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マッドサイエンティストと遊ぼう!  作者: ニー太
最終章 マッドサイエンティストをやっつけて遊ぼう
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26

「嘘だよね……。いや、これ夢? 幻覚攻撃?」


 幻術では無いとわかっていても、あえて口にして尋ねる。


「現実です。幻覚でもありません」


 嘘鼠の魔法使いが手を伸ばし、純子の頬に触れる。


「真が前世の力を引き出す場面は見たことがあるでしょう? 部分的にのみならず、全て呼び出す事も出来るのですよ」

「それが真君の奥の手だったんだね。あはは……。私に内緒で、色々と力をつけていたんだ」


 純子が幸せそうな笑顔で、ゆっくりと嘘鼠の魔法使いの方に身を寄せ、すがりつくようにして抱き着いた。


「私さ……マスターの事がどうしても諦められなくて、ずっと生きてた。死を拒み、輪廻転生を拒み、今のままを維持して、マスターのこと忘れたくなくて、それで再会を待ちわびて……でも、一つだけ、確かなことがあるんだ。例えマスターの生まれ変わりに会えても……もうマスターは死んじゃったし、二度とあの姿で私の前に現れる事は無いって……。死は絶対で、覆らない。死んだ者は生き返らない。なのに……」


 言葉を詰まらせる。忘れていた感触が蘇りそうで、ぎりぎり蘇らない。あと少しで決壊しそうなのに、もう少しで溢れ出しそうなのに、あと一歩及ばない。涙は流れない。


「なのに、私はこうしてマスターと触れているの……。こんな奇跡ってあるの? あっていいの? 世界の絶対法則壊しちゃったの?」

「ええ、神の定めた法則に逆らってみました。しかしこれほんの少しだけ、ほんの束の間だけ、世界のお約束を壊したに過ぎません。がっかりさせるかもしれませんけど、先に言っておきます」


 微苦笑を浮かべ、断りを入れる嘘鼠の魔法使い。


「愚かですよ。貴女は……。私のことなど忘れて、誰か他の良い男と結ばれ、幸せを手に入れればよかったのに。そうすれば、千年も辛い孤独を彷徨う事も無かったでしょう」

(お前がそれを言うか……)


 自分で仕向けておきながらぬけぬけと言う嘘鼠の魔法使いに、真は呆れていた。


「マスターのいない幸せなんていらない」

 抱きしめる腕に力を込める純子。


「ていうか……マスターもとんだ嘘吐きだよねえ。私がそうするってわかってたでしょ? いや、そうするように仕向けておいたんだよね」

「流石にわかりますか。いえ、見抜いていてなお……」


 純子に指摘され、嘘鼠の魔法使いは罪悪感を覚える。


「マスター、悔しかったんだね? 哀しかったんだよね? 自分の死を予知して……自分が望みを叶えられない事に絶望していたんだよね? 私……しばらくしてそれに気付いたよ」


 純子のさらなる指摘に、嘘鼠の魔法使いの胸が疼く。胸が熱くなる。目がしらも熱くなる。喉の奥が乾く。喉の奥から何かがこみ上げてくるような感触を覚える。


「でも絶望したマスターは、私に希望を託した。私はその希望を叶えるつもりでいた。マスターの希望は私の希望にもなっているんだよ」


 純子が口にしたこの台詞は、嘘鼠の魔法使いにとって最高に嬉しい言葉であると同時に、後ろめたさも感じる代物であった。


「ではシェムハザ、貴女の千年の旅の成果を見せてください」

「んー?」


 嘘鼠の魔法使いの台詞の意味がわからず、純子は嘘鼠の魔法使いから体を放し、師の顔を見上げた。


「貴女の叡智で、私を留める方法を見つけてほしいのです」


 嘘鼠の魔法使いの要求を聞いて、純子の表情が少し曇る。


「そのために私は貴女に呪いをかけ、私自身の魂にも仕掛けを施したのです。この未来を見ましたから。私のこのパーソナリティーを魂の表層に留め、現世の真と入れ替えるのです。私の残留思念を確固たる自我として顕在化させて、この体を自由に扱えるようにするのです。シェムハザ、貴女になら出来るでしょう?」

 嘘鼠の魔法使いがなおも話す。純子は無言で耳を傾けている。


「シェムハザ、貴女の力によって、私は自分を取り戻すことが出来るのです。蘇り、二人で手を取り合って、世界を変えることが出来るのです。真は、私と貴女の目的を妨げる者です。私と真とを入れ替えれば――」

「マスター……すまんこ。それは出来ない相談だよ」


 純子が微笑を浮かべ、嘘鼠の魔法使いの言葉を遮り、はっきりと断った。


「今のその魂も肉体も、真君のものだよ。それは譲れないし、マスターが乗っ取ることは認められないし、私はその手伝いなんて絶対にしない」


 断固たる口調で拒絶する純子。嘘鼠の魔法使いは意外そうな顔もしないし、残念がることも落ち込むこともなかった。まるで予想通りだと言わんばかりに、微笑をたたえたままだ。


