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マッドサイエンティストと遊ぼう!  作者: ニー太
11 マッドサイエンティストの恋人で遊ぼう
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27

 真と由美がいるのは、安楽市内南西部の丘陵地帯であった。


 作戦は非常にシンプルな代物だ。坂の上に陣取ることで、相手は下から駆けあがる分速度が落ちることに加え、上から下なので迎撃しやすい。

 今いる場所は一本道の先なので、道から外れた林や藪の中でも通らない限り、回りこむことはできない。敵が傾斜の藪などにわざわざ足を踏み入れてまで、裏に回りこんでくることはないと真は踏んだ。


 由美には横手の藪の中に隠れてもらっている。相手の目的は真の周囲の人間を殺して、真を苦しめる事であるのだから、由美の姿を見ればまずそちらを殺しにいくであろう。

 しかし真だけ目につく所にいて、なおかつ真から攻撃しにかかるとなれば、無視できない。もしうまくいかなくて真が窮地に追い込まれた場合は、危険を承知で由美が姿を見せて計一の気を惹くという手筈になっていた。


 夕闇が迫り、オレンジに彩られた町を坂の上から眺めながら、真は一週間前に純子とデートしたことを思い出していた。

 今頃フランスにいるのだろう。声を聞きたかったが、真の携帯電話からは、純子の名も番号も消してある。もし自分が死んだ後に携帯電話を見て、純子の存在を計一が知れば、純子の身が危ないからだ。今、電話をかければ盗聴して知られる可能性もあると考えた。


 宗徳と由美が口にした話を思い出す。マッドサイエンティストの実験に付き合って改造される代わりに力を得るなどという、怪しい都市伝説――雪岡研究所。

 由美の話と一致する純子の外見。だが真はその話を信じたくはない。ネットで確認する時間は十分にあったが、あえて目を逸らしていた。確認するのが怖かったし、確認する行為自体が純子へ疑惑を抱く裏切りだと思えたからだ。


 やがて一台のタクシーがやってきて、真の少し手前で止まり、梅宮計一が姿を現した。

 歪んだ笑みを張り付かせて自分を見据える計一は、いつも一人で読書をし、この間宗徳に声をかけられた時に、目を泳がせてキョドった対応をしていた生徒とは、全くの別人のように真には感じられた。


(僕も無表情という名の仮面を被っているけど、こいつは臆病者の仮面の下にこんな邪な本性を隠していたのか?)


 計一の何もかもが、真には理解できない。理解したいとも思わないが。


「不思議か? 俺がこんなに豹変したことが」


 そんな真の思いを見透かして、計一が声をかける。


「力がつけば、自信だってつく。自信さえつけば、ありのままの自分も出せるだろ。やりたい事もできるだろ。だから俺はやりたいことやってるだけだよ。お前達だって、力があったから、つるむ相手がいたから、調子こいてやりたい放題やっていたじゃねーかよ」


 揶揄と憎悪の入り混じった計一の言葉を聞いて、こいつはそんな目で自分や宗徳や仁を見ていたのか、真は呆れる。


「つまり劣等感の塊だった奴が、何の努力も無しタナボタ的に力を得て、調子こいてるってわけか」


 侮蔑を込めて、冷たい響きの声音で吐き捨てる真。その言葉を挑発及び悔し紛れの悪態と受け取った計一は、己にまだ優位があると信じるが故に、嘲笑で返す事が出来た。


「お前のあの得体の知れない力は何なんだ?」


 聞くのが怖かったし、純子への裏切り行為になると思いつつも、つい訊ねてしまった。知ることではっきりさせたいという気持ちが、瞬間的に勝ったというか。


「雪岡研究所ってのは知ってるか? ああ、俺も最近聞いた都市伝説さ。雪岡純子っつーマッドサイエンティストが、お前の言う努力せずに得られるチートな力をくれるって噂でな。それが本当だったってだけな話よ。俺もその雪岡純子ってのからもらった薬でパワーアップできたのさ。直接会ったわけじゃないから、どんな奴か知らないけどな」


 純子の名が計一の口から出たその時、真は意識が一瞬暗転しそうになった。だが、直接会ったことはないという言葉で、まだ気持ちを踏み止まらせる事ができた。まだ何かの間違いで別人かもしれないと思い込み、すがることができた。


「お前の周りの人間を殺せってのも、その人の指示だった。あの人にとってもお前は遊び道具なんだとよ。いや、反応を伺うための研究対象って言ってたけどな」


 だが、その後に続けて言われた計一の言葉に、真は絶句する。


「で、これもちゃんと殺す前にお前に伝えろと言われたよ。絶望の奈落へと突き落とした時、どうなるかの反応が知りたいんだとさ。どこでどう知るのか、知らないけどな」

(嘘だ……。何かの間違いだ。こいつの言葉なんて信じるに値しない。純子が僕に向けた笑顔の方が、あの感触の方こそが真実だ。容易く惑わされるな、馬鹿)


 己を叱咤し、真は計一を睨みつける。


「その雪岡こそが黒幕ってわけか。しかし何でそんな酷い真似をする? 何の研究なんだ?」


 計一の話にのった振りをして、さらに情報を引き出そうとする。どうも計一の話を聞く限りでは、自分が純子と付き合っていた事は知らない様子だ。知っていたら、その辺もべらべらと喋りそうなものだ。


「そこまで俺も知らねーよ。もしかしたらお前ってさ、自覚が無いだけのクローンとか、そんなんだったりしてな。実は相沢真の本体は死んでいるとか。それで実験してるんじゃねーの? 人間らしい反応を得るための実験とかさー。最近そういうラノベ読んだわ」


