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マッドサイエンティストと遊ぼう!  作者: ニー太
最終章 マッドサイエンティストをやっつけて遊ぼう
3368/3386

15

 累の胸が熱くなる。頭も目頭も熱くなる。指先が震える。口の中に唾液が大量に分泌している。何かが腹の底からこみ上げてくる。全身が喜びで打ち震えている。


「何ですか……もう二度と会えないと思って……それで……会えたと思ったら……やるって?」


 累が御頭を見て涙声を漏らす。しかし表情は喜びで溢れている。


「お前が言ったんじゃねーかよ。力で示せと、心で示せと、生意気にもこの俺に向かってよう。だったら示してやるしかあるめえ。それともお前、俺とはやりたくねーか?」


 御頭が笑顔で刀を抜く。累の持つ刀と同じく黒い刀身――同じ妖刀妾松だが、こちらはあくまでイメージが具現化した代物だ。


「お前は俺よりも好きなもんがあんだろォ? お前にとって一番好きなもんは戦いだろうがよ」

「はい。そうですね」


 笑顔で涙を一筋零しながら、累は刀を構える。


「でも今は、それ以上に……抱きつきたいですけどね。別の意味でやりたいですけどね」

「悪ィな。俺も同じ気分だが、そんな暇は流石にねーし、真が嫌がるから無理だ」

「抱き着くだけでも?」

「うん……まあそれくらいは真も大目に見てくれるか?」


 御頭が真を意識して問いかける。前世の記憶と姿が顕在化して体の主導権を握っていても、真の意識は存在する。


 真は言葉では答えなかった。渋面になる自分の顔を思い描いていただけだった。それが答えだった。


「累、やり合う前に言っておくわ。お前をずっと一人にしちまったこと、寂しい想いをさせちまったこたあ、悪ぃと思ってるよ。でもよお……転生しちまったとはいえ、魂は同じ俺なんだ。今の真に精一杯甘えてくれ」

「はい、そのつもりでいます」

(甘えさせるつもりはないが……)


 黙っているつもりの真であったが、このやり取りには黙っていられなかった。しかしその言葉は御頭にしか聞こえていない。


「女の子の僕が凄く喜びそうなやり取りしてる……」


 ツグミが遠巻きに苦笑している。


「んじゃ、やろうか」

 御頭が呪文を唱える。


「気息奄々なる大喝」


 御頭を中心として旋風が発生する。そして旋風を纏った字様態で、御頭は累めがけて突っ込んでいった。


「黒蜜蝋」


 累も術を完成させていた。黒い刀身からコールタールのようなものが零れ落ち、田んぼの中を黒い影のようなものが移動して、御頭に向かう。


 御頭自身は見た事のない術であるが、真の知識でもって、その術理は理解していた。


 影が迫った所で御頭は大きくジャンプして、影の接触を避ける。影に触れたら、触れた箇所が黒蜜蝋化してしまう。


「人喰い蛍」

 累が続けて術を用いる。


 大量の三日月状の光滅が御頭に殺到するが、そのほとんどは御頭が纏う旋風を突き抜ける事は出来ずに、弾かれた。旋風を突き抜けた人喰い蛍は、御頭が直に刀を振って撃ち落としていく。


「俺と一緒にいた頃とは比較になんねーほど、威力が上がってやがんな」


 以前の累の人喰い蛍では、旋風を突き抜けてくる事は無いと御頭は見ている。


 旋風を纏った御頭が累に迫る。


「捻くれ坊主」


 累が巨大肉バネ僧侶を呼び出し、累自身は肉バネの中へと納まる。御頭が旋風を纏っているのに対し、累は肉バネを纏って構える格好となった。

 旋風は人一人の体を容易に吹き飛ばす風力を持っているが、肉バネ僧侶に遮られ、累には届かない。


「そうかよ。なら……」


 御頭が肉バネに向けて手をかざす。旋風が消える。


「悪因悪果大怨礼」


 至近距離から極太黒ビームが放たれ、肉バネに大穴を開けた。


 直後、御頭の上から累が降ってきた。


「甘えんだよ。そんくらい読ん――」

 上を向いて笑う御頭の台詞は、途中で止まった。


 両足の感覚が消失した御頭は、尻もちをつく。


 その上に覆い被るようにして、刀を構えた累が降ってきた。何の躊躇もなく、御頭の首筋を狙っている。


「本気で殺りにきやがった。はははは、相っ変わらず融通効かず、加減もできねえ奴だよ、お前は。ま、俺はそんなお前が大好きなんだけどな。真も気に入ってるぜ。お前のそういう所」


 転倒した格好で、振り下ろされた累の刀を刀で受け止めた格好で、御頭が笑う。


 御頭の両足は黒く変色していた。黒蜜蝋がUターンして戻って来て、御頭の足に触れて黒蜜蝋化したのだ。


「はんっ、やっぱり……俺じゃあお前にかなわねえなァ。年月を経て、俺が知ってる頃とは、比べもんになんねーくらい強くなっちまいやがった。へへっ、悔しくはないぜ。嬉しいこった」


