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マッドサイエンティストと遊ぼう!  作者: ニー太
12 いい子ぶらない人生を遊ぼう
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 残る一箇所――拉致した日本人を二人監禁している場所――貨物庫。


 他の場所にも強者を護衛として配置されているが、ここは一番警備が厳重ではないかと、海チワワの構成員達は見ていた。吸血鬼二人に加え、ジェフリーが最も信頼するエリック・テイラーまでもがいる。もちろんそれ以外の黒服の兵士達も多数いる。


 部下を駒くらいにしか見なしていないジェフリーとは違い、エリックはドンパチになった際も、味方を見捨てるような真似はしない。むしろ積極的に自分が前に出て、味方に犠牲者が出ないように努めるくらいだ。

 海チワワの兵士達からしてみれば、エリックが同じ場所に配置されているというだけで、二重の意味で安心できた。

 それ以前に、エリックはただいるだけでその場を和ませる性質もある。いつも上半身裸で均整の取れた筋肉美を晒しつつも、ニコニコと微笑みながら、猫の鳴き声しか出さないイケメン。挨拶をすればどんな立場の者に対しても笑顔でミャーミャーと挨拶を返す人柄。本人の愛想の良さや人懐っこさもあって、すんなりと受け入れられる。


 エリックがいるからここは大丈夫――などと思われているとは、当のエリックは全く気がついていなかった。


 コンテナの一つの上に腰かけ、足をぶらつかせながら、エリックは昔のことを思い出していた。


 ジェフリーと二人で旅をしていた日々。ジェフリーが人を殺す様を見ても、エリックは何の感慨も抱かず眺めていた。ただ、何度かエリックはジェフリーの殺人を止めたことがある。

 それは自分と同じように、ペットを飼っていた子供が相手の時だ。ジェフリーはエリックに止められた場合、例外無くすんなりと殺しをやめた。ジェフリーの方も、エリックがどういう条件で止めに入るのかわかるようになり、ペットを飼っている子供だけは狙わないようになっていった。


 何故自分は昔ジェフリーの殺人を止めていたのか、エリックは今更になって考える。当時は何も考えず、ただ衝動的にストップをかけていただけで、自分の行動の理由すら考えなかったというのに。

 単純に動物が好きな子供を殺したくないと思ったのか? それとも主人が殺されたらペットが可哀想だと思ったのか? それともペットを可愛がっている子供が目の前で殺されることは、自分がエリックに殺されるように感じたからか? 今となってはわからない。あの時の気持ちが思い出せない。あるいはそれら全てかもしれない。


 ジェフリーは人間そのものを悪と断ずるが、エリックは違う。動物が好きな人間は皆いい人間だというのが、エリックの考えである。


「ミャー」


 たまたま近くにいた黒服に、エリックが声をかけた。


「ミャー」


 愛想よく笑いかけて猫の声で鳴きながら、心の中ではこう尋ねている。


(君、どんな動物が好き?)


 困惑気味に愛想笑いを返すだけの黒服。答えを返せないことが申し訳ないかのような表情をしているのが、エリックにもちゃんとわかったし、答えられないことに気を悪くすることもない。


