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義久は雪岡研究所の一室にて、真のアドバイスを受けながら、裏通り専門のニュースサイトや機関紙サイトを見て、裏通りの記事の雰囲気を掴もうとしていた。
ヴォルフにも勧められたが、鞭打ち症梟という組織が運営するサイトが秀逸だと思えた。記事を送るなら確かにここが良いと判断する。
しばらくネットを閲覧していると、携帯にヴォルフから大量の情報がメールで送られてきた。
その中で特に重要だと感じられた情報は、クローンアイドルオークションが小規模で定期的に行われていることと、クローンの製造工場と、クローンの調教施設があることの三つであった。
クローンスレイブの買い取り希望者の数が凄まじいため、基本的には順番制で、予約を承ってから時間をかけて作り、個別に販売を行う。だがそれだけではつまらないという趣旨で、予約以外にも製造した数体のクローンをオークションで売るという形式も取っている
オークションは大々的にやると一網打尽にされてしまう危険性もあるので、不定期間隔でこまめに場所を変え、小さな会場で小規模に行っているとのことだ。実際何度か襲撃されて潰されているとまで書かれていた。その襲撃した者は、義久のすぐ傍らにいる。
「襲撃したのは四回だ」
真が言った。
「元締めの幹部はそれを知っているから、会場には姿を現さないし、潰されるのもある程度覚悟のうえで、オークションを行っているようだ。客も狙われている危険も承知のうえで商品を買いに行く」
「はっ、命がけの助平心か」
義久が笑う。
「僕が二回も潰したせいで警戒されて、三回目と四回目の襲撃は失敗してしまった。三回目はフェイクだったし、四回目は逃げられた。まあ四回目は逃げられたとはいえ、オークションそのものを潰すことはできたけどな。この事業の担当者は、ホルマリン漬け大統領の幹部にしては、中々したたかという印象だ」
こんな子供が一人で組織の催しを襲撃して潰すなど、出来の悪い漫画のような話だと義久は思ったが、嘘を言っているようには見えない。
「三つの選択肢がある、か。一つはオークション。一つはクローンの製造工場。一つはクローンの調教施設。さてまずはどれがいいかねえ」
義久は腕組みして思案する。
「オークション以外は襲撃したことがないが、そろそろ別の二つを狙おうかと考えていた」
と、真。
「調教施設はきっと、エロいこととかされてるんだろうなあ」
顎に手をあててにやにやと笑う義久。不謹慎であることはわかっているが、想像せずにはいられない。
「それもあるかもしれないが、言葉や最低限の知識を教える方が重要なんじゃないか? 急速成長させたクローンは、頭の中は真っ白な赤ん坊に等しい状態だからな。それをかなり強引に会話が出来るようにするんだろう」
しかし真が真面目に考察しているので、不真面目な発言をしている自分に、義久は何となく気恥ずかしさを覚える。
「スクープとして絵的にいいのは、製造工場かオークションだな」
「しかしオークションは僕のせいでかなり警戒されている」
「おし、わかった。製造工場に行ってみるかー。製造工場は一つしか無いし、映像や画像に納められればスクープ記事になるし、暴露できればかなりの大打撃にもなる。んー……しかし……問題点もあるな」
義久は顎にあてた手を口元まで持っていき、小さく唸った。
「ホルマリン漬け大統領の施設だという、確かな証拠になりうるのかね? 作り物の偽映像だとか言われたりしなければいいんだけど」
「映像まで納めて、流石にそれはないだろう。僕が出ていって、ドンパチもしたとあれば、尚更な」
「ドンパチは避けてほしいけどなあ。ま、その時は頼るしかないが……」
真の言葉を聞いて、義久は少し安心する。
「へーい、パパラッチ会議はうまくいってるぅ~?」
ノック後、確認も無く部屋の扉が開き、みどりが入ってきて片手を上げる。
「おうよ。大体方針は決まった所さ」
みどりに向かってウインクしてみせる義久。
「奴等がクローンを製作している工場に向かう事になった」
真が自分の前に出していたディスプレイを、みどりの方へと飛ばす。