 御頭の台詞が何を意味するか知り、累は悲しみの表情となる。御頭が顕在化するのはここまでで、別の誰かと入れ替わるという事なのだ。


「行ってしまうのですか……」

「ああ、悪いが俺はここまでだ。もう一人、お前と会いたい奴がいる。やりあいたい奴がいる。こいつが一番強え。ふんどししめてかかれよ」

「男治からの連戦で……消耗しているんですが……」

「泣きごとぬかすな。気合いだ気合い」


 笑顔で告げる御頭の姿がぼやける。別の者へと変わる。


 先程の九尾の狐をも凌駕しかねない、強烈な妖気を伴って現れた人外を見て、累は懐かしさで胸が満たされた。それは累が知る者だった。


 真紅の髪、光沢を帯びた薄いピンクの肌、短い角、昆虫の翅を持つ妖。


「くぅぅぅぅ」


 低く唸りながら、獣之帝は累を見て嬉しそうに笑う。


「ええ……僕も会えて嬉しいですよ。もう一度遊びましょう」


 累も微笑み返し、同時に闘志を昂らせる。自分の力はほとんど残されていないが、それでも残った力の限り、目の前の相手と遊びつくすと、累は決めた。


「くぅあぁあああぁぁぁぁぁ!」


 獣之帝が咆哮をあげ、至近距離から累に飛びかかった。黒蜜蝋化した足も元に戻っている。


 累は素早く身を捻って獣之帝の攻撃をかわすと同時に、刀を横薙ぎに振るって獣之帝の胴を斬りつける。


 斬撃は浅く、再生能力がある獣之帝には大して有効ではない。しかし奇襲をかけてきた獣之帝に対し、奇襲を避けながら先手を取った事で、累は精神的に優位に立つ。


「人喰い蛍」


 至近距離から人喰い蛍を発動し、即撃ち込む。獣之帝の体に無数の穴が穿たれる。


「くあぁぁ!」


 獣之帝が吠え、強烈な突風が巻き起こり、累の体を吹き飛ばした。


「おっと……」


 ツグミが距離を取る。累が飛んできたのはツグミがいた近くだ。かなりの距離を吹き飛んできた。


「くぁ!」


 獣之帝が大きく口を開き、口からビームを放つ。


 累は転移してビームを避け、獣之帝の後方上空に現れ、刀を振り下ろす。


 累の刀は届かなかった。氷柱が逆になったかのような、白く巨大な円錐状の霜が地面より突き上がり、累の腹部を貫いていた。

 懐かしさを覚える累。以前も同じ攻撃を食らったことがある。あの時は亜空間から現れた瞬間を狙われたし、貫かれたのは胸部であったが、シチュエーションは似ている。


 霜から生ずる低温により、累の体表が白い結晶で覆われていく。体温が急激に低下していく。これも二百年近く前に食らった攻撃と同じだ。


「黒いカーテン」


 そして累はかつてと同じ対処を行った。自分を貫く霜に向かって黒いカーテンを広げ、霜を暗黒惑星へと送り込む。


 霜からは逃れられたものの、累は強い眩暈を覚えて、その場に崩れ落ちる。


(これまたあの時と同じです。あの時も……丁度限界が近かった……)


 幾度も呼び起こされる記憶。


(あの時……御頭のことを思い出していましたね)


 あの後、戦いには累が勝利した。しかし――


「くああぁぁッ!」


 獣之帝が天を指す。ツグミが作ったイメージの世界でありながらも、黒雲が発生し、雷鳴が鳴りだす。


 累は空間転移をして逃れようとして、それが出来ないことを知った。ジュデッカ、男治、御頭との連戦で、力を使い果たしていた。


「くあっ!」


 獣之帝が累めがけて指を指す。雷の直撃が来ると身構えていた累であったが、それは来なかった。


「くぅぅ」


 悪戯っぽい笑みを広げる獣之帝。勝負はついたとして、とどめの一撃を行わなかったのだ。


「あまり遊べなくてごめんなさいね」

「くぅあ」


 累が力無く微笑んで謝罪すると、獣之帝も笑顔で首を横に振り、その姿が真に戻った。


「勝負ありだね」

「そうだな」


 ツグミがやってきて声をかけ、真が倒れた累に視線を落としたまま頷く。


「参りました……。まさかこんな奥の手があったなんて……。そして……こんなこと出来るなら、もっと早く御頭に会わせてくださいよ。これからも頻繁に会わせてくださいよ」

「結構消耗するんで、気軽にほいほいは使えないし、これは僕の奥の手だからな。それより約束は覚えているな?」

「はい。敗北は敗北、約束は約束ですからね。それに……今の僕の気持ちとしも、真のことを応援したい方に傾いてしまっています。こんな切り札を持っていたなんて、思いませんでしたし」


 真を見上げ、累は清々しい笑みを広げてみせた。


「それで、僕はどのように力になりましょうか? 正直もう限界で、少し休まないと動けませんけど」

「この刀借りるぞ」


 真が累の手から妾松を取りあげる。


「え……? あ、はい……」

 戸惑いながらも応じる累。


「それと、お前は魔道具や神器を色々持っているだろ。ここに全部出せ。使えそうなのは借りていく」

「あ、はい……」

「空間操作を防ぐ奴はないか? 封じるでもいいけど」

「それならこの縄を数ヵ所の柱にくくりつけるか、あるいはこっちの針を相手に指すか――」

「針を寄越せ」

「あ、はい……」

「真先輩、カツアゲしてるみたい」


 ぶっきらぼうに命じる真に、諦めの表情で応じる累という構図を見て、ツグミが思ったことを口にした。

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