表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マッドサイエンティストと遊ぼう!  作者: ニー太
14 ジャーナリストと遊ぼう
430/3386

4

 ヴォルフの指示に従い、壁に隠れたパネルにパスワードを打ち込むと、壁に切れ目が入って開き、下り階段が現れた。

 店舗からは離れた人気の無い場所とはいえ、デパートの一階にこんな仕掛けがあるということに怪しさを覚えつつ、義久は階段を下っていく。


 このような場所に研究所など設けるとは、どのような人物なのであろうかと、いろいろ考えてしまう。名前からすると女性のようだが、マッドサイエンティストという話だし、イッちゃってる目つきのガリガリに痩せた眼鏡女が、口から涎を垂らして奇声を発しながら人体実験をしている構図を思い浮かべる。


 雪岡研究所と書かれたガラス張りドアの前で止まり、義久はベルを鳴らす。


『よくぞ生き残った我が精鋭達よ! 迎かえに行くからいい子にして待っているよろし~』


 少女のものとしか思えない高く弾んだ声がスピーカーから鳴り響き、義久は意表を突かれた。


「精鋭達って、俺一人しかいないんだけどなあ」


 苦笑をこぼして呟く義久。初めて訪れる来客に対して、このおちゃらけた応対というだけで、まともじゃない相手に違いないと確信する。


(大体、生き残ったって何よ? ここに来るまでの間に実は何か試練があって、知らんうちに試されていたのか? 運よく知らないうちに突破しただけで……)


 しかしそう考えると怖い。


「んん……?」

 やがてガラスの向こうに一人の少女が現れ、義久は訝る。


「うおっ、でけーな。横幅も含めるとバイパー以上じゃん」


 ドアが開き、長い黒髪に細い手足をした小学生高学年くらいの美少女が、義久を見て言う。先程のスピーカーから流れたものと同じ声だ。


(吹雪とちょっと似てるかな)


 死んだ妹のことを思い出し、目の前の少女と重ねる。


「へーい、あたしこそが裏通りの脳腐れ糞野郎共の憧れの的、食った男は星の数、狂乱のビッチ姫、雪岡純子だよォ~。者共、マッドサイエンティスト様の御前であるぞ。頭が高~い。控えおろ~」


 芝居がかった横柄な口調で、自己紹介する少女。


「ははーっ」

 相手のノリに合わせて、深くお辞儀をする義久。


「ふむ。くるしゅーない。ノリのいい奴ということで、まずは合格だァ。よっしゃ、じゃあ次、第二の試練いっくよぉ~」


(ていうか、本当にこれが雪岡純子さん? 子供じゃん)


