話以外の何物でもないんですよね、この構図)
実の所、純子と真と自分の三つ巴の状況の方が、弓男にとっては好ましい状況だった。それが真とサシになってしまうとは。
鷹彦と美香と自分との三人がかりでもひるむことなく、入り口での撃ち合いにおいても、銃弾の嵐に晒されながらかすり傷一つしか負わずと、二度も化け物っぷりを見せつけてくれたこの少年と、まともに銃だけでやりあっては、とてもではないが勝てる気がしない。
「ま、切り札を惜しまずにいっちゃいますかねえ」
工房の前に置いた銃器の数々を意識する弓男。
「昨夜あれから、改めてあんたのことをいろいろ調べた。どういう活動をしてきて、どれだけ多くの功績を残してきたか」
隠れたまま動こうとしない弓男に、真が話しかける。
「あんたみたいな奴を死なせたくはない。死なせるには惜しい。あんたが生きていれば、今後救われる者も沢山いるだろうし。こんなくだらないことで、あんな馬鹿の遊びと好奇心のために、あっさり死んで欲しくない。あいつは僕に任せて逃げた方がいい」
「あれま、意外と君、甘ちゃんですねえ。それにすっごく勘違いしちゃっていますね。これ」
自嘲の笑みを浮かべる弓男。
「私は偽善者ですよ? そのうえ生と死の狭間に身を置いて、殺し合いを楽しんでいるろくでなしですよ? 確かに私が救ってきた人も多いですが、殺しちゃった人間もいっぱいですし。ええ。それでいて手前勝手な正義感に酔っているという、最悪のろくでなしです。ま、自覚がある分、自覚の無い偽善者よりはましかなーなんて思っちゃったりもしていますが。そんなわけでね、気にしないでくださいな。君も心置きなくね、殺し合いを楽しんでもらえたらいいかなーと思っていますから。うん。私も楽しみますし」
弓男の言葉に、真は何も言葉を返さなかった。コンテナの陰に隠れたままなので、真の表情は伺いしれない。どうせいつも通り無表情なままなのだろうとは思うが、どういうわけか弓男は、真が今どんな顔をしているか見たい衝動に駆られた。
「霊を操る術師ともやりあったことがあるのなら、知っていますよねえ?」
意識を集中させて力を発動させながら、真に声をかける弓男。
「幽霊もまた純然たる科学的根拠に裏づけされた、物理現象の一つであるという事を。人体や精神に影響を及ぼすということは、霊体の側から、物質にも干渉が可能であるという事を」
真の前で、無数の銃器が宙を舞う。そしてその銃器の周囲に、靄のようなものが現れ、人の形を取り出す。
「ポルターガイストみたいなものか、これは」
目の前に起こっている現象を見ても、真は冷静そのものだった。
銃声が無数に重なって鳴り響く。体が半ば透けた者達が宙を舞い、銃器を乱射してくる。その者達に真は見覚えがあった。先程真に殺された破竹の憩いの構成員達だ。霊が持つ銃は弓男が工房の入り口まで持ってきて置いた物だ。
上空からの乱射を、真は難なくかわしていく。霊に向かってショットガンを撃って反撃するものの、散弾は霊体に当たることは無かった。
「やっぱり無駄か」
撃った真自身も半ば予想はしていた。
これこそが弓男を二十一世紀最大の英雄と呼ぶに至らしめ、いかなる戦いも必ず勝利へと導いた力だった。
戦死者の霊を操り、戦場に転がる武器を取らせて攻撃させる悪霊軍隊。そこが戦場であり、戦死者が多ければ多いほど力を発揮する能力。生身の人間からの物理攻撃を一切受け付けず、霊の方は銃器に対して物理的干渉も任意で行えるがために、一方的な攻撃を行えるという仕組みだ。
弓男は今までこの切り札でもって、どんなに不利な戦況に陥っても、必ず逆転して勝利を収めることができた。
「さ~てと。超常の力を持たない君がこれにどう抗えるか、見せてくださいな」
十数体の霊を前にした真に向かって、弓男は眼鏡を人差し指で押し上げ、意地悪い笑みを浮かべてみせた。
***
鷹彦と柿沼の戦いはあっさり勝負がついた――かのように見えた。
柿沼の体から伸びるチューブが届く前に、鷹彦の銃弾が柿沼の胸に二発の穴を穿つ。
「うは、血が黄色かよ」
黄色い体液を噴き出して崩れ落ちる柿沼を見て、鷹彦は顔をしかめる。
