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レッドトーメンター改の製造工場の破壊も終えて、本日の活動は終了ということになり、弓男と鷹彦は美香と別れ、ホテルへと戻った。
この先の予定としては、明後日に破竹の憩いの本拠地に襲撃をかけることになっている。翌日すぐにこのままの勢いで本拠地に乗り込むよりも、一日置いて明後日に行った方がいいという判断だ。翌日だと警戒の度合いも激しい。
一日の間を取れば、その日に警戒している分、次の日には緊張が若干ゆるみ、前日の警戒態勢の疲労も敵に残っていると、美香が主張した。それに加え、明日の夜に重要な話をするとのことだ。
「あー、あの真とかいう奴よお、久し振りにインパクトでかかったなー。あんな小僧のくせして、超つえー、人間と思えねーぜ」
真との戦闘を思い出し、鷹彦が話題にあげる。
「それと美香のことだけどよ。敵だと思うか? 何か隠しているのは事実として」
「微妙な所ですが、んー、敵だとしたらもう少しうまくやるでしょうね」
弓男には美香が敵だとは思えない。しかし隠し事をしている時点で、頭から信じる気にもなれない。
「行動は何者かにチェックされていて、会話は筒抜けってこたぁわかったよ。その何者かが敵だってことか? あの子にもいろいろ事情がありそうだが、事情があるうえで、俺らにヘルプも兼ねて接触してきた――というのは、良心的解釈かねえ」
鷹彦も弓男と大体似たような解釈であるが、美香に味方したい心情のようであった。
「彼女、相沢真が敵ではないと言っていましたが、どういうことだかわかります?」
「実際殺気も感じなかったし、何か事情がありそうではあるな。しかも御丁寧に俺等にワクチンもくれたしよ。あいつ自身も巻き添えで殺されかけていたし」
敵ではない人間がどうして襲い掛かってきたのか、破竹の憩いとも通じていたのか、それでいて何故破竹の憩い側に殺されかけていたのか、いくら考えてもわからない。
「雪岡純子と破竹の憩いの間に何かあるのかねえ」
「レッドトーメンターはそもそも、純子ちゃんの作ったユニーク兵器でしょ。まあ実戦投入しても怖いですが、本来は暴徒鎮圧目的とか、国境とか関係ありませーんなお医者さん団やNGOな人達とかがが自衛で使ったりする代物です。それを改造したレッドトーメンター改を売り出しているのが破竹の憩い。繋がりが有ると見るのが自然じゃないですか」
美香が全てを知っていそうだが、今の時点で問いただしても、教えてくれそうにない。
不明点が多く、美香がそれらを知っているがために、今美香と切れるのも得策とは言えないと判断して、繋がりを切らないでおくことにしたのである。
「何だか今回はすごーく嫌な予感がしているんですよね。私の人生を変えたのは、あの子なんです。ええ。今でもあの子のことはよく覚えている。可愛かったし、すごくいい子に見えた。でも少し怖かったんです。あの無垢な所が逆に怖い印象でした」
弓男は、美香の隠し事や純子と破竹の憩いの関係よりも、純子が関わっているという事実そのものに不安を覚えていた。
「で、今そいつが敵に回っているのが怖いと?」
鷹彦も純子のことはよく知っている。裏通りに堕ちる前に、弓男と共に、戦闘訓練や裏通りの知識など、一通りの手ほどきを純子から受ける際、しばらくの間雪岡研究所で過ごしていた。
「敵かどうかはまだわかりませんよっと。相沢真君の不審な行動や、月那さんの言葉が無ければ、敵と断定できちゃいますが。もし敵だとしたら、破竹の憩いと手を組んでいると見なしていいですね。うん。そうでないことを祈りたいですがねえ」
常に飄々として余裕に満ちた態度を見せている弓男が、珍しく弱腰になっているのを見て、鷹彦も真剣な面持ちになる。
「そんな風に嫌な予感とか口にして、ビビった奴から先に死んでいくってのが、戦場じゃ定説だったろ。それにお前、物足りないみたいなこと言ってたじゃんかよ。だったらさ、その恐怖も楽しみに変えちまいなよ。怖いのもあるからこそそれが俺達は楽しくて、この世界に浸かってるわけじゃねえか」
