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マッドサイエンティストと遊ぼう!  作者: ニー太
2 正義の味方と遊ぼう
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12

 柿沼喜一は本能と欲望に極めて忠実であり、欲しいものがあればすぐに手に入れにいき、飽きたら躊躇いなく捨てるという性分であった。

 それでいて行動力が人一倍であるから厄介でもある。その厄介さは、関わる人間は元より、自身に対しても災いをもたらすものであったが、本人にその自覚は無い。故に反省も学習もしない。


 十五歳の時、道でぶつかったはずみに自分を怒鳴った男に対し、柿沼は殺意を覚えた。たったそれだけの理由で芽生えた殺意によって、柿沼はぶつかった道で何日もしぶとくその男が再び通りがかるのを待った。

 もしかしたらこの町に来たのはたまたまで、普段はその道を通りがからないのではないかという疑問に至るまで、二週間も要した。二週間、ひたすら同じ場所で、そいつを殺すためだけに待ち続けていた。


 最初の殺意こそ達成されなかったが、二度目の殺意は達成された。通っていた高校で教師に、髪にパーマがかかっていると注意された。天然だと言っても聞き入れられなかった。これはもう、柿沼の中で、死刑に処するには十分すぎる。

 躊躇せず教師を殺した後、整形手術をして裏通りに堕ちた柿沼は、その後も己の本能にのみ忠実な生き方を続けてきた。


 何をしても失敗とは思わない。どんな些細な事でも相手に殺意を向け、殺しにかかる。それが柿沼の生き方だ。


 破竹の憩いという組織に所属してからは、蔵の手前、多少は己を抑えていた。

 柿沼は蔵大輔という人物がどうにも苦手というか、怖さを感じていた。人間的な深みというか重みというか、生まれて初めて、自分がある程度認められる人物だった。しかしあくまである程度にすぎず、心の奥では、いずれ踏み台にして組織を乗っ取ってやろうと考えていた。


 一年前、柿沼は夢子という名の女性と知り合った。

 柿沼と会う前、夢子は、女をアクセサリー程度にしか思っていない男に惚れこみ、熱をあげていた。夢子の気持ちは一方的なものだったようで、相手の男は別の女に乗り換えて、あっさりと夢子を捨てた。

 夢子は純粋な性格をしていた。純粋であるが故に人を見る目が無く、どうしょうもない男を信じて裏切られて傷ついていた。


 柿沼はそれを知り、この女を何としてでも自分のものにしたいという欲求が、強烈に沸きおこった。

 傷ついた女を思いっきり慰めて可愛がり、自分に夢中にさせてやりたいと思った。そういうシチュエーションを楽しみたいと思った。


 傷心している所に現れた、自分に優しくしてくれる男。夢子はまたころっとひっかかり、柿沼に夢中になった。


 自分に惚れこんだのを確認した所で、柿沼の夢子に対する興味は無くなった。柿沼からすれば、女が落ちるまでの経過が楽しいのであって、相手が自分に惚れたらもう、付き合いたいという気分にはなれない。鬱陶しくなる。

 柿沼の欲望は、手に入れた時点で全てが満たされる。女だけに限った話ではない。地位はもちろんのこと、殺意もそれにあてはまる。


 連絡の無くなった柿沼の元を訪れた夢子に、柿沼は「もう来るな。飽きた」とだけ、端的に伝えた。


「どうして……? 貴方も遊びだったっていうの? 男の人って皆そうなの? 女って道具みたいなものなの?」


 そこで夢子は号泣し、柿沼の家の前で散々喚き散らし、捨てないでとすがりついた。


 柿沼の中でまた殺意が芽生えた。家の中にゴキブリが現れて、それを何としてでも潰してやりたい――そんな程度の気分の殺意。

 その場で殺すと面倒なことになると踏んだ柿沼は、その場は夢子を説き伏せた。そして数日後、彼女を組織のアジトへとつれていき、『美容効果の研究だ』と騙して、開発中の新ウイルスの餌食とした。


 まだ開発中であったが故にすぐに死に至る事はなく、発症はその数日後に起こった。

 夢子の全身に赤い湿疹ができ、発熱と嘔吐と激しい咳、さらには喀血まで起こすようになり、病院へと運ばれた。その時点で夢子は、自分が柿沼のせいでこんなことになったとは、考えもしなかった。


 柿沼は一度も見舞いに来てくれなかった。電話をしてもメールを送っても出ない。何かがおかしいと不安に思っていた矢先、柿沼からメールが送られてきた。そこには、嘲りの文体と共に真相が全て書かれていた。


