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ミサゴと別れた凜達は、ミサゴに教えてもらった幽閉先二つのうちの一つを目指し、戻ってきたツツジが作った亜空間トンネルを移動していた。
「二箇所ともここからじゃ遠いね」
十夜が言う。丁度船の後部から前部に向かうので、確かに距離が開いている。
「一気に救出して回る作戦になったわね。うまくいけばいいけど」
と、凜。敵があたふたしている間にできるだけ多く襲撃して救出して回るのは、それはそれで有効だ。だが一方で、こちらにも余裕が無くなる。
今やっている事とは逆に、時間を空けて敵の緊張状態を維持して精神的に疲弊させてから襲撃をかけるのも、それは別の意味で有効と言えなくもない。
どちらの手段が良いのか、一概には断ずることができない。当初の予定としては後者であったが、ミサゴの選択は前者だったのでそれに合わせている。
「このままミサゴのペースに付き合う形でいいんでしょうか……ちょっと不安です」
ツツジがうつむき加減に歩きながら訴える。
「オイラはとっても不安です。何故なら、ミサゴはワリーコだからですっ」
一方アリスイは胸を張って堂々と言い張る。
「何だよそれ。イーコだろうがワリーコだろうが、さらわれた人達を助けようとしている事は一緒だろ。それなのにそんな差別的な目で見て否定してかかるんだよ」
晃がアリスイを睨み、晃にしては珍しくかなりキツい口調で咎めた。
「ええええっ、で、でもワリーコだしっ……」
アリスイが足を止め、口元に手をあててたじろぐ。
「いや、わけわからない。ワリーコが人を助けるのは悪いことなの? おかしいよ、君ら」
不愉快そうな表情で言う晃。
「全く同感ね。で、急いでいるんだから止まらないで」
凜に告げられ、慌てて歩き出すアリスイ。
「ごめんなさい。感情的なものです。それに加え、ワリーコはわりと過激な方法を取りますから、悪人とはいえ余計に人死にが出てしまうのは、私達イーコとしては心が痛みます」
ツツジがいつも通りの丁寧な口調で、謝罪と釈明を口にする。
イーコにとって、人間は善も悪もなく等しく保護対象という観念である事が、ワリーコへの拒絶反応になっているのだろうと、凛の目には映った。
「とりあえず私はミサゴを信用する。彼は私達の邪魔にはならないし、協力もしてくれる。人助けがしたいというあなた達との目的とも一致する。あなた達にとって裏切り者という問題は、ここではもう持ち出さないで頂戴」
「はい……」
「ぜ、善処しますっ」
口調がキツくならないよう意識して、なるべく穏やかな声で言ったつもりの凜だったが、ツツジは目に見えて萎縮し、アリスイも歯をかちかちと噛み合わせながら返事をする。
「ねえ、今の私怖かった? あれでも押さえたつもりなんだけど」
それを見て、こっそりと十夜の耳元で尋ねる凜。
「いや、絶対いつもよりはマシだったよ。パワー65%くらい」
「そ、そう……」
十夜の答えを聞いて、凜はこっそりと溜息をついた。
***
アンジェリーナがジェフリーの部屋のドアを開けると、ジェフリーは占いをしている最中だった。いつも通り上半身裸のエリックの姿もある。
「一体どういうことなのっ」
声を荒げないで注意したつもりであったが、抑えきれなかったことに少し気まずくなるアンジェリーナ。
「船内の数箇所で戦闘が発生。しかもその幾つかはジャップを積んである場所よ。ええ、もちろんジャップは奪われたわ」
アンジェリーナの糾弾に、ジェフリーは言葉では何も答えずに、テーブルの上に並べていたタロットカードの一枚を抜き、勢いよくアンジェリーナに裏をかざしてみせると、反転させて表を見せる。
カードに描かれていた絵を見て、アンジェリーナは思わず息を呑んでしまった。髑髏の絵と13の数字だった。
