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ビデオカメラを片手に、義久はゆっくりと扉を開けた。
物音を立てないようにこっそりと中に入り、そこにいきなり絵になる光景を目の当たりにした。
それはわりと想像していた通りの代物であった。かなり広い部屋に、液体をたたえられたガラスのカプセルが何本も並び、中には裸の綺麗な少女達が培養されている。
まだ胎児の状態や、成長途中の幼児の子もいる。カプセルは人工子宮のそれに近い形状をしているが、サイズは巨大であり、何より中身が丸見えだ。
(見たことある顔が多いな。お、女優の愛沢雪華もいるじゃん。あっちは売り出し中のグループDOBS一番人気の伊集院光流か。みどりの要望通り、エロ映像たんまりだな)
義久はカメラを回し、作りかけの芸能人女性達を撮っていく。作業着姿の技術者達の姿も何人かいて、それらももちろん撮る。
(ここだけじゃ物足りないな。危険だけど、もう少し奥の方も撮りたい。あっちにも何体もいるし)
欲をかいた義久は、身をかがめて移動し、入り口側に並んでいる机の陰に隠れる。手だけ上げて、カメラだけを机の上へと出し、ゆっくりと移動して部屋の奥へと向かう。
それが失敗だった。それまで人工子宮に似たカプセルの前にいた技術者の一人が、義久が隠れている机の方へと向く。
「誰だ!」
机からはみ出している義久の大きな体は、いともあっさりと発見されてしまい、誰何される。
「曲者だっ! 出合え出合え!」
やけくそになって自分でそんなことを口走りながら、義久は入り口へと駆けていく。
「あっさりと見つかったな!」
銃を抜いて構えた美香が、義久を迎える。
「でも映像はしっかり手に入れたよ」
「流石はマスゴミ! 抜け目無い!」
にやりと笑ってウインクしてみせる義久と、それを皮肉混じりに称賛する美香。
「カメラはそのまま回しておけ」
真が告げる。こちらも銃を抜いているが、構えてはいない。
「そしてもう一度入れ。見つかったら見つかったで仕方無い。もう遠慮せずに思う存分撮ればいい」
「おおっ、なるほど」
「流石は真兄。アバウトの権化だけあるわ」
真の言葉に、感心する義久とみどり。
「再度おじゃましまーす。撮らせていただきまーす。こちら高田新聞社でーす」
義久はおどけた口調で言いながら、堂々と部屋の中に入ってカメラを回した。
その義久の背後から真が滑り込むように室内に入り、中にいる技術者達に銃を突きつける。脅えた表情で手を上げる技術者達。
「ついでにインタビューとかもしたいけど、流石にそいつは無理かねー」
義久が呟きながら、先程は行けなかったゾーンへと歩いていき、カメラに収める。
やにわに警報が鳴った。
『敵襲! 敵襲! 相沢真と月那美香による襲撃発生! 技術スタッフは至急退避! 全警備員はただちに培養室へと急行せよ!』
「不味い雰囲気じゃないか?」
後ろにいる真に、義久は少し慌て気味の声をかける。
「蹴散らすから問題無い。入り口は美香とみどりがガードしているから、そう簡単には入っては来れない。安心して撮――」
真の言葉途中に、部屋の奥にあった扉が開いて、拳銃で武装した屈強な男達が何人もなだれこんできた。
「伏せろ」
「はいはい」
読みが外れた真に従い、また机の陰に身を伏せる義久。
銃撃戦が始まった。義久は何とかその様子を撮りたいという気持ちに駆られたが、うっかりカメラを出して、流れ弾でカメラが壊れたら台無しと考え、大人しく縮こまっておくことにした。
「カメラだけ出して撮ってもいいんじゃないか? 銃撃戦の様子なら絵になるだろうし」
そんな義久を一瞥し、真が言った。
「いやー……でも、カメラ壊れたらヤバいし」
「弾丸なんて小さいものが、そんな小さいカメラにそうそう当たったりしない。よほど運が悪くない限りな」
銃を撃つのをやめ、義久の隣に身を伏せて真が話しかける。
「その理屈はわかるけど、それでもやめとくよ。万が一ってこともあるしさ」
以前苦い経験があるので、その辺は徹底して慎重派な義久であった。
「終わった。それならもう、カメラを死守しながら撤退した方がいいな。まだ敵の兵はいるし」
「終わったって……」
銃撃戦が始まって、そう時間は経っていない。恐る恐る頭を出し、義久は唖然とした。奥の扉から現れた七人の男達が、全て床に転がっていた。
「撤退か!?」
部屋を出た真に美香が問う。
「ああ」
真が頷き、駆け出す。残る三人も真の後を追う。
「全部撮れなかったなー。しかし一部だけでも撮れてよかった」
走りながら義久が呟く。今の培養室は全て映像に収めることができたが、できれば他の部屋も撮りたかった。他にも何か面白いものがあったかもしれない。
「私のクローンはいたか!? それと、後で依頼者のクローンがいたかも確認せねば!」
美香が問う。
「美香姉のは無かったねー。残念~」
精神分裂体で室内の様子を見たみどりが代わりに答えた。
「何が残念だ! 良かったと安堵している!」
「人気アイドルとかもっといるかと思ったけど、ちょっと偏り気味だったなー」
期待していた何名かがいなかったのを残念がると同時に、訝る義久。
「整形アイドルはクローンを作っても整形前のが出来上がりそうだし、整形加工してないものしか作ってないのかもな」
「私は整形などしてないぞ! ふざけたことをぬかすな!」
真の言葉に美香が噛み付く。
「別にお前がそうだとは言ってないし、お前はアイドルじゃないんだろ?」
「このタイミングで言うと私への誹謗中傷にしか聞こえん!」
「それは被害妄想だろう」
真と美香が言い合いながら、建物の外へと出る。
「クローン作ってさらに整形するだけの話じゃないのか?」
と、義久。
「テレビに出るのに一切化粧もしない女が、整形しているとは思わないさ」
義久の言葉から、真はそのフォローを導き出した。
「へーい、甘いよう、真兄。それはそれ、これはこれ」
「その話題はもういい!」
みどりが何か言おとしたのを美香が遮る。
「タクシーを呼んである。ていうか、僕達の帰りを待っていてくれたみたいだ」
獣道を上がりながら、携帯電話よりディスプレイを顔の前に投影して、真が告げた。
道路に戻ると、丁度獣道を上がった所にタクシーが待ち構えるように止まっていた。
「おやおや、帰りも一緒ですか。奇遇ですねえ」
髭面初老のタクシードライバーが窓から顔を出して、とぼけた口調でにこやかに言う。
「待っててくれてありがたいよ」
「さて、何のことですかな?」
乗り込んで礼を口にする義久に、タクシードライバーは相変わらずとぼけた物言い。
「待~て~っ! 貴様らーっ!」
ふと、獣道の下から一人の男が駆け上ってきて、銃を乱射してきた。
「おっとっと。三十六計逃げるに如かずってね」
タクシードライバーが悠然たる口調で言い、タクシーを急発進させた。
「むう……何だあいつは……。たった一人でやってきて、凄く怒ってるし」
車の後ろを振り返り、憤怒の形相で銃を撃ちまくってくる男を見て、義久は呻く。
「あいつはクローンアイドル販売の担当者の井土ヶ谷浩三だ! 中々気骨のある男のようだな!」
美香が振り返って感心する。
「確かに、珍しいパターンだな。ボス格の奴が怒って一人で追ってくるとか」
真も物珍しそうに井土ヶ谷を眺めていたが、すぐにその姿は小さくなり、見えなくなった。




