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マッドサイエンティストと遊ぼう!  作者: ニー太
14 ジャーナリストと遊ぼう
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24

 調教施設にこっそり潜入はもう無理と判断し、堂々と正面入り口から入っていく四人。


「こっちが来ているのも知られているのなら、クローンを調教している様子をこっそり撮影とか、もう無理なんじゃないか?」

「あー……それは確かに……普通に考えるとそうだよな」


 真に指摘され、義久は渋面になって頭を押さえる。ホルマリン漬け大統領側とて、クローンの調教風景をこっそり撮られたくなどないだろうし、控えている可能性が濃厚だ。


「無駄足になっちゃったかなあ。まあダメ元だ」

「無駄足だな。ここにクローンはもういない」


 突然前方から声がかかる。


(この声は……)


 真には聞き覚えがあった。純子とよくやりとりしている。ホルマリン漬け大統領の大幹部のものだ。


(おい……この声は……)


 義久も聞き覚えがあり、こちらは驚愕の表情へと変わっていた。

 通路の先の曲がり角から、一人の男が現れる。高そうなスーツに身を包んだ、鳥を模した仮面を被った男。


(やっぱりあいつか。大幹部が何でこんな所に? そんなに被害が深刻なのか?)


 予想通りの人物だったことに、真は不審がる。


「今までずっと隠れていた最高幹部が人前に出てくるのは、どういう風の吹き回しだ?」

 真が問う。


「お前……まさか……香か?」


 義久も呆然とした表情で、鳥仮面の男に向かって問う。真、みどり、美香の視線が義久へと降り注がれる。


「こういうことだ」


 鳥の仮面の男が静かに言い、仮面と人工肌を脱ぎ捨てる。年配と思われた男だが、実は若い男の顔が露わになる。


「香……お前が? お前がホルマリン漬け大統領の最高幹部?」


 真の言葉と現在のシチュエーションを繋ぎ合せ、義久はその結論にあっさりと行き着いた。


「私はずっと待っていたんだ。義久、お前が私の元に辿り着くのを。お前が大幹部の正体を自力で暴くまで待てず、こうして自分から出てきてしまったがな」


 意味深な口調で意味不明なことを告げる香に、義久は歪な笑みを浮かべる。


「どういう冗談だよ……一体」

 香を睨み、義久は声のトーンを低く下げる。


「吹雪を殺した組織の大幹部だと? どういうつもりだ? 何があってそうなった」

「吹雪が死ぬ前から私はこの組織の一員だった」


 冷たい口調で言い放った香のその言葉に、義久は目を剥く。


「吹雪はお前がホルマリン漬け大統領に売ったのか?」

 声に怒りを滲ませ、義久が問う。


「あの映像が流れた直後、お前は姿を消した。そしてあの映像を流したのは、他ならぬホルマリン漬け大統領の大幹部のお前だって……どうしてもそういう悪い想像をしちまう。できれば違うって言ってくれよ」

「違う」


 怒りだけではなく、懇願するかのような響きも混ぜて問う義久に、香はあっさりとした口調でそう答える。


「映像を流したのは私だけどな。売ったわけではない。お前は吹雪の仇を討つために、この十年近く何をしていたんだ? 随分と時間がかかったが……。いや、そもそもお前は、吹雪の正体を知ってもなお、仇を討つ気になれるのか?」

「吹雪の正体?」

「あいつは犬にまたがられて喜ぶような女だ。あいつは……優等生を演じていただけの最底辺ビッチだぞ。薬にセックスにハードSMに獣姦、何でもござれだ。まあ信じなくてもいいが」


 香に告げられた内容に、義久は眩暈すらした。


「香……お前は吹雪に惚れてたんじゃないのかよ」


 義久の目からもそれはわかっていた。幼い頃から、明らかに香が吹雪に懸想していたことを。


「ああ、今でも気持ちは変わらん。だからこそ辛い」


 言葉とは裏腹に、全く辛そうではない、どうでもよさそうな口調で言う香。


「何だよ、これは。このマンガみたいな展開は……。ははは……」


 虚ろな目で笑いながら、義久はよろめく。


「いつかは必ず、お前が俺の組織に絡んでくることもわかっていた。しかしよりによって、純子と手を組むとはね。お前はどんな人体実験を施された」

「いや、俺は別に改造とかされてないし、そんなの望んでもないが……。香、お前は人体実験されて、力を望んだのか?」

「当然だよ。だからこそ今のこの地位もある。ついでに言うと雪岡純子という、組織の敵対者と繋がっていたからこそでもあるが」


 香のその言葉に、義久は真に視線を向ける。


(純子と繋がっていただと? 俺はこいつらにも騙されていた?)


