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マッドサイエンティストと遊ぼう!  作者: ニー太
最終章 マッドサイエンティストをやっつけて遊ぼう
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14

 体高だけでも人の高さを越えるサイズの狐。それはライオンや虎よりも大きい。

 全身ほのかに光り輝く金色の体毛で包まれ、九本の尾が大きく広がるその妖は、数多の伝承を残し、妖怪界のトップメジャー、ラスボス級の扱いとして認知されるに至る。


「九尾の狐?」


 ツグミが呟く。累と男治の戦いは他の面々とは離れた所で行われていたが、何人かは九尾の狐の妖気にあてられ、思わず視線を向けていた。


「こりゃまた凄いのを呼び出したねえ。累君、大丈夫かなあ」


 九尾の狐、男治、累に視線をやると、純子は興味深そうに微笑みながら、近くにある監視カメラの幾つかを操作し、映像に収める準備を手早く行う。両者の戦闘を後で見返すためだ。


 近くにいた累は、強烈な妖気をあてられて硬直していた。これまで戦ってきた如何なる妖よりも強いと直感する。


 九尾の狐が一歩踏み出す。たったそれだけの所作で、妖気が強まり、累は無意識のうちに一歩後ずさる。


「人喰い蛍」

 恐怖を堪え、累が術を放つ。


 大量の三日月状の明滅が九尾の狐に殺到するが、九尾の狐は全く警戒した様子を見せない。泰然と構えているかのようにすら、累の目には映った。


 人喰い蛍が九尾の狐の間近にまで飛来したその時、大量の火の玉が九尾の狐の周囲に出現したかと思うと、高速回転して炎の旋風と化した。

 全ての光の明滅が炎の旋風の中に消える。旋風が収まり、また元の火の玉に戻る。火の玉は九尾の狐の左右に列をなして並び、オレンジや赤などの暖色で、一つ一つが微妙に異なる。そして人喰い蛍のように点滅を繰り返している。


「狐火ですか……」


 累が苛立ちを覚えながら呻く。それが九尾の狐の意思か男治の意思かは不明だが、煽られていると感じられた。似たような術を用いて、自分の方がお前より強いと、そう言われている気がした。


 大量の狐火が高速で動く。二列の狐日が列を崩さずに順番に飛び上がり、放物線を描いて累に降り注ぐ。飛び上がるまでは綺麗に列をなしていたが、降り注ぐ時の軌道はばらばらだった。


 累は転移で逃れるつもりは無かった。避ける気も無かった。

 煽られたと意識した瞬間、累の中で火が付いていた。久方ぶりに、激しく獰猛な闘志が呼び覚まされていた。


 妖力を込めた刀を高速で振り、飛来する狐火を片っ端から斬り払っていく。斬られた狐火は瞬時にして消滅する。

 避ければよいものを、あえて消耗を省みず自身の手で撃ち落とすという行動は、累なりの意地だった。敵と同様の事をして対抗したとも言える。


 全ての狐火を撃ち落とした所で、九尾の狐が静かに歩を進め出した。ゆっくりと累に向かって歩いていく。


 迫った先で、九尾の狐がどう攻撃するつもりなのかは計り知れなかったが、累は九尾の狐が接近するまで待つつもりは無かった。


「黒髑髏の舞踏」


 雫野の奥義である術を発動させる。再び大量の黒髑髏が出現し、ゆっくりと歩み寄る九尾の狐めがけて、凄まじい勢いで襲いかかる。


 九尾の狐が上体を低くし、臀部を上げる。九本の尾がさらに大きく広がる。一目でわかる臨戦態勢。


 次の瞬間、目も眩まんばかりの金色の奔流が、累の前方の空間に発生していた。


 光の残滓が空間に漂っている。黒髑髏の九割以上が、吹き飛ばされるか消し飛ばされて消滅していた。九尾の狐はというと、累のすぐ目の前に座っていた。


 何が起こったのか? 九尾の狐は高速で駆けながら、九本の尻尾を振り回しただけだ。その際に金色の光を伴って妖気が放射され、黒髑髏を軒並み薙ぎ払った。


(チロンの妖気尻尾ビンタと同じですが……威力が桁違いですね)


