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マッドサイエンティストと遊ぼう!  作者: ニー太
14 ジャーナリストと遊ぼう
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17

 秋野香はその女性と会話していると、時折心が軋む。


「どうするつもりなんだ?」


 室内で寝そべる、全裸の茶髪おかっぱ童顔の女に向かって、香は尋ねる。

 香はちゃんと服を着ている。女のすぐ横には、巨大な雑種の犬が女に寄り添うようにしてくつろいでいる。


「面白いことになってきたと、あたしは思うよ」


 女は犬の頭を撫でながら、どうでもよさそうな口調で答える。


「むしろ感動する所じゃないか。ずっと仇を取るために頑張ってて、とうとうここまで辿り着こうとしているんだからね」

「どうするつもりなのかと聞いているんだ。感想を聞いているんじゃない」


 溜息をつき、香は言う。


「おい、今日も勃たねーのか? ジョニーは」


 犬の臀部に手を回して、女が不服そうな声を出す。


「香、あんたジョニーの代わりしてくれない?」

「断る」

「けっ、犬の代わりも務まらないインポ野郎が。これしきのことでビビってやがるし、本当どうしょうもないね。裏通りに堕ちても、あんたの本質はビビリでヘタレの青びょうたんのまま、何も変わってないよ」


 上体を起こし、お世辞にもプロポーションがいいとは言えない、貧相な裸体を露わにして、女は毒を吐きまくる。形の悪い右乳房には、三本の太い切り傷のような無残な傷痕があった。他にも体中に様々な傷痕がある。切り傷が多いが、痣もあれば、火傷の痕もある。


「あいつを侮らない方がいい。あいつは昔からパワーがあった。私の喉元にまで刃を突きつけてくる可能性は十分にある」


 無表情のまま、感情を交えない声で警告する香。

 香はこの時を待っていた。しかしその悦びをこの女の前で表したくはない。


「あんたに言われるまでもなく知ってるんだよ。あたしの兄貴なんだし。おっ、久しぶりに勃った。ほーれほれほれ、おいでおいで」


 犬の股間に手ごたえを感じ、女はにたりと笑うと四つんばいになり、猫撫で声を出しながら犬に向かって自ら尻を突き出す。犬は舌を出してはふはふと荒い息をつきながら、女の腰の上へと覆いかぶさる。


「いっそさあ、バラしちまっていいんじゃない?」

 女の言葉に、今まで無表情だった香が目を剥いた。


「吹雪、お前のこともか?」

 香が問う。


「もちろん私のことも含めてよ。兄貴が香や私の所まで辿り着く前に、こっちからバラして兄貴のリアクションを見てみようよ」


 へこへこと腰を振る犬の下で、床に肘をついた両手の上に顎を乗せてにやにや笑いながら、女――高田吹雪は言った。


「キャハハハ! 香、怖いのかい? 兄貴にバレるのが怖いのか? さもなきゃどんなツラして会えばいいのかわからなくて、やっぱりビビってるわけかい? キャハハ! 変わらないねえ。お前の部下や他の大幹部は、お前のことを冷酷だが計算高い悪漢だと思っているが、正体はこれだ。キャハハハハ!」


 吹雪が甲高い声で笑う。嘲られても、香は怒りもしなければ恥じ入りもしない。事実だと認めているからだ。


「香は楽しみに思わんの? 兄貴が真実知ってどんな馬鹿面するかとかよ。あたしは今から想像して楽しみだがね。キャハハハ!」


 なおもからかう吹雪。香は吹雪の言動に、怒りもしないし、悔しくもないが、何も感じないわけではない。ただ、たまに心が軋むように痛むだけだ。子供の頃に、一緒に無邪気に遊びまわった少女が、こんなことになってしまった事に――


(楽しみではないかって? 楽しみに決まってるじゃないか)