鷹彦なりに鼓舞するが、弓男は小さくかぶりを振る。
「ドンパチの恐怖とは違うんですよねえ。そうじゃあなくて、もっと別の……あー、説明するの難しいなあ、これ。創造主に立ち向かう被造物? 釈迦の掌の上の孫悟空? そんなイメージが漠然とありましてねえ」
弓男が最初に純子に会った時、捉えどころの無い人物という印象を抱いていた。今思えば、普通の人間と相当にずれている感覚の持ち主だったとわかるし、何をしでかすか予想がつかない子だった。
そんな人物に自分は新しい生を与えられ、そんな人物を敵に回すかもしれないという事に、どうしても不安を抱かずにはいられない。
力を授かった後、裏通りで生きていくイロハを彼女から教わったからこそ、始末屋としてデビューできたわけで、恩義もある。そういった意味でも、事を構えたいとは思わない。だが如何なる理由があろうと、敵対関係となったら殺しあうしかない。
「何だったらここでやめとくか? 美香も隠し事している時点で不義理しているわけだし。元々の動機も俺はどーかと思っていたしよ」
「いや、途中で放り投げるのは無しです」
真顔できっぱりと告げる弓男。
「ここでやめというのも何だか気持ち悪いですしね。ステージに一度上がったら、最後までステージに上がったままでいないといけません。いつだってね、私の上がるステージは私が主役なんですから。うん」
「はいはい、俺はいつだってお前のオプションで、脇役ですよーだ」
不貞腐れたような口調で、しかし顔は笑っている鷹彦だった。
***
破竹の憩いのアジトが立て続けに二つも潰された翌日の昼、蔵は行き着けのレストランに純子と真を食事へと招いた。
「ずっとラボにこもりきりでも、どうかと思いましてね」
蔵は背後に三名のボディーガードを立たせ、テーブルを挟んで純子と真の向かい側に座っていた。
真と純子は寄り添うかのように隣同士に座っている。一見すると仲のよい美男美女のカップルにも見えるが、実際には何かあった際に真がすぐさま純子を守るためなのだろうと、蔵は察する。このレストランはタスマニアデビルと違って、争い御法度の中立地域ではない。
「僕はありがたいけれど、こいつには余計なお世話だよ。放っておけば一ヶ月以上外出せずに、研究所に引きこもっている事もあるんだぞ」
「真君も余計なこと言わなくていいからさー」
隣の純子をフォークの先で指して言う真に、照れ笑いを浮かべる純子。
「余計ついでに、食事に招いてもらった場で言うのもなんだが、昨日の件をはっきりさせておきたいよ。月那美香や天野弓男とドンパチしている際、あんたらのお仲間にウイルス撒かれて一緒に殺されかけたんだが」
真の言葉に蔵は表情をこわばらせる。不穏な空気を感じ取り、ボディーガード三名にも緊張が走る。
「うむ。福田から聞いている……。だがそんな命令を下すわけがない。何かの手違いだ」
背筋をぴんと伸ばし、泰然とした構えで臨まんとする蔵であったが、動揺を抑えきれず、若干だが声が震えている。
ただでさえ凄腕の始末屋と国際レベルの知名度を持つ革命家を敵に回している最中に、裏通りの生ける伝説の一人とされるマッドサイエンティストにまで敵視されては、たまったものではない。
実際そのような事が起きるはずがなかった。組織内の構成員全てに問い質すように、柿沼に命じてはおいたものの、何かしらの手違いがあったとしか思えない。
「私もそういう展開は予想も予期もしていなかったんだよねー。普通に考えれば、君達が真君を殺す理由も考えられないしさー。破竹の憩いの構成員の中に、私か真君に対して、個人的な恨みを持つ子がいたという可能性もあるけれど」
「工場の監視カメラも電源が落とされていたので、証拠が無い。我々の潔白の証明はしたい所だが、その方法も無い」
純子はいつも通り愛想よかったが、真の方が無表情ながらも明らかに険悪なオーラを放っているため、蔵は主に真の方を意識して会話していた。