 非常に馬鹿馬鹿しい答えが返ってきて、真は呆れつつも少し安堵を覚えるが、一方で疑いも抱いていた。


(信じたくないと目を背けていちゃ駄目だ。信じるためにも、確認はしないと……)


 本当に純子が黒幕かどうなのか確かめる必要はあると、真は考えを改めた。計一が力を手に入れたおかげで、多くの人間が死に、悲しむこととなっているのは事実だ。


「何でこんなことをするんだ。僕やあいつらが、お前に何をしたっていうんだ」


 例の学校裏サイトの書き込みを見て、どうして嫌っているのかはなんとなくわかったものの、直接問わずにはいられなかった。


「わからないのか。ははは、そうだろうなー。わかんないだろう。お前達が、特にお前が、傍に存在するだけで、俺は苦しくて苦しくてどうしょうもなかったんだ! 糞不良の分際で、俺が無いものを全て持っていることが罪なんだよ! 顔も良くて、スポーツ万能で、人気もあるお前と、何も無い俺! どうしてこんな不公平なんだ? 何でこんな格差があるんだ!?」


 これだけは真の前で言おうと最初から心に決めていた事を、ここぞとばかりに喚く計一。まるで思いの丈をぶつけるかのように、腹の底に貯めこんでいた憎悪を全て相手に叩きつけにかかる。


「でもなぁ~、そんな生まれつきラッキーなだけのお前を、この俺が、何も持ってない俺が滅茶苦茶にしてやった! こんな爽快なことってあるか! 最高だぜ。あははははっ! 才能も無く、努力する才能も無い俺が、努力も無く運だけで手に入れたこの凄い力で、ぜーんぶブチ壊した。超下剋上ぉ~。はーい、もう一度言いまーす、聞いてくださーい。こ・ん・な、爽快な・こ・とって・あ・る・かぁぁ~?」


 この世界は奇跡も魔法も無く、つまらないものだと思っていた。ラノベのように異世界に召喚される事もなく、美少女達が次から次に現れてハーレムになる事も有り得ないと。しかし奇跡はあった。それを今、計一は確かに味わっている。人生最大の幸福の絶頂と共に。


「何の努力も無く力を得てすげー強くなった俺に、生まれつきあれやこれや持っていたお前、これで対等なんじゃね? まあ俺は強くなり過ぎちまったけどな。ぎゃははは!」

(強くなっただと?)


 その一言が引っかかった。それは断じて否だと、即座に真は思った。


「ああ、そうだ。知らないかもしんねーから教えてやるけど、お前が面倒見せられてたあの知障も、殺しておいてやったから感謝してくれよ? お前だって本当は嫌だったんだろ? 嫌々仕方なく仲良くしていたんだろ?」


 自分の気持ちをぶつけた後で、計一は雪岡純子から言われていた指示を思い出し、そちらの実行にかかる。


「死に際がまた傑作だったぜ。真、真てお前の名前ばかり呼んでぴーぴー泣いててさ。よっぽどお前、あの知恵遅れに好かれてたんだなあ。あのまま一生お前にまとわりつくつもりだったのかねえ?」


 この台詞は、殺した人間を引き合いに出して煽り罵れという、雪岡純子からの注文に沿ったものだ。台詞自体は計一が考えて口に出しているものだが、我ながら上出来だと計一は思う。


(いなくなったのがまだ信じられない。いつも僕の傍にいたあいつらが)


 幼稚園の頃からずっと一緒だった宗徳と仁の二人の存在は、真にとって自分の人生のかけがえのない一部だったかのように、今は思える。


「さーてと、もう聞きたいことがないなら、そろそろやろうぜ。逃げる気が無いってんなら、お前も俺に復讐する覚悟、決まったってことなんだろ? これがラストゲームだ」


 煽り言葉が効いたと見えて、黙って佇む真に、計一の方から声をかける。由美を前もって殺すことは出来なかったが、こうして宿敵と向かい合い、自分の気持ちを全てぶつけた今、もう雪岡純子の指示などどうでもよいと感じる。ここでケリをつけたい。

 たとえ圧倒的な力の差があっても、真がどんな反撃をしてくるかわからない。油断をしてはならない相手だということは、思い知っている。慎重な足取りで真へと歩み寄っていく。


 そんな計一の警戒をせせら笑うかのように、真はいきなり銃を抜いて撃つ。


「またかっ!」


 壊した後でまた銃を仕入れていると思わなかった計一は、慌てて銃弾をかわす。銃口の向きや殺気のポイントで銃弾を予測してかわすという、コンセント服用も含めた裏通りの住人と同様の芸当も、計一も一応は可能ではあるが、余裕をもって行えるものではない。


 冷や汗が噴き出るのを感じながら、計一は一気に真との距離を詰めようとして、猛スピードで坂を駆け上がる。その勢いと速度は、真が前もって想定したものよりずっと速かった。地の利などあってないようなものと感じさせるほどに。


 撃てるのはあとせいぜい一回。それを外せば自分は宗徳や美紗のように殺される。真は覚悟を決め、照準を合わせて引き金に力をこめる。


(馬鹿が……見え見えなんだよ。その銃弾の軌道、俺には撃つ前から見えるんだよ)


 走りながら、自分に銃口を向けて殺気を膨らます真を見据え、計一はほくそ笑んだ。

 避けるのもギリギリで危険な行為とはいえ、あと一度避けさえすれば、それで自分の勝ちは確定だと信じて疑わなかった。


「おい! 梅宮!」


 だが、そこで全く予想外の出来事が起こった。掛け声と共に、藪の中から由美が姿を現したのだ。


(馬鹿な……このタイミングで出たら、駄目だろ)


 真は呆然としつつ、由美の死を予感した。

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