「何度やってもこれが出る。この船の運命かな? それとも俺のか? まあ、いずれにせよ占いで予知できるからには、そいつを避けることもできるということ。問題はその回避の選択と手段。どこを進めばいい? 何を掴み取ればいい? 何を避ければいい? 何を捨てればいい? 何から逃げればいい? 何と戦えばいい? うん、破滅の運命に確実に抗う方法は、俺にはたった一つしかわからない」
「それは何?」
ジェフリーのペースにつられて、思わず尋ねてしまうアンジェリーナ。他の人間なら一笑に付すこともできようが、強力な魔術師であるうえに、以前にも何度か占いを当てたのを目の当たりにしているので、無視はできない。
「さらった日本人は諦めることだ。救出しにきた連中に降参すればいい。それが確実だ。ワオ、我ながらこりゃナイスアイディア」
「ふざけないで……」
笑いながらあっさりと言うジェフリーに、アンジェリーナは声を震わせる。
「ふざけてなどいない。それも選択の一つだ。死ぬよりはマシだろう。いや、すでにうちの者達は大勢死んだ。敵の方が戦力は上だと判断できたうえで、なお戦い続けるのは愚かだと思うが? それとも我々海チワワのメンバーなら、何人死んでも構わないとでも言うのかね?」
「それが貴方達の役割じゃない」
憎々しげな口調で言い放つアンジェリーナ。
「第一、私設軍隊まで揃えた貴方が白旗をあげたくなるほど、大量の侵入者がいるとは信じられないわ」
「数の問題ではないな。質が問題だ。確認しただけでは……相沢真、岸部凜、雲塚晃、柴谷十夜、そして芦屋黒斗か。裏通りの精鋭に、さらには日本警察のアンタッチャブルともリーサルウェポンとも言われている芦屋がいる。彼等全員で固まって行動しているわけではないようだがな」
「我々の宿敵雪岡純子の姿を見かけたとは言っていたけど、それ以外は気がついていなかったと? しかもあの日本警察の最終兵器と言われる芦屋がいるって、まるで悪夢じゃない」
警察への圧力は十分にかけてあったつもりだが、日本警察か日本政府のどちらかが、グリムペニスの圧力には屈せぬ態度を示したのではないかと、アンジェリーナは危惧する。
「それがわかっているなら、現在の戦力ではシビアだということも御理解願いたい。そして全滅という憂き目が見える前に、白旗も視野に入れておいてくれな?」
いつの間にか笑みを消して真顔になっているジェフリーを見つつ、アンジェリーナはしばらく押し黙って考え込んだ。
荒事の棟梁が直々に危険を訴え始めている。この状況でなお自分の務めを果たせとつっぱねたあげく、全滅させたとあれば、流石にアンジェリーナも立場が悪くなる。最悪、グリムペニスと海チワワの関係にも亀裂が入りかねない。
だがその一方で、アンジェリーナも立場上、どうしても譲れないものがある。
「さらった奴等は全て解放したうえで、あとはもうなりふり構わず、この船の乗客を拉致するという手もあるがね」
「悪い冗談はやめて。何のためのツアーだと思ってるの」
ジェフリーの提案を即座に突っぱねるアンジェリーナではあったが、内心ではそれも有りかもしれないと思い始めていた。
「ミャー」
と、それまで黙って佇んでいたエリックが唐突に声をあげ、部屋の扉に向かって歩いていく。
「ん? どうした? エリック」
「ミャー」
扉を出ようとしたエリックを不審がり、視線を送るジェフリー。エリックもジェフリーを振りかえって笑顔で一声発したが、リアクションはそれだけで、そのまま部屋の外へと出て行く。
「どうしたの? 彼」
訝るジェフリーを見て、アンジェリーナもまた訝る。猫の鳴き声しか発さないエリックであったが、これまでちゃんと意思疎通ができていた二人のように見えた。それが今のやりとりを見た限り、エリックの言葉も行動も、ジェフリーには理解できていないようだ。
「さあな。あいつはいつも俺にべったりというわけでもない。結構気ままに単独行動もするし、俺の知らない所で、何かしらトラブルに巻き込まれることも何度かあった。あいつの持つあの力も、どこで手に入れてきたのか、実は俺も知らんしな」
「まさに気まぐれな、猫そのものってわけね」
ジェフリーの話を聞いて、アンジェリーナは珍しく無意識のうちに小さく微笑んでいた。




