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一夜が明けた。
アルラウネの巨大合体木ガオケレナによる、全世界の人間に超常の力を付与する種子の散布は、未遂に終わった。ガオケレナに投与された薬品はそのまま効果を発揮し、ガオケレナの種子は消滅し、特殊な種子を育む力も失われた。
転烙ガーディアンとオキアミの反逆は、それぞれ転烙市とぽっくり市へと帰還した。余計な争いを避けるために、PO対策機構は彼等の行動を一切不問にせざるを得なかった。首謀者である雪岡純子もその傘下の者達も、罪を咎められる事は無い。これまた不問にせざるを得ない。
「ほんの一部の大馬鹿野郎共が、何で首謀者を不問にするんだとかぬかしていたが、誰が裁けるんだとか、不服ならお前が裁けよと言われたら、あっさりだんまりだ」
新居がけらけらと笑う。新居の前には、悦楽の十三階段の面々――沖田、弦螺、エボニー、真がいる。
「真はごくろうだったにゃー。これにていっけんらくちゃくにゃー。じごしょりもがんばるにゃー」
「事後処理も僕がやるのか?」
「まあ事後処理は我々が行うから、君はゆっくり休みたまえ」
エボニーの台詞を聞いて、真は頭の中でしかめっ面になったが、笑いながら告げた沖田にほっとする。
「ガオケレナは今後どうするるる?」
「切り倒すわけにもいかない。あれは植物だけど、心を持った生物として扱わないと。そもそも切り倒す事も出来ない。危害を加えようとすると、ガオケレナも超常の力で反撃してくる。そしてガオケレナも最早無害な存在になった」
弦螺の問いに、真が答える。
「無害だけど、安楽市民球場はもう使えねーな」
「野球は出来ないけど、ろくでもないイベントするだけのスペースはあるだろ」
新居の言葉を受け、真が言った。
***
魔術教団『コンプレックスデビル』日本支部の一室。
「竜二郎の死体は回収しておいたわ。はい、これ」
導師のシャーリー・マクニールが、机の上に次々と触媒を置いていく。
「こっちは脳みそで作った護符。こっちは心臓を使ったディスク。これは脊髄を削った小杖。このゴブレットは頭蓋骨で加工」
「私は心臓と脳みそ」
「伽耶ズルい。心臓取るなら脳みそは私に譲ってよ」
伽耶と麻耶で取り合いを始める。
魔術師が死んだら、その亡骸は余すことなく触媒へと変えられる。そうした触媒は、親しい魔術師が受け取る事になっている。
「竜二郎には恵まれた才能があったのに……残念ね」
シャーリーが悼む。
「生き死にをかけた世界に足を踏み入れた時点で仕方ない」
伽耶が悲しげな顔で言った。
「竜二郎と伽耶の分まで、私は人生を楽しむ」
「私まで殺すな」
麻耶があっけらかんと言い、伽耶が突っ込んだ。
「貴方達二人は経験を積んで、随分と逞しくなったように見えるわ」
姉妹に向かって微笑みかけるシャーリー。
「修羅場に無理矢理付き合わされた」
うなだれる伽耶。
「都合のいい女になった。もしくは召喚獣扱い」
死んだ魚の目で麻耶。
「私は嫌だったんだけど、麻耶のせいで……」
「愛故に人は苦しまねばならぬって、何度も言ってるでしょ」
「麻耶には愛など要らぬ。ていうか、その愛は早く捨てて。どうせ真は麻耶のこと歯牙にもかけてないから」
「愛を疑うのは最も恥ずべき悪徳。伽耶は姉の愛さえ疑っている」
「黙れ下賤の妹。何度も言うけど私が姉だから」
不毛な言い合いを続ける牛村姉妹を、シャーリーは微笑ましく見つめていた。
***
安楽市絶好町繁華街の南にある公園『安楽大将の森』の中にある、土産屋兼喫茶店『弾痕の安らぎ』。
累、綾音、蟻広、柚の四人が同じ席に着いている。隣の席には日葵がいた。日葵の連れている家畜は店の外で待機している。
「全て終わりましたね。お疲れさまです。蟻広」
「師匠……裏切り者だったんだってな」
綾音が労うと、蟻広が半眼になって師を見た。
「ええ、とんだ裏切り者でした。僕が叱っておきました」
累が冗談めかして言った。
「全て片付いたが、私達はどうするの? また転烙市に戻る?」
「いや、終わったんだからその必要は無いだろ」
柚が伺うと、蟻広が大きく息を吐いて答えた。
「蟻広が死ななくてよかった。勤一と凡美が死んで……私の中には常に不吉な予感があったから」
「何であの二人と俺をそんな風に繋げるんだ。マイナス4な」
柚の不安を聞き、蟻広は再度息を吐き、不機嫌そうに告げる。
「心配したらそんなにマイナスされることか?」
心外だとして、抗議の視線を向ける柚。
「心配もそうだけど、あの二人と繋げる理由がわからないぜ」
