13
真が静かな佇まいで純子を見やる。意識の全てを純子に注ぐ。
純子は戦いの手を完全に止めていた。こちらも真のことを真っすぐ見つめ、にこにこと嬉しそうに微笑んでいた。
誰も純子に手出しをしようとしない。真に対してもだ。今戦っているのは累と男治だけだ。サイキック・オフェンダー達も、戦いを辞めて、異様な雰囲気の両者の行く末を見守っていた。
「約束は覚えているよな? 僕がお前の計画を潰したら、お前はマッドサイエンティスト廃業だ」
「もちろん覚えているよー。でも、私がこの計画を実行したら、真君はこの先ずっと、マッドサイエンティストの専属の殺し屋だよー? 何だったら助手になってくれても構わないけど」
「そうなったら僕の負けでいい。お前もずっとマッドサイエンティストしていればいい。僕は大人しく従うよ。負けないけどな」
心なしか、うそぶくような響きで言い放つ真。
「ここで真君とデートしてもう何年になるかなあ?」
純子が口にした台詞に、何名かが衝撃を受けた。
「えええっ、ここで二人でデートしたの!? 私もしたことあるけど! 相手は茜ちゃんだったけど! 世界の恋人占い展やってたけど!」
「うるさいぞツグミ! はしゃぎすぎだ!」
嬉しそうに囃し立てるツグミに、美香が憤怒の形相で怒鳴る。
「聞いた麻耶? ねえ聞いた麻耶?」
「情けなや。敵味方の間柄であろうに、この二人は公衆の面前にて、浮かれ話に酔うつもりであるか。拙者は哀しいでござる」
伽耶がにやにやして声をかける。麻耶はショックのあまり、虚ろな眼差しで武士言葉になっていた。
「伽耶、現実見ようね」
「ぐ……ガギギ……ゲごグが……ほんげ~」
伽耶がさらに麻耶に声をかけると、麻耶は壊れた。
「この球場ではいつも変なイベントしてるけど、このイベントは僕が知る限り一番変だ」
「私主催のイベントだけど気に入らない?」
純子の問いに、真が数秒沈黙する。
「気に入るわけがない」
「真君は千年前も今も、嘘が下手な嘘吐きだよねえ」
真の返答を聞いて、純子はくすくすと笑う。
「復讐なんて馬鹿のすることだーって言って復讐否定しながら、ずっと復讐の機会伺って、しっかりと復讐を果たしたし。超常の力なんか借りなーいって主張しておいて、ちゃっかり身につけていたし。でもそれ、凄くわかりやすかったなあ」
「嘘鼠の魔法使いにはまんまと騙されていたくせに、そっちも否定するのか?」
この台詞を口にするのは少し躊躇われたが、思い切って言ってみた。
「ウソネズミのまほーつかい?」
「言いづらいけど言霊を感じる」
「どういうネーミングセンス? と疑問を持つ一方で強い言霊がある」
真の台詞にまず反応したのは、純子ではなくツグミと伽耶と麻耶だった。
「騙された? 私は騙されていたの? そうは受け取っていないけどなあ。嘘が下手な嘘吐きなんだから、騙されることはないよー。騙されたとも受け取ってないしね」
純子は全く動揺せずに言ってのける。
「嘘だとわかっている言動とか、わりとわかりやすい嘘も多かったんだよ」
「そう言われると、少し救われるかな。でも……嘘鼠の魔法使いは――僕は、騙しているみたいで心苦しくもあった」
真の言葉を聞いて、純子の顔から微笑が消えた。
「マスターのこと、自分視点で言っちゃうんだ?」
意外そうに言いつつ、純子は少し危ぶんでいた。真の心に前世の影響が出て、変質してきたのではないかと。
「僕は前世の自分――嘘鼠の魔法使いは大嫌いだ。だけど、どんなに否定しても同じ魂、同じ人間だし、人格も目論見も違っても、気持ちが通っている部分は確かにある。それに――次第に一つになってきているような気もする」