「人間型のバトルクリーチャーとか気持ち悪いな。つーか、人間を改造したのか?」
呟いた直後――
「はあああああああああああっ!」
断末魔にも似た叫びと共に柿沼が上体を起こし、再びチューブを繰り出す。スピードが先程の比ではない。軌道も直線上に伸びるのではなく、不規則に弧を描いている。
避けきれず、チューブの先端についた金属球のような物で腹部と即頭部を打ちすえられて、横向きに倒れる鷹彦。頭から血が派手に噴き出しているのが、薄れていく意識の中でもしっかりとわかった。
(やべえ……血がすげーし、たんこぶもでけーし、こりゃ間違いなく死んだな)
頭部には血管が集中しているので傷つくと出血が激しく見える事や、こぶになるよりも陥没して吐き気などを催した場合の方が危険である事を、鷹彦は知らなかった。
(ま、いっかー。十分に楽しい人生だったしな……。弓男のオマケだったけれど、おかげで普通じゃできない体験いっぱいしたしよ。二十五年の間に、一般ピープルの八十三億倍くらいは濃い人生送れただろ。うん)
最期は笑顔で逝こうと心に決め、口元に笑みを浮かべる。いや、死に際は格好よく決めようと思って笑顔を作る。
(んー? 中々死なないな……)
怪訝に思い、片目を開くと――
「ほんげええぇええぇえっ!」
柿沼が大きな柿頭を抱えてよろめき、苦しげな絶叫をあげている。
「どうしたんだ? あいつは……」
銃弾のダメージでおかしくなったのとは違うように、鷹彦の目には見えた。
***
「どうなっているんだ! あいつは!」
苦しみ悶える柿沼を見やり、美香が声をあげる。
「ああ、あれね。一定のダメージを受けたら、もう一つの脳が覚醒するように仕組んでおいたんだー。それが今覚醒したところなんだろうねー」
目の前の相手である美香から視線を外して、柿沼に視線を向けたまま解説する純子。
「もう一つの脳だと!?」
「うん。彼と付き合っていた夢子ちゃんていう子の脳ね。喜一君に裏切られて、新型のウイルスの実験台にされちゃってさー。彼の身辺調査をしてその存在を知って、使えるかもしれないなーと思って、私の方からそれとなく、彼女に私の存在を教えてあげたんだ。どんな願いもひょっとしたらかなえてくれるかもしれない、雪岡純子っていうマッドサイエンティストの話をね。んで、彼女は動けないから、私の方から契約を結びに病院に出向いたんだけれど、私が着いた時に丁度体に限界が訪れちゃってねえ。でも脳死には至っていなかったから、脳を仮死状態にして保存しておいたの。で、大好きだった彼の脳と繋げて、望み通り一緒にしてあげたってわけー。今喜一君の頭の中には、彼女の喜一君に対する想いとか、裏切られたとわかった時の絶望とか、苦しんで死んでいく時の記憶とかが、流れ込んでいる真っ最中なんだー」
「何故……そんなことをする? その彼女とやらの復讐のためか?」
眉をひそめて静かに尋ねる美香。
「その子の望みであることは確かだねー。私が出した提案なんだけれど、彼女もそうなることを希望して了承したから、そうしてあげたんだー。もしかしたらこれで喜一君もマンガっぽく覚醒パワーアップして、スーパーカキヌマンになるかもしれないし。あるいは――」
純子が喋っている途中に、柿沼の柿状の頭部が破裂して、黄色い血と肉片、粉々になった二つの脳が、そこら中に撒き散らされる。
「こうなっちゃうかなー。あはははは、はっずれ~、残念~」
柿沼の凄惨な死に様を見て、無邪気に笑う純子。
「笑うな!」
抗議するように叫ぶものの、純子の行いに対して、美香はあまり悪感情が沸かなかった。純子のこうした悪逆非道さは昔から知っているために、純子に対してのみ感覚が麻痺してしまっている部分がある。また、玩具にされた対象の事情を聞いたせいもある。
(私に力を与え、生き方を示してくれた君が、こうして悪逆極まりない振る舞いを行ってばかりというのも、複雑な話だ)
銃を懐にしまい、弓男と真の方に行かせまいとする立ち塞がる格好の美香。
(家族以外で、こんな変人な私を初めて肯定してくれたのが、君だったしな。だが、今は牙を剥かせてもらう!)