 香はずっとこの時を待っていた。吹雪同様に。


***


 夜、義久、真、みどり、それに美香と美香クローンを加えた一向は、三木谷のマンションから雪岡研究所へと向かった。


「同じ顔なのに顔つきは全く違う印象だねえ」


 研究室の一室にて、美香と、不安そうな面持ちで佇む美香クローンを交互に見やり、純子は感想を述べる。


「私を実験台にしてくれて構わんから! その子を救ってくれ! 放っておくとすぐ寿命が来て死んでしまうらしい!」

「んー……」


 嘆願する美香であったが、純子は快い返事を返しはせず、小さく唸っていた。


「できるのか! できないのか!? それだけでも答えてくれ!」

 焦り気味に叫ぶ美香。


「それは余裕だけどさー。不老不死の施術すればいいだけの話だし。でも、美香ちゃんのクローンてさ、これだけじゃないんでしょ? 十三号ってことは、他にもいるんじゃない?」


 純子の問いに、美香は口ごもる。


「たまたま見かけたそいつだけ助ければ、それで満足なんだろ?」


 ひどく冷めた声を発する真に、美香は怒りの視線をぶつけた。


「ちょっと真兄、いくらなんでもそんな言い方ないよ」


 珍しく怒った表情を見せ、真を咎めるみどりであったが、しかし真は引く様子を見せない。


「だってそうだろ。あの場には他のクローンも何人もいたのに、その一人だけ、自分のクローンだからって大事に連れてきてさ。とんだ偽善じゃないか。他は救わなくていいのか? それにあの場にいた奴だけじゃない。芸能人のクローンはそこら中で販売されてて、ペットにされているんだろ」


(そりゃ正論だろうけど、無理すぎる話だろ……)


 真の指摘を聞いて、義久は難しい表情になって、声に出さずに呟く。


(んー……真君……言い過ぎだよ、それは……。まるで美香ちゃんが悪いみたいな言い方になっちゃってるしさー)


 純子も真と同じ考えであるし、似たような指摘はしたものの、真の容赦無い物言いに若干引いていた。


「ああ! だったら私がそいつらも全部見つけ出して、主を殺してここに連れてくる! そうすればいいんだろう! そして純子に救ってもらう! 一人助けてもらうにつき一回私の体を実験台にしろ! 千人助けたら私の体を千回切り刻め! 私はそれで一向に構わん! ああ! そうしよう!」


 売り言葉に買い言葉のような形で、美香は真を睨みつけたまま喚き散らす。


「ちょっと美香ちゃん……落ち着いて」

「真兄、デリカシーなさすぎだよぉ……。それ以上言うと、みどり、真兄のこと嫌いになりそうだわ」


 純子が美香をなだめ、一方でみどりは最終通告にも似た台詞を口にしたので、真も流石にそれ以上は何も言おうとしなかった。


(何だ、このアウェー感……)


 一方で真は納得がいなかった。自分は正しいことを言ったつもりであるのに、いつの間にかふるぼっこになっている状態。最初自分と同じような意見を口にしていた純子には、怒りの矛先を向けず、自分ばかり目の仇にしている美香にも腹が立つ。


「私は今、はっきりと嫌いになれた! 真! お前なんか大嫌いだ! 私の視界から消えろ! げらうと!」


 美香の怒声を受け、真は無言で背を向け、研究室を出て行く。

 その後を追う、みどりと純子。


「美香ちゃんよ、彼の言うことは間違っていないぞ。言い方は厳しかったし、多少極端だけどな」


 今、何か話しても通じないかとも思ったが、それでも義久は諭しにかかる。


「全部救えたらそれに越したことはないし、救わないことで君を責める謂われはない。でもさ、せめて三木谷の家にいた他のクローンの子達は、もう少し気にかけてあげるべきだったんじゃないかな。自分のクローンだけしか見てなかったのは、ちょっとどうかと思ったぞ。真もそれに呆れていたか、怒っていたみたいだしね。いつも無表情だから、どっちかわからないけど、君の行いに不快を示していたのは確かだ」

「そうだな……その通りだ。そこは私も反省すべき点だ」


 義久に説き伏される形で、美香の怒りが急速に冷めていく。理屈としては、真や義久の方が正しいと、美香も認めて受け入れることができた。


「ま、美香ちゃんもあん時はショックで混乱してたってのもあると思うから、責めるのも酷だけどな。今は少し落ち着いたから、話しておこうと思ってね」


 フォローのニュアンスも込めて義久は言う。


「気遣い感謝する」

 美香が一瞬だけ微笑をこぼし、義久に向かって礼を述べた。

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