 術理を見抜きつつも、その威力に驚嘆する累。


 残った僅かな黒髑髏が機械的に九尾の狐に向かっていくが、九尾の狐は尻尾のうちの一本をぱたぱたとはためかせただけで、あっさりと粉微塵にしてしまう。


 目と鼻の先にいる九尾の狐の頭部に向け、累が刀を振り上げる。


 九尾の狐が首を振り、累の斬撃をあっさりと避けた。


 累は動じることなく、今度は九尾の狐の喉元を突きにかかる。


 刀が喉元に刺さる。確かな一撃ではあったが、出血は見受けられない。九尾の狐にどれだけのダメージを与えたかは疑問だった。そもそもこれはイメージ体であるから、急所等の概念は無い可能性が高い。ただひたすら、イメージ体が維持できなくなるまで削るしか、斃す方法は無いのかもしれない。


 急に首筋に怖気が走った累は、九尾の狐から刀を引き抜いて、後方へと跳んだ。


 累の回避は間に合わなかった。妖気が凝縮して不可視の槍と化し、累の腕、太股、腹部二ヵ所を貫く。


 常人なら致命傷のダメージを受けたが、累は足を止めない。連続して攻撃が来る気配を感じ取ったのだ。


 さらに後方へと跳ぶ累。


 累がいた空間に、小さな黒い球体が出現していた。そしてすぐ消えた。今度は回避できた。


(強制転移吸引ゲート。瞬間的かつ、特定の大きさの物体一つのみに限定的に反応して引きずり込む代物ですか)


 如何なる攻撃であったのか、累は解析するまでもなく即座に見抜く。累も似たような術を用いるからだ。


「黒いカーテン」


 今九尾の狐が使用したものと、同系統の術でお返しする累。黒い布のようなものが広がり、九尾の狐の頭部に覆いかぶさらんとする。


 九尾の狐の視線が黒布に向けられる。激しく空間が軋み、黒布の動きが止まる。黒布ごと空間に亀裂が大きく入ると、黒布の面積が見る見るうちに小さくなっていき、やがて消滅した。


(またですか。避けようとはせず、あえて力で――空間操作で強引に打ち消すとは)


 それが男治の意思なのか、九尾の狐そのもののパーソナリティーによるものかは依然わからないが、累は敵の行動に好感を抱く。


 九尾の狐の空間操作は、黒いカーテンを消してもなお終わらなかった。空間の亀裂はさらに大きく広がり、あっという間に累の体にも到達した。


(迂闊……防御がそのまま攻撃に転じていましたか)


 空間の亀裂から体をばらばらに引き裂かれ、手足をそれぞれ片方ずつ切断され、血と臓物を撒き散らして倒れながら、累は己の油断を恥じ、口惜しむ。


 倒れた累の胸部を、九尾の狐の前肢が振り下ろされ、貫き、心臓を踏み潰される。

 さらに九尾の狐の口が累の顔に食らいつき、そのままかじり取った。大ダメージを受けた肉体のショック反応で、累がすぐさま行動出来ない瞬間を狙われ、いいようにやられてしまっていた。

 九尾の狐の牙が頭蓋骨を割る。中の脳みそを咥えて引き出す。いくら再生能力があろうと、脳が破壊されたその瞬間は、思考も出来なくなり、再生が終わるまでは行動が出来なくなる。


 だが、累の喉と舌は脳が無い状態で呪文の詠唱を行っていた。


 脳が無い状態で累が術を発動している事に、九尾の狐は気が付いた。脳を破壊した時点で反撃は不可能と過信し、今度は九尾の狐の方が油断していた。


「赤饅頭」


 高さ3メートルはあろうかという巨大な赤ン坊の頭部が空中に現れ、九尾の狐の体めがけて降ってくる。


 雫野の術の奥義の一つに、『第二の脳』というものがある。亜空間に自分の脳のコピーを特大サイズでバックアップし、緊急時に動作させる。あるいは自前の脳だけでは処理しきれない大規模な術をかける時などにも使う。故に累は脳を破壊された時点で、魂を第二の脳へと移し替えて、第二の脳から肉体を操作し、呪文を唱えさせていた。


