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マッドサイエンティストと遊ぼう!  作者: ニー太
13 ゴスロリと小太刀で遊ぼう
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 亜希子は寝る時も小太刀を離さない。片時もこれが無いと不安で仕方がない。自分の体から離すのは、入浴の時だけだ。


 その夜、亜希子は小太刀に宿る霊が、生前どのような目にあっていたか、夢の中で知ることができた。

 小太刀の霊が意図的に見せたのか、それとも自然と伝わってしまったのか、亜希子にはわからない。


 恋人に裏切られ、借金を背負わされて女郎に売られた女。絶望の未来しかない日々。

 同じ店の他の女郎から受けるイジメの数々。

 病魔に冒されてなお、ろくな治療もしてもらえず、客をとらされ、殴られ蹴られ、一人苦しみもがきながら、この世の全てを呪い、成人する前にはかなく散った生涯。


 自分もかつて使用人達を嬲って遊んでいたことに、亜希子は強烈な罪悪感を覚える。自身が使用人達に逆襲された記憶を同時に思い出し、立場や力で人をいたぶるという行為に、吐き気をもよおす。

 どうしてこの小太刀に宿った霊は、自分に力を貸してくれるのだろうと、不思議に思う。共通点は無くも無いが、亜希子も使用人をいたぶっていた時点で、小太刀に憎まれそうな要素もある。


「裏切られたのと捨てられたのは、私も貴女も同じ」


 赤い着物姿の娘の霊が亜希子の前に立ち、亜希子に顔を寄せて囁く。


「私は恨みを晴らしたくて、心を刃と変えた。刃に宿った。そして妖術師に目をつけられて、封じられた。長い長い年月をかけて、私はいろんな人の手に渡ったけど、私を完全に使いこなせる人が中々現れなかった。何十年ぶりだか、何百年ぶりだかわからないけど、やっと私を扱えそうな人が現れたのよ。やっと私と似たような人が現れたのよ。貴女と私はもう、絆で結ばれている。私は貴女を求め、貴女も私を求めている」


 暗い歓喜に満ちた口調で、彼女は語る。亜希子は一切の疑問も恐怖も迷いも生じず、娘の言葉を受け入れていた。


「さあ、早く獲物を見つけて。そして斬って。私が解放されるために……成仏するために……」

「獲物って何? 私に辻斬りでもしろっていうの?」


 真顔で尋ねる亜希子に、娘の顔から歪んだ笑みが消える。


「いや……そうじゃなくて……。よく考えたらこないだ斬ったんだっけ」


 着物姿の怨霊の娘が苦笑いをこぼし、頭をかく。


「力を貸して欲しい時はまた来ると思うのよね。だから心配しなくていいわ。それより貴女の名は?」

「火衣」


 暗い面持ちで娘は名乗った。


「私は亜希子。今後ともよろしくね。ていうかさー、あなた今、急に幽霊モードから普通の女の子っぽくならなかった?」

「そ、そう?」


 亜希子の指摘に鼻白む火衣。


「ほら、そういう感じ。霊ってもっと話が通じなくて、ただひたすらうらめしやーっていう、感情の塊みたいなもんだと思ってたのにさー」

「い、いや……そんな固定観念で見られても困るっていうか……」


 目を泳がせて鼻の頭をぽりぽりとかく火衣。その仕草を見て、亜希子は微笑をこぼす。


「いっぱい人を斬れば、あなたも成仏できるの?」

「ええ。私を刀に封じた妖術師によると、そういう話よ」

「じゃ、できるだけ斬れる相手見つけて、斬るよう心がけるわ。一緒に頑張りましょ」

「あ、はい……」


 微笑みながら手を差し出す亜希子に、火衣は呆気に取られつつ握手で応じた。


***


 二日ほど不在だった百合であるが、その日の朝、屋敷に戻っていた。


「おはよう、ママ。昨日一昨日といろいろあって、話したいこといっぱいあるのよ」

「あらあら、それは楽しみですわね」


 嬉しそうに言う亜希子を見て、口元に義手をあてながらこちらも笑顔で応じる百合。


 エプロン姿の死体人形達が朝食を運んでくる。主も食客も出入りの激しい家だが、今朝は亜希子と百合と斉藤白金太郎の三人だ。

 白金太郎は百合の隣に座り、亜希子は百合と向かい合う形で座って朝食をとる。


 亜希子がまず話したのは、一昨日の純子とのやり取りだった。研究所にいた者達、授かった力、妖刀の解析、船に乗って救出作戦を一緒にしないかと誘われた話もする。


「ねえママ、これから私、どうすればいいの? 純子達が船に乗るんだって。私も一緒に乗ってみたいとは思うんだけど……」

「貴女は自分がやりたいと思うことを自由に選択し、その道を進めばよろしくてよ」


 許可を伺うかのような亜希子に対し、百合は優雅な微笑をたたえ、優しい口調で告げる。


「しばらく純子と仲良くしてろって言うけど、ママは私の面倒をみるのが面倒臭いってこと?」


 亜希子が口にした言葉に、百合は目を丸くする。思ってもいなかった言葉だ。


(本当にこの子は私の予想外の言動が多いですわね)