 絶望と共に、病院のベッドの上で苦しみながら、死を待つ日々を送る夢子。そんな彼女の元に、奇妙なメールが届いた。雪岡研究所という胡散臭い噂が記されたメール。差出人は不明。

 夢子はほとんど間を置くことなく、雪岡研究所へとメールを送った。何も無い、死を待つだけの自分に送られた最後の希望。これで裏切られても、もう別に構わない。裏切られることばかりの人生だとしても、それでも縋りたい。信じたい。最後の最後まで信じ続けようと。


***


 二十一世紀後半は、弓男と鷹彦にしてみればおあつらえ向きに、世界中で紛争が多発していたため、活動する場には全く事欠かなかった。


 中南米のとある国に降り立ち、二人は傭兵稼業を開始した。

 その国には武装した麻薬カルテルが蔓延り、やりたい放題の傍若無人で国民を苦しめている。政府とも手を結んでいるため、民間から義勇軍が結成され、長年に渡って内線状態と化している。

 外からも傭兵が募られているが、あまりにも義勇軍の形勢が悪いため、義勇軍側に参戦しようとする者は少ないとのことだ。


「鷹彦は天啓というものを信じますか?」


 トラックにすし詰めの状態で戦場へと向かう途中、弓男が声をかける。向かう先は、武装した麻薬カルテルと戦う義勇軍のキャンプである。


「いや、テンケーって言葉がよくわからん。典型的のテンケーでは無さそうなのだけはわかる」

「そこからですか」


 鷹彦らしい答えに、弓男は微笑をこぼす。


「日本を出る前、どの国に行こうかと調べている最中、びびっと頭の中にくるものがあって、この国を選んだんです。神様がこの国にしろと言ってたような、そんな感じですね」

「なるほど、天の警告ってことか」

「違いますし、警告の意味からして間違えてますよ、それ。まあ何が言いたいかというとですね、希望も期待も持てるということですよ。はい」

「ふーん、お前にしか声かけてくれなくて、俺のことをスルーしやがった神様なんて、そんなんもん、絶対信用できねーわ」


 同じトラックに乗った義勇軍兵士達が沈鬱なムードな中、笑顔で軽口を叩きあう弓男と鷹彦。

 行先に到着して、同乗者達が暗かった理由が判明した。義勇軍のキャンプには、十人ほどの兵士しかいなかったのだ。


「お前達が着く前には五十人はいたけどな。昨日の戦いでこの有様だ。昨日は勝ったものの、次に攻められてきたらおしまいだな。向こうはすぐに兵の補充がきく」


 キャンプにいたリーダーがスペイン語で状況を説明した。


 義勇軍は国の各地でゲリラ的に戦っているが、弓男と鷹彦が訪れたのは、麻薬カルテルにとっては要所となる芥子畑の側で、特に激戦地となる場所であった。当然カルテルも兵を多く配属している。


「なあ、本当にテンケーだったのか? 悪魔が神様に変装してお前の夢の中に現れて、騙くらかしたんじゃねーの?」


 お葬式ムードの中でも、まるで緊張感の無い鷹彦が弓男を茶化す。


「絶望的な状況のようですが、ここで私の力で大勝利したら、私の評価は高まりますよね? 一人の男の力で形勢逆転とか、現実では有り得なさすぎるドラマですが、だからこそ実現すれば、私の名も英雄として一気に知れ渡るんじゃないですかね」


 キャンプの周囲に野ざらしにされた無数の死体を見やりながら、不敵な笑みを浮かべて弓男は言った。


「それができればそうだけどよ」

「できますよ。勝つだけなら容易い。問題は、私の力で勝利したということを、どう視覚的に彼等に伝えるかなんです。その辺は鷹彦にも協力してもらわないとね」


 その後は全て弓男の目論見通りに事が運んだ。弓男の能力をフルに使えば、数での劣勢もものともしなかった。その土地における状況そのものが、弓男の能力を使用するのにこのうえなく適していた事もある。


 それからわずか四カ月後、その国に長年蔓延っていた麻薬カルテルは一掃された。弓男が赴いた戦場では全て義勇軍側が圧倒的な勝利を収め、最終的には麻薬カルテルのドンまでもが潜伏場所を割り出されて、討ち取られた。その潜伏場所を言い当てたのも弓男であった。

 弓男は英雄視され、その名声は当然の如く国外にも広まった。そしてそのおかげで、最初の国以降は仕事がやりやすくなった。


 裏通りに堕ちたものの、それでもなお退屈さとコレジャナイ感を覚えて日本を飛び出し、戦場へと飛び込んだ弓男は、そこでようやく己に最も適した居場所を見出せたのである。生き甲斐と名声、歴史に名を遺すほどの名誉、多くの感謝と恨みを得て、人生の絶頂を味わうことができた。

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