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政馬は一人うなだれていた。
「早まって空回りしちゃったなー。おかげでね、無用な犠牲も出しちゃったよね。それで成果無しだから救いが無いよね」
「思い付きだけで暴走するなって、小さい頃から何度も注意していたでしょー」
ぼやく政馬に対し、渋面のアリスイが腕組みして言った。
「今回ばかりは反省してるよ。絶好のチャンスだと思ってから、つい動いちゃったんだ」
「何度もその台詞は聞いてるわ」
しゅんとしている政馬に、険のある声で告げるツツジ。
「責任ある立場なんですから、慎重にならないと駄目ですし、そろそろ成長しないと駄目駄目ですよー」
「信じたのに裏切ってくれたわよね? 怒るって言ったよね?」
「ああ、すっかり忘れていましたよ。陰謀企まないと言ったのに、約束したのに、あっさりと裏切ってくれましたよねー?」
その後、ツツジとアリスイの二人がかりで延々と説教が始まる。政馬は珍しく黙って聞いていた。
「戦闘員は死ぬことも覚悟のうえで臨んでいる。僕もね。とはいえ、無駄死にさせる事態は頂けない。僕のせいで無駄に死なせたようなものだ。今回は本当に反省している」
政馬がこれまた珍しく、慎ましい言動を取る。実際かなり堪えていた。
「反省したなら同じ過ちは繰り返さないで。政馬の一番悪い所は、思い付きや勢いだけで滅茶苦茶やりだす所と、失敗を繰り返す所よ。ヨブの報酬の襲撃も、不意打ちが上手くいったからよかったけど、しくじたらかなり危なかったんじゃない?」
「わかってる」
念を押すツツジに、政馬は真顔で頷く。
「しかしその衝動的に滅茶苦茶やってしまう所が、政馬の魅力でもあるんですけどねー。それによって大きな成果をあげることもありますしー」
「アリスイ、余計なこと言わないで」
にこにこ笑って茶化すアリスイに、ツツジが一層険のある声で注意した。
***
「ちょっとー、勝手に入らないで!」
次々と球場の中へと入って行くPO対策機構の兵士達を防ごうとして、空飛ぶカボチャの上に乗ったネコミミー博士が、ニンジンをミサイルのようにして何発も射出する。
「あぶっ、あぶば!」
輝明と修の側に着弾したニンジンが爆発を起こす。修は余裕を持って、輝明は回避しそこねて、爆風を浴びて悲鳴をあげていた。
「厄介なガーディアンだ」
バイパーが石を拾い、ネコミミー博士に向けて投げつける。
ネコミミー博士はルーン文字が刻まれた大根で、石を打ち落とす。
「厄介なのは君達なんだよ」
ネコミミー博士がバイパーを見下ろし、眉間にしわを寄せて言うと、ルーン文字が刻まれたトマトを大量に発生させ、バイパーに向かって射出する。
トマトを受けたらどんな効果があるかわかったものではないので、バイパーは走り回って尽くかわしていく。
「敵が回復しまくってる。全体連続回復っていうか、強リジェネ持ち?」
「強リジェネ持ちの敵を連発するゲームは糞ゲー」
伽耶が言うと、麻耶が心底忌々しげな顔になって断言した。
「全員、交戦は適当にしておけ。突入することを最優先しろ。今はその好機だ」
真が告げたその時、PO対策機構の兵士達に異変が生じた。
「え? 引っ張られているっ」
きょとんとした顔になる松本。球場の中へと見えざる力で体が引きずられている。
「引きずり込まれてるけど、これ平気なのか?」
梅津が真の方を見て問う。PO対策機構の他の面々も、吸引されるかのような動きで、次々と球場内へと体が引っ張られている。
「こっちの手引きだと思う。雪岡達がこんな真似するはずがないし」
真が答える。真の体も引きずられ始めている。
(多分、ガオレケレナの仕業だろうけど……いいのか? 雪岡にバレてしまうというのに)
予期せぬ展開に、懸念を抱く真。
「ぐっぴゅっぴゅーっ。こっちは純子と戦っている最中なのに、余計なことすんじゃねーぞー」
史愉が抗議の声をあげる。
「抗いがたい強大な力じゃの……相当な強者も数多くいるというのに、それをまとめてとは。これがあの木の力か?」
チロンがガオケレナを見上げ、その力を脅威に感じる。
「強引に突入しようとしているのではなく、大きな力で引きずり込まれているように見えるな」
やっと再生した霧崎が、PO対策機構の兵士達の様子を見て言った。
「んー? そういう力のある人が、すでに中にいるってことかな?」
純子が訝る。純子はまだこの時点では、ガオケレナの仕業という発想には至らなかった。
「真の言動を聞いた限り、皆で中に入って球場を占拠するみたいだよ」
カボチャに乗ったままのネコミミー博士が、純子の側にやってきて言った。
「占拠してどうするつもりなんだろ。ガオケレナの破壊は無理だと思うんだけどなあ」
「その方法があるかもしれないから、放ってはおけまい。ガオケレナにも微妙な変化が生じていたし、すでに何かをした後かもしれんぞ」
「そっかー」
霧崎に言われ、純子もガオケレナの状態を探る。
その時点で純子は、目の前で発生している現象の正体がわかった。ガオケレナから強いエネルギーが生じていたのだ。
「彼等を引きずり込んでいる者の正体がわかったよ。ガオケレナだ」
「何だと……」
