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マッドサイエンティストと遊ぼう!  作者: ニー太
最終章 マッドサイエンティストをやっつけて遊ぼう
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32

 美香は事務所で呆然としていた。椅子に腰かけ、虚空をただ見上げて何にもしない状態が続いている。


「オリジナルが呆けているにゃー」

「大きな戦いが終わった後で虚脱しているのでしょう」


 七号と十三号が言う。


「それもあるかもしれないが……違う」


 叫ぶように喋るのではなく、アンニュイな口調で話す美香。


「真は……目的を全て果たした。私もそれに多少なりと手助けをした。そして……真は……」

「純子と目出度く結ばれ、用無しとなったオリジナルを思い出すことは二度とありませんでしたとさ。めでたしめでたし。ぐほおっ!」


 茶化す二号に、美香が地獄突きを決めた。


「真に大きな貸し作ったってことでいいじゃない。真はオリジナルが困った時には、全力で助けてくれるんじゃない?」

「そういう問題か?」


 十一号のおかしな慰め方に、美香は一瞬微笑を零す。


「まあ、二号の言動はともかくとして……いつまで経っても未練たっぷりに、引きずっているのは事実だ」

「自覚しながら、ずっと引きずりながら、真や純子と付き合っていたのね」


 十一号が呆れて息を吐く。


「さっさと別のいい男を見つけるにゃー」

「それがいいですね」

「だめだめだめだめだめっ、売れなくなるまでは恋愛は禁止じゃーっ」


 七号の言葉に十三号が笑顔で同意したが、二号は血相を変えて反対した。


「他の男云々はともかく! 真とはなるべく距離を置いた方がいいのは確かだな!」

「いや、今更その答えに行き着いたの? オリジナルって未練たらしいうじうじした性格ってだけじゃなく、相当馬鹿なんじゃない?」


 いつもの調子を戻して美香が叫ぶと、二号が真顔で問う。


「そうだな……私はそういう馬鹿だ!」


 普段なら激昂している美香だが、自虐の笑みを浮かべて認める。


「距離を置く発言も撤回! 未練たらしくうじうじしながら、これまでと同じ関係で構わん!」

「本当にそれでいいの?」


 ころころ主張と方針を変える美香を、十一号が半眼で見る。


「前もこんなことがあった! 無理して自分を変えようと足掻いたあげく、失恋ソングばかり作っては歌っていた時代だ! あれはあれで一つの財産と言えるが、似たようなことの繰り返しになりかねない! 流れるままに自然が一番!」

「その通りだにゃー」

「私はそれでいいと思います」

「思考停止じゃね? あほくさ」


 元気よく叫ぶ美香の主張に、七号と十三号は同意し、二号は半笑いで吐き捨てていた。


***


 グリムペニス日本支部ビルの音木史愉の専用ラボ。デビルの亡骸他、様々な能力者の遺体を回収した史愉は、研究に勤しんでいた。


(純子にマッドサイエンティストを辞めさせた?)


 研究作業に没頭する一方で、真の最後の報告が何度も頭の中で蘇る。その話を聞いて、ずっとモヤモヤしっぱなしだ。


「ぐぴゅう……ふざけんじゃねーぞー……」

 史愉は何度も声に出して毒づいていた。


「そんな必要、どこにあるんだぞー。何で辞めなくちゃいけないんだぞー。真のくっだらないエゴにどうして従わなくちゃならないんだぞー」


 どう考えても納得がいかない。真の勝手さにも腹が立つし、それに付き合う純子にも腹が立って仕方が無い。研究作業に没頭しようとしても、全然身が入らない。そのことばかりずっと考えている。


「ま、いいか……。その程度で辞めるなら、純子なんてその程度の存在だったのよ。その時点で負け組よ」


 素の喋りになって、酷く弱々しい声で、史愉は呟く。


(そんな程度の存在をあたしはずっと追っていたの?)


 情けない気分になる。寂しい気持ちになる。悲しさすら覚える。


(心の中にまた大きな穴が一つ開いた。ハリーやルカを失った時とはまた一味違う喪失感。何で……)


 作業の手が止まる。うなだれて、しばらく目を瞑る。


「畜生……何なのよ……。この気分は……。ぐぴゅぴゅ……。気持ちに整理……つかないよ……どうしていつもあたし、こんな風に失ってばかりなの……?」


 虚空に向かって涙声で問う史愉であったが、答えは返ってこない。


***


 薬仏市。倶楽部猫屋敷。


「私、また留守番だったよ。そんなに私って力不足?」


 桜が不服げに言い、ターンテーブルの上でくつろいでいるミルクを睨む。


「桜は転烙市で活躍で来たからまだマシにぅ。僕と繭もお留守番だったにぅ。僕達の方が留守番率高いにぅ」

「くぅ」


 ナルが言い、隣にいる繭が頷く。


『かなり危険な戦いになると思ったからな。そういう時は戦力を絞るのが私のやり方だ。小数精鋭にした方がいい』


 と、ミルク。


「相沢はやり遂げたな。全くもって大したもんさ」

 バイパーが称賛する。


『あいつのことは、認められる部分とそうでない部分があった。だから最初、あいつから共闘を持ちかけられても応じなかったが……』


 初めて会った時の真を思い出し、ミルクは話す。


『若さの特権――勢いか。私にもそんな時期があったな。歳食った今はすっかり守りに入ってしまったようですよ』

「ミルクも頑張るがいいにぅ」

『ふんっ、言われんでも頑張るわ』


 ナルにからかわれ、ミルクが鼻を鳴らして後ろ足で首を掻く。


「葛鬼勇気が国家元首なんだし、ミルクの事も気にかけてくれているんだから、そっち経由で、人外の地位だって保障してくれるでしょ」

「だな。だがミルクが掲げている、人外がこっそり人の上位に立つってのは、反対すんじゃねーの?」


 桜とバイパーが口にする通りだろうと、ミルクも見ている。自分の当初の目的を達成するのは、色々と困難だ。現実を見て妥協した方がいいと、ミルクにもわかっている。しかし自分の信念を曲げるのが、癪で仕方がない。