 戸惑いつつも、それがおかしく感じる百合。食事を取りながら、数秒ほど答えを思案する。


「そういうわけではありませんわ。私一人だけと接しているより、多くの人と接した方がよいと思いまして。純子は純子で、貴女の人としての器を広げてくれることでしょう。私にとっては敵ですが、彼女の力や適正は、私とて認めていますしね」

「十八年もあの家に閉じ込めておいて、今更そんなことよく言うね」


 皮肉る亜希子だが、目は笑っていた。


「私はママが一体何を企んでいるのかさっぱりわからないのよね~。わざわざ敵である純子と仲良くしろとかさ。私、ママのこと恨んでいるし憎んでいるし、純子と一緒になってママの敵に回るかもしれないのよぉ?」


 口ではそう言うものの、正直な所、亜希子は百合を恨んでも憎んでもいない。本来なら憎んでいいはずなのに、どうしても憎めない。


「それはそれで結構でしてよ」


 にっこりと笑ってみせる百合。その笑顔を横目で怖そうに見る白金太郎。


「ああ、それとさー、純子は私が裏通りの方があってるとか言ってたけどさ、それってどうなの? ママはどう思う?」


 亜希子に言われ、百合はまた思案する。今度は考える時間が長かった。


「そうですわねえ……」


 間を持たせるための相槌をうち、料理を口に運ぶ。いろいろ思い当たる所はある。純子が何故そういう判断をしつつ、どのような意図があって、亜希子に対しそのような言葉を投げかけたのか。


(かつての真のいきさつを気にしてでしょうか? 適正のある子は、さっさと裏通りに堕とした方が本人のためという考えに至っているのかもしれませんわね)


 純子の心情を百合はそう推察する。


「私も亜希子さんが表通りで普通の暮らしをするというのは、想像しがたいですわね。貴女は心に刃を持っておられますわ。刃は何かを切るためにあるもの。裏通りでなら、切る対象も得られることでしょう。どちらが幸せかは言わずものがな。純子はそれを見抜いたに違いありません。私も純子の判断は正しいと思いますわ。私も亜希子さんに、普通ではない生き方の方をお勧めします」

「元々普通じゃなかったしね~」

「それは関係ありませんわ。人生の最初が普通ではなくても、普通に落ち着く人もいましてよ。そもそも私に言わせれば普通とは悪以外の何物でもありませんし、世界の大部分はその悪で覆われていますのよ。貴女は普通という悪の中に埋もれていた方がよろしかったのかしら?」


 百合の声のトーンに奇妙に熱が帯びてきたのを感じ、亜希子は怪訝な面持ちになる。白金太郎が横で露骨にそわそわし、百合の顔色を横目でちらちらと伺いだしているのも、亜希子は気になった。


「よくわかんないけど、ま、いいか。ああ、それと私、携帯電話が欲しいんだけど」


 昨日の武麗駆と望との別れ際のやりとりを思い出し、亜希子は百合にお願いした。


「いいですわよ。後で一緒に買いに行きましょう」

「ありがと。ごちそうさま。今日もちょっと純子の所に行って、打ち合わせしてくるから、帰ってからお願いね」


 食事を終え、亜希子がリビングを出て行く。


 亜希子が出て行ったのを見て、百合は白金太郎の方を向く。


「あら? 今の話を聞いて何もしないで悠々とお食事とは、どういうことかしら?」


 笑顔で問いただす百合に、食事をとりながら慄く白金太郎。


「な、何か俺、よくないことをしたでしょうかっ?」


 蒼白になり、震えだす斉藤白金太郎。しかし食事の手は止めない。


「貴方にしては珍しく気の利かないこと。船のチケットを私と貴方の分も用意すべきでしょう? 私もこっそり乗り込みますわ」

「そ、そんな……そこまで読み取るとか無理ゲーですよ……」

「私は貴方にそれだけのことが出来ると、信じていたましたのよ? それを貴方は裏切った。これがどれだけ罪深いことか、自覚がありませんの?」


 笑みを張り付かせたまま、百合は白金太郎の鼻の穴にゆっくりとフォークを刺しこんでいく。


「ふがが……」

「罰として、それを刺したまま食事を残さず食べるように。途中で落としたら、鼻を削ぎ取りますから、承知しておきなさい」

「はひぃっ」


 片方の鼻をフォークで貫かれ、血を垂らしながら、白金太郎は鼻のフォークが落ちないように必死で気遣いながら食事を再開した。

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