「ふえぇ、こりゃ面白そうだわ~。よっしー、シリンダーの中で培養されている素っ裸のアイドルのクローンの写真、いっぱい撮ってくるんだね?」
「誰がよっしーだよ」
二重の意味で義久は苦笑する。
「じゃあよしくんはどうよ」
みどりが提案する。
「それもやめてくれっていう。俺、よしくんてツラじゃないだろ」
「じゃあよしりん」
「仇名はいいから……。でさ、ただボディーガードに付き合うだけじゃあ、君達には何も利が無くないか」
義久が真の方を向いて尋ねた。
「いや、そんなことはない。あんたがカメラに収め、記事も書いてくれて、裏通りの情報組織のニュースサイトに載せれば、それはホルマリン漬け大統領にとって、頭の痛いことになる。そんな重要施設に潜入されて晒されたとなれば、組織の沽券に関わるだろう。僕らの目的もあの組織に嫌がらせすることなんだ。その協力をするって話でまとまっているんだから、気にしなくていい」
「そっか」
納得したように相槌をうつ義久であったが、そのためだけに危険な護衛を買ってくれるというのは、どうにも理解しがたいものがある。
「調教施設もエロそうだけど、製造工場もみどりの言う通り、なんかエロそうだなあ」
「ねね、みどりも行ってみたいんだけどォ~」
いつの間にか義久のすぐ隣にまでやってきたみどりが、笑顔で義久の顔を覗き込んできて言う。
「いや、遊びに行くわけじゃないからさ……」
と、断ろうとした義久であったが――
「こいつはこう見えて僕より戦闘力高いし、連れて行けばいろいろと役立つ力も持っている。本人が行くというなら、連れて行った方がいい」
「はい、真兄の許可下りたから決まりぃ~」
義久の許可や意思や判断を待たず、真とみどりで話が進む。協力してもらう立場であるし、素人でもあるので、いろいろと突っ込みたいことはあるが、あちらの決定に従うしかない義久であった。
***
秋野香は今年で27歳になる。
高校生一年にして、ホルマリン漬け大統領の大幹部の地位まで登りつめ、その後も大幹部として組織に貢献し続けてきた彼であるが、決して自分の実力だけによってあげた功績ではない。優秀なブレインが存在し、彼女に頼った部分が大きい。
組織内では天才児のような扱いを受けていた香だが、真の天才は彼女であると認めているが故に、褒められても嬉しいはずがない。
「井土ヶ谷はギリギリまでクローン販売を粘りたいらしい」
その彼女を前にして、香は報告する。
「あいつは金のために動くような奴じゃねーよ」
甲高い声が女性の口から発せられる。歳は香より少し下程度だが、童顔で背が低いため、一見して少女にも見えなくもない。髪はおかっぱで、茶色に染めている。
「金を稼ぐだけのワケがある。金を必要としていることが」
「井土ヶ谷自身がクローンのハーレムを作っているから、その維持費が少しでも欲しいってことかな」
香の言葉に、茶髪おかっぱの女は首を横に振る。
「それは長期的に稼ぎ続ければ済むことだ。あたしの読みじゃ、あいつは組織を抜けるつもりと見たね。ホルマリン漬け大統領をとんずらして、別の場所でまたクローン販売をすると見たね。おそらくは外国で。井土ヶ谷はクローン製造販売業そのものに、強く執着しているきらいが見えるからな」
「なるほど。では見張りをつけておくか」
「その必要は無いわ」
両手を組み、おかっぱの女はまたかぶりを振り、くすくすと笑う。
「雪岡純子の殺人人形きゅんが、すでに何度も襲撃かましてるんだろ? 雪岡はクローン販売がお気に召さないっていうし。だったら始末もそっちに任しちまえばいい。利用されているとも知らずに、うまいことあたしらのために働いてくれるよ」
「純子に連絡をかけて発破をかけるか? もたもたしていると逃亡されるかもしれん」
「それは……どうだろうねえ」
香の問いに、おかっぱの女は組んだ手に顎を乗せて思案する。
「うん、余計なちょっかいは出さない方がいい。雪岡がそんなにゆっくりするわけもないし、井土ヶ谷は執着しているが故に、あたしの読みじゃあ引き際を誤り、勝手に破滅するだろうから」
「何もしなくていいようだから、私達は楽でいいな」
「だなあ。傍観傍観」
香とおかっぱの女の読みは、微妙に外れることになる。