「そっかー」
純子が視線を外し、PO対策機構の面々――主に裏通りの知己やマウス達を見渡した。
「ちょっと話題変えようか。他の人達が話についてこられずに呆然としちゃってるし。真君だけじゃなくて、PO対策機構の人達皆に訊きたいんだけど、君達は私の計画を本当に悪いことだと思っているの?」
「そう思っているから君と相対しているんだ! 今更すぎる!」
「純子に全面的に反対しているわけじゃないけど、中枢提携組織だから逆らえない」
純子の問いかけに、美香ははっきりと拒絶を示し、来夢はあっさりと答えた。
「美香ちゃん、治療不可能な難病を抱えている人も、子供の頃の私のように目が見えない人も、飢餓に苦しむ子も、全て救われる可能性があるのに、それを全てふいにしちゃっていいの?」
「そして犯罪も多発する世の中だ! この半年で思い知ったからな! 日本はまだましだったが、他の国々は悲惨な事になっただろう!」
純子の問いかけに、美香はきっぱりと言い返す。
「ヨブの報酬が弱体化しちゃうほどだったしねえ。ま、代償やリスク無しってわけにはいかないよ」
「あのね、雪岡先生、その代償で死人ごろごろにするくらいなら、今のままがマシだよ」
ツグミが口調を男のそれに変えて主張する。
「あれ? ツグミちゃん男の子化した? ていうか、服装もいつの間にか違う」
「最近急に変わる事が有るから、衣装早着替えのスキルも習得したんだ」
驚く純子に、男装したツグミがにやりと笑う。
その時、何台もの車が一斉にやってきて、安楽市民球場前に停まる。その中にはパトカーや覆面パトカーもあった。
「敵の増援?」
「いや、新居が手配した、安楽市民球場襲撃部隊だろう」
身構える熱次郎に、真が告げる。パトカーが混じっている時点でそれは間違いないと、真は判断した。
「おっと、一斉に来たねー」
純子が微笑み、空間の扉を開く。
開かれた空間の門から、次々と様々な形状のバトルクリーチャーが飛び出してくる。
「着いた早々、手洗い歓迎だな」
パトカーから降りた安楽警察署裏通り課の刑事、芦屋黒斗が笑う。他のパトカーからも、安楽市民警察署裏通り課の面々が降りてくる。
「サツの旦那と共闘かよ」
「警察は苦手か? 俺は苦手だ」
裏通りの始末屋――樋口麗魅とアドニス・アダムスが現れて言った。
「あ、アドニスさんだけじゃなくてオンドレイさんも来た。これは超心強い。私は二人の実力を知っているからそう思う。大船に乗る」
「確かにオンドレイさんの守護神的感覚は凄い。この前はやられていたけど」
「やられていた記憶は速やかに消しておけ」
超常殺しオンドレイ・マサリクの姿を見て、正美が明るい声をあげ、ツグミが同意する。そしてオンドレイ本人はツグミの方を向いて、むすっとした顔で言った。
「よう、丁度いいタイミングだったか?」
真の側に停まった車の中から、新居が顔を出して笑いかける。
「まあまあ」
どうでもよさそうに答える真。
「まあまあかよ。ま、くたばってなくて何よりだ。しかしここからが正念場だぜ」
新居が言ったその時、全身から棘を生やしてカンガルーのようなバトルクリーチャーが、真の前へと降ってくる。
直後、ピンクの光る刃が乱舞し、カンガルーもどきのバトルクリーチャーの全身が切り刻まれ、首もはねとばされた。
ピンクの光る刃は、覆面パトカーから現れた女性の元に戻る。裏通り課の刑事、竹田香苗だ。
戦いの火蓋が切って落とされる。PO対策機構と戦っているのは、純子の呼び出した大量のバトルクリーチャーだったが、転烙ガーディアン達も多少いる。しかし積極的に戦っているのはバトルクリーチャーで、転烙ガーディアンの兵は後方から消極的な戦いに留めていた。
