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マッドサイエンティストと遊ぼう!  作者: ニー太
14 ジャーナリストと遊ぼう
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1

 高田義久は、朝糞新聞社に勤める社会部記者である。

 年齢は27歳。身長190を超える大男で、大学時代はラガーマンとして鍛え上げ、スーツの上からでも、腕の太さと肩幅の広さと胸板の厚さがはっきりとわかるほどの、逆三角形型の非常に逞しい体型の持ち主だ。ただそこにいるだけで、存在感のある男である。

 短髪で、歳のわりには若干老けて見える彫りの深い顔立ちだが、目が大きく、いつも表情も和やかなので、人あたりの良さそうな印象を与える。


 正義感が強く純粋で前向きなこの男は、一部の先輩達からは嘲笑の対象にされていたが、微笑ましく見守る者も何名かいた。特に同じ大学のラグビー部の先輩であった副部長からは、特に可愛がられていた。

 しかしその副部長に向かって、義久は出社早々、退職届を出した。


「前もってな~んも相談もせず、いきなりこれかよ。本っ当にお前って奴はもう……」


 副部長が重い溜息をつく。


「ここじゃ裏通りの記事が全然書けませんもの。いつまでもここにいてもしょうがないですよ。相談するまでもなくわかりきった結論でしょう」


 よく通る声でもって、堂々たる口調で義久は言い切る。

 そもそも義久が新聞社に入った動機は、報道の力をもってして裏通りという存在と戦いたかったからだ。半ば公認された悪である裏通りの悪行を世に知らしめ、裏通りの勢力を少しでも削ぎたいと思っていたからだ。

 それが出来ないとあっては、新聞社に勤める意味も無い。


 中でも義久の妹を殺した組織――ホルマリン漬け大統領だけは、どうしても世間に公開し、その存在を抹殺したかった。歪な快楽のために、人が人を食い物にする最悪の組織。そんなものが存在し続け、今もなお多くの犠牲者を出している事が、義久には断じて許しがたい。


 そして最近ゴシップ誌やゴシップサイトで噂になっている、芸能人のクローン販売に、義久は目をつけた。匿名掲示板や違法動画サイトにおいて、流出動画や画像も多い。裏通り経由で金持ちや権力者が買い、愛玩奴隷として飼育しているという話である。

 様々な情報をまとめた結果、その販売を行っている組織こそが、ホルマリン漬け大統領ではないかと、義久は当たりをつけていた。

 それを暴露できないかと義久は思い立ったものの、予想通り取材許可は下りなかった。


「はっきり言ってうちら、おばちゃん向け三流ゴシップ誌にも劣りますよね。いや、もううちらって言い方はおかしいか。俺はここを去るんだから」


 部屋全体に響く声で、義久は挑発的に言い放つ。幾つかの険悪な視線が義久に降り注ぐが、義久はそれを逆に心地好いとすら感じる。

 マスコミは、裏通り関連の事件を一切報道できないといわけでもないが、かなり不自由を強いられている。特に特定の組織名に関してはほとんど出せないし、表通りにも強い影響力を持つ組織が関わっていた際には、まず記事にはできない。


「俺達も命が惜しいからな。何よりも、俺達は商売でやってるんだ」


 義久の不満を全て見透かした副部長が言う。


「都合のいい時だけ、報道の正義だの報道の自由だのジャーナリズムだのを高らかに謳って、本当に危険な領域には一切触れようとせず、カラーに合わない報道をして読者を失うような真似もせず――ですものね」


 精一杯皮肉る義久。報道の自由とは報道をしない自由と揶揄されているが、義久は実際に新聞社に勤めて、それが事実であったとつくづく思い知った。


 義久は、この世には確かに正義と悪があると信じているし、自分は正義の側にいたいと思っている。それを誰の前でも宣言できる自分でありたいと、日々己に言い聞かせている。

 クサくてもいい。青いと言われようと結構だ。力の無い善良な市民が、不当に蹂躙されて食い物にされる構図は悪以外の何物でもないし、それを打ち倒さんとする行為が正義以外の何だと言うのかと、己を揶揄する者達に向かって、心の中で叫び続けている。