 疑問を感じつつも、今その質問をぶつけるより、相手の出方を見ていた方が面白そうだと判断し、義久は様子を見ておくことにした。


「お手!」


 少女が義久を見上げ、口を大きく横に広げて歯を見せてにっと笑い、手を差し出す。


 無言で少女の手の上に自分の手を乗せる義久。


「ぶっぶーっ。不合格ぅ~」

「えー……」


 口を尖らせる少女に、思わず声をあげる義久。


「お手って言ってるからには、犬になれってことだと理解しなくちゃダメなんだよね。もうちょっと犬らしい仕草でやらないとさァ」

「そ、そっか……」


 義久が申し訳無さそうに頭をかく。


「ペナルティ1だぜィ。んじゃ、次はちんちんっ」

「わんわんっ」


 本当にあれを出してやろうかなどと考えつつ。犬の鳴き声まで出し、膝を曲げて中腰になって、両手を胸の前で揃えて手首を前に垂れて甲を出してみせる。


「あばばばば、上出来ィ。次はおまわりっ」


 はふはふ言いながら四つんばいになってクルクルと回る。


「イェア、やるじゃん。ではそなたを晴れてみどりの犬にしてしんぜよう」

「みどりの犬?」

「あ、違った。純子の犬。今日からユーはあたしのペットだからね~。ていうか、わんこが人間の言葉喋っちゃダメじゃんよ」


 そろそろ本題に入って欲しいと思い出す義久。その時、ガラス扉の向こうから、また一人少女がやってくるのが確認できた。

 短い茶髪の少女で、黒髪の少女よりは年上だ。活動的な服装の上に、白衣をまとい、鮮やかな真紅の瞳が強烈な印象を与える。黒髪の少女とはまた異なるタイプの美少女だった。


「えっと、みどりちゃん……お客さん相手に何してるの?」

「イェア、こいつは偽者だっ。殺せっ」


 白衣の少女を指し、みどりと呼ばれた少女が義久に命じる。


「えっと、こちらが本物の雪岡純子さん?」


 二人の会話を聞いてそう判断し、尋ねる義久。白衣などを着ているのはそれっぽい感じではあるが、こちらも見た目が十代半ばの女の子で、とてもマッドサイエンティストには見えない。


「そうだよー。初めましてー。ヴォルフ君の紹介の、高田義久君だねー?」

「ああ、初めまして。ていうか、この子は何?」

「ただの居候だわさ。みどりって呼んで」


 義久の問いに、騙りごっこをやめた本人が答えた。


「取りあえず中にどうぞー」

 純子に促され、義久は扉の中へと入る。


 真っ白な長い廊下が続き、等間隔で扉が左右についている。扉の中がどうなっているのかは不明だが、繁華街のデパートの地下にある秘密の研究所など、それだけで義久の興味と好奇心をくすぐる。


(俺達が中々踏み込めなかった裏通りってのは、秘密の宝庫なのかもな。とはいえ、俺はもう踏み込んでいるわけだが)


 表通りのマスコミが触れえぬ真実に、これから幾つも触れることができる、報道することもできるというヴィジョンを見据え、義久は密かな優越感に浸る。


 応接間と思しき場所に通されると、そこには上着無しの制服姿の少年がいた。これまた美少年だ。どうやらここは美男美女の巣窟らしいと、義久は微苦笑をこぼす。


「あれ? 真君も来たのー。でも残念。今回は実験台志願者じゃないよ?」


 純子が少年を見て、断りを入れるように告げた。


「そうなのか。実験台志願以外の目的でここを訪れるなんて珍しいな」


 真と呼ばれた少年が義久を見て、抑揚の乏しい声で言う。


「えっと……ヴォルフさんから全て話は伺っているのかな?」


 ソファーに腰を下ろし、義久は純子の方を向いて確認する。純子は義久の向かいに座るが、義久のすぐ隣にはみどりが腰掛けてきた。真と呼ばれた少年は、三人が入った時から、一人離れた場所で椅子に座ったままだ。


「私はねー。でも、ここにいるみどりちゃんと真君にはまだ話を通してなかったし、多分二人も興味あると思うし、もしかしたら二人も協力してくれるかもだから、一応もう一度話してもらえないかなー」


 この二人が協力するとはどういうことなのだろうと、義久は勘ぐる。裏通りは十代の殺し屋だの、十代で一組織のボスの、漫画かゲームの設定のような非現実的な存在が当たり前のようにいると聞いてはいるが、この二人もそれに該当するのであろうかと。

 義久はここに来た経緯と目的をおおまかに語った。裏通りに堕ちることを決めた理由も、ある程度語ったが、妹の仇を取りたいという動機は口にしなかった。


「中々新鮮なケースだな」

 義久の話を聞き終えて、真が感想を口にする。


「あの組織は僕も嫌いだし、奴等のその商売の秘密を暴くことで、奴等に打撃を与えられるかどうかは不明だが、興味深い話ではある」

「ああ、その不明であるという点が大きな不安要素なんだよな。俺の狙いが正しいのかどうか。記事として価値があるのかどうか」


 真の言葉を受け、義久はそう言って頭をかき、小さく息を吐く。


「私もクローンを造って奴隷として販売ってのは、どうしても賛同できないんだよねえ。マッドサイエンティストしてるけどさー」

 純子が言った。


「ヴォルフさんからも聞いたよ。でもどうして否定的なんだ?」


 興味を抱いたことは何でも突っこまずにいられないのは、義久の職業病――ではなく、子供の頃からの性質だった。


「私の美学の問題もあるけどねえ。どうも私は受け付けないんだー。最初から弄ぶ目的で創る命とか、凄く哀しくない? 理屈じゃなく感情の問題だよ。命を作り変えて弄ぶのは大好きだけどね」