 義久の疑念の視線に、真は全く何のリアクションも見せない。


「うちらは持ちつ持たれつなのさ。そこの相沢真は知っているだろうけどね。敵ではあるが、互いの利にかなった時は協力もする間柄というか」

「真……まさかお前……いや、お前等は、俺を騙してたのか?」


 義久の顔が怒りに歪む。


「騙してはいない。はっきりとあいつらは敵だ。少なくとも僕にとってはな。あいつの言う通り、雪岡は奴等と表面上は敵対している一方で、裏では取引も頻繁にって所だな」


 悪びれることなく答える真。


「何でそれを先に言わなかった」


 少なくとも真に悪意や敵意は無いように思えたが、それでも釈然としない義久。


「言う必要も無いことだ。互いに利用することはあっても、結局最終的に敵であることには違いないからな。それにあの鳥仮面が高田の知り合いだったなんて、雪岡だって知らなかっただろう」


 そこまで言われて、義久は納得する。


「我々の組織の最高幹部の間でも、雪岡純子の扱いには賛否がある。交渉して利用せずに敵として一切接触を絶てと主張する者もいるよ」

 と、香。


「義久。さっきも言ったが、私はお前にここまで来てほしかった。お前に決着をつけてもらうために」

「何を言ってるかわからん。聞きたいことも言いたいことも山ほどあるが……お前は何で裏通りになんか堕ちた?」


 それよりも前に、何の目的でここに現れたかを聞くべきであるとも思ったが、義久はまず、自分に黙って香が裏通りへと堕ちた理由の方が知りたかった。


「それを言いたくは無いな。この世界に堕ちるには、いろいろ理由があってのことだ。私は高校の時にはすでにこの組織の幹部になっていたし、お前と一緒にいて、いつも直情的で純粋真っ直ぐでくだらない正義感を振りかざすお前が、眩しくて疎ましくて仕方なかったよ。だから正直後ろめたかった」

「それで何も言わずに姿を消したのか」


 かつての親友に、自分がそんな風に思われていた事が、義久にはショックであり、同時に哀れみを覚える。


「お前が真実に辿り着いたなら、更なる絶望を見ることになる」

「真実?」

「吹雪は生きているぞ」

「何だと……」


 香のその一言で、今までの自分の人生が崩れ落ちるかのような、そんな気分を味わう。


「あの映像は偽物だ。お前を騙すためのな。言ったろう? 吹雪はずっと優等生を演じていただけだ。そしてお前にとって良き妹を演じていただけだ。あいつも実際にはお前にうんざりしていたよ。お前はそれを全く知らなかったろうがな。滑稽なことだ。とはいえ、大体私の筋書き通りに動いてくれた。お前ならきっとこうすると思った。妹の敵討ちのつもりで、裏通りを敵視し、ホルマリン漬け大統領を敵視し、噛み付いてくるだろうと思って、あの映像を流したんだ」

「へーい、ひょっとしてよっしーの妹も、組織の一員とかいうありがちなオチぃ~?」


 衝撃のあまり愕然として、何も話せなくなっている義久に代わって、みどりが口を挟む。


「それに近いかな。私が大幹部となったのは、純子から得た力のおかげもあるが、吹雪のアドバイスを受けていたからだ。言ってみれば私は吹雪の傀儡だな。だがそのありがちな話も、義久の頭では想像もつかなかったろう」

「フィクションを読者視点で見ていたら予想もつく展開だろうが、リアルでそんな話など普通想像できんだろう!」


 美香が苛立たしげに叫ぶ。義久を小馬鹿にするような言動を取る香に、純然たる怒りを覚えていた。


「で、何でそれをわざわざ言いにきたのよ。ただ単に、よっしーを苦しませて意地悪したかったのかなァ?」


 それこそ意地悪い口調でみどりが尋ねる。


「それはある。こいつの心を傷つけてやりたいという悪意だ。しかしそれだけじゃない。それでもなおくじけぬと信じたい。より絶望的なものを見せたい。そして決着をつけたい」