「ペンは剣より強しと言うが、あれは馬鹿丸出しの大嘘だからな」


 副部長がアンニュイな口調で告げる。


「ペンを持つ者の首を片っ端から刎ねちまえば、ペンを持つ者もいなくなる。いや、2、3人で十分だな」


 その理屈は義久にもわかる。今の日本のマスコミの現状が正にそれだ。リスクを背負って真実の追究などという真似をする者など、絶滅状態に近い。

 だがそれを承知したうえでなお、義久の辞書には、引っ込むという文字も諦めるという文字も無かった。


「わかっています。だから俺はペンだけではなく、剣も持ちます。ペンと剣の両方を持てば対処できるでしょ?」

「お前……まさか」


 副部長が目を剥く。その言葉の意味がわからないはずがない。


「俺は裏通りに堕ちます。裏通りには裏通り専門の報道サイトがあるって話ですし、そっちから当たっていきますよ。戦い方を少し変えてみます」


 義久の宣言に、副部長は諦めたように大きく溜息をついた。


「お前みたいな正義感に酔った青臭い馬鹿の一人くらい、うちにいてもよかったんだがな。お前のこと好きな奴、ここには結構いたんだぜ?」


 副部長の言葉に義久は後ろ髪を引かれる思いを抱く。


「んじゃ……今までお世話になりました! 高田義久! これより裏通りに堕ちて、真実を追い求めるフリージャーナリストとして頑張ります!」


 それを振り切るかのように、室内全体に響き渡る大声をあげ、深く頭を垂れる義久だった。


「待てよ」


 立ち去ろうとする義久を副部長が呼び止める。立ち止まる義久。


「ペンの力っては、心の力だ。忘れるなよ。剣はペンを持つ者の首を刎ねちまえるが、剣を持つ者にもまた心がある」


 振り返った義久に言い放った副部長の言葉に、義久の表情が綻んだ。


***


 月那美香は裏通りと表通りの双方で名が知られた存在である。裏では腕の立つフリーの始末屋。表ではミュージシャン。


 そんな美香の元に、始末屋としての力を借りたいとして、美香の裏通りの事務所に依頼者が訪れた。

 美香の事務所は裏と表でちゃんと分けている。普段は住居も兼ねた裏通りの事務所にいる。表通りの事務所の方は、危険に巻き込むまいとして、なるべく足を運ばないし、訪れる際は変装したうえで裏口から入るようにしている。

 今回の依頼者は表通りの住人であった。表通りの住人と言っても、美香の所に依頼に来るからには、裏絡みであろうことは間違いない。


「君が来るとはな!」


 美香はその人物と何度か面識があった。少しだが会話を交わしたこともある。


「一番信用できそうかなーと思って、お母さんやマネージャーとも相談して、来ちゃいましたぁ」


 美香の前でソファーに腰かけた、大きなサングラスと帽子に地味なぶかぶかジャンパーという格好の少女が、照れくさそうに言う。その隣には、背広姿の壮年の男が座っている。

 依頼者である彼女は、最近売り出し中のアイドル歌手だった。名は大日向まどか。裏通りでは生ける伝説の一人とされている、安楽警察署に務める少年課の婦警、大日向七瀬の娘でもある。


「大日向さん――お母さんにも話したというのか!?」

「はい。美香さんなら頼れるから是非って言われましてぇ。警察は動きづらい相手だそうですしぃ」


「相手はあのホルマリン漬け大統領! 正直私にとってもハードな相手だがな! しかし受ける!」

 笑顔でどんと己の胸を叩く美香。


「正直私も不安だ! 奴等が最近行っているという、有名人のクローン製造及び販売の中に、私もいないかとな!」


 まどかの依頼とは、最近表通りでも噂になっている、芸能人のクローンを作って調教し、金持ち相手に奴隷として販売するという話の真偽を確かめて欲しいという代物であった。さらにその中に、まどかのクローンがいないかという確認もして欲しいとのことだ。


「ぶっちゃけて言うと噂は本当だ。君のクローンがいるかいないかを確認になるな! いなければいいが!」

「美香さんのクローンも高確率でいそうですよぉ?」

「冗談じゃない! しかし……確認してどうしろというのだ!? 違う! 確認できたとして、どうしろというのだ!?」

「もしもぉ……私のクローンなんてものが作られて、心無い人の奴隷にされていたとしたら、できれば……助けてほしいですぅ」


 うつむき加減になって言うまどかに、美香は難しい顔になる。


「それにはまず、誰に売られたかも全て確かめたうえで、その売られた者の所に全て襲撃をかけ、脅迫して助けなくてはならない! それを全て探すだけでも困難至極! そのうえ助けてからそのクローン達をどうするというのだ!? 警察に引き渡すか!? 警察はいまいち頼れない状況だ! ホルマリン漬け大統領の政治力は極めて強いが故、国家権力の傀儡という側面を持つ警察では抗いきれん! しかし……」


 そこで美香は声を潜めて、小さく微笑む。


「私も君と同じ気持ちだ。もし自分のクローンなどというものが作られて、酷い目にあっていたとしたら、やはり助けたいと思う。いや、自分以外でもそうだがな! そのようなおぞましい所業、見過ごしたいとは思わぬ! 何とかしてみせるとも!」


 顔の前で拳をぎゅっと握り締めてみせて、美香は豪語する。


「やっぱり美香さん、お母さんが言っていた通りの素敵な人でしたぁ。頼みにきてよかったですぅ」


 美香の熱さと力強さを目の当たりにし、感動して涙ぐむまどか。


(格好つけて調子のいいことを口にしてしまったが、これはかつてないほど厄介な仕事だぞ……。いや、限りなく無理難題だ。相手は私の手に余る大組織であるし、余程うまく立ち回らないと、私の命も危ない)


 一方で心の中では、冷静に依頼の難易度の高さを受け止め、どうしたものかと頭を捻る美香であった。

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