「ミャー」


 別の年配の黒服にも話しかける。何度か見た顔だ。確か吸血鬼化している男だったと思う。


「ああ、俺も猫は好きだぞ」


 年配の黒服が微笑み、そんな言葉を返してきた。


「ミャー」


 ちょっとズレていたが、それでも少しだけ通じた感じがして、エリックは嬉しそうに鳴いた。


「言ってることわかるんスか?」


 最初に話しかけられた黒服が、年配の黒服に尋ねる。


「何となく、だよ。エリックと仕事したことが多いせいかな。よく話しかけられるし、次第にわかってくるもんだ。ジェフリーはもっとわかるんだろうな」


 年配の黒服の言葉を聞いて、何故かエリックはさらに嬉しくなった。


***


「とうとう残り一箇所かー。今回はいろいろしんどかったなー」


 最後の一人が囚われている場所に向かって亜空間トンネルの中を歩きながら、晃がため息混じりに口走る。


「凜さんがいたら、まだ終わりじゃないから気を抜くなって、叱ってくるよ」

 冗談めかした口調で十夜。


「助力、感謝している」


 先頭を歩いていたミサゴが、ぼそりと呟いた。


「オイラ達だって感謝していますよっ」


 何故か張り合うようにして声をあげるアリスイ。


「思ったんだけどさ。この件に最初に介入したのは、イーコ達とミサゴ、どっちが先なの?」

 十夜が尋ねた。


「それはもちろんイーコですよっ。何故なら、イーコはちゃんと組織だって方針を決め、行動するからですっ」

「全然答えになってないと思うけど、先にイーコが関わりだして、ミサゴはそれを後から知って、同じ件に関わりだしたんだよね? ある意味、イーコを助けようとしたとも言えるんじゃない?」

「ぐぬっ……」


 自慢げに答えるアリスイに、十夜がさらに質問を重ねる。アリスイは表情を渋面にと一変させる。


「こいつらだけでは頼りないが故、だ。こいつらを助けたかったのではない。使命を全うするため」

「ぐぬぬ……」


 淡々と答えるミサゴ。眉間におもいっきり皺を寄せて歯を噛みしめて唸るアリスイ。


「その使命だって、結局イーコと同じじゃないか。ピンチに陥っている人達を助けるっていうさ。そこに至る過程が異なるだけで」


 十夜が何を言わんとしているか、アリスイもツツジも理解している。


「ぶっ、部外者である人間に、イーコの在り方とワリーコとの確執を批難されても……」


 反論しようとするが、言葉が尻すぼみになっていくアリスイ。おそらくはアリスイも自分達の正当性を主張しきれないのではないかと、十夜は思った。


「イーコとワリーコの和解を促しているのなら、難しいと思いますよ」


 ツツジがアンニュイな口調で言う。


「私達とて、理屈や道理で考え、おかしいと認識はしています。しかしイーコのメンタリティは、人間のそれとは大きく異なる部分もあります。掟を守る事でイーコとしてのレゾンテートルを見出し、掟に従う事へ矜持を抱いている部分が強いのです。人間だって多くの価値観に縛られ、振り回されているでしょう? それは私達イーコの視点から見ると、時としてとても歪で、理解に苦しむ一面もありますし」

「だから口を挟むなってこと? でも口挟みたくもなるよ。価値観どうこうで思考停止しているのはどうかと思うな」


 しつこく食い下がる十夜。


「その掟への依存に背を向けたワリーコの方が、ずっと人間に近いよね。考え方としてはさ」

「あ、俺もそれ感じる。ミサゴの方がよっぽどまともな考え方してるし」


 十夜の言葉に晃も同意した。


「ちょっとぉ、じゃあオイラ達はまともじゃないっていうんですかあっ。今の発言はあんまりですよおっ」

 晃の言葉に抗議するアリスイ。


「まともではなかろう。僕らワリーコに限らず、イーコの中にもイーコの有り方に疑問を抱く者は多い。僕もイーコの時はそうだった。その想いに限界がきた時、もしくは何かきっかけとなる事件があった時、イーコの社会に背を向けてワリーコとなる」


 ミサゴが暗い声音で言った。アリスイやツツジにも思う所があるのか、ミサゴの言葉をすぐに否定しにはかからなかった。


「つかさー、ミサゴって、古風な喋り方なのに、自分のこと僕って言うのは凄く違和感あるよ。其れがしとか拙者とか我にすればいいのに」


 空気を読まない晃が、全く関係無い話題を振る。


「特に自分の喋り方が古風とも感じぬのだが……」

「古風ってのも違うか。どちらにせよ堅苦しいよ。少なくとも普通な喋り方じゃないだろー」

「いずれにせよ、今更喋り方を変えるなどできぬ。さらに言うなら、僕は喋り方を気に入っている故」


 ミサゴがきっぱりと言い放つ。


「ミサゴの喋り方がこうなのにはきっとわけがあるんですっ。そのわけは知りませんけどっ」

「お前の喋り方も特徴的だが、わけがあるのか?」


 余計なことを口にしたアリスイに、ミサゴが突っこむ。


「な、無いですよっ。喋り方なんて自然と形作られるものでしょうっ」

「では僕もそうだと言っておく」


 慌て気味に答えるアリスイに対して、しれっと言うミサゴの言葉を聞き、十夜と晃は同時に吹いた。

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