 最後の台詞でにっこりと笑ってみせたのが、何となくマッドサイエンティストっぽいと義久には感じられた。


(睦月ちゃんもまさにそれだったしねえ)

 と、これは言葉に出さずにつけくわえる純子であった。


「で、クローン販売の実態は、裏通りの情報サイトでも詳しくは載っていないし、ほとんど売り手と買い手しか知らない事なんだよね。まあ、真君は何度かオークションを襲撃して、現場を目の当たりにしているけど。だからそれをスクープして知らしめるのは、裏通りの情報サイト的にも価値のあるニュースだと思うよー」


 純子のその言葉が確かなら、実にありがたいことだと義久は思う。


「そう言ってもらえると助かる。裏通りにおける価値基準とか、まだ全然わからないしな」


 さらに重要なこととして、ホルマリン漬け大統領にとって、どれくらいのダメージになるのかという点がある。妹の仇であり、非人道的極まりないこの組織に、できるだけ手痛い一撃を浴びせてやりたいと考える義久だった。


 どれだけの真実を目の当たりにできるか、どれだけの質の記事ができるか、また読者がどういう反応を示すか、ホルマリン漬け大統領がどういう対応を取るか、現時点では全く窺い知れない。

 何より、目の前のこの可愛らしいマッドサイエンティストとやらが、如何なる協力をしてくれるかもわからない。未だ全てがヴィジョンすら見えない手探り段階だ。


「ホルマリン漬け大統領のアジトに潜入して、何かインパクトのある絵を撮りたい」


 純子の赤い目を見据えて義久は言った。とりあえず思いつくことはその程度だ。


「あの組織は無数の支部やら工場やら遊技場を持っている。アジトが一つあるわけじゃない。クローン製造や販売に携わる施設をまず見つけないと」

 真が言った。


「ホルマリン漬け大統領のクローンアイドル製造に関する情報は、ヴォルフ君が調べてまとめてくれているんでしょー? まずそれを見てからプランを決めた方がいいよねえ?」

「ああ、その通りだな」


 純子に指摘され、義久は思い出す。それらも全部ヴォルフがただでやってくれているということを思い出し、随分と豪華な初回サービスだと思い、申し訳ない気分になる。


「私はアドバイスという形で協力するけど、まあ必要なら私の技術の提供も多少はありかなあ。それと、ホルマリン漬け大統領の施設に潜入するなら、真君がボディーガードとして同行するのはどうかなあ? 今回は別に不服ないよねえ?」


 真に顔を向けて言う純子。義久とみどりの視線も真の方へと注がれる。


「興味はあるが、気乗りしないな」

 そっぽを向いて真は言う。


「お、何が不服なんだ? 遠慮せず言ってみ?」


 真に向かってにんまりと笑ってみせる義久。

 義久からすると真の第一印象は、生意気そうなお子様といった感じだが、生意気な子供というのは、わりと義久の好みである。自身も昔からそうだった事もあるが故。また、子供そのものが好きでもある。


「あんたみたいな我の強そうな素人のお守りは好きじゃない。勝手なことして足引っ張ってくれそうだし。実際そういうケースが前にあってな」


 我が強いと言われ、義久の笑みが苦笑へと代わった。自分の半分かそこらしか生きてない年齢の子に、あっさり見抜かれたのが情けないと思えた。


「確かに俺は我が強いが、立場くらいはわきまえるぜ。たとえお前みたいなおチビちゃんでも、協力してもらう立場だからな」

「チビってそんなに悪いことなのか?」


 それまで無表情だった真が、義久の台詞に一瞬だけ憮然とした面持ちになる。


「いや……そんなことはないが。ごめんな。大事なのはハートですっ」


 気にしていることだったのかと思い、義久は謝罪し、ドンと厚い胸を叩き、真に向かってウインクしてみせる。


「私は背の低い可愛い系の男の子が趣味だから、全然悪いことなんてないよー」

「お前の趣味なんて誰も聞いてない」


 フォローなのか軽口なのかわからない言葉を口にする純子に、真が冷たい視線を送りながら言った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