「どう決着をつけるってんだ?」


 今度は真が尋ねる。香はすぐには答えず、半ば放心している義久を一瞥し、数秒思案してから口を開く。


「その前に――少し話題を変えよう。クローンビジネスは俺の発案ではない。知っているかもしれんが、担当者は他にいる。そいつとまずケリをつけておけ。買い手のデータも、そいつが全て管理して把握している。それらを暴露し、このビジネスができなくなれば、組織にとってそれなりに打撃になる。わりと安定していたビジネスだったしな。居場所と電話番号も教えておく」

「それを組織の大幹部のお前がわざわざ口にして、その担当者を始末させに、私達を差し向けるというのか!」


 からくりを看破し、美香は険悪な表情になって怒鳴った。


「お得意のトカゲの尻尾切りか」

 軽蔑を込めて真が吐き捨てる。


「物事には順序や流れというものがある。私がどうこう言わずとも、今の流れではこのビジネスは続行できなくなると見ている。さらに君達が介入して潰そうとしている時点で、防ぎきれないだろう。本気で防ぐとなれば、それなりに犠牲も払うことになろう。トカゲの尻尾切りであることは確かだが、今言ったように、今回は結構痛い損失だぞ。クローン販売は安定した収入源だったし、まだまだ搾り取れただろうからな」


 香の言葉に美香は激しい怒りを覚えたが、この男に何を言っても無駄であろうし、義久と因縁深そうなこの男に手を出すのも、躊躇われた。


「で、決着の話は?」

 しばらく黙ってうなだれていた義久が、ようやく顔を上げて口を開く。


「クローン販売の件にケリをつけた後で、お前一人で真実を見に来い」

 義久に冷たい視線をぶつけて、香は告げる。


「殺されに来いと言っているようなものだな」


 香に冷たい視線をぶつけて、真が言った。護衛無しでわざわざ一人で来いという時点で、そのつもり以外に考えられない。


「確かにそう受け取られても仕方無い。そう考えて当然だ。だがそれを承知のうえでなお、言っている。真実を全て目の当たりにし、全ての決着をつけたいと考えるのなら、一人で来い。吹雪も待っている」


 最後の言葉だけトーンを下げて思わせぶりに言うと、香は踵を返して立ち去った。


「耳を貸すなよ、高田」


 真が忠告するが、義久は何も答えず、真の忠告の方に耳を貸していないかのようであった。


(吹雪を殺したと思っていた組織に香が入っていて、しかも吹雪は生きていただって? しかも吹雪ともつるんでいて……。吹雪と香はずっと俺を欺いていた。何だよ……それは。俺の今までの十年近くの想いは、一体何だったんだよ。俺は何のために今まで……ていうか、香が俺にそうするように仕向けたっていう意味もわからない。俺を弄んでるのか? そんなことして何の意味がある?)


 義久はすっかり脱力し、今まで信念をもって行動してきた自分が愚かにすら見えてしまっていた。


(真の言っていた通りになったってことか? 振り上げた拳の下ろし所を見失っちまった。これが復讐を糧に生きてきた者の無惨な末路か?)


「しっかりしろ! あんたらしくもない!」

 美香の叱咤に、義久は自嘲の笑みをこぼす。


「ふわ~、よっしー、何もかも投げ出すのも自由だぜィ」

 美香とは逆のことを笑顔で言うみどり。


「はー……がきんちょ達に慰められ、励まされて、今の俺、最高に格好悪いな」


 大きく息を吐き、義久は気持ちを入れ替えようと試みて、無理して笑ってみせる。


「途中で投げ出しはしないさ。自分で決めた道だ。ちゃんと最後まで進むよ。あいつに仕組まれたとか、そんなの関係無い。俺が決めたことなんだからな」


 そう言って義久は三人に向かって親指を立て、ウインクしてみせる。


(うん、何度見ても様になってない)


 そう思いつつも、安堵の笑みを浮かべる自分の顔を頭の中に思い描く真だった。

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