「ガオケレナの意思? ガオケレナに自我が芽生えていて、しかも真君達に味方しているってこと?」
純子の言葉を聞いて、霧崎とネコミミー博士が驚く。
「そう考えるのが自然だよ」
ネコミミー博士の言葉に頷く純子。
三人の元に、鯨化を解いたワグナーが、服を着ながらやってきた。
「球場内にいた兵士達が強制転移で追い出されています。空間操作封じの結界を突き抜けていますよ」
ワグナーの報告を見て、純子達が周囲を見回すと、確かに中にいた兵士達が次々と球場周辺に現れている光景が、飛び込んできた。
「それもガオケレナの仕業っぽい?」
ネコミミー博士が伺う。
「そうだろうねー。球場全体に外側から、空間操作封じの結界を強化しないと、こっちが突入してもまた追い出されちゃうし、時間かかるなあ」
ガオケレナを見上げて、顎に手をあてて思案する純子。
「こっちも奥の手を出した方がよさそうだねー」
「悪魔の偽証罪かね?」
「それはラスト。奥の手の二つ目を出すと言った方がよかったかな。さっき一つ目は出したし」
尋ねる霧崎に、純子が微笑んで答えると、累に電話をかけた。
「んー? 累君と連絡つかない……。やられたってことは無い……と思いたいけど」
不穏に不穏が重なっているような、そんな気がしてくる。
(私の目から見ると、君の勝利は揺らぎそうにないが、あの子はどうするんだろうな? ただ成す術なく負けるだけか)
唐突にヴァンダムが声をかけてきた。
(真君の方に勝ってほしいのー? ヴァンダムさん、私の守護霊なんだから私を応援してよー)
肉声に出さずに、純子はヴァンダムとの会話に応じる。
(判官贔屓かもしれん)
(日本人でなくてもそういうのあるんだ)
(君とタッグを組んでいたあの子が、今やこうして君と争っている。私は、あの時私と戦っていた、君達二人組の方が好きだな)
(そっかー)
真とタッグを組んでいる方がいいとヴァンダムに言われて、純子は嬉しくなった。
「この球場全体に空間操作封じの強化をするには、かなりの時間がかかるぞ。どれほど強化すればいいのかもわからん」
「悶仁郎さんがいればねー」
霧崎が言い、ネコミミー博士がぼやく。
「しょうがないなあ。一応はその路線で。でも、陽が落ちてもその作業が終わる兆しを見せないなら、抵抗力の強そうな人達だけに絞って、突入しよう」
純子が決定した。
「時間稼ぎをしたいたいがための、強引な突入と占拠だろうな」
「余裕がないからこそその強引な突入ですね」
球場を見やりながら霧崎が言い、ワグナーが同意する。
「時間稼ぎをしているにしても、どの程度の時間が経過すれば不味いのか、わからないよねえ。でもさ、多分、真君達もよくわかっていないと思う」
時間的な余裕がないというより、どれだけ余裕があるのかわからないからこそ、無理な突入をしたのではないかと、純子は見ていた。
***
安楽市民球場内からは、転烙ガーディアンとオキアミの反逆の全ての兵士、全ての研究員がガオケレナによって追い出された。代わりに今、PO対策機構の兵士達が占拠している状態となっている。
「真先輩、目論見通りに出来たね」
「一応な。でもまだこれからが大変だ」
ツグミが真に微笑みかけ、真はガオケレナに視線を向けたまま言った。
「ニーニー、入ったはいいが……これからどうするんだ?」
輝明が新居に尋ねる。
「ここからは防衛メインらしい。このウドの大木が、アルラウネの種子を出さなくする薬を投与したが、効果が出るまで時間がかかるんだとよ」
新居がガオケレナを一瞥し、皮肉めいた口調で言う。
「その効果時間までキープすれば、我々の勝ちというわけですね?」
「多分そうだぞー。それでも勝ちにならないなんて面倒臭いぞー」
澤村が伺うと、史愉がもっともなこと口にする。
「逆に言えば、効果が出るまでに護れずに奪還されてしまえば、またどうなるかわからないというわけか」
「そうだな。雪岡なら薬の効果も打ち消してしまいそうだ」
アドニスと真が言う。
「伽耶、麻耶、音木と男治を癒してくれ。他にも使い物になりそうな奴を優先して回復してくれ」
「ほいきた」
「回復は苦手なのに。とほほほ」
「悪いな。勇気がいないからその分働かせる事になる」
『いてもいなくてもいつもこき使われている』
真に要請され、伽耶と麻耶は諦め顔で応じる。
ふと、真がバーチャフォンを見る。ミニサイズでホログラフィー・ディスプレイを投影する。
「あいつらが来た。みどり、ガオケレナにあいつらを転移させて中に入れるよう促してくれ」
「オッケイ、真兄」
真に促され、みどりはガオケレナに念話で伝える。
真達の目の前に、十夜、晃、凛が入ってくる。
「いきなり強制転移されて驚いた」
十夜が恐々として言った。
「やっほー、相沢先輩。待ったー?」
「別に」
晃が嬉しそうに手をあげるも、真の対応は素っ気ない。
「やあ、先輩」
ツグミが笑顔で声をかける。
「おー、ツグミもいたー。嵐の中で同族と再会~。同族よ~」
晃がツグミに向かって手を上げるが、ツグミは応じなかった。
「今の僕は男の子モードだから、そのノリは無理かな」
「じゃあ早く女の子になるんだ」
「今はこのままでいたいんだ。ラストバトルだからね」
晃が促すも、ツグミはやんわりと拒んだ。