「無能もいい所だな。仮にあんたが僕の立場だったとして、ああいう事があって、手を貸す気になれると思うか?」
蔵を見据えて真が言い放つ。自分の半分も生きていないような子供からの、容赦の無い物言いであったが、蔵は腹を立てる以前に恐怖を覚える。
「ならないな……。しかしどう証明したらいい? どうにもできないんだ」
苦しげな面持ちの蔵。
やにわに真が立ち上がり、懐から拳銃を抜いた。ボディーガード三名もそれに反応して、懐の銃に手をかける。
「やめろ、お前達」
蔵が静かな、しかし毅然とした声で制する。この三人ではとても歯が立たないことを見抜いている。もしここで殺されるとしても、殺されるのは自分だけでいいと、部下のことを思っての命令であったが――
「こっちは三人じゃないですか」
一人がそう言ったが、蔵に視線で制されて固まる。
「そっちじゃなく僕の目を見ろ」
蔵の頭に銃口を突きつけ、真は言い放った。息を呑む蔵。
「そのまま目で語れ。僕が見て偽りが無いと判断したら何もしない」
真の言葉を受けて、蔵は腹を据えて真の視線を受けとめた。恐怖はあったが、偽りなど微塵も無い。
「餓鬼が! 黙って聞いてりゃいい気になりやがって!」
そのやりとりに水を注す形で、気の短そうな坊主頭のボディーガードが憤怒の形相でもって真を睨みつける。蔵とは異なり、自分の子供程の小僧の生意気な口ぶりに対して、恐怖よりも怒りが生じていた。
「短命な雑魚の常套句だな」
淡々と言い放った真に、坊主頭は完全に切れて銃を抜こうとする。
懐から銃を抜く最中のコンマ数秒の間に、坊主頭の額の中心に大きな穴が穿たれ、後頭部から血と脳漿を噴き出しながら崩れ落ちた。
レストラン内にいた他の客は凍りついた。悲鳴をあげる者はいなかった。あまりの衝撃的な出来事に声すら出なかったようだ。たまたま女性客が少なかった事もあるだろうが。
真は二挺の大口径の拳銃を両手にそれぞれ持ち、残る二人のボディーガードの額めがけて照準を合わせていた。
二人共全く反応が出来なかった。気がついたら同僚が殺され、自分達の命運も握られる格好となっていた。懐に手をいれて銃を掴んだままの格好で硬直している。
「殺さなくてもいいだろう。君の腕なら、殺さずとも押さえられた」
真を睨み、歯噛みする蔵。
「信用に値するかどうか試してみようと思ったんだが、余計な茶々が入ったな。それに……殺したくなるツラだから殺した。あんたはそんなに悪い奴ではないようだが、部下はもう少し選べ」
蔵を見据えて、上から目線で告げた真の言葉に、蔵の恐怖が吹き飛び、一瞬で怒りの臨界点に達した。
「試して? 茶々が入った? こっちこそ、そこまでして信用してもらわなくても結構だ!」
蔵が怒鳴り、テーブルを両手で叩いて立ち上がる。
「そうか。なら死んでおくか?」
真の瞳に冷たい光が宿る。凶暴な殺気が真より放たれ、蔵と二人のボディーガードが蒼ざめる。
蔵の怒りが一気に覚めた。空気まで痺れているかと思わせる程の、異常な殺気。見た目は小柄な美少年だが、中身は危険極まりない猛獣。蛇に睨まれた蛙という言葉を、蔵は我が身を持って知った想いであった。
「あー、この洋梨美味しいよー」
一触即発のムードの中、一人だけ全く緊張感無く食事を続けていた純子が、弾んだ声をあげる。
「はい、あ~ん」
と、フォークに突き刺した洋梨を真の方に伸ばす。
真は洋梨の方に視線を注ぎ、少し思案してから、そのまま二人に銃を突きつけた格好で口を開けて顔を前に出し、洋梨をいただこうとする。
純子が伸ばした手を素早く引っ込めて、自分の口の中に洋梨を入れ、真を見上げて悪戯っぽい笑みを広げてみせる。
直後、二度目の銃撃。
蔵のボディーガードに向けて撃ったのではない。彼等の一人に向けていた右手の銃を純子の頭に向けて撃ったのだ。が、純子はひょいっと軽い動作で上体をかしげて、銃弾をかわしていた。
「ちっちっちっ、まだまだ遅いねー」