「それとね、私はマスターのこと大好きだし、また会えたこともすっごく嬉しいけど、今私が一番好きなのは、マスターじゃないんだ。私がこの世で一番好きなのは真君なんだ。同じ魂だから、こんなこと言うのも変だけどさ」


 そう言いつつも、言葉とは裏腹に、純子は嘘鼠の魔法使いにもう一度抱き着く。


「もう、千年の呪いはとっくに解けているの。その甘い呪いはもう必要無い。何でかは、言わなくてもわかるよね?」

「ふふふ……どうやら真の賭けが勝ったようですね。何となく……薄々、私もそうなりそうな気がしましたが。そして今のシェムハザの台詞――男冥利に尽きる代物です。真が泣きそうなくらい喜んでいますよ」

(余計なことを言って……)


 実際、純子の言葉を聞いて喜びに打ち震えていた真だが、嘘鼠の魔法使いがそれを純子にバラしたので、憮然となった。


「真君は私を信じていたから――マスターが持ちかける話を拒否すると信じていたから、私の前でマスターを出したってこと?」


 嘘鼠の魔法使いに抱き着いたまま、純子が尋ねる。


「そういうことですよ。賭けるどころか確信でしたね。賭けていたのはきっと私だけでしょう。しかも分の悪い賭けだとわかっていましたよ」

「そっかー。でもさ、今マスターが言ったこと、矛盾してるよ? 真君と入れ替える方法を見つけて欲しいと言っておきながら、真君と入れ替えれば妨害する者はいないとかさあ、それって今ここですぐ入れ替えることが前提な話だよ。真君は今この時点で、私の目的を阻んでいるのに」

「言われてみればそうですね。迂闊でした」


 純子に指摘されて、嘘鼠の魔法使いは苦笑する。


 嘘鼠の魔法使いは、大して期待をしていなかった。純子の反応を伺うニュアンスで、自分を真と入れ替えて主導権を握らせろと言ってきた。そして純子もそれをあっさりと見抜いていた。


「千年前、私が別れ際に口にした言葉を覚えていますか?」

「うん。マスターよりも素晴らしい子と今いるけど、魂は同じだから、裏切ったことにならないよ。うん、これはノーカン」


 そう言って純子は嘘鼠の魔法使いと離れ、嘘鼠の魔法使いの顔を見上げて悪戯っぽく笑う。


「では……今度こそ本当のお別れですよ」

 嘘鼠の魔法使いの姿がぼやけていく。


「ううん、お別れにはならないよー。ずっと一緒にいるから」


 純子が言ったその瞬間、嘘鼠の魔法使いの姿が消え、元の真の姿に戻った。


「私はね、真君。気が遠くなるくらいの……無限とも錯覚するほどの年月を歩いてきて、人の世の移り変わりをこれでもかってくらい見まくって、長い長い旅を続けながら、君と会える日を夢見て、そしてある時ばったりと君に出会えて……あの時、嬉しくてもう、それだけでもう死んでもいいと思えるくらい嬉しくて……」


 真を見つめ、純子は夢見るような笑顔で語る。真は無言で聞いている。


「君と再会してから今日に至るまで、ずっと甘く幸せな夢の中にいるように思える。千年間も、いっぱい悪いことし続けて生きてきた私がさ……。こんな幸せでいいのかなって思っちゃう。だから……」


 純子が真の頬に手を伸ばしてなぞる。真は何も反応しない。ただ純子の話を聞いている。


「ずっと探してた。千年間、私の涙が枯れても、魂は泣き続けていた……。ずっと泣きながら探して歩き続けていた。千年だよ……。わからないでしょ? 私以外には誰もわかるはずがない。これ……でも私がやったことだよ。私が自分でかけた呪い……」


 うつむき加減になる純子。真がここで動く。自分の方に触れる純子の手に、真が己の手をそっと重ねる。


「でも、でもね……後悔したことは一度も無い。凄く辛くて悲しくて苦しくて寂しかったけど、一度もこの選択を悔やんだ事は無い」


 静かな口調で、力を込めて言い切る純子。


「千年前に絶望して泣いていた私に教えてあげたい。千年前に、絶望なのか希望なのかわからない旅路に出た私に、教えてあげたい。千年間一人で歩き続けていた私に教えてあげたい。私の想いは生きている間に、ちゃんと叶ったよって……」

「そうか」


 真が短く言葉を発すると、純子は顔をあげた。いつもの屈託の無い笑顔で、真を見つめる。


「君が叶えてくれた。ありがとさままま……。私、嬉しくて嬉しくて、心がふわふわのぴゅーになっちゃってる」

「じゃあその恩に報いてマッドサイエンティスト辞めろ。この計画も全部ふいにしろ」

「あははは、それはそれ、これはこれだよ」


 真がストレートに要求すると、純子は笑って拒んだ。

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