あえて銃は使わず、徒手空拳で純子に挑む美香。
真が弓男を抑える間の時間稼ぎさえできればいい。もちろんそうした美香の意図も純子は読んでいるだろうし、逆に瞬殺を狙ってくるだろう。いや、気まぐれな純子のことだから、自分の狙いに気づいたうえで、それに合わせてくれる可能性もあるが。
顔面めがけて繰り出したパンチを、軽くスウェーバックしてかわす純子。さらに繰り出された右脚のローキックによる足払いも、上体を逸らした勢いで、膝を折り曲げて後方に一回転して回避する。
着地点を狙って、美香がさらに左脚で蹴りを放つ。しかもそれと同時に――
「偶然の悪戯!」
運命操作を発動させて、相手の転倒を狙う。最も基本となる運命操作で、ほんの数秒後に起こりうる未来の可能性を察知して、幸運、不運のいずれかを意図的に発生できる力だ。だが己の運気が足りていなければ、発動はしない。また、相手に不運をもたらす場合に、相手にその不運の可能性も予期されていた場合は、やはり不発に終わることがある。
運命操作が利いたのかどうかは不明だが、純子は美香の攻撃を防げずに、足に蹴りを喰らって着地に失敗し、うつ伏せに転倒して床に突っ伏した。
「あ痛たた、強くなったねえ」
床に打ちつけた頭を押さえて立ちあがろうとするが、その純子の上に美香が覆いかぶさり、右手で純子の右腕を背中の方に捻り上げ、後頭部を左前腕で押さえ込み、そのまま体重をかける。
「手を抜いているな! どういうつもりだ!」
「あっちを見物しながら相手をするってのは、ちょっとしんどかったかなー?」
純子の視線の先を見やる美香。宙を舞う無数の幽霊が、真めがけて銃を撃っている光景を目の当たりにする。
「んー、考えようによってはすごい能力だね。小国の軍隊くらいなら一人でひっくり返しかねないよー、これは。まあ、それなりに歴史があって、何百人と魔術師やら妖術師を抱えている大国相手では微妙だけれど」
「真は平気なのか……? 助けに行きたい所だが」
「私を押さえるのをやめれば、私と美香ちゃんで真君を助けるってこともできるよー。このまま私の相手をし続けるなら、真君に全て任せるしかないねー」
純子はそれ以上抗おうともせず、美香に押さえ込まれたまま、真と弓男の戦いを見物する腹積もりのようだった。
「いや! 私は真を信じて任せる!」
「私もだよー。だからこのまま見物してよ?」
美香からすればあえて信じるという所だが、純子は真の勝利を確信しているような雰囲気だ。
「んー……真君、美香ちゃん、弓男君と、私が裏通りに引き入れ、鍛え上げた三人がこうして入り乱れて戦いに興じているのは、まさに感無量の光景だねえ。素晴らしい思い出になりそうだよー」
うっとりした表情で語る純子。
「俺と柿怪人のことも忘れずにねっ」
倒れたまま様子を伺っていた鷹彦が、おどけた声をあげる。
「あ、生きてたんだー。救急車ととどめ、どっちが欲しいー?」
「そりゃもちろん救急車で……はい、お願いします」
純子の問いかけが冗談か本気か判別しにくいため、鷹彦は素直にそう答えた。