純子が人差し指をたてて顔の前で振り、笑ってみせる。常に無表情だった真が、一瞬だが苦々しい面持ちになる。
「なめやがって……!」
真の殺気の呪縛から解かれたボディーガードの一人が唸り、殺気を漲らせる。
ボディーガードが懐に入れて硬直していた手を動かし、懐から銃を抜き様に撃とうとする。
だが、銃が懐から出た時点で、ボディーガードの方には目もくれない真の右手が、再び彼の方へと向けられていた。
ボディーガードに絶望の表情が浮かんだ刹那、銃声が響く。最初の一人同様、後頭部から血と脳漿を撒き散らし、額の中心からも血を溢れさせて、崩れ落ちる。
「バレたら対処できない嘘なんて、つくもんじゃないんだよー? 絶対バレないという確たる根拠も無しにさあ。それは危険な博打なんだしねえ。それもわからないで、うまくいった時の成果だけを考えてそんな大嘘つく時点でもうね、おつかれさまままって感じかなあ。真君を殺そうとしたことも含めてね」
蔵に向かって、諭すような口調で純子が言う。
「だから私は知らないと言っているだろう! 嘘などついていない! 我々はお前達に敵対するような行為などしていない!」
必死の形相で喚く蔵。
想像していた以上に目の前の二人はイカレている。数秒後には気まぐれ一つで、簡単に殺される可能性がある。そう見せようという彼等の演出なのかもしれないが、たとえ演出だとしても、すでにこの時点で二人も殺されてしまっている。
「私の作ったレッドトーメンターを断りもなくベースにして、改造して、自分達の商品として売り出したじゃなーい。それだけで十分に敵対行為と見なしていいと思うけどなー」
「断りも無くベースにして改造?」
その話はおかしいと蔵は戸惑う。確かに柿沼のミスで、商品名の使用に関しては断りを入れなかったと後からわかったが、改造自体は許可が下りていたはずだ。いや、そう信じて疑っていなかった。
「それにさー、何ていうか君達のしていることって、すっごく私と合わないんだよねー。私は自他共に認めるマッドサイエンティストだし、まあ悪い子だと自覚はしているけどさあ。悪には悪の美学っていうの? そういうのも一応持ってるし、私なりのルールっていうかさあ。その辺を照らし合わせちゃうと、君達はすっごくダメなんだよねー。せめてそれが無ければ、私の発明品パクっても、見逃してあげてもよかったんだけどなー。私、パクリが全て悪いとも思ってないしね。許可無くってのは褒められたことじゃないけれどさあ。パクった結果、それがいいものに仕上がったら、私はそれでいいと思ってるから。まあ、よくもなかったけど」
「ちょっと待ってくれ、話がおかしいぞ! 私は件のウイルスの改造許可をとってないという話自体、初耳だ!」
蔵の必死な叫びに、純子の顔から笑みが消え、意外そうな表情で蔵を見る。
「んー、他人の商品をパクったうえに、名前まで使うあつかましさは凄いと思ったけどさあ。それにしても何か変だよねえ」
蔵をじっと見つめ、訝る純子。
「しかも、よりによってお前の商品に目つけるとか、命知らずもいいとこだ。この男はそんな馬鹿なことするようなタイプには見えないな」
蔵にとって助け舟となる台詞を口にする真。
今の真の言葉に、少しだけ安堵している自分に、蔵は腹が立った。自分の部下を目の前で二人も殺した奴だというのに。
「うん、命惜しさに話作っている風にも見えないよね」
と、真の言葉に同意する純子。
「命乞いはしたい所だが、私とて最低限の良識や仁義は持ち合わせている。その子の件もそうだが、私はそんな裏切り行為は働いていない。信じて欲しい」
額に脂汗をびっしりとにじませながらも、純子の真紅の瞳を真摯な眼差しで見据える蔵。
「うん、信じる」
いつもの屈託の無い笑みを浮かべて、あっさりと頷く純子。
「ていうことは、黒幕が誰なのか、蔵さんにも見当がつくんじゃないかなあ?」
純子の指摘で、蔵ははたと気づいた。
「柿沼か……!」
レッドトーメンター改製造に関しては、組織のナンバー2である柿沼喜一に一任していた。