「こっちの方が戦力不足感あるのは否めないな」
裏通り課の梅津光器が、銃を撃ちながら言う。
「デビルとかいうのが大暴れして、PO対策機構は消耗しまくったらしいですしね~。いっそ軍隊動かせばいいのに、それもあれやれこれやの事情で出来ないとかですし」
パトカーにもとれかかったまま、裏通り課刑事の松本完がぼやく。
「後ろ向きなこと言ったら負けよ。口より手を動かせ」
露骨にさぼっている松本を、香苗が注意する。
「黒斗ちゃん、香苗ちゃん、松本君、補佐をお願いします」
そう居て進み出たのは、安楽警察署署長の酒井清継だ。
酒井の体がみるみるうちに膨れ上がる。体色も変化する。身体の形状も所々変化する。
『ピィィィポ君!?』
「何だいあれは……ピィィィポ君じゃないか。」
「巨大ピィィィポ君とはな……」
「酷い天使の降臨だな」
酒井のことを知らない伽耶、麻耶、マリエ、オンドレイが呆然とした顔になって、巨大ピィィィポ君に変身した酒井を見上げる。エンジェルは知っていたため、余裕をもって皮肉っていた。
巨大ピィィィポ君がバトルクリーチャーを片っ端から薙ぎ倒していく。
「真面目に相手をしなくていいぞ。とにかく突撃あるのみだ。球場の中に入れ」
新居が呼びかける。
「ところで真、お前はここで何してんだ?」
真は球場内が持ち場なのに、どうして出てきているのかという意味で、質問する新居。
「こっちの任務は済んだよ」
「任務? 済んだ?」
真が答え、純子が訝る。
「いやいや、済んでねーし、純子達がいる前で何余計なこと言ってるんだ」
「思わせぶりに言っておいた方が、混乱すると思って」
新居が苦笑すると、真は純子を見やりながら言う。
「メガトン・デイズ」
上空から光の奔流が降り注ぎ、バトルクリーチャー数体を吹き飛ばす。
空にスモッグ姿の園児が浮かんでいる。園児の右腕にはクロスボウが装着されている。ミルクが手掛けた最強のマウス、つくしの登場だ。
純子はつくしを一瞥するや否や、その姿を消した。転移した。
直後、純子がいた場所の地面が大きくへこむ。巨大な肉球の形にへこんでいる。
『相変わらず逃げ足は速いですねー。ま、再生力乏しいから無理もないか』
現れるなり、問答無用で純子に襲いかかったミルクが、転移した先にいる純子に首を向けて揶揄する。バスケットの中ではなく、白猫の姿で現れている。
「おやおや、こんな大勢の前で堂々と姿を晒しちゃうんだ」
純子が笑うが、ミルクが本体を晒している意味はわかっている。全力でこの戦いに臨むという事だ。
『グラス・デューでの借りを返してやるですよ』
「いいのかなあ? 連敗記録を更新するだけになるよー?」
怒気を孕んだ声を発するミルクに、純子がからかい気味に言う。
「次々に来るな。俺達も行くぞ」
「待て」
戦闘に参加しようとした蟻広を、柚が制した。
「私達は戦わない方がいい。強者同士の争いに巻き込まれては危険だ」
「何言ってるんだ……? ポイントマイナス2だ。俺が力不足だって言うんだろ? だからといって引っ込んでいられるか」
柚の台詞にむっとして、聞く耳をもたない蟻広。
(今は、雪岡達はミルク達に任せるか)
純子と向かい合うミルクを見て、真はツグミの側に移動する。
「ツグミ、累が弱った所で……」
真がツグミに耳打ちすると、ツグミは何とも言えない微妙な表情になった。
「わかったけど真先輩、卑怯じゃない? 弱った所を狙うなんて。いや、セコくない?」
「戦いに卑怯も糞も無い」
呆れ気味に言うツグミに、真は冷たく言い放った。