(人外の支配する世界を無血で作るなんて目的、無理があるのはわかっている。それでも……少しずつ進んでみる)


 無理だろうと、挑むことを諦めきれないミルクは、信念を曲げなかった。


***


 日は暮れている。


 真が訪れたのは、安楽市絶好町にある、九階建てのビルの屋上だった。


 屋上の扉を開くと、そこにみどりがいた。

 みどりはフェンスの外で、真の方に体を向けているが、うつむき加減になっていて、その表情は伺い知れない。


「真兄、それ以上寄るな。話はそこで聞いてよ」

 硬質な声で告げられ、真は足を止める。


「何も言わずに……消えるつもりだったけどさァ、迷っていたけど……やっぱ、真兄にだけは、ちゃんとお別れが言いたくてね」


 そう言ってみどりは顔を上げ、にかっと歯を見せて笑う。一見していつものみどりの笑顔――のように見えて、違和感があった。悲壮感溢れるダークなオーラを纏い、目は全く笑っていない。


「嘘鼠の魔法使いが、記憶と力を魂に書き記したって言ってたよね? あたしもそれをしたつもりだった。でもあれって正確には違うんだよ。魂にはずっと記憶が残っている。あたしも嘘鼠の魔法使いも、それを引き出しやすくしただけなんだわさ。あたしははっきりと引き出す術も身に着けてるけどさ」


 脈絡の無い話を始めるみどりだが、真は黙って聞く。


「あたしさ、最初にも言った通り、記憶と力の継承はこれで最後にする。次死んだら、普通に転生する。普通にリセットする。そして……あたしは薄幸のメガロドンの奴等と約束したんだ。あいつらを死に追いやったみどりも、すぐに後を追うって。皆と同じ条件で死ぬって、約束した。その前に真兄に付き合ってちょっと遊ぶけど、その遊びが終わったら皆の後を追うって、約束したんだよぉ。心の中で勝手に約束しただけなんだけどね」


 みどりの声は、話の途中から次第に震えていた。


「僕のために……僕がお前を利用するためだけに、お前を雪岡研究所に連れてきたわけじゃない。精神をリンクさせたのだって……」

「あばばば、やっぱ真兄、気付いていたんだ。そうなんじゃないかと思っていたんだけどさ」


 真の台詞を聞いて、みどりが乾いた声で笑う。その目は潤んでいる。


「真兄は純姉や御先祖様を救おうとしていただけじゃない。あたしのことも死なせまいとしてたんだね。ったく、どこまでおせっかいなんだか。何様なのよ」


 みどりの目から涙が零れ落ちる。夜ではあるが、真の目にははっきりと見えた。


「無理して死ななくちゃいけない理由があるのか?僕らと一緒に過ごして、馬鹿やって、楽しんで、それじゃ駄目なのか?」

「うん、駄目だよ。あたしは真兄と約束した分の遊びだけのために、そのためだけの時間て、最初に決めてたもん。あいつらだけ逝かせて、あたしがのうのうとこの先も生き続けてって、そりゃ無理だわさー」

「そいつらは、お前が死ぬことを望んでいるわけでもないだろ」


 真は感情を交えず、いつもの抑揚に乏しい口調で、冷静に説得していた。実際あまり感情的にもなっていない。


「これはあたしの中のけじめだわさ。何もかも真兄の思い通り、ハッピーエンドにさせてあげられないのは、悪いと思ってる。真兄、めっちゃ楽しかったよォ~。いや、マジで最高だったわ。死にたくないなんて思ったのは、これが初めてだよ」


 無表情で静かな真とは対照的に、みどりは顔をぐちゃぐちゃにしていた。


「真兄といた時間、長いようで短い、濃密な時間だったけどさ。薄幸のメガロドンの奴等と一緒にいた時間も、凄く大事な時間だったんだ。だから、あたしは約束を果たす。ごめんね……これだけは譲れないんだよ」


 みどりが真に背を向ける。足まで届く長い髪がたなびく。


「ま、気にすることないぜィ。またすぐ会いに行くからさ。ちょっとの間だけ待っててくれればそれでいいし。悲しむことないって。んじゃ、そういうことで」


 真は何も声をかけようとしなかった。かける言葉が見つからなかったわけではない。声をかける気が無かった。


「イェア、哀しき別れもまたよきかな、だぜィ」


 最後に笑い声でそう言い残すと、みどりが一歩踏み出し、ビルの上から飛び降りる。


 真はみどりを止めなかった。止める気は無かった。止める必要すら感じなかった。

 何故なら――

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