「実はねー、その人がパクリ計画の陣頭指揮を取っていた事は、何ヶ月も前に調査済みなんだ。ていうか、私の目的はその人なんだよね。蔵さんが実情を知らなかったのは流石に想定外だったけれど。多分、その人は蔵さんに罪を被せて、私が蔵さんを殺した後に、組織を乗っ取ろうっていう目論見なんじゃない? で、ついでに邪魔そうな真君も殺せる時に殺そうとしたんじゃないかなあ。仕掛けるタイミングとしては最高だったしね。まとめて邪魔者を葬れるわけだしさー。でも、さっきも言ったけれど、失敗した時のフォローと己の力量を全く考えてない時点で、行き当たりばったりすぎるよねー」
「あいつはいつもそうだ……。成功すれば大きいが、失敗のリスクを考えずに思いついたことを手当たり次第に実行する。まあ、そんな男が多くの成果を上げていたがために、いい面だけを見て、評価して取り上げた私も愚かだったな……」
額を押さえながら、ボディーガードにもういいと目配せを送る蔵。真もそれを見て銃を懐に収め、残ったボディーガードも懐から手を抜いた。
「ところで、無許可だと言うのなら、レッドトーメンター改を販売した時点で何故クレームをいれなかったんだ?」
それもおかしな話だった。今更になって何故わざわざその話を持ち出したのか。先に文句を言う機会はいくらでもあったはずだ。組織の本部に来た時点でも触れていなかった。
「んー、私は敵が欲しいからだよ。私と敵対した人達の命は、私の自由に遊んでいいってのが、私のルールだからねぇ。敵のストックは常に沢山あるし、増やせるならできるだけ増やしておいて、遊びたい時にそのストックから選んで使っているんだー。すぐに潰す必要性も無いしー。で、今回は、私が放し飼いにしていたマウスがどれだけ進化したかチェックするために、ストックの一つと勘定していた君達と、放し飼いにしておいたマウスを噛みあわせて遊んでいるだけだよー。あ、ちなみにバナラ政府に君の組織と取引するように手を回したのも、ノバム民族解放軍に弓男君達を雇うよう薦めたのも、私なんだけどねー。彼の性格なら、非道なBC兵器を作った武器製造組織の壊滅にまで踏み込むかもしれないっていう期待もあったしー。確証までは無かったけどねー。そうなれば面白いかなー程度の、拙い仕掛けだよ。今回は目論見とおりになったけどね」
話を聞き終え、蔵は全身の力が抜けていく感触に襲われた。この話が本当なら、全てがこの少女の戯事に過ぎないわけで、その遊びのために、大勢の人間の運命が狂わされている。蔵には目の前の少女が悪魔かとすら思えた。
「あ、一応謝っておくね。せっかくお食事に呼ばれたのに、台無しにしちゃってすまんこ。まあ、私は楽しかったけどさー」
笑みを張り付かせたまま、純子は少しも悪びれてない様子で謝罪を口にする。
「うちの人間を二人も殺しておいて、楽しかったという言い草か」
「殺したのは私じゃないし、自業自得じゃない? 彼我の実力差を考えず、自分より強い相手に殺意を向けちゃったんだからさ。まあ、潔白の証明に最低限必要な通過儀式だったって、割り切ってほしいかなー」
元々の落ち度が自分にあるとはいえ、純子のこの無邪気な物言いに、蔵は腸が煮えくり返る想いを味わう。
「すぐにでも帰って、柿沼を問い詰める」
「あれま。お食事まだ残ってるよー? 美味しいのにー」
席を立つ蔵に、悠然と食事を続けている純子が声をかける。
「よくこんな中で平然と食べていられるもんだ」
皮肉る蔵。二人の死体からは血臭だけではなく、汚物も漏れ出してひどい悪臭を放っている。携帯電話を取り出し、裏通りにおける抗争の死体の処理や、破損した器物の修復や弁償などをしてくれる後始末専門組織、『恐怖の大王後援会』へとかける。
「血と死体の臭いには慣れているからねー。ま、私達も同伴した方がよさそうな気がするから、こっちのお昼ご飯が終わるまで待ってくれないかなー」
純子の無邪気な要求に、それ以上言い返す気力も無い蔵だった。