「私達とあの二人と、何となく似ている気がしてね」
「似てないだろ。どこが似てる」
「男と女でいつも一緒にいる」
「いやいやいやいや……たったそれだけの共通点で……似ているわけないだろ。お前ちょっとおかしいって」
柚の発言を聞いて、ピントが外れていると思いかけた蟻広であるが、よりにもよって綾音達の前で、いつも一緒にいるなどと言われて、そちらの方が気になって、誤魔化すように否定する。
「やれやれ、あんたらさっさと子作りしな」
「なっ……」
日葵の直球な言葉を投げ付けられ、蟻広は顔が熱くなる。
「今時珍しくウブな子だねえ。さて、あたしゃ御久麗の森にまた戻るよ。たまには外に出てみるのもいいけど、やっぱりあたしはあそこが一番落ち着くよ。フィッフィッフィッ」
そう言って日葵が席を立つ。
「私も里帰りしてみようかな」
柚が言った。
「ふるさとって認識なのかよ。嫌じゃなかったのか?」
「忌まわしい牢獄であり、懐かしき故郷でもあるな。安心しろ。あそこで暮らすことはしないから」
訝る蟻広に、柚はにっこりと笑ってみせる。
「父上も御久麗の森に来られてみては如何でしょうか? 御久麗の森に限らなくてもよろしいですが、父上程の術師が修行場に来られれば、歓迎されますよ」
「気晴らしにいいかもしれませんね。綾音も同行してくれるのでしたらいいですよ」
綾音が提案すると、累はあっさりと了承した。
「何だよ、今ここにいた全員で御久麗の森に行くことになるのか」
「これも縁の導きね」
蟻広が肩をすくめて笑うと、柚がにっこりと笑い返した。
(この子は段々と女の子らしい表情が増えてきましたね)
柚の嬉しそうな笑顔を見て、綾音は思った。
***
明時神社。
「あのさ、真面目な話があるんだ」
鈴音が正座して、目を大きく見開いて凄まじい視線の圧を勇気にかけつつ、声をかけた。
「何だ?」
鼻白みながらも応じる勇気。
「もう私、勇気の家来辞めたい」
鈴音がきっぱりと告げる。勇気は何も言わず黙って聞いている。
「女の子として見て。女として扱って。勇気の彼女にして」
さらに口にした鈴音の台詞を聞いて、勇気は憂いに満ちた表情でうつむき加減になる。
「どうやら……真面目に話さないといけない時が来たみたいだ」
鈴音から視線を外して、勇気は告白する。
「俺は性に対して拒絶反応が出る。意識すると吐き気を催す」
「知ってる」
鈴音が速攻で口にした台詞を聞いて、勇気は顔を上げた。知られていた事にわりとショックを受けていて、固まってしまっていた。
「知ってたのか……。鈴音のくせに生意気だが、まあそれは大目に見てやるとして、お前が俺とそういう関係になるとしたら――」
「私が勇気の心の傷を癒す努力する。頑張ってみる」
勇気の言葉を遮り、力強く言い切る鈴音。
「そういうこと一切しないで付き合う……じゃダメなのか?」
勇気が珍しく控えめな口調で伺うが、鈴音はぶんぶんと激しく首を横に振った。
「絶対駄目。勇気も知ってるかもしれないけど、私、性欲モンスターだよ。勇気のいない所でオナリまくってたし。もちろん勇気のこと考えて」
「知ってたよ……。おまけにマゾだ」
「えええええっ!? それは知られたくなかったのに! 知ってたの!?」
鈴音が驚愕し、頭を抱えて大声をあげる。
「バレバレだったが……」
勇気が嘆息する。
「も、もしかしてそんな私に合わせていつもサービスしてくれてた?」
「そんなわけあるか。調子に乗るな」
伺え鈴音に、勇気が手を出して何かしようとしたが、鈴音は勇気の手首を握って制した。
「じゃあ勇気、訓練していこう。まずキスからね」
「まずにしてはハードル高いっ」
「高くないよ」
「高い。断固拒絶する」
「名前は勇気なのに、勇気の無い意気地なしな勇気」
「こ、こいつ……」
ニタニタ笑ってからかう鈴音に、勇気が怒りのあまり歯ぎしりする。
(ああ……二人、とうとうそういう仲になっちゃうのか……)
拝殿の外でこっそり会話を聞いていた政馬が、悲嘆に暮れていた。
(胸が張り裂けそうなくらいに痛い……。眩暈がする……。わかってはいたけど……辛い……)
「おや、政馬ではないか。何をしているんだ?」
そこに星炭玉夫が現れ、声をかける。その声は明らかに拝殿の中にも届いていて、政馬が外にいた事もこれで伝わってしまった。
「ちょっと……今は声かけないでほしかった……」
政馬が肩を落として言ったその時、拝殿の中から勇気が現れる。
「政馬……いいタイミングで来てくれたっ」
勇気が助かったという感じの安堵の表情で声をかけるが、政馬はしょぼくれたままだった。