「あんば~」


 無邪気な笑顔で、巨大赤子の頭部――赤饅頭が大きく口を開き、九尾の狐の頭部に食らいつく。


 赤饅頭の体内には腐食体液が満たされている。それは九尾の狐にも効果を発揮した。頭部を赤饅頭にかぶりつかれた状態で、必死にもがく。

 再び空間に亀裂が走った。空間ごと赤饅頭を粉砕して、赤饅頭の拘束と腐食体液から逃れるつもりだ。


「ぶー」


 不満げな声をあげた直後、赤饅頭が爆発を起こす。


 九尾の狐の頭部の大部分は腐食されていた。美しい毛並みは見る影もなく、肉が爛れ、骨が覗いている。牙も全て溶けてしまっている。両目も鼻も無い。

 無残な姿になりながらも、九尾の狐は闘志を剥き出しにして、累めがけて飛びかかる。


「……でしょうね。まだ終わりだとは思っていませんでした……」


 頭部を半分ほど再生させた累が、半分になった血塗れの顔に、凄絶な笑みを見せた。


「人喰い蛍改」


 飛びかかってきた九尾の狐の前に、巨大な三日月状の緑の発光体が三つ出現し、高速回転する。九尾の狐はその回転する発光体に飛び込む格好となり、全身が切り刻まれる。


 九尾の狐の姿が忽然と消える。


「たは~……まさか私のキューちゃんまでもが敗れるとは、驚きました~。素晴らしいです。流石は雫野累君」


 イメージ体の現出を解いた男治が、尻もちをついて感心した。九尾の狐のイメージ体を呼び出し、力を使い果たしていた。


 体の大部分を再生した所で、累は違和感を覚えた。


(強力な空間操作がされていますね。僕を引きずり込もうとしている)


 抗おうとした累であるが、九尾の狐との戦いで消耗していたうえに、引きずり込む力が異様に強く、転移で逃れることも、空間操作を防ぐ事も出来なかった。

 そして累は、この力の発動者が誰であるか、わかってしまった。彼女に力の教授をした事もある。


 累は周囲の風景を見て愕然とする。忘れようのない景色。

 累は夕方の田んぼの中にいた。盆地の田んぼだ。最愛の人を失った場所。


(絵の中の世界……よりによってこんな景色を創るなんて……)


 怒りと懐かしさと悲しみが同時に湧く。


「これは……ツグミの力ですね」

「正解。でも僕が累君の相手をするわけじゃないよ」


 累が呼びかけると、男装したツグミが累の前に現れる。


「言ったよな? こっちについてもらうって。今がその時だ」


 ツグミの隣に真が現れて告げる。すでに銃を抜いている。マシンピストルじゃじゃ馬ならしだ。デビルの消滅視線で失われたが、伽耶と麻耶に復元してもらった。


「言葉では従いませんよ。僕は純子の側にいたいんです。純子を護りたいんです。僕を変えたいなら、力で、そして心で、示してください。それができるのなら」

「そのつもりでいるよ」


 不遜な口振りで言い放つ累に、真が静かに告げる。


(僕も真も純子も、好んで相対したいわけではありません。元の鞘に戻りたい。けど、譲れない信条がありますから)


 この本心を、今は言葉に出すのが躊躇われた。


「男治との戦いで大分消耗していますが、それでも真相手に負けるつもりはありません。見逃してあげてもいいですよ?」

「この前言われたことのお返しのつもりか?」

「何か切り札があるのでしょうけどね。是非お披露目してください」

「お前も気付いていたのか」

(あ、真先輩が……)


 ツグミが真の顔を見て驚く。累の要求を受け、真が微笑んだのだ。


(切り札がどれほどのものかわかりませんが、今の僕では……色々と厳しいのも事実ですね。もう力がほとんど残っていない……。その切り札を見届け、純子に教えることが出来ればいいのですが……)


 そのように計算を働かせていた累であったが、目の前で真の体型も服装も髪型も顔そのものも全て変化する様を見て、そんな計算など綺麗さっぱりと消し飛んだ。


「そんな……まさか……」


 甲冑姿の蓬髪の武者を見て、累は声を震わせる。


「へっ、久しぶりだなあ、累よ。って……何てツラしてやがんだよ。化け物でも見たか?」


 最愛の人を失った景色の中、最愛の人が佇んでいた。全く変わらない表情と喋り方。それはまやかしでもなければ、偽物でもない。同じ魂。まぎれもない同一人物だ。


「んじゃあ、累よ。やるとしようぜ」


 累が御頭と呼び、最後まで本名を知らなかった男が、ワイルドな笑みを広げてみせた。

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